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はじめに
名古屋グランパスに所属するディフェンダーを対象に、ミハイロ・ペトロヴィッチ(通称「ミシャ」)監督が提唱する特殊な3バックシステムへの戦術的適合性を、定量的データおよび定性的プレースタイル分析に基づき検証します。
ミシャ式においては必ずしも本職のDFに限定されるわけではありませんが、本記事では三國ケネディエブス、原輝綺、野上結貴、藤井陽也、佐藤瑶大、徳元悠平、河面旺成、宮大樹の8名を対象にします。Football-Labの2023年から2025年シーズンのChance Building Point(CBP)、スタッツ、およびキャリアの変遷を参照し、ミシャ式フットボールの根幹をなす「右CB」「センターCB」「左CB」の3つのポジションごとに誰が最も適任であるかを考察します。
戦術的理論枠組み:ミシャ式3バックの特殊性
各選手の適合性を評価する前に、ミシャ式3バックが従来の3バック(3-4-2-1や3-5-2)とどれくらい異なるか、その構造的特異性を定義する必要があります。この理解なくして、単なる数値の大小による評価は無意味となります。
サイドCBの役割:DFではなく「偽のサイドバック」
一般的な3バックのサイドCBは、ハーフスペースの守備とライン統率を主務とします。しかし、ミシャ式における左右のサイドCBは、攻撃ビルドアップ時(サリダ・ラボルピアーナ)においてタッチライン際まで開き、実質的なサイドバック、あるいはウイングとしての振る舞いが求められます。
- 攻撃要件: 敵陣深くまで侵入するオーバーラップ(あるいはインナーラップ)、クロス供給能力、そしてフィニッシュに絡む得点感覚。
- データ指標: 攻撃CBP、クロスCBP、ゴール期待値(xG)の超過。
センターCBの役割:守備者ではなく「レジスタ」
中央のDF(センターCB)は、ビルドアップの始点となります。ボランチが最終ラインに落ちる動きに呼応して持ち上がる、あるいはボランチ脇でパスを受けるなど、ゲームメイクの全権を握る「クォーターバック」としての能力が不可欠です。
- 攻撃要件: プレッシングラインを無効化する縦パス(楔)、ロングフィードによるサイドチェンジ。
- データ指標: パスCBP、ビルドアップ指標。
守備のリスク管理:広大なスペースの管理
ミシャ式は攻撃時に5トップ(あるいは6トップ)気味に変形するため、被カウンター時には広大なスペースを数的同数(あるいは数的不利)で守る必要があります。
- 守備要件: 1対1の絶対的な強さ、広範囲をカバーするスプリント能力(リカバリーパワー)、空中戦の制空権。
- データ指標: 奪取CBP、守備CBP、自陣空中戦勝率。
右CB(RCB)の適合性分析
右CBは、攻撃の組み立てと仕上げの両局面に顔を出す「動的な」ポジションです。名古屋グランパスのスカッドにおいて、この役割に最も適性が高いのは原輝綺であり、次点で野上結貴が続きます。
原輝綺:現代的攻撃型サイドCBの理想形
適合スコア:9.8/10
原輝綺は、ミシャ式右CBとして求められるフィジカル、テクニック、メンタリティの全てを高次元で備えています。MF出身という経歴は、ビルドアップ時のボール扱いにおける優位性を保証します。
定量的データ分析
2024年および2025年のスタッツは、彼が単なる守備者ではないことを雄弁に物語っています。
- 攻撃貢献度: 2024年シーズンの攻撃CBPは「28.44」を記録しており、これはDF登録選手としては極めて高い数値です。さらに特筆すべきはゴール関与能力であり、2025年シーズンには「3得点」を挙げています。ミシャ式では、逆サイドからのクロスに対してサイドCBがファーサイドに飛び込む形が定石であり、原の得点力はこのメカニズムと完全に合致します。
- 守備強度: 攻撃偏重ではなく、奪取CBPも「170.00」と高い水準を維持しています。これは、高い位置でボールを失った際の即時奪回においても機能することを示唆しています。
プレースタイル考察
原の最大の特徴は「推進力」です。後方でパスを回すだけでなく、スペースがあればドリブルで持ち運び(キャリー)、相手の守備ブロックを破壊することができます。2024年のスタッツにおいて「スタメン30試合」という稼働率の高さも、上下動の激しいこのポジションをシーズン通して担える耐久性を証明しています。
野上結貴:ミシャ式を知るベテランの知性
適合スコア:8.5/10
野上結貴は、サンフレッチェ広島時代にミシャ式の系譜(森保一監督下の可変システム)を経験しており、システム理解度においてはチーム随一です。
定量的データ分析
2025年シーズンのデータでは、攻撃CBP「13.67」、奪取CBP「146.04」を記録しています。
- 原との比較: 攻撃CBP(原:28.44 vs 野上:13.67)において原に劣るものの、野上の価値は数値化しにくい「ポジショニング」と「ビルドアップの安定」にあります。
- 役割の相違: 原が「槍」として敵陣を突くタイプであるのに対し、野上は「舵取り役」として右サイドのパス回しを円滑にします。
プレースタイル考察
野上は、WBやシャドーとの連携において「三人目の動き」を熟知しています。自分が囮になってスペースを作る、あるいは味方が作ったスペースを使うといった判断の速度は、即興性が求められるミシャ式攻撃において潤滑油となります。
センターCB(中央CB)の適合性分析
センターCBはチームの心臓部です。ここでは「守備の絶対値」をとるか、「攻撃の展開力」をとるかという相反する要素(トレードオフ)が発生します。
藤井陽也:システム運用の鍵を握るレジスタ
適合スコア:9.5/10
2025年8月に海外移籍から復帰した藤井陽也は、このポジションにおける「最適解」です。彼がいるかいないかで、チームの戦術そのものを変更する必要があるほどの影響力を持ちます。
定量的データ分析
彼の適合性を証明するのは、フルシーズンを戦った2023年のデータです。
- パス能力の突出: 2023年のパスCBPは「35.55」でリーグ26位を記録しました。これはCBとしてはリーグトップクラスの数値であり、彼が後方からの配球で攻撃を組み立てられることを証明しています。
- 攻撃関与: 攻撃CBPも「38.72」(リーグ41位)と高く、センターCBの位置からドリブルで持ち上がる「センターCBの攻撃参加」が可能です。
- 守備の担保: 守備CBPも「70.03」(リーグ15位)と上位に位置しており、攻撃的な役割をこなしながら守備のタスクも完遂できる稀有な存在です。
プレースタイル考察
ミシャ式のセンターCBには、相手の第一プレッシャーラインを無効化する「運ぶドリブル」と「縦パス」が求められます。藤井はこの双方を高次元で実行できます。彼が中央にいることで、両脇のサイドCBは安心して高い位置を取ることができ、システム全体が前掛かりになることを許容します。
三國ケネディエブス:圧倒的守備要塞のジレンマ
適合スコア:7.5/10(センターCBとして)、9.5/10(純粋なCBとして)
三國ケネディエブスは、フィジカルモンスターであり、Jリーグ最強の「盾」です。
定量的データ分析
2024年のスタッツは驚異的です。
- 守備の絶対王者: 守備CBP「97.17」はリーグ2位、奪取CBP「317.08」も圧倒的です。自陣空中戦CBP「14」が示す通り、ハイボールの処理においては無敵に近いです。
- 配球の課題: 一方で、パスCBPは「25.83」(リーグ90位)にとどまります。藤井(26位)との差は歴然であり、彼をセンターCBに置くとビルドアップの出口が詰まるリスクがあります。
プレースタイル考察
三國をセンターCBで起用するメリットは「ハイラインの維持」にあります。彼の圧倒的なスピードとカバーリング能力があれば、DFラインをセンターサークル付近まで上げても、裏へのロングボールを処理できます。しかし、攻撃面ではボランチへの単純なパスが増え、相手守備を動かす配球は期待しにくいと言えます。彼を起用する場合は、ボランチに極めて展開力のある選手を配置し、ビルドアップの負担を肩代わりさせる必要があります。
佐藤瑶大:得点力を武器とする「第3の選択肢」
適合スコア:7.0/10
佐藤瑶大は2025年に特異な進化を遂げました。CBでありながらチーム内得点王争いに絡む「5得点」を記録し、xG(2.94)を大幅に上回る決定力を見せました。
適合性の判断
彼の奪取CBP「263.56」は高く、インターセプト能力に優れています。しかし、センターCBとしてのゲームメイク能力は未知数です。セットプレーのターゲットとしては最強のカードですが、基本配置としてはセンターCBよりも、対人守備とボックス内への進入を活かせるサイドCBの方が適性が高い可能性があります。
左CB(LCB)の適合性分析
左CBは、左足でのフィード能力(角度を作れること)が極めて重要視されるポジションです。かつて福森晃斗(札幌)がこの位置からアシストを量産したように、左利きのプレースキッカー的要素が求められます。
徳元悠平:クロッサーとしての資質
適合スコア:8.5/10
徳元悠平は、左足のキック精度においてスカッド内で最も「ミシャ式左CB」に近い攻撃性能を持ちます。
定量的データ分析
- クロス能力: 2025年のクロスCBPは「7.00」です。出場時間(1511分)を考慮すれば、この数値は彼がサイドからの供給源として機能していることを示しています。
- 攻撃性能: 攻撃CBP「22.33」も安定しています。
プレースタイル考察
徳元はSBを本職とする選手であり、ワイドエリアでの攻防に慣れています。ミシャ式では左CBがオーバーラップしてクロスを上げるシーンが多発するため、徳元のクロス精度は大きな武器となります。また、ビルドアップ時においても、左サイドのタッチライン際でボールを受け、対角線上のWBへのロングフィード(サイドチェンジ)を行うことができます。
宮大樹:札幌での実戦経験と空中戦
適合スコア:8.0/10
宮大樹は、2025年シーズンに名古屋グランパスから北海道コンサドーレ札幌(J2)へ期限付き移籍してプレーした後、名古屋に復帰しました。ミシャ式の影響が色濃く残る北海道コンサドーレ札幌でのプレー経験は極めて重要な要素です。
定量的データ分析と経験値
- 札幌での経験: 2025年に札幌で9試合に出場しました(主にCB)。札幌はミシャ監督が長年指揮を執ったチームであり、クラブ全体にその戦術コンセプトが浸透しています。宮はこの環境でプレーした直後の選手であり、ミシャ式の特殊なポジショニングへの順応へのハードルが最も低いです。
- スタッツの特徴: 2024年(福岡時代)にはクロスCBP「7.60」(リーグ45位)を記録しており、左足からの配球能力も証明済みです。また、自陣空中戦CBP「15」は三國をも上回る数値であり、セットプレー守備の要となります。
プレースタイル考察
徳元ほど攻撃的ではありませんが、河面よりも攻撃的かつ高さがある「バランス型」の左CBです。特に、右サイドからのクロス対応が弱点になりがちな3バックにおいて、ファーサイドを宮が固めることで失点リスクを大幅に軽減できます。
河面旺成:守備的バランサー
適合スコア:7.0/10
河面旺成は、2024年に守備CBP「46.64」(リーグ67位)を記録しました。左利きでありビルドアップの最低限のタスクはこなせますが、クロスCBPやドリブルCBPが「0.00」であることから、攻撃的な貢献は限定的です。守備固めのクローザーとしての起用が現実的です。
総合データ比較と最適な組み合わせ
各選手のCBPおよび重要スタッツを比較し、ポジションごとの序列を明確化します。
守備・奪取指標の比較(DFとしての基礎能力)
選手名 | 主なポジション | 守備CBP (2024/25) | 奪取CBP (2024/25) | 空中戦/対人評価 |
三國ケネディエブス | CB/センターCB | 97.17 (2位) | 317.08 (30位) | S (圧倒的) |
藤井 陽也 | センターCB | 70.03 (15位/23年) | 343.20 (21位/23年) | A (高い) |
佐藤 瑶大 | センターCB/LCB | 53.96 | 263.56 | A (高い) |
宮 大樹 | LCB | 47.34 (65位) | 177.77 | A+ (空中戦15) |
野上 結貴 | RCB | — | 146.04 | B (経験で補う) |
河面 旺成 | LCB | 46.64 | 129.17 | B |
攻撃・パス指標の比較(ミシャ式適性)
選手名 | 攻撃CBP | パス/クロスCBP | 得点力 (2025) | ミシャ式適性コメント |
藤井 陽也 | 38.72 | パス 35.55 (26位) | 2 (2023) | 必須の司令塔。配球の質が段違い。 |
原 輝綺 | 28.44 | — | 3 | 右サイドの槍。攻撃参加はFW並み。 |
徳元 悠平 | 22.33 | クロス 7.00 | 1 | 左からの高精度クロス供給源。 |
佐藤 瑶大 | 25.94 | — | 5 | セットプレーの悪魔。得点力はNo.1。 |
野上 結貴 | 13.67 | — | 0 | ビルドアップの安定剤。 |
三國ケネディエブス | 27.96 | パス 25.83 (90位) | 0 | 配球力に課題あり。 |
推奨ラインナップ構成
分析に基づき、3つの戦術的シナリオにおける最適な3バックの構成を提案します。
パターンA:攻撃的ポゼッション型(ミシャ式の理想形)
相手が引いて守る場合や、ボールを保持して主導権を握る展開に最適です。
- 右CB:原 輝綺
- 圧倒的な攻撃参加で右サイドを制圧し、得点にも絡みます。
- センターCB:藤井 陽也
- 長短のパスでゲームを支配し、ドリブルでブロックを割ります。
- 左CB:徳元 悠平
- 左足のクロスでチャンスを量産し、ビルドアップの角度を作ります。
パターンB:守備強度・対カウンター型(現実的バランス)
上位対決や、強力なFW擁する相手に対して、守備の強度を最優先する場合です。
- 右CB:野上 結貴(または原)
- 野上の経験でバランスをとる、あるいは原の対人能力を活かします。
- センターCB:三國ケネディエブス
- パス能力には目を瞑り、背後の広大なスペースを身体能力でカバーします。ハイラインを維持し、カウンターの芽を摘みます。
- 左CB:宮 大樹(または河面旺成)
- 高さと強さで左サイドに鍵をかけます。
パターンC:ハイブリッド型(推奨)
攻撃力と守備力のバランスが最も取れた、シーズンを通して軸となる構成です。
- 右CB:原 輝綺
攻撃のエンジンとして不可欠です。 - センターCB:藤井 陽也
やはり展開力は外せません。彼の守備スタッツ(奪取CBP)も高いため、守備崩壊のリスクは低いです。 - 左CB:三國ケネディエブス
- 戦術的提案: 通常右利きの選手を左CBに置くのはビルドアップの観点で次善策ですが、三國の守備力(CBPリーグ2位)をベンチに置くのは損失が大きすぎます。彼をサイドCBとして起用し、対人守備に専念させます。攻撃時はシンプルなパスに徹させ、藤井と原に任せることで弱点を隠蔽し、強みを最大化します。
- 代替案: 左足の配球を重視するなら宮大樹を起用し、三國をスーパーサブ(逃げ切り時の守備固め)とします。
最後に
名古屋グランパスのDF陣は、ミシャ式3バックを遂行するための「武器」を豊富に有しています。特筆すべきは、藤井陽也という稀代のセンターCBと、原輝綺という超攻撃的サイドCBの存在です。この2名の存在により、攻撃的なミシャ式の構築は十分に可能です。
最大の懸念点は、三國ケネディエブスの最適配置です。彼は個の能力としては最強のDFですが、センターCBとしての配球力には不安が残ります。彼をサイドCBとして起用し、その守備範囲の広さで藤井や原の裏をカバーさせる構成(パターンC)こそが、名古屋グランパスが2025年以降のシーズンで攻守の最大値を引き出すための鍵となるのではないでしょうか?
もちろん昨季のレギュラーである佐藤瑶大の得点力も捨てがたく、黙ってポジションを明け渡すとは思えません。(筆者(デスク)は実はかなり期待しています)
また宮大樹のミシャ式システム経験といった「隠れた武器」を状況に応じて使い分けることで、名古屋は極めて柔軟かつ強固な守備ブロックを構築できます。
3バックならどこでもできる野上結貴の安心感も捨てがたい。左利きならではの強みを持つ河面旺成や徳元悠平もチャンスを掴みたいはずです。
彼らによって良い競争が起きることを心から願っています。
従来のミシャ式が抱えがちであった「守備の脆さ」を、名古屋特有のフィジカルエリートたちが補完する、新しい「ハイブリッド・ミシャスタイル」の完成が期待されます。






