チーム・代理人・選手の「三すくみ」。移籍と契約のメカニズム
1. チームが考えていること:すべては「勝つため」
チームが選手を集める最大の目的は、勝利することです。そのために以下のような戦略で契約を考えます。
- 良い選手: 長期間安定して保有したいため、「長期契約」を結びたい。
- 未知数の選手(高齢など): リスク管理のため、できるだけ「短期契約」にしたい。
- 選手層の確保: 過密日程のJリーグを戦い抜くため、同ポジションに複数の選手を確保したい。
- 戦術的な駒: レギュラーでなくとも、特定の戦術で輝く「オプション」としての選手も必要。
2. 代理人が考えていること:選手の価値と収入の最大化
代理人(フットボールエージェント)の使命は、担当選手の価値を最大化することです。彼らの収入源は、選手の年俸や移籍金の一部(手数料)です。
- 収入の仕組み: 建前上年俸の最大3%、または移籍時の「移籍補償金(違約金)」の最大10%程度。
ここで「なぜ今?」と疑問に思うような移籍が発生する理由が見えてきます。 新しい規則により、選手の報酬に伴う手数料は「最大3%」に制限されました(年俸2500万円以上の選手の場合)。例えば年俸5000万円でも手数料は150万円止まりです。 そこで、代理人が収入を増やすには以下の2つの道しかありません。
- 年俸を大幅に上げる(5000万→8000万になれば手数料も増える)
- 移籍を成立させる(契約期間中の移籍で発生する高額な補償金の最大10%を得る)
特に手っ取り早いのが、「契約満了で0円移籍させ、浮いた移籍金分を選手の年俸(サインボーナス)に上乗せしてもらう」という手法です。そのため、積極的に移籍を推奨するエージェンシーも存在します。
ただし、無闇に移籍させて選手の価値(市場評価)が上がらなければ、選手から「この代理人ではダメだ」と解任されるリスクもあります。選手も代理人を厳しい目で見ているため、移籍はあくまで「選手の価値を上げられる」と確信した時の切り札なのです。
※詳しく知りたい方は、junjunさんのブログ『クラブとエージェントとの関係性(名古屋グランパス/2022年編)』が参考になります。
【参考】グランパス所属選手とエージェントの一覧表
| エージェント | 主な契約選手 |
| R4SE | なし |
| スポーツソリューションインターナショナル(稲川朝弘) | マテウスカストロ |
| JSP | 武田洋平・佐藤瑶大 |
| eAMA | 永井謙佑 |
| JEBエンターテイメント(田邊伸明) | 野上結貴・三國ケネディエブス・森島司・浅野雄也 |
| アスリートプラス | 山中亮輔 |
| スポーツコンサルティングジャパン(佃ロベルト) | なし |
| UDN SPORTS | 甲田英將・中山克広・木村勇大 |
| イマージェント | (過去在籍)丸山祐市・石田凌太郎 |
| Jプランニング | 稲垣祥・行徳瑛・ピサノ |
| ユニバーサルスポーツジャパン | 山岸祐也 |
| フットステージ’(久米宏典・宮本行宏・吉崎博文・飯田正吾) | 和泉竜司・小野雅史・杉浦駿吾 |
| ODOROKI(石田博行) | (過去在籍)久保藤次郎・ターレス |
| ヨコジスポーツマネジメント※Webなし | 河面旺成 |
| Mundo Rico(小島卓) | 高嶺朋樹・小屋松知哉 |
| ジェイピーコンサルティング(坂井充隆)※Webなし | 椎橋慧也 |
| CAA Base | 内田宅哉・シュミットダニエル |
| グロボルフットビズコンサルティング | 倍井謙 |
| シンプレ | 貴田遼河 |
| PLAYERSFIRST | 宮大樹 |
| HEROE | 原輝綺 |
| Shuma | 徳元悠平 |
3. 選手が考えていること:十人十色の「欲求」
選手がチームに何を求めるかは人それぞれです。主に以下の9つの要素から、複数を組み合わせて判断しています。
- 自分のやりたいプレーができるか
- 出場機会が多いか
- 特定の選手(友人・尊敬する人)と一緒にプレーしたい
- スキルアップできる環境か
- 自分が中心となって責任ある立場で戦いたい
- 昔から好きなチームである
- 将来のキャリア(代表・海外)に繋がるか
- タイトルが取れるか
- より多くのお金が貰えるか
自分の仕事に置き換えてみれば、どれも納得のいく理由ではないでしょうか。
マッチング成功と「長期契約」の功罪
チームの「こういうプレーをしてほしい」と、選手の「こういうプレーがしたい」が合致し、条件面でも折り合えば、晴れて加入(マッチング成功)となります。
もちろん、「ここでやりたい」という想いだけでは決まりません。お金などの条件もしっかり満たして初めて、良いマッチングが成立します。
長期契約のメリット・デメリット
クラブ経営の視点では、良い選手とは「長期契約」を結ぶメリットがあります。毎年選手を探す手間が省け、戦力が安定するからです。しかし、選手にとってはどうでしょうか?
かつて宮原和也選手や中谷進之介選手が完全移籍した際、2億円超とも言われる移籍金(違約金)が発生したと言われています。長期契約には以下のようなメリットとデメリットがあります。
- メリット:長期間、雇用と給与が保証される。怪我をしても契約が守られる(安定)。
- デメリット:活躍しても契約期間中は給料が上がりにくい。また、高額な移籍金が設定されるため、他クラブからのオファーがあっても移籍のハードルが上がる。
そのため、「自分の価値はもっと上がる」と自信がある選手には、あえて長期契約を結ばないよう代理人が助言することもあります。
なぜ「悲しいお別れ」は起きるのか
加入時は相思相愛(マッチング成功)だったはずなのに、なぜ別れが訪れるのでしょうか。それは「状況の変化」によってズレが生じるからです。
- 「やりたいプレー」で選んだが、監督交代や戦術変更でできなくなった。
- 「出場機会」を求めたが、ライバルの台頭や怪我で出られなくなった。
このズレが生じた時、選手には「契約満了を待つ」か「移籍オファーを受けて出る」かの選択肢しかありません。 特に、契約更新のオファーを拒否して移籍を模索する場合、1月1日の自由交渉解禁を待たずに水面下で動き出すことになります。
【近年のグランパスにおけるミスマッチの例】
- 木本恭生 (2021-22): CBで勝負したかったが、ボランチ起用などが続き、やりたいサッカーとズレた。
- 仙頭啓矢 (2022-23): 60分での交代や控えに回る機会が増え、出場機会や起用法に不満が生じた可能性。
- 吉田豊 (2022-23): 怪我の間に相馬勇紀が台頭し、ポジションを失った。
- 山田陸 (2023-24): 出遅れている間に米本・内田らが定着し、割って入る隙がなくなった。
- 久保藤次郎(2024-25):中山克広との使い分けとなり、出場機会が制限された
このように、獲得後の活かし方やチーム事情の変化により、必然的にお別れが発生してしまうのです。
ただし、情勢が予想もつかない方向にいってしまうこともあるのは、サッカーによくあることでもあります。
「悲しいお別れ」を減らすためにできること
お別れを減らすには、チームと選手が求めるものを「合致させ続ける」しかありません。しかし、それには2つの壁があります。
選手の求めるものが変わる
選手はキャリアを積み重ねます。
若い頃は
- 「(4)もっと自分をスキルアップさせてくれるチームでプレーしたい」
と考えることもあります。
しかしキャリアの最盛期になると、
- 「(7)将来のキャリアに繋がるチームでプレーしたい(代表、海外)」
- 「(8)タイトルが取れるチームでプレーしたい」
などの欲が出てきます。
面白いサッカー、スキルアップできるサッカーだけではこれらの欲には対応できません。
そうなるとタイトルや成績などの「結果」をチームとして出していないと選手の欲に対応できないことになります。
もしもグランパスが成績が良くなくタイトルとは無縁で、日本代表などを輩出できていないチームだったら、
- 「タイトルの取れるチームに行きたい」
- 「日本代表に選ばれやすいチームに行きたい!」
と、選手が出て行ってしまう可能性があります
これを防ぐには
- チームが強くなる
- かつ、キャリアよりもチームを大切に想って貰う
くらいしかありません。
結局のところ、私たちサポーターにできることは限られています。
チームが強くなるように声を枯らして応援し、より良い補強ができるようにお金を落とし、そして所属してくれた選手を全力で大切にする。 そうやって、選手たちに少しでも「このチームが好きだ」という愛着を持ってもらうこと。それ以上のことはできないのです。
特に、海外移籍の流れは誰にも止められません。サッカーの中心がヨーロッパにある以上、そこを目指したいという選手の野心を完全に否定することはできないでしょう。 本音を言えば「行かないでほしい」と納得しづらい気持ちもあります。それでも、彼らの夢を理解し、送り出す覚悟を持つこともまた、サポーターの役割なのかもしれません。
チームの求めるものが変わる
こういうサッカーをするということが固まっているチームがあります。
- 鹿島アントラーズならブラジル流の勝負にこだわったサッカー
- 湘南ベルマーレならば、運動量とストーミング
- 横浜Fマリノスならば、欧州最先端の戦術を取り入れる
- 川崎フロンターレならば、パスサッカーで崩しまくる
チームスタイルが確立されている場合:鹿島や横浜FMのように戦術や方針が固まっていれば、選手は「自分がそこで活躍する姿」をイメージしやすく、チーム側も「この選手ならフィットする」という判断が容易になります。
方針がブレるチームのリスク:逆に、方針がコロコロと変わるチームは、選手にとって「リスクの塊」です。獲得された時点では必要とされていても、方針転換によってすぐにミスマッチ(構想外)になってしまうからです。
なぜ方針は変わってしまうのか?: 残念ながら、監督交代のたびにやり方が180度変わるケースは珍しくありません。 新監督にはプライドがあります。前任者の路線をそのまま継承すると「同じじゃないか」と思われかねないため、「俺は違うぞ!」と独自色を出そうとします。その結果、積み上げてきた良い部分までリセットしてしまうのです。
本当は、良いところは引き継いで、悪いところだけ直すのが一番賢いやり方なんですけどね……。現場の力学はそう単純ではないようです。
「継続」にも潜むリスク:一方で、同じコンセプトや体制を維持し続けることにもデメリットはあります。 同じメンバーが長く指導を続けていると、悪い意味での「馴れ」が生じ、組織全体がマンネリ化してしまう恐れがあるからです。
理想は「スタイルは維持、人は入れ替え」:そのため、チーム強化の定説として言われているのが、以下のバランスです。
- チームのやり方(哲学): 統一して守り抜く
- 指導者(監督・スタッフ): 適宜入れ替えて、マンネリや馴れ合いを防ぐ
つまり、芯となるスタイルは変えずに、指揮を執る人間を変えることで新鮮な空気を入れ続ける。これが最も健全な強化サイクルだと言われています。
まとめ
- 去就未発表への心構え
- 1月に入っても発表がない場合は、退団の覚悟が必要(ただし、名古屋グランパスのように新体制発表まで公表しない例もあるため例外はある)。
- 「悲しい別れ」を減らすために
- お互いにとって悲しい別れを減らすには、結局のところ「選手とチームの相性」が全て。
- 選手の視点(変えられないもの)
- 選手が求める条件は他者、ましてやサポーターがコントロールできるものではなく、キャリアや年齢とともに変化し続ける。
- チームの視点(変えるべきこと)
- 選手が「このチームでやりたい」と思えるよう、チームのスタイルやビジョンを明確化し、一貫性を持たせることが重要(方針をコロコロ変えない)。
- 現実的な条件
- いくらビジョンが良くても、ある程度のタイトルや成績が伴わなければ、最終的に選手を惹きつけることはできない。
いかがだったでしょうか。毎年発生する移籍騒動も、こういうことを知っていると、ちょっと見方が変わってくると思います。覚えておいて下さると幸いです。
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