
前編というか、前書きはこちら
#xG (ゴール期待値)と #xGA (被ゴール期待値)とは? 編集長シーズンレビューの前書きとして | グラぽ
本記事のデータは以下のサイトから引用しています。
- Jリーグ公式サイト
- Football-Lab
- Sofascore
- FotMob
問題提起(1) xGに対するxGの下振れ
名古屋グランパスの実際のゴールはxG(ゴール期待値)より少々少ない数値になっています。
得点はシーズンで44でした。
平均ゴール期待値を38試合に直すと47.956。
単純に言えば:
チャンス (xG) は比較的作れているが、得点に結びつけきれない
これは 38 試合換算では 4 得点分の損失です。
J1 の中位〜下位は勝点差が僅差のことも多く、 1試合 1得点の価値は非常に高いため、この差分は順位に直結します。
2025 J1リーグ ゴール期待値(xG)・実得点 比較表
実はxGでは名古屋グランパスの数値は11位です。リーグ全体から見るとそこまで悪いわけではないのです。 (両数値は Football Lab のチームスタッツより)(Football LAB)
順位(xG) | クラブ | 期待値 xG | 実得点(Goal) | 差分(Goal − xG) |
1 | サンフレッチェ広島 | 1.574 | 1.21 | −0.364 |
2 | セレッソ大阪 | 1.475 | 1.53 | +0.055 |
3 | 川崎フロンターレ | 1.455 | 1.74 | +0.285 |
4 | 柏レイソル | 1.352 | 1.53 | +0.178 |
5 | 清水エスパルス | 1.348 | 1.00 | −0.348 |
6 | ヴィッセル神戸 | 1.335 | 1.13 | −0.205 |
7 | ガンバ大阪 | 1.333 | 1.39 | +0.057 |
8 | FC東京 | 1.322 | 1.05 | −0.272 |
9 | FC町田ゼルビア | 1.318 | 1.34 | +0.022 |
10 | 京都サンガF.C. | 1.306 | 1.58 | +0.274 |
11 | 名古屋グランパス | 1.262 | 1.16 | −0.102 |
12 | 鹿島アントラーズ | 1.253 | 1.47 | +0.217 |
13 | アビスパ福岡 | 1.247 | 0.84 | −0.407 |
14 | 浦和レッズ | 1.230 | 1.18 | −0.050 |
15 | 横浜F・マリノス | 1.100 | 1.18 | +0.080 |
16 | アルビレックス新潟 | 1.098 | 0.95 | −0.148 |
17 | ファジアーノ岡山 | 1.089 | 0.89 | −0.199 |
18 | 湘南ベルマーレ | 1.034 | 0.92 | −0.114 |
19 | 横浜FC | 0.967 | 0.71 | −0.257 |
20 | 東京ヴェルディ | 0.890 | 0.61 | −0.280 |
① xG と実得点の乖離傾向
- 上振れ(実得点 > 期待値)チーム
- 川崎フロンターレ(+0.285)
- 京都サンガ(+0.274)
- 鹿島アントラーズ(+0.217)
- 柏、C大阪 など
これらのチームには 決定力(精度)と得点効率が高い傾向が見えます。
実得点が高い選手として川崎フロンターレにはエリソン、伊藤達哉、京都サンガにはラファエル・エリアス、マルコ・トゥーリオ、奥川雅也、鹿島アントラーズにはレオ・セアラー、柏レイソルには細谷真大、小泉佳穂のような実得点>期待値の選手が必ずいます。
長谷川健太前監督が、「ストライカーが・・・」と嘆くのはよくわかります。
- 下振れ(実得点 < 期待値)チーム
- アビスパ福岡(−0.407)
- 清水エスパルス(−0.348)
- サンフレッチェ広島(−0.364)
- 名古屋グランパス(−0.102)
機会は得られても、得点につなげきれていない傾向が見えます。アビスパ福岡はザヘディが安定せず、ウェリントンも年齢でフル出場が難しかったのかもしれません。清水エスパルスも高橋利樹の獲得がなければどうなっていたか。サンフレッチェ広島もジャーメイン良が決め切れていればもっと違ったのかもしれません。
名古屋グランパスは xG=1.262 で中位レベルの機会創出があるにもかかわらず、実得点 1.16 とやや下振れている点が特徴です。これが今季の成績(順位 16 位)低迷と結びついています。(Football LAB)
② 順位とのギャップ
- 名古屋グランパスの xG 値は 20クラブ中 11位 ですが、実際のゴール数と勝点が低く 成績順位は16位 と大きく乖離しています。
- 一方で 上位の川崎F、鹿島、京都 などは得点効率自体が高く、xG を得点や勝点に有効に繋げることができています。
個人別に見るxG [下振れの正体]
大きく下振れている選手
トータルで発生したゴールとxGの差分はFW陣だけで-8.305。(上記表より中山・野上を除いた合計)
➡ 本来15.305点取れていてもおかしくないFW陣が、実際は7点止まり(野上の1点除く)。
上振れしている選手(例外)
選手 | xG | 得点 | 差分 |
稲垣祥 | 9.01 | 11 | +1.99 |
マテウス | 4.01 | 5 | +0.99 |
➡ 本来は“得点源ではない中盤・IHタイプ”がチーム得点を補填
➡ DAZNでのインタビューで、「今年は僕に取らせる形を作っている」と稲垣が語る
下振れの原因の仮説:FWが本来の質を発揮できない
永井もユンカーも木村も山岸も二桁ゴールを取れるだけの経験を持つ素材にも関わらず、それを活かし切れていないのが現状です。
考察:なぜ「xGは高いのに点が取れない」のか(構造分析)
xGで見えない阻害要因がある
- xGは良い位置から、良い条件で打つと高くなる
- xGが高いのにゴールにならない理由
- 良い位置から打ってもシュートコースが甘い(ゴールキーパー正面など)
- 良い位置から打ってもシュートが枠内に飛んでいない
- GKのスーパーセーブ・DFのブロック
xGの性質の問題
xGは積み上げなので、低レベルのチャンスでも数を創れば積み上がってしまう。
xGモデルでは評価されにくい要因:
- 利き足ではないシュート
- ファーストタッチがズレた後のシュート
- GKとの距離感・角度調整
- ワンタッチ vs トラップ後
特に名古屋グランパスは 「シュート数は多いが“準備の整ったシュート”が少ない」 傾向が強い。
役割ミスマッチ
➡ xGは“確率”、ゴールは“技術と判断”
決定機の“分散化”問題
- 名古屋グランパスは 複数選手にxGが分散 している
- =「誰かが責任を持って決め切る構造」になっていない
- 他クラブ(上位)
- → エース1人が xGの20〜40%を占有
- 鹿島アントラーズ:レオセアラー
- 得点占有率: 21ゴール/58得点=36.2%
- 鈴木優磨と合わせると53.4%
- xG占有率:11.589/47.614=24.3%
- 鈴木優磨と合わせると42.6%
- 得点占有率: 21ゴール/58得点=36.2%
- 名古屋グランパス
- → 上位5人で分散(=再現性が低い)
- 得点占有率:永井・山岸・マテウス・ユンカー・和泉・木村で16ゴール/44得点=36.4%
- xG占有率:永井・山岸・マテウス・ユンカー・和泉・木村で22.557/47.956=47%
- 名古屋グランパスの特徴:
- → 上位5人で分散(=再現性が低い)
- 名古屋グランパスの特徴:
- 決定機生成はできている(xG は中位)
- 決定機を止める “決定力要素” の担い手が明確でない
これは次のような結果を生みます:
比較 | 上位チーム | 名古屋グランパス |
決定機数(xGベース) | 多い | 中位 |
高確率 xG の割合 | 高い | 低い |
決定力の担い手 | 明確(エース型) | 分散型・不在 |
→ “誰でも打つ構造”が得点の生産性を下げる
チーム戦術との相性問題
- 名古屋グランパスはサイド主導 → クロス中心 → xGは溜まる
- しかし
- ニアに入る人数不足
- セカンドボール回収率低下
- カットイン型FW不在
結果:^惜しい」が量産され、「決定打」にならない。
守備面との関連
攻撃は自分たちのボールにしてはじめて開始できます。

- 攻撃から守備への切り替え(ネガトラ)
- 組織化された守備
これらがしっかりと整備されていないと、そもそも攻撃が始まらないことになります。名古屋グランパスの攻撃回数は110.5回で16位。リーグ平均が114.4回ということなので、びっくりするほどの差ではありませんが「守備から攻撃への切り替え」が、ネガトラや守備の問題でなかなか発生させられなかった、ということになります。
xG改善の方向性
- 名古屋グランパスは“チャンスは作れているが、決め切る構造がない”チームである。
これは偶然ではなく、戦術・人員配置・役割設計が生む“構造的下振れ”である。 - 守備の時間が長く、攻撃回数(16位)が少ないため、チャンスの母数が少ない。ただし、攻撃に転じると攻撃回数のわりには高い確率でチャンスを創れている(11位)
よって、2026年に持ち越された課題は以下のようになると思います。
- “9番型”の役割明確化
- 稲垣・マテウスなど “決められる選手” の得点は上振れ
- 永井・ユンカーなどの “本来決めるべき選手” が下振れ
- 役割固定 or 専門FWの補強
- ポケット侵入回数の増加
- サイド突破後の「折り返し」を増やす
- xGには現れない、クロスの決めやすさを増やす
- フィニッシュ練習の再設計
- xG≧0.3の局面での決定率改善に特化
- ゴール前での意思統一
- 「誰が打つか」を曖昧にしない
- 守備の改善(xGAのところで深掘りします)
- ボールを奪いきる仕組みの確立
- ボールを奪った後の組立ての改善(ここで問題が出ることが多い)
問題提起(2) xGAに対する失点の大きな上振れ
名古屋グランパスの失点は、xGA(被ゴール期待値)よりかなり大きい数値になっています。
失点はシーズンで56でした。
平均xGA(被ゴール期待値)を38試合に直すと43.852。12点の差はかなり大きいと言えるでしょう。
2025 J1リーグ 被ゴール期待値(xGA)・実失点 比較表
実はxGAでは名古屋グランパスの数値は7位(!?)です。リーグ全体のなかでもかなり優秀な数値です。
順位 | クラブ | xGA | 実失点 | 実失点-xGA | 実失点/xGA |
1 | 神戸 | 0.929 | 0.84 | -0.089 | 0.904 |
2 | 広島 | 1.036 | 0.66 | -0.376 | 0.637 |
3 | 町田 | 1.071 | 0.89 | -0.181 | 0.831 |
4 | 福岡 | 1.072 | 0.97 | -0.102 | 0.905 |
5 | 東京V | 1.119 | 1.05 | -0.069 | 0.938 |
6 | 柏 | 1.139 | 0.84 | -0.299 | 0.737 |
7 | 名古屋グランパス | 1.154 | 1.42 | +0.266 | 1.231 |
8 | 川崎F | 1.219 | 1.50 | +0.281 | 1.231 |
9 | 鹿島 | 1.246 | 0.82 | -0.426 | 0.658 |
10 | 横浜FC | 1.248 | 1.13 | -0.118 | 0.906 |
11 | G大阪 | 1.250 | 1.42 | +0.170 | 1.136 |
12 | FC東京 | 1.254 | 1.26 | +0.006 | 1.005 |
13 | 横浜FM | 1.295 | 1.21 | -0.085 | 0.934 |
14 | 岡山 | 1.342 | 1.11 | -0.232 | 0.827 |
15 | 京都 | 1.383 | 1.05 | -0.333 | 0.759 |
16 | C大阪 | 1.402 | 1.50 | +0.098 | 1.070 |
17 | 浦和 | 1.430 | 1.03 | -0.400 | 0.720 |
18 | 新潟 | 1.443 | 1.71 | +0.267 | 1.185 |
19 | 清水 | 1.446 | 1.34 | -0.106 | 0.927 |
20 | 湘南 | 1.510 | 1.66 | +0.150 | 1.099 |
① xGA と実失点の乖離傾向
これらのチームには失点されてもおかしくないシーンでも、失点しない傾向が見えます。鹿島アントラーズ、浦和レッズともに守備陣、キーパーともに素晴らしい選手がいます。崩されても失点しない要素があるものと考えられます。
これらのチームには 失点効率が高い傾向が見えます。 名古屋グランパスは xGA=1.154 で中位レベルの失点機会の少なさがあるにもかかわらず、実得点 1.42 と大きく上振れている点が特徴です。これも今季の成績(順位 16 位)という低迷と結びついています。
共通して言えるのは川崎フロンターレが高井幸大の移籍、ジェジエウ。丸山祐市の怪我。アルビレックス新潟は小島亨と稲村隼翔の移籍とゲリアの怪我、代役として獲得した船木翔の怪我、名古屋グランパスはシュミット ダニエルと河面旺成の怪我と三國ケネディエブスのスランプがありました。移籍、怪我、スランプなどの要素が組み合わさると酷いことになりそうです。ただ、個人の問題だけにしていては失点は減らないと思いますので、この後考察したいと思います。
② 順位とのギャップ
xGA と実失点の関係
被ゴール期待値(xGA) は
相手の攻撃がチームに与えたチャンスの質に基づき、 統計モデルが予測する「防ぐのが難しい失点の期待値」 を示す指標
です。 一方で 実失点 は実際に失点した数であり、 両者に乖離がある場合は「守備の実パフォーマンス」が 統計モデルの予測より悪い/良い と解釈できます。
名古屋グランパスの場合、
- xGA が比較的低め(リーグ中位)
- にも関わらず実失点が大きい
つまり、
守備分析上はそこまで失点リスクが高くないのに、実際の失点は多い という 「守備が実際には不安定」 状態が発生しています。
失点上振れが起こる構造的要因
- 1. 守備時の戦術的問題
- → 相手の速攻やカウンターで多くの決定機を許す
- 2. マーク・対応のミス
- → セットプレーやクロス場面で失点が多発
- 3. GK・守備陣 の不安定さ
- → xGA の想定よりもセーブ率が低い
- 4. 守備ラインの連動性不足
- → マークのズレやラインブレイクを許しやすい
これらの要素は 数値化されづらい守備の質の部分 であり、 xGA が示す期待値との差として「上振れ」として現れます。
それぞれの要素を深掘りしてみましょう。
マーク・対応のミス
xGA は「チャンスを量化」する指標なので、 質の高い失点リスクをすべて正確に評価できるわけではありません。 たとえば:
- 被シュート数の増加
- GK セーブ率の低さ
- セットプレー失点の多発
- 守備ラインの崩壊からの高確率失点
といった現象は xGA に充分に現れにくい場合があります。 その結果、モデル予測より多く失点してしまうことがあり、 これが「上振れ」(実失点>xGA)として現れます。
Football-Lab のチームスタイル指標:
- ハイプレッシング 54(リーグ平均より低め:過去4年では最高)
- ミドルプレッシング 38
- カウンタープレス 37
これらは プレス強度や奪取行動の統制が弱いことを示唆します。 強いプレス・奪取ができないと、
- 相手のビルドアップがスムーズ
- 自陣ペナルティエリア付近への侵入を許す
- 危険なシュートチャンスの質が高まる
という悪循環につながります。
稲垣祥という奪取の名人がいるにも関わらずこの数値は、組織的な守備について、もう一度考え直さなければいけない可能性を示していると思われます。
GK・守備陣 の不安定さ
xGA が「どれだけ失点リスクを許したか(内容)」を示す一方、実失点には「守備の質や集中力」「GKのセーブ能力」 が強く影響します。
たとえば:
- 単純なセーブミスやポジショニングミス
- 1対1の局面での失点
- コミュニケーションエラーによる失点
などはxGAモデルの評価では軽微な失点リスクでも、実際にはゴールに結びついて失点として記録されます。これが積み重なると xGA と実失点 の乖離が生まれます。
xGA(被ゴール期待値)と実失点の乖離は、単なる不運では片付けられません。ここには、GKやDF個人の質以上に、チーム全体が抱えた「守備構造の病」が隠されています。
「All or Nothing(ゼロか百か)」の守備
まず、最も直視すべきデータがあります。Football LABのデータによれば、今季のグランパスは以下の特徴を示しています。
- 被シュート数: 11.7本(リーグ8位)➡ シュート自体は打たせていない
- 被シュート成功率: 12.1%(リーグ17位)➡ 打たれると、極めて高い確率で決まる
この「打たせないが、打たれると入る」という現象は、守備組織が「All or Nothing(ゼロか百か)」の状態にあったことを意味します。
他クラブと比較すると、その特異性は一目瞭然です。
クラブ | xGA (守備期待値) | 実失点 | 差分 | 被シュート成功率 |
広島 | 1.036 | 0.66 | -0.376 | 6.5% (1位) |
鹿島 | 1.246 | 0.82 | -0.426 | 7.0% (2位) |
名古屋 | 1.154 | 1.42 | +0.266 | 12.1% (17位) |
広島や鹿島は「打たれてもGKや守備陣が最後に体を張って止める(=質の高い守備)」が機能していますが、名古屋はそれが機能していません。
GKの固定ができなかったことや、開幕戦(軽率なハンドからのセットプレー失点)から続くセットプレー守備の軽さも一因ですが、根本的な問題は個人のミス云々以前に「GKと1対1のような、ノーチャンスの決定機を作られすぎている」点にあります。
守備時の戦術的な問題 / 守備ラインの連動性不足
なぜ、これほどまでに「質の高い決定機」を献上してしまったのか。その原因は、CBP(チャンスビルディングポイント)等のデータに見る守備戦術の不整合にあります。
- ハイプレス指標: 54(中位〜下位)
- 被攻撃回数: 110.9(リーグ6位の多さ ※相手にボールを持たれる)
本来、長谷川健太監督の十八番である「ファストブレイク」は、強度の高いプレスで奪い、ショートカウンターを繰り出す形です。しかし今季は、ハイプレスに行こうとする意思は見せつつも、「奪いきる強度」と「連動性」が不足していました。ここで厄介なのは、相手に押し込まれて低い位置でブロック形成を強いられているにもかかわらず、前線FWがハイプレスを仕掛け、さらにWBまでそれに参加する――という「前に出たい理想」と「下がらざるを得ない現実」が同居した点です。
この状況には“意図”もあります。FW+WBが前から行けば、相手のビルドアップを窮屈にし、前進を止めたり、ロングボールを蹴らせたり、サイドに追い込んだりできる。低い守備でも奪う位置を上げられれば、ショートカウンターや高い位置でのセットプレー獲得にもつながる――つまり、前から行くこと自体はメリットがある。問題は、それが「行き切る」設計になっていなかったことです。
結果として何が起きたか?
- ローブロックを強いられる中で、FW(+WB)が前に出てハイプレスを仕掛ける。
- しかし、相手は強者ほど外し方(3人目、対角、落ちるIH、3バック化等)を持っているため、プレスが一度剥がされる。
- WBが釣り出されると外レーンが一発で空き、最終ラインが横ズレして中央が薄くなる。FWのプレッシングが孤立すると中盤が押し上げ切れず、中盤〜最終ライン前に広大なスペースが生まれる。
- そのスペースを使われると、こちらは「遅らせる」守備ができず、相手は自由な状態でラストパスを選べる。
- 結果、GKがノーチャンスの局面(1対1、ドフリー、至近距離、ファー詰め等)でシュートを受け、被シュート成功率の悪化へ直結する。
つまり「奪えないハイプレス」は、単に効かないだけでなく、WBの背中・中盤の間延び・戻りの消耗を同時に生み、自滅的なカウンターを招く呼び水になっていました。
「前から行きたい」という理想と、「押し込まれてローブロックを強いられる」という現実。どっちつかずの状態が、被攻撃回数の多さと、突破された瞬間に致命傷(高確率失点)に至る脆さを生み出したのです。
戦術の最適解とは
もし「結果」だけを求めるのであれば、今季のような中途半端なハイプレスを捨て、長谷川監督の原点である「ファストブレイク=ミドルブロック(中盤守備)+ショートカウンター」に徹することで、もっと勝ち点を拾えた可能性はあります。重要なのは、守備の意思決定を曖昧にしないことです。結論はシンプルで、「行くなら行き切る」「行けないなら行かない」。この二択のどちらかにチーム全体を寄せるべきでした。
「行く」を選ぶなら、前線の気合ではなく設計が必要です。毎回押し上げて噛みにいくのではなく、バックパス、タッチライン際、逆足での受け、背中向きの受けなど“成功確率の高い合図(トリガー)”に限定して一斉にスイッチを入れる。そのうえで、WBが前に出るなら背中を埋めるスライド(同サイドCBの外スライド+逆WBの絞り)をセットで運用し、剥がされた瞬間に中央が空かないように、中盤のアンカーだけは絶対に飛び出さず残す。この「トリガーの統一」と「中央の保険」がない限り、WB参加型の前プレスは、むしろカウンター耐性を落とすだけです。
逆に「行けない(行かない)」を選ぶなら、迷いを捨ててブロックのコンパクトさと撤退速度を最優先し、相手に“外し方”を持たれたときに最も起きやすい、WBの背中と中盤の間延びを最初から作らない。昨年の徳元悠平加入後のグランパスは(意図してか否か)3トップとWBが高い位置を取る、ある種「ミシャ式」に近い攻撃的な布陣へと変化していました。だからこそなおさら、守備は「理想の前進阻止」と「現実のローブロック」の間でブレてはいけなかったのです。
いずれにせよ、今季の「ハイプレス崩れ」による失点増は、「戦術と配置のミスマッチは、個人の頑張りではカバーできない」という重い教訓を残しました。来季、新体制で守備を再建するには、この「奪いどころ(トリガー)の設定」と「行った後のリスク管理」を、最優先事項として徹底する必要があります。
xGA改善の方向性: 「打たせない」から「打たれても入らない」へ
名古屋グランパスの守備データが示す矛盾、「xGA(失点リスク)は低いのに、実失点は多い」。 この現象に対する処方箋は、「これ以上チャンスを減らすこと(量のアプローチ)」ではなく、「致命的なピンチの質を下げること(質のアプローチ)」に他なりません。 2026年に向けて解消すべき構造的な課題は、以下の3点に集約されます。
① 「ハイプレス」と「撤退」の二極化からの脱却
今季の最大の問題は、中途半端なプレスが剥がされた瞬間に、広大なスペースを使われて「GKと1対1」のような超・高確率の決定機を作られた点にあります。 プレスに行くなら連動して背後のスペースを消す、行けないならセットしてブロックを作る。この「守備の開始ラインと強度の意思統一」を徹底し、カウンターによる被決定機のxG値を下げる作業が不可欠です。
② リスク管理(レスト・ディフェンス)の再構築
攻撃回数が少なく、かつ攻撃が不発に終わった直後の失点が多い現状は、「攻めている時の守備の準備」が不足していることを意味します。 特に次期監督が攻撃的なスタイルを志向するのであれば、攻め上がりつつも危険なスペースを予め埋めておく「レスト・ディフェンス(Rest Defense)」の整備は、失点直結のカウンターを防ぐ生命線となります。
③ 個の質への依存度を下げる(あるいは質を高める)
被シュート成功率(12.1%)の高さは、GKやDF個人のパフォーマンス低下(怪我やスランプ)がダイレクトに失点に繋がったことを示唆しています。 シュミット・ダニエルら実力者が万全であれば改善する数値ではありますが、誰が出ても一定の強度を保てるよう、「GKにノーチャンスのシュートを打たせない(シュートコースを限定する)」組織的な守備のサポートが必要です。セットプレー後の集中力欠如など、戦術以前の「隙」を埋める作業も急務でしょう。
【参考】レスト(Restfeldverteidigung)・ディフェンス
1. レスト・ディフェンスとは?
攻撃時、ボールを持っていない後ろの選手(DFやボランチ)が、ただ漫然と見ているのではなく、「もし今、ボールを奪われたらどこにパスが出てくるか?」を予測して、あらかじめそのスペースを埋めたり、相手FWを監視したりするポジショニングのことです。
- 良いレスト・ディフェンス: ボールを奪われた瞬間に、すぐ近くにいるDFがパスカットできる。あるいは相手FWに自由を与えず、カウンターをその場で潰せる。
- 悪いレスト・ディフェンス: 攻撃に夢中で、後ろの選手が棒立ち。ボールを奪われた瞬間に相手FWへパスが通り、広大なスペースを独走されてGKと1対1になる(=今のグランパスの失点パターンのひとつ)。
2. なぜグランパスの「xGA上振れ」対策に必要なのか?
上記で説明した「被シュート数は少ないが、打たれると入る(被シュート成功率が高い)」という現象は、「カウンターで完全に崩されている」ときに起こります。
レスト・ディフェンスが機能していないと、守備陣形が整っていない状態で相手にボールが渡るため、相手にとっては「障害物競走」ではなく「ただの徒競走」になります。これではGKやDF個人の能力頼みになり、失点確率(決定機の質)が跳ね上がります。 逆に言えば、レスト・ディフェンスを整備することは、被決定機の「質」を下げる(xGAの上振れを解消する)ための最も効果的な予防策です。
3. なぜ「ミシャ監督」だとさらに重要なのか?
来季就任予定のミシャ監督(ペトロヴィッチ氏)のサッカーは、「超・攻撃的」です。 多くの選手が前線に上がり、5人や6人で攻撃を仕掛けます。
- メリット: 攻撃の破壊力は抜群。
- リスク: 後ろに残る人数が極端に少なくなる。
そのため、ミシャ式においてレスト・ディフェンスがおろそかになると、「攻めきれなかった瞬間に即失点」という自滅パターンに陥ります。 「攻撃的なチームを作る」=「攻撃の練習をする」だけではなく、「攻撃し続けるために、リスク管理(レスト・ディフェンス)を極める」ことが、ミシャ体制で上位に行くための絶対条件となります。
シーズンレビュー全体のまとめ
スタッツが示す「幻の中位力」と、現実の「16位」
2025年シーズンの名古屋グランパスを象徴するのは、「データ(xG/xGA)と現実(順位)の残酷な乖離」です。
データ上、グランパスは「リーグ11位相当の攻撃力」と「リーグ7位相当の守備力」を持っていました。本来であれば中位、あわよくば上位を伺えるだけの数値です。しかし、現実は16位という残留争いの渦中でした。
攻撃では「決定機の分散」と「エース不在」により、作ったチャンスを得点に変換できず(xG下振れ)、守備では「被シュート成功率の高さ」と「戦術的な不整合」により、少ないピンチで確実に失点しました(xGA上振れ)。
つまり今季の低迷は、チーム力が単に低かったからではなく、「攻守両面の重要な局面(ボックス内)における『質』と『遂行力』が欠如していたこと」が最大の要因と言えます。
「構造」が招いた必然の苦戦
攻守のデータを紐解くと、今季のグランパスが陥った構造的な欠陥が浮かび上がります。
攻撃においては、チャンス構築数こそ中位を維持したものの、誰が点を取るのかという「フィニッシャーの役割」が曖昧なまま、責任が分散してしまいました。守備においては、ハイプレスを志向しながら奪いきれず、結果としてカウンターで「質の高い決定機」を献上するという、戦術と現有戦力のミスマッチが露呈しました。
「打たせなかったが、打たれると入る守備」と、「チャンスは作るが、決め手がいない攻撃」。このちぐはぐな噛み合わせの悪さが、xG・xGAという客観数値と、実際の勝点との間に埋めがたい溝を作ってしまったのです。
2026年に向けて:数値を「現実」に変えるために
データは嘘をつきませんが、データが勝点をくれるわけではありません。来季、もしも大幅な戦術変更がないと仮定した場合、グランパスが再び上位を目指すためのロードマップは明確です。
第一に、攻撃における「9番(フィニッシャー)の確立」です。「誰でも打てる」ではなく「誰に打たせるか」を明確にし、xGを得点に変える構造を作ること。
第二に、守備における「戦術の現実路線への回帰」です。理想的なハイプレスに固執せず、長谷川監督の強みである「堅いブロックと鋭いカウンター」へ舵を切るか、あるいはハイプレスを完遂できる戦力を整えればよいのか、二つに一つでした。8
退任した監督の戦術を振り返るだけでなく、未来に目を向ける必要があります。
来年から就任するミシャ監督は、より攻撃的なスタイルを志向する指揮官です。 そうなると、ハイプレスかブロックかという議論以上に、攻撃の完結力をどう担保するか、すなわち「構造で点を取る形」の確立が急務となるでしょう。
名古屋グランパスの持つポテンシャル自体は「16位のチーム」ではありません。ピッチ上の「質」と「判断」を整え、スタッツと現実のギャップを埋める作業こそが、来季の最大の補強となるはずです。
「惜しかった」で終わらせないための決断を
「内容は悪くなかった」「データ上は中位だった」という慰めは、結果が全てのプロの世界では通用しません。むしろ、それだけの数値を出しながらこの順位に沈んだ「ちぐはぐさ」こそを重く受け止めるべきです。 攻撃の決定力不足も、守備の崩壊も、偶発的な不運ではなく、役割設計と戦術選択が生んだ必然でした。
2026年シーズン、同じ過ちを繰り返さないためには、 曖昧な部分を排除し、「誰が点を取り、どこでボールを奪うのか」という課題に対して、新体制の下でチームの背骨を太くする作業が不可欠です。データ上の「もしも」を語るシーズンは、もう終わりにしたいと、切に願います。




