移籍に関する規則の改定
まず、3つの文書の役割を整理します。
- br18.pdf(一般則)
- 名称: サッカー選手の登録と移籍等に関する規則
- 対象: アマチュアを含むすべての選手(プロ・アマ共通の基本ルール)。
- 役割: 登録の基本原則(二重登録禁止など)や、アマチュア選手の移籍ルールを定めています。プロ選手の詳細は「プロ選手規則(br20)」に委任しています。
- br20_20241121.pdf(現行/過渡期ルール)
- 名称: プロサッカー選手の契約、登録および移籍に関する規則(2025年2月1日施行版)
- 特徴: 従来の「プロA・B・C契約」制度が維持されているバージョンです。
- 役割: 2025年シーズンまでのルール運用に使用されます。
- br20_20250717.pdf(新ルール・抜本改正)
- 名称: プロサッカー選手の契約、登録および移籍に関する規則(2026年2月1日施行版)
- 特徴: 「プロA・B・C契約」の撤廃、シーズン移行(秋春制)への対応、報酬規定の全面改訂が含まれる、将来のルールブックです。
最大の変更点:契約区分の廃止(2026年〜)
最も大きな変更は、br20_20241121(旧)にあった契約区分が、br20_20250717(新)で廃止される点です。
| 項目 | 旧(2024/11/21版) | 新(2025/07/17版) |
| 契約区分 | プロA、プロB、プロCの3区分が存在。 出場時間の実績により区分が変動。 | 区分なし(単一の「プロ契約」)。 A/B/Cという概念自体が消滅。 |
| 新人・若手 | 実績のない新人は原則「C契約」からスタート(年俸上限460万円)。 出場時間を満たすとA契約へ移行可能。 | 初年度年俸上限 1,200万円。 従来のC契約のような厳しい低額キャップが緩和され、実力ある新人を評価可能に。 |
| 人数制限 | プロA契約枠は原則1チーム25名(または27名)以内という制限あり 。 | 人数の上限撤廃。 代わりに、J1クラブは「プロ選手を20名以上」保有する下限義務が発生(2026/7/1〜) 。 |
3. 報酬(基本報酬)のルール変更
契約区分の廃止に伴い、報酬の最低額・最高額の考え方が「契約タイプ別」から「所属リーグ別」等にシフトしました。
| 項目 | 旧(2024/11/21版) | 新(2025/07/17版) |
| 最低年俸 | プロA契約のみ:年額460万円以上。 プロB・Cには下限規定なし。 | リーグごとの下限設定。 ・J1: 480万円 ・J2: 360万円 ・J3: 240万円 ※18歳以下の選手等は対象外。 |
| 最高年俸 | プロB・C契約:年額460万円以下 プロA契約(初年度):670万円以下 それ以外は上限なし。 | 原則上限なし。 ただし、プロ初年度の選手に限り、年額1,200万円以下 |
4. シーズン移行(秋春制)への対応
br20_20250717(新)では、Jリーグのシーズン移行(2026年から)に合わせた規定が盛り込まれています。
- 登録年度(シーズン)の定義:
- 旧: 2月1日〜翌年1月31日
- 新:
- 移行期(0.5シーズン): 2026年2月1日〜2026年6月30日
- 本格移行後: 7月1日〜翌年6月30日
- 登録ウインドー(移籍期間):
- 新: 7月〜9月(夏のウインドー)がシーズンの「初回」登録期間となり、1月〜3月(冬)が「第2回」となります
- 新: 7月〜9月(夏のウインドー)がシーズンの「初回」登録期間となり、1月〜3月(冬)が「第2回」となります
5. 支度金(引越し等の手当)の簡素化
選手が移籍や新加入する際に支払われる「支度金」の規定が大幅に簡素化されました。
- 旧(2024/11/21版):
- 家族構成(独身、既婚、子供あり)や費目(家具、家電、車など)ごとに細かく金額が設定された表(最大500万円)に基づいて支給
- 家族構成(独身、既婚、子供あり)や費目(家具、家電、車など)ごとに細かく金額が設定された表(最大500万円)に基づいて支給
- 新(2025/07/17版):
- 費目ごとの上限表を撤廃。
- 一律上限 500万円(税別) の範囲内で、住居費・家具等を支払うことができるというシンプルな規定に変更
6. トレーニング補償金(プロからプロ)
移籍時に旧所属クラブへ支払われる「トレーニング補償金」の算出額について、新ルールでは「契約ランク(A/B/C)」の概念がなくなるため、算出ロジックが変更されています。
- 旧: 元の契約がAかBかCか、また提示された更新条件によって支払い義務や金額が変動
- 新: 契約ランクによる分岐を削除。原則として「J1: 800万/年」「J2: 400万/年」「J3/JFL: 100万/年」×在籍年数 というシンプルな計算式に統一
削除された条項(旧規則との比較)
参考までに、旧規則(br20_20241121.pdf)には以下の期限が明記されていましたが、新規則ではこれらの記述が見当たりません。
- 更新通知の期限: 「リーグ戦終了日の翌日から5日後」または「契約満了の30日前」までに通知する義務6。
- 交渉の期限: 「12月31日」または「契約満了日」までに交渉を終える規定7。
したがって、新規則では契約更新の通知や交渉の期限に関する一律のルールはなくなり、個別の契約満了日や、FIFA規則に準拠した「満了6ヶ月前からの自由交渉」がベースになっていると考えられます。
契約のスケジュール
通常の契約更新の流れは、以下のようになっていました。このルールは統一契約書の改訂により、今年が最後の適用になります。

今年の契約までは、リーグ戦が終了したら、5日以内に、契約更新の意思を通知しなければなりません。(新ルールでは5日制限がなくなります)
- ポイント:リーグ終了直後には、クラブが来年契約したい選手は決まっている
送られる書類は、以下のような書類になります。
契約更新を行わない場合は「(4)以降、貴殿と契約を締結する意思はありません」に○がつけられて通知を行います。

契約更新に関する通知書(2025年までのもの。2026年以降のフォーマットは公開されていません)
【12月31日まで】現所属チームの「優先交渉期間」 ※ 2025年までのルール
通常、シーズン終了後の「契約更新通知期限」から大晦日までは、現所属チームが優先的に交渉できる期間です。2026年以降は優先交渉期間もなくなります。
- 原則: 選手が契約更新通知に返答しなければ、自動的に条件を受け入れたことになります。
- 例外(移籍が起きるケース):
- 選手が提示条件を拒否した場合
- 他クラブから正式に「契約交渉開始」の通知が届いた場合
- 【意外なルール】 C契約提示で、かつ年俸ダウン提示だった場合、選手は自由に移籍先を探せます。
【1月1日以降】争奪戦のスタート※ 2025年までのルール
年が明けると優先交渉期間が終了し、選手は他クラブと自由に交渉が可能になります。 ここから、各チームは交渉で埋まらなかった穴を埋めるために動き出し、移籍市場が一気に活発化します。
「未発表」の選手はどうなっている?※ 2025年までのルール
契約更新を順次発表するタイプのチームにおいて、1月1日を過ぎても発表がない選手は、「交渉がスムーズにいっていない」ことだけは確実です。 ただし、「12月中に合意していても、発表のタイミングを遅らせているだけ」というケースも多々あるため、サポーターからはステータスが見えにくくなっています。

1. チーム主導の別れ(戦力外)
チームが「来季の契約は結ばない」と判断した場合、選手には「契約更新の意思なし」と記載された通知書が渡されます。いわゆる「0円提示(戦力外通告)」です。
- 今年の事例: おそらくキャスパー・ユンカー選手がこれに該当すると推測されます。事前に決まっていたことで、豊田スタジアムでしっかりとお別れができたのは、不幸中の幸いでした。
2. 交渉の末の別れ(決裂)
一方、チームが契約更新を打診した場合でも、そこからシビアな交渉が始まります。 提示された「新年俸」や「契約条件」を、代理人(フットボールエージェント)が精査するため、タフな話し合いになることも少なくありません。
ここで最も重要な判断材料となるのが「来季構想」です。
- 選手側の心理: 条件面での不満はもちろんですが、「来季の構想において、自分は本当に必要とされているのか?」「試合に出られるのか?」という点が、残留か移籍かの分かれ道になります。
【事例】山田陸選手の移籍(2023-24オフ)
昨オフの山田陸選手のV・ファーレン長崎への移籍は、まさにこの「来季構想」が影響したと想像できます。
- 当時の状況: 稲垣祥・米本拓司という絶対的な存在に加え、内田宅哉も完全移籍で加入。
- 強化部の判断:出場機会の保証はできない。あくまで競争で、ベテランを食うだけの活躍をして欲しい。
- 選手の判断: 「激しいポジション争いの中で出場機会を得るのは難しい」と考え、よりチャンスのある場所を選んだのではないでしょうか。
移籍のオファー
2024年12月30日に原輝綺選手の移籍が発表されました。
これは清水エスパルスは優先交渉期間ギリギリまで慰留に努めていたが、選手が更新オファーと、移籍オファーを見比べて検討した結果、移籍を決断した、と思われます。

移籍オファーはいつから出せる?
実は、契約満了の半年前からオファーを出すことが可能です。
ただし「事前通知」が必須
勝手に交渉できるわけではありません。ルール上、以下の通知書を用いて、現所属クラブに「交渉を開始する」旨を通知しなければなりません。
シーズン中の交渉は難しい
通知を行えば、当然ながら相手クラブはその選手を全力で引き留め(プロテクト)にかかります。 シーズン中にこうした駆け引きを行うのは、チーム内の空気を乱すリスクもあり、現実的にはかなりやりにくいのが確かです。
他クラブ在籍プロ選手との契約交渉開始に関する通知書
1月1日以降、発表がない選手の「4つの状況」
年が明けても未発表の選手は、以下のいずれかの状態にあります。外部から確実に見分けることはできません。
- 合意済み(未発表): 契約更新は完了しているが、発表していないだけ。
- 条件詰め中: 大筋で合意しているが、付帯条件(インセンティブ等)を交渉中。
- 交渉難航(現チーム): 条件面で折り合わず、現所属クラブと交渉を続けている。
- 移籍交渉中(他チーム): 現所属クラブとの更新に合意せず、他クラブと交渉している。
残留と移籍をどうやって見分ける?
記者やライターは、「自主トレの場所」や「情報の漏れ方」から状況を推測しています。
- クラブ施設で自主トレしている場合(パターン1・2)
- 1月になってもクラブハウスを利用しているなら、残留の可能性が高いです。
- まったく姿を見せない場合(パターン3・4)
- 代理人に交渉を一任し、自身は動きを控えている可能性があります。この場合、代理人や相手チームから情報(噂)が漏れてくることが多いです。
【重要】交渉していても残留はある
たとえ他クラブと交渉中(パターン4)であっても、複数年契約の選手なら「違約金」がネックになり、満額払えるチームが現れずに結局残留(更新)となるケースもあります。
「1月に入って未合意でも、残留の可能性はゼロではない」 これを覚えておくと、オフシーズンの動きがより深く理解できるはずです。
選手の契約期間
1. 契約は2月から、でも始動は1月から?
プロサッカー選手の契約期間は、原則として「2月1日~翌年1月31日」と決まっています。 しかし実際には、多くのチームが過密日程に備えて1月中旬頃から始動します。グランパスも例年、新体制発表会の直後から本格的なトレーニングを開始し、そこには新加入選手も参加しています。
「契約期間前なのに、なぜ?」と思いますよね。
2. 1月から参加できる「カラクリ」
これには以下の理由があります。
- 移籍ウィンドウの開始: 冬の移籍登録期間は1月からオープンします。
- ルールの解釈(第11条3項): 「移籍が決まった選手は、前所属チームとの関係が実質的に終了したとみなす」という解釈が適用されるため、2月1日を待たずに新チームの活動に参加できるのです。
3. 「2月始まり」の契約は2025年が最後
現在、Jリーグは2026年から「秋春制(シーズン移行)」を導入することが決まっています。 現行の「2月1日~1月31日」という契約フォーマットは、あくまで現在の「春秋制」を前提としたものです。
そのため、この慣れ親しんだ契約期間のサイクルは、2025年シーズンが最後となります。来年以降は、契約のフォーマット自体が前述の通り大幅に変更されます。