「回せ!何回でも、何回でも!」
この言葉は、62分くらいにグランパスの守備陣から発せられたかけ声だ。この試合のグランパスを象徴するような叫びだったと思う。
試合終盤には中谷進之介が手を叩きながら「何も変えずにやろう」と叫んだ。
この試合はまさにフィッカデンティ監督が行った守備の改革の、良い面でも悪い面でも集大成と言える試合だった。その試合を振り返って行こう。
フィッカデンティ監督の守備の仕組み
既にいろんな人が説明しているが、ざっくりキーワードだけで説明すると以下のようになると思う。
- DFラインとセントラルMFの6人はボールのあるサイドにギュッとしぼる
- ギュッと絞った外側はサイドハーフが戻ってフォローする
- セントラルMFの2人はピッチのどこであっても1枚はボールに当たり、もう1枚はこぼれ球を狙う
この仕組みで守り切る。
2020年の名古屋グランパスの守備は確実に堅い。だいたい失点はこちらのミスや、普通決まることのないようなスーパーゴールだけになる。
実際最近の5試合での3失点は
- CKの選手のミスマッチ(湘南戦)
- ランゲラックのミスキックを決められる(広島戦)
- 森島司の素晴らしいFK(広島戦)
だけだ。
完璧に崩された失点となると、10月21日横浜F・マリノス戦の2失点まで遡る。この試合では守備の要である吉田豊を欠き、実に今シーズン初出場となる宮原和也と、攻撃的な選手である太田宏介の2枚が出場しており、1失点目は宮原和也の空けたスペースを使われて裏を突かれたもので、2点目はあそこに飛び込めた渡辺皓太がスーパーだったとしかいいようがない。
フィッカデンティ監督のサッカーは疲労との戦い
この堅い守備の代償は、疲労だ。
中2日明けの試合は2勝1分3敗。そのうちの2勝は当時不調だった清水と浦和なだけで、その結果は芳しくない。
- 8/8浦和戦 6-2勝利
- 8/15東京戦0-1敗戦
- 9/5鹿島戦1-3敗戦
- 9/26清水戦3-1勝利
- 10/21横浜F戦2-1敗戦
- 11/3鳥栖戦0-0引分け
特に、稲垣祥と米本拓司のカバーが間に合わなくなるようなボールの回し方をされると厳しい。稲垣祥は中2日でも12kmオーバーが普通だが、米本拓司はどうもそうはいかないようだ。
ただ、この終盤戦で名古屋グランパスは11月15日以降、週1ペースの試合を続けることができており、3勝1分の好成績は、この試合ペースの影響もあると考えられる。
柏レイソルのセット
この試合に勝利できれば逆転で4位以内の可能性もあった柏レイソル、勝利のために攻撃的な布陣を予想していたが、5-2-3のセットを選択してきた。
これは名古屋グランパスが苦戦した大分トリニータの5バックを真似たものだと思われる。5バックで名古屋の前線での自由を奪い、前3枚のカウンターで仕留めきろう、という柏レイソルの連勝中の鉄板戦術が伺える。
実は柏レイソルの守備を支えるのも三原雅俊とヒシャルジソンの2セントラルMF。
序盤は三原雅俊・ヒシャルジソン対米本拓司・稲垣祥の実にハイテンションなやり合いが続いていた。
あとでDAZNを見返したときも、解説の柱谷さんが「通常ならつまらなくなるはずの守備的な試合だったにもかかわらず、見応えのある守備の応酬」という趣旨のことを語っていた。アグレッシブにやりあい続けたことがこの試合を面白くしてくれた。
柏レイソルの狙いどころ
名古屋グランパスは前述の通り、自陣に重心があるため、攻撃の開始地点はどうしても相手ゴールから遠くなります。なにも考えずにロングカウンターをすると、すぐに守備の網にひっかかってしまいます。事実、グランパスが負けた試合ではせっかくのカウンターチャンスでボールを持ちすぎ、囲まれて奪われてしまう、というちょっとモヤモヤするプレーが多数見られた。そこで11月くらいから、意図的にサイドチェンジを挟むことが増えていた。
名古屋グランパスほどではなくてもほとんどのチームはボールサイドに選手が集まる。サイドチェンジがうまく決まれば、厳しいプレスをかいくぐってカウンターができるようになる。
この試合も名古屋グランパスは、サイドチェンジを多用して、特に相馬勇紀がフリーになるシーンがいくつもあった。
一方で自陣でも苦し紛れに、フリーでいる逆サイドにサイドチェンジをするケースがあった。さすがにペナルティエリア近辺ではしないものの、ミドルゾーン(センターサークル周辺のゾーン)近辺ではかなり多用していた。この試合、柏レイソルは苦し紛れのサイドチェンジ、特にトラップの怪しいオ・ジェソクへのサイドチェンジをかなり厳しく狙っていた。
そのキーマンになるのが瀬川祐輔だ。惜しみない上下動と、オ・ジェソク、マテウスですら手を焼くハードワーク。何度もグランパスを危機に陥れた。
今季は怪我に泣かされたが、柏レイソルの連勝は瀬川祐輔の復帰から始まったことを考えると、その貢献度の高さは間違いない。
名古屋グランパスの対策
序盤に激しいプレッシャーで、サイドチェンジを奪われる、そしてピンチという形を乗り切ると、グランパスも丸山祐市を中心に立て直した。
オルンガへのクロスも、右サイドバックのオ・ジェソクがオルンガより左にくるくらい固まってクリアする。これだけの守備の選手がいたら、オルンガでもこじ開けることは難しかった。
そして攻撃では相手の隙ができるまで、なんどでもなんどでも戻して、作り直す。
「回せ!何回でも、何回でも!」
シュートまでいかないので、どうにも面白みに欠ける戦術ではあるが、中途半端なところで無理をしてカウンターを食らうよりは良い、というのがフィッカデンティ監督の判断だろう。
突飛な理論も銀の弾丸(ビジネス用語で「全ての問題に通用する万能な解決策」のこと)もない。
ボールに近い処に人数をかけ、リスクをなくし、無駄な失点をしない。
2020年グランパスの総決算のような試合だった。
それを支えたのは間違いなく、グランパスの守備陣と稲垣祥・米本拓司の2セントラルMFだった。
ラッキーゴールのラッキーは、そこにいるから訪れる
この試合、ほぼサイドに張っていた相馬勇紀がこのゴールの瞬間だけ、すっとゴール前に上がっていた。身長は小さく、競り合いに普段ならそんなに強いわけではない。このときも競り合いに勝ったわけではない。ただ、ボールが相馬勇紀の前にこぼれてきた。
この試合、普段ならスタンドからしている実況が、まったくできないくらいの雨が降り続いていた。濡れたボールでのミスを恐れて、ランゲラックは余裕のあるボール以外、競り合いになる場合はパンチングで大きく弾いた。結果セカンドボールを拾われることもあったが、ゴール前でボールをこぼす決定的なミスにはならなかった。
競り合いのボールをキャッチミスしたキム・スンギュの判断が悪かったとは言わないが、サッカーに対する両チームのスタンスがもっとも現れたシーンだったと思う。
そして相馬勇紀はこの試合、相手の北爪健吾を圧倒しており、なんどもチャンスを作っていた。サイドでの勝負の繰り返しが、このとき競り合った北爪健吾のなかにあったのかもしれない。繰り返しで作った苦手意識というのはバカにならないものだ。
実は、この先制点がなかった場合、選手交代などの打ち手は柏レイソル主導で行われていたと思われる。5-2-3のカウンターを繰り返して相手を疲弊させ、いざとなったらマッチプレビューでも挙げた4-2-3-1の布陣で中央を破る。そんなシナリオがネルシーニョ監督にはあったのだと思う。
事実、ネルシーニョ監督は高橋峻希を入れて4バックにする準備をしていた。
実際にはそうはいかなかった。
レイソルもグランパスも、先制されると苦しい
得点のあとはアディショナルタイムを含めて45分程度の時間があったが、終盤の神谷のセットプレー(オフサイドでのゴール取り消し)の瞬間を除けば、大きなピンチはなかった。
柏レイソルは4バックに変更、攻撃的な4-2-3-1に変更して名古屋グランパスを攻めたてる。
一方、名古屋グランパスはリスクを徹底的に排し、ボールを回す。回す。回す。
丸山祐市の言うとおり「なにも変える必要はない」。
名古屋グランパスもビハインドで攻めなければならないときには、リスクをとる。攻め込んだときにカウンターを食らえばまたピンチになる。それの繰り返しがチームにダメージを蓄積する。柏レイソルはその負の連鎖にはまっていた。
しかし名古屋グランパスも紙一重の勝利。
どれくらいギリギリだったのかは、右上にいるオ・ジェソクが大声をあげて泣いていたことからもわかるはずだ。彼の涙は最後の挨拶までも止まらなかった。
ただ、なにも終わっているわけではない。上に行くためには、あと2試合、勝ち続けるしかない。
この日、会心のゲームを支えた、この若き闘将の笑顔にすべてを賭けよう。
(写真撮影:月光ながら @gekko_nagara)