
前編後編で、ミシャ式の3バックについて予習しましょう。前編はまず、過去のミシャ式の3バックはどうだったのかについて取り上げます。これとはまた別に、昨年末デビューしたwataさんがミシャ式のビルドアップと攻撃について語ってくれてる記事を準備しています。
従来の3バックとは何が違うのか? 「自陣を守る」役割からの脱却
現代サッカーのシステム論は日々アップデートされています。 その中でも、日本サッカー界におけるミハイロ・ペトロヴィッチ監督(以下、ミシャ監督)の影響は、単なる流行にとどまりません。選手の評価基準そのものを“書き換える”ほどの変化をもたらした、という意味で「革命」と呼べるものです。
サンフレッチェ広島、浦和レッズ、北海道コンサドーレ札幌で成熟した可変システム(通称「ミシャ式」)は、従来の「守備者としてのDF」という概念を大きく揺さぶりました。
通常、3バック(3-4-2-1/3-5-2など)の最終ラインは、
- 守備ブロックの形成
- 相手FWへの対応(マンマーク/受け渡し)
- 空中戦の跳ね返し
といった、「自陣ゴールを守る」役割が中心です。
一方でミシャ式の3バックは違います。 彼らは、攻撃の第一手であると同時に、ときにはフィニッシュ局面にも顔を出す存在です。つまり、「最後尾のプレイメーカー」であり、役割としては「偽のディフェンダー」に近い振る舞いまで求められます。
ミシャ式可変システムの構造的メカニズムと物理的負荷
「守備時5バック・攻撃時5トップ」の矛盾を解決する運動量
ミシャ式の最大の特徴は、ボール保持(攻撃)と非保持(守備)で形が劇的に変わる点にあります。
- 守備時:両ウイングバック(WB)が最終ラインまで下がり、3バックと合わせて「5-4-1」の堅牢なブロックを形成。
- 攻撃時:ボランチの一角が最終ラインに落ち、左右のCBが大きくサイドへ開き、WBが高い位置を取ることで、「4-1-5」あるいは「3-2-5」のような超攻撃的陣形へ変貌。
用語解説:ボランチの一角が最終ラインに落ち:WBを敵陣に上げるためにDFを4人キープするやりかたです。このあたりの組立てについては、後日wataさんから解説記事が出る予定です!お待ち下さい。
この極端な陣形変化を90分間繰り返すには、チーム全体、とりわけ後方から前線へ駆け上がるDF陣に並外れた運動量が必要です。
2018年シーズンのJ1リーグ第20節のトラッキングデータは、その事実をはっきり示しています。
順位 | チーム名 | 総走行距離 (km) | 監督・戦術特性 | 分析 |
1位 | 湘南ベルマーレ | 118.283 | チョウ・キジェ(ストーミング) | 縦への速い展開とハイプレスが主体のスタイル。 |
2位 | サンフレッチェ広島 | 115.183 | 城福浩(堅守速攻) | ブロック守備からのロングカウンターが走行距離を押し上げる。 |
3位 | 北海道コンサドーレ札幌 | 114.816 | ペトロヴィッチ(ミシャ式) | ポゼッション型でありながら、上位2チームに匹敵する運動量を記録。 |
… | … | … | … | … |
最下位 | 浦和レッズ | 95.426 | オズワルド・オリヴェイラ | ミシャ監督退任後、極端に走行距離が低下している対比に注目。 |
この表から得られる重要なインサイトは、こうです。 ミシャ式を標榜する札幌は、ポゼッション志向でありながら、リーグ屈指の「走るチーム」になっている──という逆説です。
一般に「ボールを持てば走らなくて済む」と思われがちです。 しかしミシャ式では、
- 「ボールを動かすために人が動く」(サポート/立ち位置の更新が止まらない)
- 奪われた瞬間に即時回収する(カウンタープレス)
が強く求められます。結果として、走行距離は必然的に増大します。
とりわけ、最下位の浦和レッズ(95.426km)との差が約20kmに達している点は衝撃的です。 さらに、かつてミシャ監督が率いた浦和が、監督交代後に走行距離を落としていることも示唆的です。これは、ミシャ式がいかに「走ること」をシステムとして要求するかを、逆説的に裏付けています。
そして、この114.8kmという総走行距離を支えている一要因が、頻繁なポジションチェンジを行う3バックの運動量です。
スプリントと高強度ランニングの質
評価すべきは走行距離だけではありません。 ミシャ式3バックを測る上では、ジョグの総量よりも、スプリント(時速24km/h以上)の回数や質が重要な指標になります。
2016年の浦和レッズ(ミシャ体制)のデータを見ると、チーム全体のスプリント回数が非常に高い水準で維持されていることがわかります。
項目 | 数値 | コンテキスト |
チームスプリント回数 | 160.8回 | リーグ平均(当時約130-140回)を大きく上回る数値。 |
ボール保持率 | 58.3% 〜 69.6% | 相手を押し込みながらも、隙を突くためのフリーランニングが絶え間なく行われている。 |
チャンス構築率 | 14.1% | 高いポゼッションが得点機会に結びついていることを示す。 |
この「160.8回」というスプリント数は、前線だけの話ではありません。 攻撃参加する左右のCB、カウンター対応に追われる守備陣のダッシュも含まれます。
ボール保持率が70%近い試合でもスプリント数が多い。 これはつまり、
- DFライン裏への飛び出し(攻撃側のラン)
- 相手カウンターへの全力帰陣(リカバリーラン)
が徹底されていることを示唆します。
左右のサイドCBに求められる詳細な素養
ミシャ式で最も戦術負荷が高く、かつ特殊な能力が求められるのが3バックの左右サイドCBです。 彼らは伝統的CBの役割から逸脱し、攻撃時には「偽のサイドバック」や「インサイドハーフ」のように振る舞います。
用語解説:「偽○○(false ○○)」:サッカーで「偽○○(false ○○)」と呼ぶときの“偽”は、ざっくり言うと「名札(登録ポジション)と、実際の立ち位置・役割がズレている=相手に「そこにいるはずの人」が別の場所で効いてくる」という意味です。「ウソをつく」というより、相手の基準(誰が誰を見るか/どこを守るか)をズラして混乱させるためのポジショニングですね。また局所的に数的優位を作る狙いもあります。
圧倒的な「攻撃性能」と「チャンスメイク能力」
従来、CBの評価軸は「対人勝率」「クリア数」「ブロック数」が中心でした。 しかしミシャ式サイドCBの最重要評価軸は、「どれだけ決定機を作ったか」に置かれます。
それを定量的に示す例が、2019年の北海道コンサドーレ札幌における左CB、福森晃斗選手のスタッツです。
順位 | 選手名 | ポジション | チーム | 総合CBP | 攻撃CBP | パスCBP | コンテキスト |
上位 | 福森 晃斗 | DF (左CB) | 札幌 | 70.91 | 2.15 | 11.15 | DF登録ながらリーグ屈指のゲームメーカーとして機能。 |
7位 | チャナティップ | MF (OMF) | 札幌 | 69.77 | 2.59 | 9.16 | タイの至宝と呼ばれる攻撃的MFよりも高い総合値を記録。 |
8位 | マルコス・ジュニオール | FW | 横浜FM | 68.76 | 2.31 | 10.50 | リーグ優勝チームのエース級FWと同等の貢献度。 |
この表は、ミシャ式左右のCBの概念を端的に表しています。 福森選手の総合CBP「70.91」は、リーグを代表するアタッカーであるチャナティップ選手やマルコス・ジュニオール選手をも上回ります。
特に「パスCBP 11.15」は重要です。 これは「パス本数が多い」ではなく、そのパスがシュートや決定機へ直結していることを示しています。
求められる素養①:超長距離かつ高精度のフィード能力(プレースキック含む)
左右のCBには、自陣深くから対角線のWBへ一発で届けるロングフィード能力が必須です。 これにより相手の守備ブロックを左右に揺さぶり、スペースを生み出します。 さらに、セットプレーのキッカーを任されるほどのキック精度があれば、攻撃の選択肢は一段増えます。
「運ぶ」能力とフィニッシュへの関与
ミシャ式左右のCBは、パスの出し手であるだけでは足りません。 自らボールを持って敵陣へ侵入する「ドリブラー(キャリー)」でもある必要があります。
相手FWがパスコースを切るようにプレスしてきたとき、ドリブルで持ち上がってそのプレスを無効化し、中盤の数的優位を作る。こうしたプレーが求められます。
2016年の浦和レッズの記録からは、サイドCBが得点に直接関与している事実も確認できます。
選手名 | ポジション | 出場 | 得点 | 分析 |
槙野 智章 | 左CB | 16試合 | 2得点 | セットプレーだけでなく、流れの中からの攻撃参加による得点も含む。 |
森脇 良太 | 右CB | 16試合 | 1得点 | ペナルティエリア付近まで侵入し、クロスやミドルシュートを放つプレーが常態化。 |
宇賀神 友弥 | WB/DF | 13試合 | 1得点 | サイドアタッカーとしての数字。 |
シーズン折り返し(第17節)時点で、3バックの一角である槙野選手が2得点、森脇選手が1得点。 これは、彼らが単に“上がる”だけではなく、得点という成果にまで関与していることの証左です。
ミシャ式では、攻撃の最終局面でペナルティエリア内に侵入することすら許容されます。 場合によってはFWの位置まで流動的に移動します。
求められる素養②:レーンを跨ぐ攻撃参加とフィニッシュ精度
「オーバーラップ(外側を追い越す)」だけでなく、 「インナーラップ(内側のハーフスペースを駆け上がる)」も使い分けて相手を混乱させる戦術眼が必要です。 加えて、ゴール前での落ち着き(フィニッシュ精度)も求められます。
広大なスペースを守り切る対人能力(デュエル)
攻撃タスクに目が行きがちですが、守備も極めて過酷です。
ミシャ式は攻撃時に人数をかけるため、カウンターを受けた瞬間、後方は数的不利、あるいは同数(1対1)になりやすい構造です。
指標 | チーム指数 | シュートに至る割合 | 守備戦術の解釈 |
ハイブロック | 47 | 71.0% | 高い位置でブロックを組んだ際、突破されると7割の高確率でシュートまで持ち込まれる。 |
カウンタープレス | 50 | 46.2% | ボールを奪われた直後のプレス。失敗すれば即失点のピンチ。 |
このデータは、ミシャ式のリスク管理の難しさを示しています。 「ハイブロック」が突破された場合のシュート到達率が71.0%ということは、一度網を潜られると、GKとDFだけの致命的ピンチになりやすいことを意味します。 また「カウンタープレス」の指標が高いことは、ボールを失った瞬間にDFラインがリスクを冒して前に出て潰しに行っていることを示します。
求められる素養③:1対1の絶対的な強度とスプリントバック能力
左右CBは、サイドの広大なスペースへ放り込まれたボールに対し、相手FWと競走して勝つ走力(スピード)が必要です。 同時に、1対1で抜かれない対人守備能力(ストレングス)も欠かせません。 攻撃参加で敵陣深くにいても、ボールロストの瞬間に全力で戻る(ネガティブ・トランジション)献身性が不可欠です。
センターCBに求められる素養
3バック中央の選手(センターCB)は、ミシャ式では「守備の要」以上に、「攻撃の始点」としての役割が強調されます。 浦和時代の阿部勇樹選手、札幌時代の宮澤裕樹選手のように、本来ボランチの選手がコンバートされるケースが多いのも特徴です。
ビルドアップの「安定化装置」としての機能
センターCBは、GKとともにビルドアップの最初のパス交換を担います。 相手のプレッシングを誘ってから、左右のCBやボランチへ配球し、前進のスイッチを入れます。
求められる素養④:ミスをしない技術と冷静な判断力
表6の出場時間データを見ると、センターCBを務める選手(例:阿部勇樹、遠藤航など)は、ほぼ全試合でフル出場(1,530分)を果たしています。
選手名 | ポジション | 出場時間 | 警告/退場 | 役割の重要性 |
阿部 勇樹 | センターCB/ボランチ | 1,530分 (全試合フル) | なし | チームの心臓として不可欠。一度もピッチを離れていない。 |
遠藤 航 | センターCB/左右CB | 1,530分 (全試合フル) | なし | 複数のポジションをこなしつつ、守備の安定をもたらす。 |
西川 周作 | GK | 1,530分 (全試合フル) | なし | センターCBと連携するGKもまた、ビルドアップの一部。 |
阿部選手・遠藤選手が交代せずフル出場し続けている事実は、体力だけを示しているわけではありません。 戦術バランスを保つうえで、彼らが「代えが効かない」存在であることを意味します。
相手プレス下でも動じないキープ力、絶対に奪われない安全なパス回しが必須です。 ここでミスが起きれば即失点につながるため、ミスの許容範囲は極端に狭くなります。
「センターCB」から「ボランチ」への可変能力
組み立て段階で、センターCBが最終ラインから一列上がり、ボランチの位置に入ることがあります。 これにより中盤の人数を増やし、パスコース(選択肢)を作り出します。
求められる素養⑤:戦術的知性とポジショニング
「いつ最終ラインに留まり、いつ前に出るか」──この判断は高度な戦術眼を要します。 表2の「ボール保持率 58.3%〜69.6%」という驚異的な数値は、センターCBが適切に立ち位置を調整し、常にサポート(パスコース)を提供し続けるからこそ成立します。
守備統率とカバーリングエリアの広さ
左右CBは攻撃参加や対人対応でポジションを空けがちです。 その穴を埋めるため、センターCBには広範囲のカバーリングが求められます。
求められる素養⑥:予測力とインターセプト技術
身体能力に頼る守備よりも、相手の狙いを先読みし、パスが出た瞬間に刈り取る「読み」が重要です。 元ボランチが重用されるのは、中盤での守備経験により、相手の攻撃展開を予測する力に長けているためです。
また、浦和の失点数が「17試合で16失点(1試合平均1点未満)」と少ないことは、攻撃的システムでありながら、センターCBを中心としたリスク管理が機能していたことを証明しています。
ミシャ式3バックの「選考基準」と「運用リスク」の相関分析
選手選考におけるパラメーターの優先順位
以上を踏まえると、ミシャ式3バックの選考基準は、一般的なチームとは優先順位が大きく異なると結論づけられます。
- 最優先:ビルドアップ能力(CBP)
- 足元の技術がない選手は、守備がうまくてもミシャ式3バックには適応しにくい。特に左右CBには、MF顔負けのスルーパスやクロス精度(福森選手の事例)が求められる。
- 必須:高強度のスプリントを繰り返す走力
- 札幌の総走行距離、浦和のスプリント数が示す通り、90分間走り続けるスタミナと、トランジション局面のスピードが必須。
- 重要:戦術理解度と可変への適応
- 自分のポジションに固執せず、状況に応じてWB、ボランチ、FWのエリアまで顔を出す柔軟性が求められる。
スタッツに現れる運用上のリスクと対策
前述の通り、ミシャ式には構造的リスクがあります。 「カウンタープレス」や「ハイブロック」は成功すれば高い位置で奪えてショートカウンターにつながりますが、失敗すれば背後の広大なスペースを使われます。
- リスクの顕在化: 試合結果として、浦和が「2-4(対広島)」で敗北した試合があるように、相手に研究され、3バックの背後や脇のスペースを徹底的に突かれると、大量失点を喫する可能性がある。
- 対策としての個の力: これを防ぐには、戦術修正だけでなく、3バック各選手が「剥がされた後に追いつく」「数的不利でも遅らせる」といった個人の守備能力を発揮する必要がある。
現代サッカーにおける「トータルフットボーラー」としての3バック
本レポートの包括的分析から、ミシャ式3バックに求められる素養は、既存の「ディフェンダー」という枠を超えた「トータルフットボーラー(万能選手)」としての能力そのものだと結論づけられます。
- 左右のCBは、「守備のできるウイング兼プレイメーカー」。チーム最大級のチャンスクリエイター(CBP上位)としての創造性と、サイドライン際を往復する無尽蔵のスタミナ(スプリント能力)を併せ持つ必要がある。
- 中央のCBは、「守備ラインに配置された司令塔(レジスタ)」。ポゼッションを安定させ、攻撃のスイッチを入れる配球能力と、守備崩壊を防ぐ高度なリスク管理能力(予測とカバーリング)が求められる。
前述の表データは、この過酷な要求に応える選手たちが記録した、
- 「MF並みのパスCBP」
- 「チームトップクラスの走行距離」
- 「FW顔負けの得点関与」
という異常値を如実に示しています。
ミシャ式が観客を魅了するスペクタクルなフットボールを展開できる理由は、最終ラインの3人が、矛盾する複数タスクを高次元で同時達成しているからに他なりません。 彼らこそがミシャ式戦術の最重要エンジンであり、機能不全はチーム全体の崩壊に直結し得ます。その責任は重大であり、同時に不可欠な存在だと言えます。
後編予告
後編は、ミシャ式の3バックにハマるグランパスの選手は?というところに切り込みます。
【後編】新生グランパスの「最適解」はこれだ。データ分析で導き出す、ミシャ式3バックの最終結論 #grampus