今回は アナリシス・アイの著者でもあり、「サッカーの面白い戦術分析を心がけます」というサイトでコラムを書いている、現場での経験も豊富な「らいかーると」さんに川崎フロンターレ戦のレビューをお願いした。是非読んでいただきたい。
「さて、今回は名古屋グランパス対川崎フロンターレについて考えていきたい」
「与えられたお題はセカンドレグの試合だけだったけれど、2試合をまとめて振り返ったほうがわかりやすいからな」
「ファーストレグとセカンドレグと分けるよりも、ファーストレグの30分まで、ファーストレグの終了まで、セカンドレグの齋藤学の登場までと分けると、この2試合はさらに興味深いものとなる、気がする」
「では、ファーストレグの最初の30分までを見ていく」
「名古屋は普段着の[4-4-2]で試合に挑んでいた。ボールを奪いに行くスタート地点はだいたいハーフライン周辺だった。人への意識が強い!というよりは、自分たちの守るべき場所を空けないようにしながら、川崎の行動を受け止めていく様子に見えた」
「対して川崎は右サイドの家長がプレーエリアを中央から左サイドに移動して数的優位を狙っていた。また、配置の噛み合わせからフリーになりやすいシミッチとデートをする相手が曖昧になってしまったことは名古屋からすると誤算だったかもしれない」
「数的優位やシミッチのプレーによって、時間とスペースを周りの選手に配れる状況だった川崎。よって、パスを受ける川崎の選手たちは時間とスペースを手にいれる。無論、蹴る止めるのマスターで構成された川崎の面々が技術的な問題で時間を無駄遣いすることはない」
「名古屋のボールを奪いに行くプレッシングは相手に前を向かせない、ワンタッチでボールを離さないとやばい!なんて危機感を相手に与えることができなかった。川崎の面々は準備万端でプレッシングを待ち構えていたり、プレッシングが来る前にボールをどんどん動かしていたりしていたからな」
「つまり、川崎のボール保持対名古屋のボール非保持を観察しても川崎に分があったわけで。この状況にさらに拍車をかけたのがボールを奪ったあとの名古屋のプレーにある」
「川崎はボールを失った瞬間に即時奪回するプレーが上手い。べらぼうに上手い。さらに、川崎の面々は個々の能力で目の前の相手を剥がすほどのボールスキルを装備している選手が多い。よって、川崎からボールを奪うために使うためにかなりの力を消費することになってしまっていた。さらに、何とかボールを奪っても、その状況がすでにかなり苦しい状態のために、クリアーが精一杯!なんてこともたくさん見られた」
「ただでさえ、ボールを奪えないのに、ボールを奪ってもカウンターのルートが見つけられず、ボールを奪い返されるのだから辛い。まさに無限地獄のような時間となってしまった」
「そんな30分だったな」
「この30分の名古屋は普段着でどうにかなるやろ!という正面衝突になっているように見えた。しかし、川崎のほうが名古屋に対してどうする?!という準備をしていたように見える。いわゆる立場が逆転しているな。というわけで、次は名古屋が川崎対策をしていくことになる」
「30分が過ぎたころに、宮原と山崎が交代して、長澤と成瀬が入ってくる。名古屋は[4-3-3]のような形に配置を変えて、試合の表情をがらっと変えることに成功する」
「ただし、この時点で三点差になっていたので、川崎のペースが落ちたから試合の表情が変わったという要素も見逃せない」
「3センターは何のために行ったのか?となるが、恐らくはボール保持を円滑にすすめるためだと個人的には感じさせられた。かつてのミランも[4-3-1-2]を好んで使っていたが、意地でもボールを保持したいときの手っ取り早い方法は枚数を増やすことで、相手にプレッシングに行ってもあんまり意味がないと感じさせることにある」
「実際に稲垣、米本、長澤が中央を動き回ることで、川崎の選手が見るべき対象が増えていることは事実だ。また、守備のテコ入れも間違いないだろうが、三人ともにボール非保持の局面では暴走することのほうが多かった。よって、守備の役割をどうこう!というよりも、ボールを保持することで、試合の主導権を握ることや川崎の攻撃の回数を減らしたかったのではないかと思う」
「前半の30分で交代するくらいだから、予め準備をされていた形だとは思うが、川崎のプレッシングに引っかかる場面のほうが多かったことは見逃せない点だろう。多人数によるボール保持には成功したが、ボールを保持したあとにどこを狙うんだ?みたいなことまでは整理されているようでされていなかったのかもしれない。」
「そんな中でマテウスや柿谷、相馬は個でどうにかできちゃう雰囲気を醸し出していたことはとても印象に残ったけどな」
「セカンドレグに行く前に触れておかねばならないことがある」
「何だ?」
「川崎の3トップはえぐい。何がえぐいって、適当なロングボールをマイボールにすることができる」
「リヴァプールの3トップみたいだな」
「この試合は雨模様だったこともあって、川崎は自陣からのビルドアップによる前進にこだわっていないように見えた。あれ?こんなに蹴るんだ?と感じたことをよく覚えている」
「確かにそのあたりのデュエルでも名古屋はつらそうだったな。特にロングボールが裏に抜けても川崎はプレッシングを発動するからスローインに逃げるしかない」
「相手がスローインに逃げてくれれば、川崎からすれば前進は成功になるからな」
「このロングボールによる前進を考えると、川崎を相手に前からガンガンプレッシングに行くのは怖いな。どっちを優先するから自チームの選手達の質によるのだろう」
「そして話題はセカンドレグへ」
「セカンドレグになって、名古屋は完全に川崎への対策を行ってきたようだった」
「最初の手は[4-3-3]による人への意識を強くしたプレッシングだろう。稲垣がシミッチをマークしてボール保持者をスルーしている場面はちょっと笑ってしまった。そこまでやるのかと」
「人への意識が強くなったことで、川崎の面々はボールを受けるタイミングで名古屋のプレッシングを浴びることになる。そして、ファウルを辞さない覚悟を持った名古屋の面々に苦しめられることになる」
「結果としてファウルになったとしても、川崎のボール保持の流れは止まるし、プレーを再開するまでに守備を整える時間を稼ぐこともできる」
「一対一で絶対に負けるな!と口で言うのは簡単だが、それを名古屋の選手たちが体現していたのはすごかったな。ついこの間にボコボコにされたのにも関わらず。さらに、ロングボールに対しても果敢な姿勢を見せていた中谷が目撃されている。ファーストレグでは負けていた個々の場面で勝てるようになったことはとても大きいことだったと思う」
「次の手はボールを持つジェジエウを放置することだった。プジョルを放置する懐かしのモウリーニョ殺法を彷彿とさせる対策だった」
「ボールを持たされたジェジエウは名古屋の陣地にボールを運んでいくのだけど、誰もボールを奪いに来ない。そして味方は全員捕まっている。よって、どうしたらいいのかわからないジェジエウは明らかに困っていた。よって、普段では起こらないようなパスミスを繰り返すようになる。ボールを奪い切ることに体力を使わなくても良くなった名古屋は長澤を中心として川崎の最初のプレッシングをかわすことにも成功していた」
「ボールを運ぶジェジエウの裏にマテウス!というのも計算なんだろうな」
「そんなこんなで名古屋の思惑通りに試合が進んでいる印象を受けていたのだが、困ったときのセットプレーでそのジェジエウに決められてしまう。このあたりもプジョルに似ていて何だか面白い」
「セットプレーの守備については詳しくないのだが、名古屋のコーナーキックの守備は非常に危なっかしい。川崎のキッカーの田中碧の精度がえぐかったこともあるけれど、ゾーンで守る名古屋に対して多種多彩な手を川崎は披露していた。恐らく、名古屋と対戦する相手はこの2つの試合の川崎のコーナーキックの動画集を集めているに違いない」
「そして、後半に三笘の個人技が炸裂する。なぜに前田はカバーリングに行かなかったのか?と怒られているに違いない。そして丸山のやるせないオウンゴールで三点差となる」
「ここからリバウンド・メンタリティを発揮するのだから凄いけどな。そして、最後の齋藤学が登場以降となる」
「65分に学、72分に柿谷とシャビエルが登場する」
「ファーストレグで見てきたように、川崎の強さの一つはボールを奪われたあとに即時奪回できることにある。だとすれば、ボールを奪ったあとに奪われなければいい。長澤が示したようにパスやドリブルで回避することができれば最高である」
「即時奪回でキーになるのはボール保持、非保持の両面で意味をもつ立ち位置にいる選手となる。平たく言えば、その位置にいれば、ボール保持者を後方でサポートすることでボール保持の継続を可能とすることができる。さらに、ボール保持者がボールを奪われたらすぐにボールを奪い返しにいける最初の人になることができる」
「そのキーとなる選手は大抵の場合はアンカーとなる」
「セカンドレグでは序盤からシミッチとデートをする選手を決めることで、シミッチをボール保持、非保持の場面で効果的でないものにすることに成功していた」
「しかも、ボール保持では、シミッチの両脇を前田やマテウスに狙わせることで、川崎の守備の穴をつくことにも成功していた」
「そんなフラストレーションがたまるシミッチへのとどめが交代で入ってきたトリオである」
「サイドバックに横幅を任せ、シミッチの周りをうろうろする齋藤学は確信犯だし、柿谷もシミッチの脇でボールを受け、シミッチにプレッシングをかけと、シミッチへの集中攻撃が加速していった。そしてこちらもうろうろするシャビエルは流石のボールスキルで川崎を確実に苦しめていった」
「川崎は三笘を中心とするカウンターを行っていたけれど、シミッチ周りから崩壊しそうな雰囲気になっていく」
「そして稲垣のゴールとマテウスの信じられないゴールが決まり、試合は急に荒れ模様の形となる」
「流石に我慢ができなかったようで鬼木監督も[4-2-3-1]に変えて守り切りを図った」
「そんな試合だったな」
「では、まとめに入るとしよう」
「名古屋のコーチ曰く、トータルで見ると変な試合になってしまいましたと」
「変な試合か」
「恐らく名古屋側からすると、自分たちのやりたいことができていたのになんで3-0になってんねん!ってところなんだと思うぞ」
「ま、その気持ちは痛いほどにわかるな。2-2くらいが妥当な結果だろう!って気持ちなのかもしれんな。ただ、川崎からすれば、マテウスのフリーキックなんて事故やろ!と叫びたくなる気持ちもわかるけどな」
「では、質問をしていこう」
「なんだ」
「名古屋は優勝できると思うか?」
「今回の名古屋が行った川崎対策を他のチームもアップデートしていった結果、川崎が勝点を落とすことになれば優勝の可能性はあると思うぞ」
「サードレグがあれば勝てると思うか?」
「ファーストレグだけを見ていると、10回やっても9回は負けると感じさせられたが、セカンドレグを見る限りは五分五分くらいじゃないかなと思うぞ」
「フィッカデンティを解任すべきだと思うか?」
「ベンチにいなかった監督を解任するのか?ということは置いておいて、方向性の話だろう。今回の試合で名古屋はボール保持でもどうにかせんとかんことは身にしみたと思う。必要は発明の母で、アトレチコ・マドリーのシメオネもボール保持を追求しているわけじゃないか。名古屋の選手のリバウンド・メンタリティには尊敬の念を抱いたし、堅守速攻で終わる感じはしなかったけどな」
「フィッカデンティがボール保持を仕込めると思うか?」
「それはどうなるか見てみないとわからない案件。堅守速攻にしても、川崎を相手にジェジエウにボールをもたせたり、自分たちの配置を変えて基準点をはっきりさせたり、相手のボールを奪ったあとのプレッシングの精度を落とさせたりとやるべきことがそもそもたくさんあると思うんだけどな、ボール保持に行く前に。」
「今回の二試合は絶望だったのか」
「打ちのめされたときに人の真価は問われる。だから、大成するサッカー選手にはリバウンド・メンタリティが備わっていることが多い。ファーストレグで打ちのめされ、セカンドレグでも自分たちのやるべきことできていたのに0-3になっても、前を向き続けた選手たちがそこにいたわけで。この状況は選手たちにとっても絶望ではないだろう。たぶん、目指すべき道がさらに見えたことで、進化のヒントがもらえたのだから、これは幸せっていうんだよ」
「ではお後がよろしいようで」
「またいつか会いましょう」