はじめに:軽く自己紹介
皆様初めまして。知る人ぞ知る健全アカウントTaku(@NGE_GK_1 )です。今回、特定の好きな選手について緩く書いてみませんかというラグさんのツイートを拝見し、書いてみることにしました。
初めに僕自身の事を少しだけ紹介します。僕は中・高・大と9年間サッカーをしていました。ポジションはGK。楢崎正剛に憧れていたからです。実力はプロレベルには遠く及ばなかったものの、GKを実際にやっていた分、GKについてそれなりには理解しているつもりですし、それを発信出来たら良いなと思ってツイッターアカウントを動かしています。そこで今回はミッチェル・ランゲラックについて語らせてください。是非とも最後までご覧くださいませ。
その男、ミッチェル・ランゲラック
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2018年度の新体制発表会の時、サプライズという形でミッチェル・ランゲラック(以下ミッチ)の加入が発表されました。正直な感想を述べますと、当時の僕はミッチを獲得したことを疑問に思いました。ミッチについて知識も無かったですし(ランゲラックって誰?って感じでした)、グランパスには2017年にJ2で素晴らしいパフォーマンスを発揮してくれた武田がいたし、我らが守護神楢崎もいたからです。
そこで、まずは獲得した選手について知りたくて、ミッチのキャリアを調べました。それを見る限り、彼のキャリアは順風満帆とはいえるものではありませんでした。と言うのも、ミッチはプロとしてのキャリアの大半を2ndGKとして過ごしていました。ドルトムントではヴァイデンフェラーの控えGKで、レバンテでは出場試合0。一人しか試合に出られないGKとしては仕方ないのですが、豪代表経験もあるGKとして満足できるキャリアではなかったでしょう。そんな欧州のキャリア(編者注.控えGKなら出場機会を求めてオファーに応じる可能性が正キーパーと比べて高い)に目を付けたのであろう、名古屋から白羽の矢が立ち、加入に至ったわけです。
当初は疑問を感じた補強ではありましたが、2018シーズンを振り返るとこの補強は的確でした。ミッチは数多くの局面でチームを救ってくれました。『1対1で相手に勝つ』ことを基本としている風間サッカーの目指す形に欠かせない、ピンチを防いでくれるキーパー・ミッチは風間・グランパスの重要なピースとなりました。驚異のシュートストップを見せるミッチは、グランパスが、Jリーグだけでなく、世界に誇る守護神なのです。
ミッチの強み
ここからはミッチの強みについて具体的に解剖していきましょう。彼の強みは長い手足と、それに似つかわしくない俊敏性を生かしたセービングです。やや細かい内容も踏まえながら、順番に語っていきたいと思います。
ミドルレンジ編
まずは、ミドルレンジからのシュートへの対応について。ミッチはどんなシュートに対してもそうですが、撃つ直前に小刻みにジャンプをしてから、アクションを起こします。この動作の事を、プレジャンプと 言います。それによってタイミングの調整や、シュートにアタックするためのバネを作ります。ここでは例としてアウェイのFC東京戦、永井のシュートに対処した場面を取り上げます。
この時ミッチは、永井がシュートを打つまで、常に細かくプレジャンプをしています。それは永井がいつどのタイミングでシュートを撃っても、確実に対応することができるように準備をしていた証拠でしょう。良い準備をしているからこそ、コースをついたシュートに反応し、最後は腕一本でストップすることが可能だったわけです。
その後のセカンドアクションも見事なものでした。永井のシュートをミッチが弾いた後、こぼれ球に久保がいち早く反応しています。しかし、久保に対応しているグランパスの選手はおらず、放置したら間違いなく失点ものです。失点を防ぐためにミッチは素早く立ち上がり、久保との距離を詰めてシュートコースを消していました。ミッチがこのセカンドアクションを起こすことで、久保に猶予を与えずシュートを外させることに成功しました。
GKは準備を繰り返すポジションです。準備を繰り返すために、頭を休めるわけにはいきません。何が一番チームの脅威となるのかを常に考え、いくつもの選択肢を自分のなかで作り出しています。ボールホルダーの持ち方はどうか、味方DFが消しているコースはどこか。これらの情報から逆算してポジションをとり、相手のシュートに対応します。この準備を怠らず、常に行っているからこそ、ミッチは素晴らしいセービングを見せてくれるのです。他にも紹介したいシーンはいくつもありますが、長くなってしまうのでやめておきます。気になる方はインターネットで動画等を探してみてください。
クロスの処理編
続いてはクロスの処理について。クロスからのシュートについては後述します。
クロスに対して、ミッチはあまり前でボールを処理しません。ゴールエリアのボールは処理できる範囲で処理し、無理と判断したらすぐにシュートやDFの跳ね返りに対する準備をします。それがミッチのスタイルなのでしょう。具体例として、マリノス戦での交錯シーンを取り上げてみましょう。あの時のミッチの判断は素晴らしいものでした。自陣の深い位置まで抉られた際、低く速いクロスボールを送り込まれれば、ペナルティエリア内でクリアに手間取る等、ごちゃごちゃしている間にゴールに結びつけられるリスクがあるからです。しかし、中にボールが到達する前にボールを遮断してしまえば、そのリスクは無くなります。また、直接ゴールを狙われても良いように、ニアポストを空けすぎず、クロスにもシュートにも、どちらにも対応できるポジションをとっていたのは流石でした。負傷交代となってしまったのは無念ではありましたが、あのプレーが無ければゴールが決まっていたかもしれません。
クロスからのシュート編
次にクロスからのシュートについて、広島戦で柏にヘディングシュートされた場面を取り上げます。
ミッチはクロスを自分で処理できないと判断した後に、相手のどの選手がシュートを撃つのか見分けるまでが非常に早いです。では、何故早いのでしょうか? GKはクロスが上がるまで、ゴール方向にボールが向かってきても良いように体の向きを作ります。その後、クロスの質に応じてポジションをニアに、若しくはファーに移動します。これはどのGKでも共通の動作と言えます。
日本人GKの特徴としては、ボールの軌道を追う癖があります。クロスに出る時であろうと、シュート対応だろうとボールを追ってしまいます。そのため、シュート対応が遅れることがあります(もちろん、すべての日本人GKというわけではありませんが)。
対して、ミッチはボールを追うのではなく、誰の位置にボールが行くのかを追います。つまり、ボールの軌道予測が早いのです。クロスに出れないのであれば、すぐに視線をボールから、ボールがどこへ行くのか切り替えて判断しているのです。そのためシュートに対する準備を整えるのが早く、広島戦ではいち早く柏にロックオンしていました。
このシーンで注目すべきポイントは他にもあります。弾き方です。柏のヘディングシュートは比較的緩い速度だったため、軽く弾いてしまうと、ボールがゴール前に転がり、簡単に詰められてしまいます。かといってキャッチするには厳しい状況でした。そうなると、確実に相手の攻撃を防ぐためには、クロスバーの上へ強く弾き出すしかありません。そのために必要なのはパワーです。パワーを伝えるためには、ボールにアタックすることが絶対条件なのですが、とにかくミッチはボールにアタックするのが上手いです。では、ボールにアタックするとはどういうことか。このシーンでのミッチの横っ飛びをスローで観てみましょう。シュートに対してまず体を運んでから、最後に押し出すようにして、腕を伸ばしています。腕を最後の切り札として、シュートを押し出すアクションがアタックする行為です。アタックしていなければ、恐らくあのシュートはクロスバー直撃か、前にこぼれていたでしょう。
アタックする行為は、緩いシュートでは適切にコースを変える役割があります。対して、強いシュートの時は、パワー負けしにくくなります。実際2018年から今まで、ミッチがパワー負けしたシーンはほとんどありませんでした。これぞドイツ仕込みのセービングということでしょうか。開幕節の鳥栖戦も同様の判断・プレーをしていたので、気になる方はもう1度ハイライトを見てみてください。
ブロック編
最後の強みとして、至近距離からのシュートに対するブロックについて。ミッチは状況に応じて2種類のブロックを使い分けています。それは、瞬時に距離を詰めて相手の懐に飛び込むフロントダイブと、相手との間合いを保ち、自らの体を1つの壁としてシュートコースを消すブロッキングです。
フロントダイブでのシーンは、G大阪戦のファン・ウィジョとの1対1を取り上げます。ウィジョに裏ぬけされた時、ミッチはウィジョのファーストタッチの瞬間を狙い、ボールが正確に収まった場合はブロックを、流れたときは飛び込める準備をしていたように見えました。結果的にウィジョのコントロールが乱れたため、ミッチは素早く距離を詰めてウィジョにループの選択肢すら与えず、ボールもキャッチするパーフェクトなプレーでした。あの局面で素晴らしいと感じたのは、上半身だけでブロックしなかったことです。ドリブルに対応して最後に手を伸ばすなら良いのですが、上半身だけでブロックを作ろうとすると、脇腹から腰の辺りにスペースができます。そうなると下を掻い潜られて失点につながります。それを防ぐためにミッチは体全体を使うことと、ボールの中心と自分の中心を一致させていました。
続いて、ブロッキングで防いだシーンを取り上げていきます。ブロッキングをする時も間合いを詰めるのですが、フロントダイブと大きく違う点は前述の通り、飛び込まないことです。相手の足元にボールが収まっているときに飛び込めば、ドリブルで躱されるリスクがありますし、下手をすれば相手をひっかけてPKになるかもしれません。ブロッキングは、そういったリスクを回避するため、ボールが収まっている時は状況に応じて間合いを詰め、選択肢を削っていく防ぎ方です。ここでは、昨シーズンのホーム鳥栖戦、前半の金崎とのシーンを取り上げます。ミッチは金崎が裏に抜け、ツータッチ目をした時に、前に飛び出して間合いを詰めています。そして、金崎が撃つ瞬間に合わせて体を広げて壁を作り、シュートをブロックしました。もし間合いを詰めていなければ、金崎は狙いたい放題だったでしょう。ちなみにですが、ブロッキングはシュートの角度に応じて左右どちらかの足を折りたたみ、股の下をケアしていることも注目ポイントです。
このように状況に応じてブロックを使い分けることができるのがミッチの素晴らしいところです。ただ、ブロッキングは前述の通り股の下のケアも必要なため、少しでも重心が狂えばFC東京戦のように失点する可能性も秘めていることを頭の片隅に…。
欲を言えば改善してほしいところ
ここまでミッチの強みを取り上げましたが、ここからは出来ればこれもやって欲しいなということを2点あげていきます。
一つ目:スペースディフェンス
これ、もう少しやって欲しいかなと思います。ミッチはペナルティエリア内では高い守備力を誇り、エリア内でのスペースディフェンスでも目を見張るものがあります。しかし、エリア外での処理があまり得意ではないのか、割と前で処理できそうなときもエリアを飛び出ることはありません。反対に武田はかなりゴールマウスを空けてプレーするタイプですが。まあ、それも彼のスタイルということなのでしょうけど、エリア外2mくらいで良いので、前で処理してほしいですね。
二つ目:ビルドアップ関与
正直、もっと積極的に参加して欲しいかなと思います。そもそもミッチはあまりビルドアップが得意な方ではないのかも知れません。ゴールキック時に繋ごうとするのは良いものの、明らかに苦しい状況にパスを出したり、観ているこっちがヒヤッとするシーンもしばしばあります。対して武田は、観ているこちらを「オオッ!」と思わせるパスを出せます。つまり、元々の技術やプレースタイルに差があるため厳しいのかと思いますが、それでも今の名古屋ではGKもある程度攻撃に関与できた方が、選択肢の幅が広がるのも事実です。そのため、もう少しだけで良いので、ビルドアップに関わってくれることを期待したいと思います。
最後に:GKについての理解が広まってほしい
今回はミッチにスポットライトを当ててみました。GK大国ドイツ仕込み(?)のセービングは、学ぶべき点が多いです。こんなこと言われなくても観たら分かるという方も当然いらっしゃると思います。しかし、僕が伝えたいのはミッチが凄いことだけでなく、GKに対する理解を深めて欲しいということなのです。名古屋サポの皆様は楢崎正剛を観てきたため、GKに対する知識も理解もあるとは思いますが、それでもGKに対する視線は日本全体を通して、まだまだと思います。失点はGKの責任ではありますが(どうしようもないものもある)、彼らはいくつもの可能性を想定し、常に準備を心がけプレーしています。相手より先手を取ることを意識し、時にはあえて後出しじゃんけんのように相手を誘導し、身を挺してゴールを守っています。
これからGKを観るときに皆様の視点が少しでも変われば嬉しいかなというのが、僕の正直な感想です。そして、この先我が子にGKをさせたい、世界で輝くGKになりたいという方に、ミッチを通して世界レベルのGKのプレーで成長していって欲しいと思います。非常に厚かましいですし、何様だと思われるでしょうが、あんなに高いレベルのGKを間近で観られるのは幸せものですよ。
失点を語るときにその局面だけを切り取るのではなく、少しでも彼等のプロセスを理解して流れから考えるようになってくれたら、僕は満足です。またどこかでGKについて語ることができたら良いかなと思っています。まだまだ僕も勉強中の身ですが。スタジアムにもしばしば出没しますし、その時はツイートもするので探してくださいw