はじめに
サッカーチームには「チームを強くすること」と「利益を出すこと」という二つの目的が存在する。 後者については議論の余地があり、利益を優先しすぎてチームが弱体化しては本末転倒だ。しかし、チームの存続を脅かすような赤字もまた許されない。 本稿では、財務の視点から山口素弘氏の功績について考察する。
Jリーグの「財務基準」とは
前提として、Jリーグのクラブライセンス規則における「財務基準」について触れておきたい。
編注: 2026/27 シーズンに向けクラブライセンス制度を改定 来シーズンについては特例措置が設けられています
「第12章第37条〔財務基準〕」および「運用細則」により、クラブには以下の二点が禁じられている。
- 3期連続の赤字
- 債務超過
ただし、コロナ禍の影響を鑑み、「純資産が大きく財務体質が強いクラブ(J1・J2のみ)」については3期連続赤字が認められる特例がある。また、債務超過に関しても、新たに陥った場合の特例措置や解消に向けた猶予期間が設けられている。 これらはあくまで暫定的な措置であり、Jリーグの基本方針が「健全な財政基盤の確立」にある点に変わりはない。
1. 栄光と影:ピクシー(ストイコビッチ)監督時代
サポーターにとって最大の喜びは、2010年のリーグ優勝と翌年の2位という輝かしい時代だろう。しかし、経営面で見ると状況は厳しく、手放しで喜べるものではなかった。
2009年のリーマンショック発生後、2010年以降の収入は減少。さらに2011年には東日本大震災が発生し、追い打ちをかけた。 その結果、2010年から2013年まで4期連続の赤字を計上した。現在の基準であれば、ライセンスが交付されない事態である。収入面で2009年の水準を超えるには、実に9年もの時間を要することとなった。 ピクシー監督時代は、チーム成績こそ優秀だったものの、経営的には赤字続きの苦しい時期であったと言える。
用語解説:当期純利益とは、会社が1年間で得た売上から、経費や税金など全ての支払いを差し引き、最後に手元に残った金額のことです。会社にとっての「最終的な手取り」のようなもので、この数字がプラスであれば、その年の経営活動の結果として資産が増えたことを意味します。
2. 財政の立て直し:西野監督・小倉監督時代
2014年、2015年の西野監督時代には、収支は順調に改善した。 2016年にはJ2降格という憂き目に遭ったが、皮肉にも収入自体は増加している。 チーム成績は芳しくなかったが、経営面での立て直しには成功しており、スポーツと経営の両立の難しさを物語る結果となった。
3. J2からの飛躍と反動:風間監督時代
J2降格が、結果として成長のきっかけとなった。 2017年(J2時代)に収入は底を打ち、翌2018年、2019年には過去最高の収入を記録。入場料収入も過去最高となった。観客動員のための施策や、選手のアイドル的な売り出し方には賛否があったかもしれないが、収入増がチーム力強化につながるという意味では良い傾向であった。
用語解説:損益計算書(P/L)とは、ある期間に会社が「いくら稼ぎ、何に使い、最終的にどれだけ儲かったか」を示す会社の成績表のことです。収益から費用を差し引いて利益を算出する仕組みになっており、会社に「儲ける力」がどれくらいあるのか、その経営状態をひと目で判断するために使われます。
一方、経営数値は飛躍的に伸びたものの、その反動は後にやってくる。 2016年から2018年の黒字期間はGMがおらず、強化を担当したのは大森SD(スポーツダイレクター)だったが、成績は振るわず、再びJ2降格の一歩手前まで追い込まれることとなった。
4. コロナ禍と山口執行役員時代:危機管理の手腕
2019年は収入が飛躍的に伸びたものの、諸経費の増加により赤字に転落した。大型予算が裏目に出た形だ。 続くコロナ禍では、収入が伸び悩む中で経費が増加し、大幅な赤字となった。
山口氏がGM・執行役員に就任したのは、まさにこの苦境の時期である。 2019年・2020年・2021年と3期連続の赤字となり、2021年には債務超過に陥った。今思えば、フィッカディンティ監督との契約更新がならなかった背景には、こうした財政事情があったのだろう。
2022年からの長谷川監督時代に入り、利益と収入は改善した。 チーム成績は2020年の3位から2023年まで一桁順位をキープしたが、2024年・2025年度は芳しくない。しかし、もし山口氏のミッションが「低予算でこの危機をしのぐこと」であったなら、この期間は稀に見る「チーム成績と経営再建がまずまず両立した時期」と評価できる。 長谷川監督はグランパスでタイトルを獲得した唯一の日本人監督であり、おそらくタイトル獲得監督の中では最もコストパフォーマンスに優れた監督だったのではないだろうか。
総括
収入が落ち着いた来期には、飛躍の可能性が秘められている。 ようやくコロナ禍の影響を脱し、資金を投入できるフェーズに入った。今期後半に獲得した木村選手や藤井選手の例を見ても、そろそろ積極的な補強が期待できる時期に来たと言えるだろう。
来期は降格がないレギュレーションとなるため、新体制ではリスクを恐れずチャレンジができるはずだ。 今後のさらなる飛躍に期待したい。





