毎年公開している「移籍に関してサポーターが知っておきたいこと」まとめを、アップデートして補足しました。新年1月4日からの1週間はチームの編成を固めるために大きな動きがある期間です。良いニュースがあれば良いのですが、悲しいニュースも出てくる可能性は十分にあります。そういった報道を聞いたときに、「知識がないと、なぜそんなことになったのかがわからない」「情報がないと、不安にしかならない」という可能性があります。なにがどんなことに影響しているのか、知識を持っておきましょう。
誤解しやすいプロ野球とサッカーの移籍の仕組みの違い
「なんで○○を移籍させちゃうんだよ」
「チームは○○を要らないってこと?」
急な移籍が決まると、そういう声が飛び交います。あたかも、チームが選手を「イラネ!」ってやっているかのように見えているのではないでしょうか?
それは実は昔から馴染みのあるプロ野球の制度が影響しているのかもしれません。
プロ野球では「保留制度」というものがあり、球団(チーム)が選手を保留(保有)しています。だから移籍はチームの好きなように行うことができます。
- ポイント:野球ではチームが選手を自由にトレード(売り買い)できる権利を持っている
- ポイント:サッカーではチームがその選手を不要と考えた場合は契約の切れ目なら「契約更新」をしない or 契約期間中なら契約期間が過ぎるのを待つ
毎年見られる、Jリーグのチームから発表される「契約満了」というのが「チームがその選手を要らない」と考えた場合のアクションです。しかし、契約を更新したいとチームが思っても選手側が更新したくないという場合もあります。
しかし基本的に、プロ野球とは異なり、選手の意向も聞かずにトレード(売り買い)できる権利をサッカーチームは持ちません。すなわちチームが「○○選手イラネ!」とすることは、ほとんどムリなのです。
ですからほとんどの移籍は、以下の2つの条件を満たした時に発生します。
- 選手がそのチームでこれ以上プレーをしたくない or 新たなチームで挑戦したい
- 移籍先チームからオファーがある
他チームから移籍オファーが届き、本人も移籍する希望を持っている場合、契約期間中か契約の切れ目かどうかで変わります。
- 契約の切れ目の場合はそのまま移籍成立する可能性大
- 契約期間中の場合は違約金が発生
- 違約金を満額払えば移籍成立(例:2021-22年の児玉駿斗)
- 違約金が払えない場合は以下のどちらか
- 移籍不成立(例:2016-17年の田口泰士)
- レンタル移籍に切り替え(例:2021-22年の米本拓司)
ですから、まとめるとこうなります。
敢えて例外を挙げるとするとチームの方針転換があった場合、チームの方向性にマッチしなくなった高年俸の選手に出場機会が減る可能性を伝え、その上で移籍先を募るような場合もありますが、レアケースです。
契約のしくみ
規約などは基本的に以下の2箇所にまとめられています。
Jリーグの規約は前者にまとめられていますが、移籍や選手契約については後者にまとめられています。
プロサッカー選手の契約は、JFAなどは、こちらに従う必要があります。
Jリーグでプレーするサッカーの選手は「日本サッカー協会選手契約書」を結ぶ必要があります。
これにプロ契約の決まり事が書かれています。
標準的な契約期間は、日本サッカー協会の、「プロサッカー選手の契約、登録および移籍に関する規則」にまとめられています。複数年契約でなければa年2月1日からa+1年1月31日までがここに記載されます。(アマチュアはここに記載できる契約年数の最長年数は5年です。名古屋グランパスでは、中谷進之介が異例の最長5年契約を結んでいる、とされています。(当時の新聞報道による)
あれ?でも昨年も中谷進之介の更新通知が来たよ?って思いますよね。複数年契約なら、契約更新必要ないじゃんって。
実は日本ではプロスポーツの先達、プロ野球(NPB)の統一契約書は1年単位の契約になっています。そのため複数年契約でも毎年契約更改をする、という先例をつけてしまいました。そのため、他のスポーツも慣例的に1年契約が標準契約書になっています。
上記のプロサッカー契約書に複数年の記述も行うことができますが、これまでの例から、複数年契約の選手でも毎年契約の見直しを行います。といってもプロA契約契約書で取り決めることができる内容はほんのごく僅かです。通常は付帯契約(個別契約などの別の呼び名の場合も)という形で細かい条件を設定します。出場や成績によるインセンティブ(成果に応じた支給)だったり、移籍金(正式には移籍補償金)の額、場合によってはレギュラー確約や最低試合出場数なんていうものもあるようです。
能田達規先生の「となりの代理人」第2話で、海外移籍の決まった若手のニュースに「今日は契約書作りで徹夜だ!」と代理人が意気込むというシーンがあります。ここで言っている契約というのが付帯契約なのです。複数年契約の最中でも、この付帯契約が見直しの主役なのです。
代理人(仲介人)とは
この付帯契約を、法律や契約に詳しくない選手が独力でしっかりと結ぶことは困難です。そのようなときのためにいるのが代理人(正式には仲介人)です。
余談ですが、ここに書かれている「依頼事項を限定しない」を選択した場合にはクラブとの契約交渉以外に税金対策や肖像権の管理など財政面のサポートやコンディション管理、移籍先の新居探しなどパーソナルな部分まで担当することもあるそうです。非限定の場合の代理人の仕事ぶりは以下の記事をご覧ください
「サッカーの代理人って普段どんな仕事してるの?」 エージェント田邊伸明氏に聞いてみた(村上アシシ) – 個人 – Yahoo!ニュース
移籍における仲介人の立ち位置
上記では選手の代理人の話を書きましたが、実は代理人はチームに付くこともあります。そのため、代理人が以下の図のように存在することもあり得ます。
この図の場合は代理人同士のやりとりによって移籍の交渉が行われます。さらに、外国籍選手の移籍の場合は現地の代理人が絡んでくることもあり、取引は奇々怪々です。2016年夏にユヴェントスからマンチェスター・ユナイテッドへ移籍したフランス代表ポール・ポグバ選手の場合、代理人ミノ・ライオラが3者の代理人を務めていたなんていうこともあり、この場合はミノ・ライオラが3者から報酬をせしめるという濡れ手に粟という状態になりました。
2022年、移籍が変わるかも?
仲介人は事実上、条件さえ満たせば誰でもなれてしまうので、選手の家族が選手の代理人を務めるケースも多々ありました。そうすると守るべき法律や規約を守っていなかったり、なかには法外な報酬をせしめようとするケースもでてきていました。
2022年より、先ほどのミノ・ライオラが3者から報酬をせしめたようなことを防ぐため、同じ移籍取引で複数の顧客を担当できなくなるといった規制が検討されています。また、認定試験制度をはじめることで、代理人の「質の担保」を始めることになりそうです。
契約のスケジュール
契約期間については基本的に1年は2月1日から1月31日ということになっています。しかし、多くのチームは過密日程のため、1月中に始動します。グランパスも新体制発表会後から本格始動します。そのため、移籍加入選手もそこに参加します。
これは上記11条3項の解釈によるものです。
- ポイント:移籍してきた選手は、所属関係が消滅したとみなされて1月から参加できる
移籍のオファーはいつから出せるのでしょうか?実は契約終了半年前からオファーを出すことができます。ただし、以下の通知書で相手選手所属クラブに通知をしなければなりません。通知をするということになると、相手もプロテクトをしてくることでしょう。シーズン中にこのような交渉はやりにくいのは確かです。
通常の契約更新の流れは、以下のようになっています。
12月にリーグ戦が終了したら、5日以内に、契約更新の意思を通知しなければなりません。
- ポイント:12月頭には、クラブが来年契約したい選手は決まっている
送られる書類は、以下のような書類になります。契約更新を行わない場合は「(4)以降、貴殿と契約を締結する意思はありません」に○がつけられて通知を行います。
通常、契約更新通知期限(シーズン終了から5日以内)から12月31日までは現所属クラブの優先交渉期間になります。
- ポイント:12月中に決まる移籍は、上記フォームに対して拒否の応答が行われたか、他クラブから契約交渉開始の通知書を出して交渉されたもの
- ポイント:契約更新通知に返答を行わないと通知条件を受け容れたことになる
- ポイント:C契約提示で、基本報酬のダウン提示を受けたときは自由に移籍先を探すことができる(案外知られていない)
契約更新通知を拒否したか、他クラブから契約交渉開始の通知書が出されたか、1月1日以降は、選手は他クラブと自由に交渉することができます。
実は、12月31日までに合意した契約更新をすべて発表するわけではないので、一般のサポーターは選手がどういうステータスなのかわからないのです。
1月1日以降に未発表の選手は以下の4通りのパターンがあります。
- 契約更新に合意しているが、ただ発表していない
- 契約更新に合意しているが、付帯条件を交渉中である
- 契約更新に合意していないので、現所属クラブとさらに交渉中である
- 契約更新に合意していないので、他クラブと交渉中である
1から4のいずれかなのかは外部からは見分けることはできません。ただ選手に近い記者やライターさんには、自主トレの状況を見たり、選手間での噂を耳に挟むことから、どの選手はどのパターンか、という情報を一部得ています。自主トレに1月になっても施設を利用している選手は、だいたい1か2のパターンです。
まったく姿を見せない選手については、代理人に交渉を一任し、3か4のパターンになっていると考えられるでしょう。
3や4のパターンだと、代理人や相手チームから情報が漏れることもあります。
また、複数年契約中の選手の場合、違約金が発生する可能性があります。他クラブと交渉中であっても、違約金を満額支払うことができなければ契約更新になることもあります。
- ポイント:1月に入っても合意ができていない場合でも、チームと契約更新が行われる可能性はゼロではない
このあたりを理解しておくと、オフシーズンの選手の動きが判りやすくなるかもしれません。
チームが考えていること
チームが良い選手を集めるのは、勝つためです。
- 良い選手は、長期間安定して保持したいので長期契約を結びたい
- 活躍してくれるか自信がない選手(例:高齢の選手)はできるだけ短い契約を結びたい
- 同じポジションであってもスケジュールが厳しいJリーグでは複数の選手を確保したい
- 戦術の柔軟性を考えると、「この戦術のときに欲しい選手」も欲しい
- そのため、レギュラーではないけど欲しい選手というのもいる
代理人(仲介人)が考えていること
代理人は、選手の価値を最大化することが使命です。(現在は「仲介人」が正しい呼び名ですが、ここでは通称にならって代理人と表記します)
- 年俸のうち決められた割合と、移籍時の移籍補償金のうち決められた割合の手数料(最大3%)で収入を得る
- そのため、選手の給料(最大3%)を上げるか、移籍させることが収入アップに繋がる
たまに、この選手がなぜこんな時期に移籍するのか?という疑問の起こるような移籍があります。2021-22年のオフも、多くの給与の高いベテラン選手の契約満了が発表され、それに伴い代理人の収入確実に減っています。給料に伴うフィーは最大3%と定められているので、5000万円だったら150万円ですが、800万の選手だったら12万にしかなりません。そうなると手っ取り早く減収分を埋めようとしたら移籍補償金を得るという方法があるのです。
そのため、移籍を積極的にさせようとしているのでは?という代理人(事務所)がいくつかあります。ただ、むやみやたらに移籍させても選手の価値が上がらないこともあります。「この代理人では価値が上げられない」と選手が感じたら契約解除される可能性があります。選手も厳しい目で代理人を見ています。
- むやみやたらに移籍をさせてばかりいると、選手からの信頼を失ってしまう
- 選手の価値を上げられると確信をし、選手も納得させられるときに切る「切り札」が「移籍」
このあたりに興味のあるひとは、junjunさんのブログを読むとよいでしょう。https://junjun-football.com/?p=2699
参考:2022年新加入選手のエージェント会社
- チアゴ:外国のエージェント会社
- 河面 旺成:ヨコジスポーツマネジメント
- レオ・シルバ:JSP
- 仙頭 啓矢:JEB
- 酒井 宣福:ジェイピーコンサルティング
選手が考えていること
選手が求めることは、選手によって異なります。以下の項目のうち1つ、ないしは複数を求めていると考えられます。
- 自分のやりたいプレーができるチームでプレーしたい
- プレー機会が多いチームでプレーしたい
- この選手とプレーしたい、という選手のいるチームでプレーしたい
- もっと自分をスキルアップさせてくれるチームでプレーしたい
- 自分が中心になって責任を持たせてくれるチームでプレーしたい
- 自分の好きなチームでプレーしたい
- 将来のキャリアに繋がるチームでプレーしたい(代表、海外)
- タイトルが取れるチームでプレーしたい
- もっとお金を貰えるチームでプレーしたい
自分のこととして置き換えてみれば、どれも納得のいく理由でしょう。
チームと選手がマッチング成功、だから長期契約をしよう
チームは強くなるために、こんなプレーをして欲しい。選手も(1)こんなプレーがしたい。マッチングできたら加入です。もちろんしたいことだけじゃなくて諸々お金などの条件も満たさなければマッチング成功とはなりません。
さて、せっかくいい選手に加入して貰えたのでこういうサッカーがしたいということが固まっているチームなら、長期の契約を結ぶメリットがあります。毎年チームに合う選手を探さなくて良くなるからです。
しかし長期契約は選手にとって、メリットだけではなく、デメリットもあります。長期の契約には違約金が高額に設定されるからです。
一説では、宮原和也選手が名古屋グランパスに完全移籍加入をしたときには2億円を超える違約金を支払ったと言われています。
選手にとってのメリットは
- ○長期にわたって雇用が安定する
ということです。
しかし、
- ×活躍しても給料が上がらない
- ×より良いオファーがあっても高額な移籍金のせいで動けないかもしれない
というデメリットもあるのです。
そのため、活躍できる自信があり、その結果、給与が上がったりオファーがくることが予想できる場合は、代理人が複数年を勧めないケースがあります。
マッチングできて加入したはずなのに、なぜお別れが発生するのか
たとえば(1)自分のやりたいプレーができるチームでプレーをしたい、としてチームに加入したとします。しかし、状況は変わるものです。
たとえば(1)のような理由で移籍したけど、(2)思ったほどプレー機会を得られない。ということもあります。
(1)のような理由で移籍したけど、戦術変更で自分のやりたいプレーができなくなってしまった、ということもあります。
その場合、選手や代理人が取れる選択肢は以下の2つです
- 契約期間が終わるのを待つ
- 移籍のオファーを貰う
移籍については、冬と夏の移籍期間しかできません。たとえば9月に夏の移籍期間が終わってからでは、(1)契約期間が終わるのを待つ しかないわけです。
この場合、クラブから「契約更新に関する通知書」に対して拒否をすることになります。するとそこから移籍交渉が自由化されます。
悲しいお別れを減らすためにはどうしたらいいか
選手の求めるものと、チームが求めるものが合致している限りは、ほとんどの場合お別れは発生しません。代理人が無理矢理移籍金を儲けに走らない場合は、移籍する必要がないからです。
選手の求めるものが変わる
選手はキャリアを積み重ねます。「(4)もっと自分をスキルアップさせてくれるチームでプレーしたい」を最初思っていても、キャリアの最盛期になると、「(7)将来のキャリアに繋がるチームでプレーしたい(代表、海外)(8)タイトルが取れるチームでプレーしたい」などの欲が出てきます。
面白いサッカー、スキルアップできるサッカーだけではこれらの欲には対応できません。そうなるとタイトルや成績などの「結果」をチームとして出していないと選手の欲に対応できないことになります。
これについては、はっきりいって防ぐことはできません。サポーターやチームは、選手を大切にすることしかできません。それでチームに愛着を持って貰う以上のことなんてできませんから。
チームの求めるものが変わる
こういうサッカーをするということが固まっているチームがあります。
- 鹿島アントラーズならブラジル流の勝負にこだわったサッカー
- 湘南ベルマーレならば、運動量とストーミング
- 横浜Fマリノスならば、欧州最先端の戦術を取り入れる
やるサッカーが固まっているチームなら、選手も自分がそこに入ってプレーすることがイメージしやすくなりますし、こういう選手がフィットするということをチームが求めやすくなります。
チームのやり方がコロコロかわってしまうようだと、チームの求めるものが変わり、ミスマッチがしょっちゅう発生してしまうことになります。もしそんなチームがあったら、選手にとってはリスクのかたまりです。
残念ながら、そのやり方がコロコロ変わるというのは珍しいことではありません。監督がかわるとともにチームのやり方がコロリと変わってしまうことがあります。というかよくあると言ってもいいでしょう。
監督が変わった時、前任者の路線を継承するとなると、「なんだよ同じじゃないか」と思われてしまうかもしれません。プライドの高い新監督は、それを嫌って「俺は違うぞ!」という方向にいってしまうわけです。
本来ならば、良いと思われるところは残し、悪いと思われるところを改善するのが一番効率的なはずなんですけどね。
ただし、やり方を固定的にすることにもデメリットはあります。
同じメンバーが長く指導をしていると、悪い意味の「馴れ」が生じてしまうことで悪い面もあります。そのため適宜指導者を入れ替えて、「馴れ合い」を防ぎながら、それでもチームとしてのやり方は統一していった方が良いと言われています。
まとめ
- 1月に入っても去就が未発表な場合は覚悟が必要(名古屋グランパスは新年に発表と宣言しているのでわからない)
- 悲しいお別れを減らすためには、選手とチームのマッチングがうまくいくようにする
- 選手の求めることは他人からは変えられないし、選手が歳を取るにつれてどんどん変わっていく
- チームとしては選手が選びやすいように、チームとしての「やり方」「ビジョン」などを明確にして、コロコロ変えないようにする
- ある程度タイトルや成績を伴わないと選手もついてこない
いかがだったでしょうか。毎年発生する移籍騒動も、こういうことを知っていると、ちょっと見方が変わってくると思います。覚えて置いて下さると幸いです。