名古屋の魔法使い
加入して間もなく、そう呼ばれるようになる選手がやってきた。
「ガブリエル・シャビエル」
-今から4年前の夏だ。
4年前と言えば、2016年12月にクラブ史上初の降格という悪夢を経て、初めてのJ2での戦いを強いられていたあのシーズンだ。少なくないメンバーが刷新される中、寿人キャプテンの加入や玉田選手の復帰など明るい話題も。かつて広島やガンバがそうであったように、「さすがにJ2では余裕で優勝するだろう」といったムードが流れていた…ムードだけは。
しかし蓋を開ければどうだろうか。シャビエルの加入が発表された7/18時点では、まさかの6位と大苦戦。うだつが上がらないシーズンを送る中、1人の魔法使いが名古屋に舞い降りたことで、名古屋グランパスの歴史に新たな物語が刻まれることになったのである。
瞬く間にファンの心を鷲掴みにしたシャビエル
彼のデビューは加入発表直後のJ2第24節の京都戦。
0-1と1点ビハインドの状況で、バイタルエリアでパスを受けると見事な反転とトラップから右足を一閃。いきなりゴールを決め鮮烈なデビューを果たした(チームは1-3で敗戦)。
翌月には4-0から同点にされ、その後3点をねじ込み勝利したことで「風間スコア」と呼ばれた伝説の愛媛戦や、シャビエルの独壇場だった町田戦など、8月だけで2ゴール7アシストと結果を残し、いきなりJ2月間MVPに。
さらには魔法使い相応しいプレーで魅了してくれる一方、泥臭いプレーで守備をし、それが攻撃の起点にも繋がるなど、高い献身性も兼ね備えていたことで、すぐにファンの心を鷲掴みにした。
そしてシーズンが終わってみれば、加入時点でシーズンは半分以上が経過しており、出場試合は16試合に限定されるという条件下であったにも関わらず、なんと14アシストを記録し、見事当年のJ2アシスト王に輝いた。得点数も7ゴールと素晴らしい成績を残し、1年のJ1復帰に大きく貢献。
ちなみにこれは余談だが、筆者以上にすっかりGX44に惚れ込んだ奥さんには、「GABRIEL XAVIER #44」のユニフォームをプレゼントし、J1昇格プレーオフを観戦したのである。(以降、いずれのシーズンも「Gabriel Xavier」のユニフォームを購入し、在籍全シーズンのユニフォームを保持することになるのであった)
こうして瞬く間に日本中に「ガブリエルシャビエル」の名を轟かせたシャビエル。
シーズンが終わるころには「(かつて川崎やウェルディに所属した)フッキのように、欧州へ飛び立ちブラジル代表にも選出されるような遠い存在になってしまうのでは…」とさえ懸念したファンも少なく無いのではないだろうか。少なくとも筆者はその一人だった。
誰しもが納得の背番号「10」と、分岐点となった裏天王山
こうして彼の大きな貢献もあり、何とかJ2という底なし沼(?)に嵌ることなく、無事に1年でのJ1復帰を果たしたグランパス。
シャビエルのローン期間の延長が発表されると、彼の背番号が「#44」から「#10」へ変更。誰しもが納得したと同時に、SNSなどで本人が利用するサインが「GX44」から「GX10」へ変更されたことは、最初は中々慣れなかったものである。
新シーズンには、元ブラジル代表ストライカーのジョーと、左利きの大型CBホーシャの二人の大物ブラジル人選手が加入したことで、ブラジルトリオを結成。開幕戦でこの三選手が揃い踏みで得点をして勝利をするなど、最高の幕開けとなった。
ただし順風満帆とは行かず、その後は苦しいシーズンを過ごすことに。チームは第4節以降、8連敗を含む公式戦15試合で4分11敗と、完全に泥沼状態。豊田スタジアムにて迎えるガンバ大阪との裏天王山直前の第19節仙台戦では何とか勝利するものの、この試合では前半を0-2で折り返す厳しい展開に。
そんな中、ジョーのハットトリックで見事逆転勝ちをしたわけだが、3点目をアシストしたのがシャビエルだった。
それは、「魔法」とは程遠い、実に泥臭いプレーだった。相手DFともつれたところを紙一重のところをヘディングで折り返したボールを、ジョーが押し込んだのである。この日、彼の凄みがテクニックだけではなく、球際での必死な姿勢や守備も怠らないスタイルも兼ね備えていることを、名古屋サポーターは改めて目に焼き付けることになったのである。
最後はスタジアム全体で「風」を熱唱しながらタイムアップ。スタジアムが揺れるほどの熱量であったことを今でも鮮明に覚えている。そして筆者はと言えば、人生で初めて試合を観て号泣したのであった。
その後もシャビエルの活躍は続き、終わってみれば6ゴール9アシストと、アシストランクでは4位につけ、チームも無事残留を決めJ1復帰1年目の幕は閉じた。
監督交代による真逆のスタイルチェンジ
翌年もチームは好調とは行かず、シャビエルにとっても燻ぶりを感じさせるシーズンを過ごすことになった。すると、シーズン中盤に監督が風間八宏からマッシモ・フィッカデンティへ交代。真逆のスタイルということもあり、風間前監督の申し子であったシャビエルは、以降は序列を落とし始める。
そんな中でも、出場時は輝くプレーを随所で発揮し、マテウスらと繰り広げる阿吽の呼吸でのプレーは見ごたえ抜群だった。今季もベンチスタートが中心にはなったが、出場時はシュビルツォクとのコンビネーションで、大きな期待を感じさせてくれた。
彼自身、この2シーズンは非常にもどかしい思いをしたはずだ。クラブからの契約延長を断ったのも、苦渋の決断であるに違いない。それは退団セレモニーでの、彼の言葉と涙から明らかだ。
色褪せることのないシャビエルの魔法
J1昇格時のローン期間の延長や、翌年の完全移籍決定など、毎年彼の契約には心配と安堵を繰り返してきたが、振り返ってみれば早5シーズン。
もしかすると、J1昇格や翌年のJ1残留に大きく貢献してくれたことが印象に残っている方が多いかもしれない。
監督がマッシモになり、彼が絶対的なレギュラーではなくなってしまったとしても、彼のようなレベルの選手が控えているということは非常に心強かったし、途中から出てきた試合の多くで相手の脅威になっていた。
去就については、ブラジルへの帰国やJリーグの他クラブなど、日々噂は絶えない状況だが、もしも公式戦で名古屋と対戦することがあれば、その時だけは魔法の発揮は勘弁いただきたいものだ…。
ただ彼が来季、どこでプレーするとしても応援をし続けたいという気持ちは変わらない。ほとんど…いや、全名古屋サポーターが彼の今後の成功を祈っているはずだ。なので、対戦をすることがあれば、その際はぜひとも温かい拍手で迎えたい。
彼が名古屋で巻き起こした魔法の風は、名古屋グランパスの偉大な歴史の一部としてしっかりと刻まれ、永遠に色褪せることはないだろう。
ありがとう、シャビエル。また会おう。