お題箱からのリクエストです。
自分の生活に置き換えてみましょう。
大きなお金を投資するっていうのは結構度胸が必要ですよね。
月のお小遣いの範囲でどうにかするのか、貯金をはたいて大きな買い物をするのか。それとも・・・?
ちょっと考えてみましょう!
戦略A:大規模投資による「ハイリスク・ハイリターン」戦略
これは、クラブの年間予算を大きく超える、あるいは上限いっぱいまで活用し、国内外から実績のあるスター選手や即戦力の代表クラスの選手を獲得し、一気にチーム力を引き上げてタイトル獲得やACL出場権といった高みを目指す戦略です。いわば「オールイン」に近い攻めの経営判断と言えます。
用語解説:オールインとは、トランプのゲーム「ポーカー」において、プレイヤーが自身の全てのチップを賭ける行為を指します。
「ハイリスク・ハイリターン」戦略のメリット
- 競技成績の飛躍的向上と「夢」の提供:最大のメリットは、短期間でチームが劇的に変貌し、リーグ優勝争いという、若いサポーターが見ることのできなかった景色を提供できる可能性です。この「夢」や「熱狂」は、何物にも代えがたい価値を持ちます。
- 事業収入の爆発的増加:スター選手の加入は、単なる戦力アップ以上の効果をもたらします。ユニフォームの売上は上がり、注目度の高まりはチケット収入を押し上げ、全国的なメディア露出は新たなスポンサーを呼び込むでしょう。放映権料の分配金増加も期待できます。
- クラブのブランド価値向上:「〇〇選手が所属するクラブ」として国内外に認知され、クラブのブランドイメージが飛躍的に向上します。これにより、将来的に他の有力選手を獲得しやすくなるという好循環も生まれます。セレッソ大阪はフォルラン選手の獲得で、一時期Instagramフォロワー数がJリーグナンバーワンになっていました。
- 既存選手の成長促進:ワールドクラスの選手と日々トレーニングを共にすることで、既存の若手・中堅選手の基準値が上がり、チーム全体のレベルアップが加速します。わずか数週間でしたが、昨年相馬勇紀選手がグランパスに与えた影響は大きかったようです。
「ハイリスク・ハイリターン」戦略のデメリット
- チームを破綻に招きかねない財務リスク:これが最大のリスクです。もし補強が失敗(獲得した選手の怪我、不振、チームへの不適合など)に終わった場合、高額な移籍金と年俸は巨額の負債となってクラブに重くのしかかります。一度の失敗が、その後5年、10年と続く長期低迷の引き金になりかねません。実際グランパスはそのため2回潰れかかっています。
- チームケミストリー崩壊の危険性:高額な年俸を受け取る補強した選手と既存選手との間に軋轢が生まれる可能性があります。また、監督の戦術にフィットせず、個の力に頼るだけのチームになってしまった場合、組織としての機能性が失われ、かえって成績が低迷するケースも少なくありません。
- ファンからの過度な期待と反動:大きな投資は、ファンからの「勝って当たり前」という過度な期待を生み出します。少しでも結果が出なければ、称賛はすぐに激しい批判へと変わり、監督や選手、そしてフロントは凄まじいプレッシャーに晒されます。
- 後の祭りになる可能性:一度「オールイン」して失敗すれば、次のシーズン以降の補強資金は枯渇します。主力が抜けた穴を埋めることもできず、チームは「焼け野原」状態になる危険性があります。
戦略B:小規模投資による「ローリスク・ミドルリターン」戦略
こちらは、アカデミー出身の若手を積極的に登用し、他クラブで出場機会に恵まれない才能や、移籍金のかからないベテランなど、スカウトが見つけ出した「掘り出し物」を着実に獲得していく地道な戦略です。長期的な視点で、チームの成長曲線を描いていくアプローチです。
「ローリスク・ミドルリターン」戦略のメリット
- 経営の安定性と持続可能性:クラブの屋台骨である財務の健全性を維持できます。堅実な経営は、クラブが10年後、50年後も地域に存在し続けるための最も重要な基盤です。浮いた資金を育成組織や練習施設の改善に回すことで、未来への投資ができます。
- チームとしての一貫性とアイデンティティの醸成:長期的にこういう戦い方をするというチームのアイデンティティーを構築できていれば、戦術を長期的に浸透させることができ、選手間の連携が深まった、成熟度の高いチームを作り上げることが可能です。アカデミー出身の生え抜き選手が活躍すれば、サポーターにとっては選手への思い入れを抱きやすくなりますし、それはクラブへの強い愛着に繋がります。アカデミー育ちの選手が増えることは、ファンコミュニティの醸成に役立ちます。
- 将来的な売却益(キャピタルゲイン)の可能性:自前で育てた若手選手が活躍し、国内外のビッグクラブへ高額な移籍金で売却できれば、その利益をクラブのさらなる強化資金に充てることができます。これはクラブにとって非常に重要な収入源です。高く買えないクラブに放出するのはNGです。
- 現実的な目標設定と健全なプレッシャー:ファンもクラブの台所事情を理解しているため、過度な期待を抱かせることがありません。一試合一試合の勝利に一喜一憂しながら、チームの成長を見守るという、サッカークラブが持つ本来の楽しみ方を提供できます。
「ローリスク・ミドルリターン」戦略のデメリット
- 競技成績の停滞とマンネリ化:チーム力の向上が緩やかであるため、うまく行ってもリーグ中位に留まるシーズンが多くなりがちです。大きな驚きや刺激が少ないため、ファンが「マンネリ」を感じ、スタジアムから足が遠のくリスクがあります。幸いにしてグランパスは熱いファミリーのおかげで観客減は防げています。
- 主力選手の絶え間ない流出:この戦略で最も頭が痛い問題です。育て上げた優秀な選手は、貴田遼河選手や藤井陽也選手のように、憧れの海外などのビッグクラブへ引き抜かれていきます。毎年のようにチームの再構築を迫られ、安定したチーム作りが困難になる場合があります。というか、財政再建を始めた山口素弘GM時代はずっとこれの繰り返しですね。
- 降格のリスク:戦力が傑出しているわけではないため、少し歯車が狂うと(主力の長期離脱など)、一気に降格争いに巻き込まれる危険性が常に付きまといます。マテウスカストロ選手の複数回の離脱、三國ケネディエブス選手のスランプなどで、今年は不安を抱える時期が長くなりました。
じゃあどっちがいいの?
どちらの戦略もメリット・デメリットがあることがわかりました。
お小遣いの範囲でやりくりするのでは限界があるし、貯金を使い果たしちゃったら後にCOVID-19みたいな時期があって収入が下がるようなことがあったら大変なことになります。
でもちょっと待って、お小遣いの範囲で使える金額と貯金額はどれくらいあるの?
名古屋グランパスの投資可能金額はいったい幾らなのか
財務状況の分析
まず、名古屋グランパスの財務状況を確認してみましょう。
- 売上高63億円・各利益が黒字: これはJリーグクラブとして非常に優秀かつ健全な経営状態です。多くのクラブが赤字に苦しむ中、安定した収益基盤とコスト管理能力があることを示しています。
- 純利益1.7億円: これが、一年間の事業活動を通じてクラブが純粋に手元に残した資金です。これが将来の投資の原資となる最も基本的な数字です。
- 自己資本(内部留保): 内部留保の主要な要素である利益剰余金は2024年度決算で6億9千万です。ある意味私たちの生活に置き換えたときにこれが貯金額と思っていいでしょう。
この「安定した黒字経営」という事実が、グランパスの意思決定の拠り所となります。
1. 通常の場合の投資上限額
これは、クラブの持続可能性を最優先し、経営の安定を損なわない範囲での補強を考える場合の金額です。
投資上限額: 2億円 〜 3億円 (※移籍金と年俸の総額を想定)
算出根拠
- 単年度の純利益を基準とする:最も堅実な考え方は、「前年度に稼いだ利益の範囲内で投資を行う」というものです。純利益1.7億円がその直接的な原資となります。これに営業利益(1.88億円)や経常利益(2.21億円)も考慮し、年間2億円というのが、誰が見ても納得できる持続可能な投資額の基準線となります。
- 減価償却とキャッシュフロー: 選手の移籍金は会計上、契約年数で分割して費用計上(減価償却)されます。そのため、単年度のキャッシュアウト(現金の支出)は大きくても、利益への影響は分散されます。これを考慮すると、純利益を多少上回る3億円程度までは、財務規律を保ちつつ行うことができる「やや積極的な通常投資」の範囲内と判断します。
- この投資で何ができるか: この予算規模であれば、J1で実績のある日本人選手を1〜2名、あるいは将来性のある外国人選手を獲得し、チームの弱点を的確に補強することが可能です。チームの骨格を維持しつつ、着実な戦力アップを目指すことができます。
2. 攻めた投資(アグレッシブ投資)を行う場合の上限額
これは、ACL出場権獲得やリーグ優勝を本気で狙う「勝負の年」と定め、数年分の利益を先行投資する覚悟で行う場合の金額です。
投資上限額: 10億円 (※移籍金と年俸の総額を想定)
算出根拠
- 複数年分の利益の先行投資:「この投資で必ずタイトルを獲り、賞金と事業収入増で回収する」という強いコミットメントの下、3〜4年分の純利益(1.7億円 x 4年 ≈ 6.8億円)を先行して投下する、という考え方がベースになります。
- 内部留保の活用:これまでの健全経営で蓄積してきた内部留保(自己資本)の一部を取り崩す決断をします。財務の安全性を揺るがさない範囲で、3億円程度をこの「夢を買う」投資に振り向けます。
- 親会社・スポンサーとの連携: グランパスの最大の強みは、トヨタ自動車という強力な親会社の存在です。この「10億円」という投資計画が、単なるギャンブルではなく、優勝によってクラブの価値を飛躍的に高め、トヨタブランドにも貢献するという明確な事業計画とセットであれば、親会社からの支援(増資や融資保証など)を引き出せる可能性があります。これが最後の拠り所となります。
- この投資で何ができるか:この10億円という規模は、現状Jリーグにいる選手のなかでもトップクラスの選手を獲得できるレベルの投資です。川崎フロンターレのエリソン選手の移籍金が5億円とも8億円とも言われています。彼くらいの選手を獲ることはできます。 ※ただし、スター選手の加入は、20~30億円の投資が必要です。
強調したいのは、「攻めた投資」は明確な勝算と回収計画があって初めて許されるということです。
- チームの主力選手が年齢的なピークを迎え、あと一人ワールドクラスが加われば優勝が狙える。
- 新スタジアム構想など、クラブが大きく飛躍するタイミングと合致している。
このような条件が揃った「ここぞ」というタイミング以外でこの規模の投資を行うことは、単なる無謀なギャンブルであり、クラブを危機に晒す行為です。
経営者としての結論
どちらか一方の戦略に偏ることは、クラブを危険に晒しかねないことがここまでの検証でわかったと思います。
もしも私がグランパスの経営者だったら、私の判断は、「基本は「ローリスク・ミドルリターン」戦略を土台としつつ、明確な勝機が見えた時にのみ、「ハイリスク・ハイリターン」戦略の要素を取り入れる」というハイブリッド型を採ります。
具体的には、 アカデミーへの投資を続け、スカウト網を駆使して「賢い補強」を基本路線とします。これにより、クラブの財務基盤とチームの土台を固めます。
ワンポイント解説:グランパスは今年からアカデミースカウトを増強しました。
そして、アカデミー育ちの有望な若手が台頭し、チームの核となる選手たちの年齢構成がピークに達した「数年に一度の勝負の年」を見極めます。そのタイミングで、優勝するために足りない最後のワンピースとして、ポジションを限定した上で、戦略的な大規模投資(例:絶対的なストライカーの獲得)に踏み切ります。
たとえば「通常投資(2〜3億円/年)でチームの土台を強化し続け、10年に一度訪れる絶好の勝機にのみ、明確な事業計画を立てた上で最大10億円の攻めの投資を断行する」となります
経営者として最も重要な責務は、クラブを存続させ、未来へ繋いでいくことです。
短期的な熱狂を追い求めてクラブを潰しては元も子もありません。
しかし、サポーターに夢を届ける姿勢は失ってはなりません。
この「持続可能性」と「非連続な成長」のバランスを、冷静な頭脳と熱い情熱を持って舵取りしていくことこそが、名古屋グランパスのようなJリーグクラブの経営者に求められる姿だと考えています。