概要
- 昨年に引き続き「いつものメンバー」だったのかどうかを検証してみる
- 出場経験年数(≒在籍年数)からチーム構築の歴史と方針を眺めてみる
本編
「シュートスタッツ編」に続き「選手起用・編成編」と題してシーズンレビューを続けます.
2020年のサッカーカレンダーは,新型コロナウイルスの影響で大会日程が大幅に過密になる方向に変更されました.選手の健康管理も含めた対策の一つとして,「交代選手枠5名」の臨時ルールが2020年から採用されました.
参考:5人交代制は永続ルールへ…規則改正機関IFABが推奨 | Goal.com
このルールは2021年のJリーグでも引き続き採用されており,これを前提とした選手起用が定着しつつあります.
「多くなった交代枠を活用しているかどうか?」は,「出場時間が多くの選手に分配されているかどうか?」と言い換えられます.この観点から,「出場時間集中係数」と名付けた指標を定義・算出しています.昨年10月に記事を1本書きました(好調名古屋グランパス,過密日程で心配なのは…?:出場時間の集中度合いをはかってみる | グラぽ).
「出場時間集中係数」の説明(再掲)
(昨年の記事から係数の算出方法の説明を再掲します.)
サッカーは11人の選手が90分プレーするスポーツです.選手交代も無く,1シーズン全試合同じ選手がプレーするのが「最も出場時間が集中している」状況と考えられます.
実際には選手交代や試合ごとのスタメンの変更があり,出場時間は選手の間で分配されます.通常,J1のチームは1シーズンで30名前後の選手を起用することが多いので,ひとまずここでは「30人の選手が1シーズンの試合時間をすべて均等に分け合う」状況を「最も出場時間が集中していない」ことと定義しましょう.
これらの状況を表したのが下の図です.図では,試合の出場時間が長い順に並べ替え,さらにその時間を順に積み上げて棒グラフにしています.灰色が11人のみがフル出場,青色が30人が均等に出場している場合です.横軸は出場時間が多いほうからの選手の順番,縦軸は合計の出場時間数です(38[試合]×90[分]×11[人]=37620[分]).
実際の選手起用は灰色よりは短く(下)で青よりは長く(上)になります.そのとき,青色の図形からはみ出た面積を灰色で見えている部分の面積で割ることで,選手の出場時間の集中度合いをはかることとしましょう.実際に11人フル出場であれば1.0,30人が均等に出場していれば0.0であり,このように決めた値は必ず0.0から1.0の間の値となります.そして,実際の出場時間が灰色に近い程1.0に近い値が出てきます.この値をここでは「出場時間集中係数」と呼ぶこととします.
算出と分析:名古屋はどれくらい「スタメン固定」なのか?
言葉の説明ではわかりにくいので,今シーズンの名古屋の出場時間を利用して図を描いて出場時間集中係数を算出します.以降,出場時間はすべてJ1リーグ戦のものです.また,データはSoccer D.B.(https://soccer-db.net/ )さまで公開されているものを利用しています.
2021年は23人の選手でリーグ戦の試合時間を分配し,その係数は0.789でした.2020年の0.88よりも値が小さくなっており,出場時間をより多くの選手で分配するようになっていました.要因として,監督が昨年よりは交代起用に積極的になったことや主力選手の長期負傷離脱が上げられます.
では,この変化はリーグ内で見るとどうなのでしょうか?2005年以降の集中係数をJ1リーグ戦で算出し,年ごとに箱ひげ図を作図しました.
編注:箱ひげ図とは:平均値だけでは分からないデータのばらつき具合を視覚的に把握できる図
リーグ内でいうと,昨年同様名古屋は「選手起用が一部の選手に偏っていたクラブ」であることが分かります.実はリーグ戦起用選手数23人はJ1で最少です(最多は36人(横浜FC).平均は29.7人).
年ごとの全体の変化を見ると,2020年以降分布の中央値が明らかに小さくなっており,各クラブが選手交代のルール変更を積極的に利用していることが分かります(負傷離脱や移籍などの要因もあり得ますが,これらは年ごとに大きく変わらないと仮定しています).また,パンデミック前・ルール変更前の2019年からすでに選手起用を分散させる傾向が現れているのが興味深いです.
では,上位チームはどのような選手起用戦略を実行していたのでしょうか?集中係数と順位の散布図を示します(2005年以降のJ1リーグ戦).
上位チームはいずれも集中係数はおよそ0.7でした.28名前後の選手を起用し,出場時間上位11名で全試合時間の65%から70%程度を占めています(名古屋は73%).少し前には「原則スタメン全員フル出場,怪我無く乗り越えられたら上位進出」というチームもありましたが(例:2013年広島.集中係数0.947,上位11名で89%の時間を占めて優勝),ここ数年のトレンドは積極的な出場時間の分散の方向へ変化しているようです.選手の能力や調子を見極めて戦術を理解させて適切に起用するのは難しいですが,それが実現できると果実が大きい,ということでしょうか.
監督か編成か,どちらが原因?
選手起用の責任者は(原則)監督です.しかし,監督が起用しても構わないと思えるレベルの選手をそろえるのは編成の責任でしょう.フィッカデンティ監督がどんなチームでも選手起用を偏重させていたか?を調べるために,過去J1で指揮していたチームでの集中係数を示します(リーグ戦の半数以上を指揮していた年.集中係数は1シーズン通算のもの).また,名古屋の新指揮官である長谷川健太監督のデータもあわせて図示します.
J1監督歴(リーグ戦の半数以上を指揮していた年のみ)
- マッシモ・フィッカデンティ
- 2014, 2015:FC東京
- 2016-2018:鳥栖
- 2020-2021:名古屋
- 長谷川健太
- 2005-2010:清水
- 2014-2017:G東京
- 2018-2021:FC東京
フィッカデンティ監督は2015年に選手起用を分散させつつ好成績を残していました(この年の集中係数は2005年から2021年の中で小さいほうの20%に入ります).固定起用しかしたことが無い監督,というわけでは無かったようです.
長谷川監督は0.8より少し大きい年が多く,パンデミック下の2020年と2021年は多くの選手を起用しています.それまでの選手起用の分散については平均的です.(余談ですが,集中係数の大きいほうから並べると多く出てくるのが森保監督時代の広島です.集中係数が0.9以上は21回記録されていますが,そのうち5回が広島です)
2022年の選手編成はまだわかりませんが,監督がどのような選手起用方針とするのかや,監督が起用したくなる若手選手の台頭があるかどうかなどが楽しみです.
参考
長期在籍は良いことか良くないことか?
2021年に久々のタイトルホルダーとなった名古屋ですが,その顔触れは数年前とは全く異なります.移籍が活発になった昨今のサッカー界ではありますが,在籍年数の観点から名古屋というクラブの現状と経緯を振り返りたいと思います.
本来ならば在籍年数を計測したいのですが,公式サイト(J. League Data Site )で利用できるデータベースには「試合に出場した年のみ,その試合数」が記載されています.チーム最古参となった武田選手ですが,この2年はJリーグ・リーグカップの出場がないため年の項目がありません.
ですので,「リーグ戦出場試合数が多い上位15選手の,そのクラブでの過去の出場経験年数」を算出し,それを便宜的に「スタメン平均在籍年数(の近似)」とします.「よく試合で見る選手が,これまでに試合に出たことのある年数の平均」とご理解ください.
参考
- そもそもJリーグ各クラブのスタメンの在籍年数ってどれくらいなの?|konakalab|note
- 数年前に同じ指標に基づいて書いた記事です.
図を示しました.上図の横軸に出場経験年数の平均,縦軸にリーグ戦順位を取りました.この図から,そのクラブでの出場年数が長い選手が多いことと順位には弱い相関しか認められない(相関係数0.37)ことが分かりますが,優勝チームに限ると4.5年を超えるチームが大半です.J1全クラブの平均では約4.1年.主力選手15~20人のうち毎年4~5人が入れ替わっている状況と考えると納得できる値です.
名古屋と比較として川崎を図にしました.この図には年も示しています.
名古屋の05年からは大きく4つの場面に分けられそうです.
- 05-11:選手の継続起用で戦力を向上させ,上位進出.10年にJ1タイトルを獲得し,11年は連覇まであと一歩.
- 12-13:長期起用してきた選手にさらに起用が偏重するが,その戦力が低下.
- 1年で平均が1年近く上昇=在籍期間が短い選手の起用が減った
- 14-16:選手入れ替えをはかるが低迷,降格.
- (17)-21:ほぼ全選手を入れ変え,20年には上位進出を達成.
それに対して川崎は出場経験4~5年の選手の起用が継続されており,出場経験を積ませた選手が主力となり,移籍で獲得した新しい選手との融合が上手くいく循環が実行できていると読み取れます.
推測を交えた私見・評価
長くなりましたがお付き合いいただきありがとうございます.職業柄文を書くと長くなる傾向にあります(苦笑).ここからは推測を交えた私的評価です.
降格により長期在籍している主力選手がクラブを去ってしまい,再構築を余儀なくされたのは記憶に新しいです.その後の方針として,クラブの経済的規模から「ゆっくり地元出身・生え抜きの若手選手の起用を増やす」という方針は取れず,「このクラブでサッカーをしてくれる選手を何とか集め,まずはとにかく上位進出」という目標を立てたのだと推測しています.その結果19年には主力選手ほぼ全員が在籍2年未満というチームが出来上がりました.しかし,そういった「寄せ集め」と言われかねない編成にもかかわらず,名古屋に集まった選手・監督は非常にプロフェッショナルな仕事に徹してくれました.2020年には久々のACL出場権を獲得し,さらには2021年にはタイトルまでたどり着きました.その中で,主力選手がコンディションに問題が無い限り(むしろ,少々の問題があっても)起用し続ける方針となったのも仕方がないかな,と思います.前編での結論と重複するのですが,利用できた人的/金銭的/時間的な資源を最大限活用して,望みうる最良の結果に近かったととらえています.ゆるみなく試合に挑む選手をこれだけの短期間で集められた編成の手腕と,それを遂行した選手たちには感服するばかりです.
監督の交代については,「タイトルを取ったのに」ではなく(最初はちょっとそう思いましたが),「タイトルを取ったから」.最短でプロジェクトの成果が出たため,方針を仕切りなおしたからであると感じています.
参考:【推測】なぜフィッカデンティが退任するのか #grampus #喋る机 #Grazie #Ficcadenti | グラぽ
我々の「名古屋」の名前を冠して今年1年誇らしく戦い抜いた選手・監督はじめクラブ関係者の皆様に御礼申し上げます.これからもずっと,名古屋グランパスが「名古屋」という名前を関する意味があるクラブになってほしいなぁ,と常に願っております.
年末のご挨拶
名城大学理工学部で教員をしております小中 a.k.a. konakalab(https://twitter.com/konakalab )です.早いもので2021年も終わりです.春先からバタバタと生活が変わり溶けるように消えていった2020年を経て,その日常にも慣れて新しい生活を獲得しつつある1年だったように思います.グランパスは4試合増えたリーグ戦に加え,3つのカップ戦に秋まで勝ち残りそのうち一つではタイトルを獲得するなど,55試合(!)を戦い抜くタフで充実した一年であったように思います.
私自身は現地観戦が2試合.瑞穂派の私は豊スタのグランパス戦,結構お久しぶりでした.最終浦和戦は寒くてキッチンカーの行列に難儀しましたが,にぎやかなスタジアムが徐々に戻ってきたのはうれしかったです(シャビエルのシュートは入ったように見えたんだけどなぁ…).もう1試合は川崎戦で,去年「観戦4試合無失点無敗!」とはしゃいでいたのがうそのようです.日本最強のサッカーを見れたから…見ちゃったなぁ…と豊田市駅近くのカフェで豊田線が空くまで時間をつぶしたのも今となってはいい思い出です.開催にあたってご尽力された関係者の皆様に御礼申し上げます.
グラぽ的な貢献としてはシーズン中の記事を全く書けずベンチ外の様相ではありましたが,なんとシーズン終了に当たって編集長よりお声がけいただきこのようなシーズンレビュー記事を書くこととしました.1か所でも,へぇ,と言っていただければ幸甚です.
それでは皆様,よいお年を.