川崎フロンターレとの決戦のマッチレビューの最後を飾るのは、フットボール新世代名将図鑑、欧州サッカーの新解釈。ポジショナルプレーのすべて (footballista)の著者であり、フットボリスタなどでの執筆、The Letter: “FOOTBALL WEEKLY TALK” の配信でも精力的に書いて下さっている結城康平さんに、欧州フットボールを長くみてきた立場から見えた川崎フロンターレと名古屋グランパスの現在地について語っていただいた。現場サイドのらいかーるとさんとはまた違った視点からのレビューを楽しんで欲しい。
欧州フットボールの戦術史に沿う「密」の川崎
日常生活における「3密」は避けなければならないが、現代サッカーにおいて「密」は必要不可欠だ。ボールを持たないチームは、可能な限り相手が使うスペースを狭くすることで自由を奪う。だからこそ「どのように自分たちが密集しながら相手の密集を破壊するか?」というのは永遠のテーマになっている。このテーマに挑まなければならないのは、どのチームも同じだ。
Jリーグを席巻している川崎フロンターレは、狭いスペースでボールを自在にコントロールする技術に優れた選手が相手の密集を打開し、同時に守備への切り替えを円滑化するということに特化したチームになりつつある。これは「密集地で奪われたら、直ぐに囲めるよ!」というバルセロナ的な思想に基づいているのだろう。これはヨハン・クライフの思想を1つの源流としている。
しかし、密集地を謳歌するこのスタイルはヨーロッパでは色々な対策に苦慮してきたのも事実だ。特に、狭いスペースを半ば強引に反応速度で支配するフィジカルに長けたムサ・シソコやエンゴロ・カンテのような選手や、ルカ・モドリッチのように敏捷性で密集地を切り崩すスタイルの選手は、彼らにとっての天敵となった。2018-2019シーズンにCLで躍進したアヤックスは準決勝で美しいパス回しを披露したが、対戦相手のトッテナムはフィジカルと推進力でそれを破壊する。パワーとスピードを兼ね備えたムサ・シソコを起用し、彼が狭いスペースでのボール奪取とプレッシングの突破を担うことでアヤックスの「密集」を突破したのだ。
ただ、現実問題としてJリーグにおいて川崎フロンターレのプレッシングを回避可能な選手は少なく、更に言えば川崎が「ボールを悪い状況で奪われる」ことも少ない。両サイドのキープ力は抜群で、中央には元ブラジル期待のセンターフォワードが待つ。だからこそ、川崎は現状のJリーグにおいて最も優れたチームであり、結果的に欧州のフットボール史に合流するような方向で独自の進化を続けているのである。
名古屋の対策と、川崎の「二の矢」
そのような状況で、名古屋グランパスは幾つかの観点で「正しい対策」を披露した。その対策について、先ずは考えていこう。対策の主となったのが、ビルドアップの最後列をある程度捨てる事だ。しかし、ここで言及すべきは単なる「リトリートでは無かった」ことだろう。多くのバルセロナ対策に苦しむチームは、自陣に戻ってブロックを構築するアプローチを選択。しかし、それだと結局ブロックの外からラストパスの名手に切り刻まれてしまう。だからこそ、1つのポイントとなったのはミドルプレスだ。前から追いかけることはしないが、中盤には圧力をかけておく。川崎相手だと、ジョアン・シミッチへの警戒を怠らないことをポイントにしながらゲームを進めた。ここで中盤の密度を高めるのに寄与したのが、3センターの採用だ。
3枚が適切な距離感を保つことで、名古屋は川崎の中盤へのパスを遮断。川崎の流動に対抗しようと、マンツーマンをベースにしていたことも工夫だ。特にゾーンの間でボールを受けようとする川崎のMFにとって、その継ぎ目を消すことを意識した名古屋の守備は厄介だったはずだ。そして、密を保つ1番の土台になっていたのがセンターバック陣だろう。前線のダミアン相手に踏ん張り、起点にならせないことでポストプレーから中盤がボールを受ける流れをシャットアウト。
左サイドバックの吉田が家長の動きを監視しており、マテウスがサイドバックの位置まで下がりながら吉田が中央で家長への縦パスを狙うような場面もあったが(例:26分30秒~)、それくらい対人での守備は意識的にチームに浸透していた。これはゾーンの間を狙う川崎に対し、有効な策でもあった。密集で崩されない3センターと、中央の厚みを利用したシミッチへのプレッシャーを可能にするミドルプレス、そしてハーフスペースで受けるアタッカーをマンツーマンで抑える守備。これが、守備面で名古屋が用意した策だった。そしてこの守備は、Jリーグで過去に観戦した中でも「高い練度を誇る」ものだった。
しかし、全盛期スペイン代表のように中盤が封じられてからも厄介なのが川崎だった。中盤のパスワークを抑えていたのにセルヒオ・ラモスが暴力的なヘディングを決めるパターンを兼ね備えていたスペインのように、川崎もジェジエウのセットプレーから先制。日本人には珍しい推進力で仕掛けるドリブルでエース三笘薫が切り崩して2点目を奪うなど、壁をハンマーで殴り続けて破壊するようなスタイルでゲームを一変させた。3点目のオウンゴールは残念だったが、それだけ守備陣はプレッシャーを感じていたのだろう。
数少ない「川崎の弱点」
川崎フロンターレにおいて、最も「諸刃の剣」となっていたのがジョアン・シミッチだったことに疑いの余地はないだろう。どちらかというと8番(セントラルハーフ)適正のある攻撃的なスキルに優れたMFは、欧州時代はレギュラーポジションを奪えなかった。その主となる2つの要因が「自らマンツーマンを剥がす能力に乏しい」ことと、「守備時にスペースを守るというよりも、動きたがってしまう傾向」にある。名古屋はミドルプレスでシミッチのところから効果的な縦パスを出されることを防止し、守備では彼を上下動させることでスペースを使おうとした。
編注:結城さんのこちらの記事も合わせてご覧下さい。ジョアン・シミッチ。そのプレーの真髄は「捻り」にある。 | footballista
守備における「3センターのポジション」と「両WGの守備参加」は、シミッチのスタイルから派生する最大の課題だ。リバプールでも同じような問題が指摘されてきたが、WGが前線でボールを追いかける仕事をしているときは構わないのだが「自陣で守らなければならない」という局面だと悩ましい事象が発生する。リバプールではサディオ・マネという怪物がサイドバックの位置までサポートすることで守備力を高めているが、サラーが前線に残っているだけでもトップレベルでは冷静にそこから崩していく。川崎では両ワイドが残ってしまうので、そういった意味では非常にリスキーだ。相手のレベルが高くなれば、恐らく改善が求められるだろう。そして、このようにWGが戻らないことでサイドバックが孤立すると「サイドバックはリスクを度外視して、強引にボール奪取を狙わなければならない」ことが多い。ここを利用したのが、マテウス大作戦だ。名古屋は序盤、とにかく足腰が強いマテウスのところにボールを供給していく。そしてマテウスがボールをキープし、川崎のサイドバックを誘う狙いだった。実際に川崎のサイドバックは何度か怪しいタックルを仕掛けており、あそこでイエローカードなどが出てしまえば「局面が一瞬で変わる」ような怖さもあった。
サイドバックのところが孤立しやすいと、更に問題は加速する。もう1つ発生するのが、「セントラルハーフの過負荷」だ。セントラルハーフがハーフスペースへの縦パスを警戒することで守備時に下がらなければならず、彼らは異常な運動量を求められる。シミッチの左右を埋めようとすれば、比較的前に残る3トップと3センターの間に広大なスペースが生じるのも問題だ。この「シミッチ前」のスペースは名古屋にとって最高の起点だったが、そのスペースに崩しきれるようなパサーがいなかったのは痛恨だった。
名古屋が感じさせた「進化のヒント」
ボール保持局面の改善というのは名古屋が抱えてきた課題だと思うが、そこは選手の配置と相手の状況によって多少強引にでも解決する余地がある。特に後半、斎藤学や柿谷曜一朗、ガブリエル・シャビエルの投入でシミッチの周辺を徹底的に狙ったことで流れを引き寄せたのは印象的だった。加えてサイドバックに森下を投入してからは、彼が相手のアタッカーを圧倒するフリーランを披露。サイドと中央を適切に使い分けながら、川崎をあと一歩まで追い詰めた。どちらかといえば、名古屋に求められているのは「後半」と「前半」のアプローチにおける「適切な中間地点」を発見することなのではないだろうか。要は守備的なアプローチを継続しながら、ビルドアップで「休む」時間をどのように生み出していくかという部分である。名古屋はどちらかに全振りすれば攻撃も守備もハイレベルで可能なのだが、その中間点となるようなバランスを保つのが苦手な印象だ。ゲームを自主的にコントロールしているというより、波に合わせてプレーしてしまっているように見える。リアクションをベースにしたチームが抱えやすい課題ではあるが、そこの工夫は求められるだろう。
ただ、とはいえ全体的なパフォーマンスについては評価すべきゲームだろう。今後どのように名古屋が進化を目指していくのか。川崎を追う「最有力候補」としての期待は薄れていない。