GMの交代を求める声
ここ数日のXタイムラインでは、GMの交代を求める声が多く見られました。
それは何故でしょうか?
理由はやはり成績でしょう。
サッカーは勝ち負けがあるものですから、勝ち負けでみんな感情を揺さぶられます。
2年連続で2桁順位は確定的、そして10月に入ってもなお、残留すら確定できていない。こうした声があがることは不思議ではありません。
不満は理解できるものの、はたして本当にGMを交代するべきなんでしょうか?
そもそもGMのお仕事とは?
現代のプロサッカー界において、ゼネラルマネージャー(GM)はクラブの中枢を担う経営幹部として位置づけられています。スポーツの商業化が進むにつれ、その役割は単なる「チーム編成の責任者」から、クラブの競技部門全体の健全性と成功に責任を負う、包括的なエグゼクティブへと進化しました。
一般的にGMの手腕はチームの勝敗に直結すると見なされており、そのポジションは絶大な影響力と重圧を伴うものとなっています 。
クラブ組織におけるGMの地位と権限
GMの責務:競技部門における最終責任者
GMは、チームの「人事や運営に関する総責任者」です 。その権限はチームの方針決定、選手契約、さらには人材の採用や解雇の決定権にまで及びます 。この規定により、GMはクラブの競技部門における階層構造のトップになります。
なぜこのような権限構造を作るかというと、選手獲得から監督人事まで、クラブにおける全ての意思決定が一貫した戦略の下で確実に実行されることが必要だからです。
GMは、競技部門の成果に対する単一の説明責任を負う存在であり、その判断がクラブの運命を左右します。
GMと監督の重要な関係性:戦略と戦術の役割分担
GMと現場の指揮官である監督との間には、明確な役割分担が存在します。GMがクラブ全体の「方針やルール」を最終的に決定するのに対し、監督は試合の「戦術」、選手の起用、日々の練習方法を決定する責任を負います 。
この役割分担をまとめると以下の表のようになります。
領域 | GMの主たる責務 | 監督の主たる責務 |
長期戦略 | クラブの哲学、ビジョン、中長期的なチーム強化方針の策定 | GMが策定した方針に基づき、シーズンごとの目標達成計画を立案 |
チーム編成 | 選手獲得・放出の最終決定、契約交渉、スカウティング部門の統括 | チームに必要な選手タイプやポジションの要求、獲得候補選手の評価 |
日々の練習 | 練習環境や施設の整備・準備、チーム全体のコンディションの監督 | 練習メニューの作成、戦術トレーニングの実施、選手の指導・育成 |
試合戦術 | 責任範囲外(監督の専門領域) | スターティングメンバーの選定、試合中の戦術変更、選手交代の決定 |
予算管理 | チーム人件費を含む競技部門全体の予算策定と執行責任 | 与えられた予算の範囲内でチーム運営を行う |
経営陣と現場の架け橋
GMは、「経営層と現場の間の重要な架け橋」として機能します 。クラブのオーナーや取締役会が掲げる理念やビジョンを深く理解し、それを現場が実行可能な具体的なチーム戦略や事業計画に落とし込むことがGMの重要な役割です 。
この仲介役としての機能は極めて重要です。
GMは、経営陣が用いるビジネスの言語(予算、投資収益率、ブランド価値)と、監督や選手が用いるサッカーの言語(戦術、選手育成、チームケミストリー)の両方に精通した「バイリンガル」でなければなりません。
これら二つの世界を連携させ、組織としての一貫性を保つ能力が、GMの成功を大きく左右します。
選手出身のGMはサッカーの言語に偏りがちですし、選手経験があまりないGMはビジネスの言語に偏りがちです。
サッカー選手出身者が多いのは、ビジネス側の出身者だと、現場の言葉が通じないということが理由になりそうです。
名古屋グランパスの現在地を確認してみる
名古屋グランパスはこんな感じです
- 営業収入:68.7億(9位) 2024年度
- 観客動員:32153人(2位):2025年32節までの平均
- スポンサー収入:28.1億(9位) 2024年度
- チーム人件費:27.2億(9位) 2024年度
- チーム成績:15位(2025年32節時点)
個人的にはチーム成績以外はすごく頑張ってるっていうイメージ。少ない人件費でこれだけお客様に来ていただいているっていうことはなかなかないです。成績良くないのに。
チーム人件費が9位というのはイメージと違う人が多いのではないでしょうか。
- トヨタ自動車のチームなんだからお金いっぱいあるんじゃないの?
- トヨタ自動車からお金引き出せない今のフロントがダメなんじゃないの?
そんな声をTwitter(X)で見かけます。
なんでトヨタ自動車はお金を出してくれないのでしょうか?
基本的にサッカーはコスパ悪いです。競技が激しくて長いので、週2試合でも結構キツイです。
週2試合しかない上に、春秋の良い時期に代表ウィークは試合できないなどの極悪な縛りがあります。
収入源である試合の数が少ないということは、広告の露出時間が少ないということであり、広告費用を出すメリットが少ないということになります。
サッカー自体が構造的にお金を大規模に稼げるものではない状態であるというのが日本の、そしてトヨタ自動車の認識と考えてよいでしょう。
山口素弘GMを評価してみる
まず大前提として、在職5年目のGMなので、任命責任を持つビジネス側(社長・取締役)側の評価は悪くないということです。
- 長期戦略:地域に根ざしたクラブ作り
- 長期戦略:クラブのDNAを継ぐU18出身選手のフォローアップ
- 編成面:有力な日本人選手の獲得
- 予算管理:就任後4期連続黒字
これらは評価されてしかるべきだと思います。
一方で問題点もあります。
- 成績面:5年間でタイトルがルヴァン2個だけ。リーグではACLに絡めず
- 編成面:外国籍選手で複数シーズン活躍できたのがキャスパー・ユンカーだけ
外国籍選手についてはジョーの訴訟でブラジル系の有力代理人から敬遠されており、獲得できる有力な選手は日本国内に既にいる選手だけ。あとは有力代理人以外のところからしか獲得できない(レオナルド・レレ)、という背景はあります。
それエビデンスあるの?って思われるかもしれませんが、ブラジル系の代理人事務所との新規取引は、カラバリと復帰のマテウスだけです。Jリーグに多くの選手を送り込んでいる事務所なので、そことの取引がなくなっていることが証拠と言ってよいでしょう。
ジョーの訴訟は大森 元強化部長の担当であり、山口素弘GMの所掌ではありません。
人件費をサッカーチームとして持続可能な規模の30億円以内に落とすなかではなかなか良い外国籍選手を獲得するだけの予算はだせないのだと思います。
為替状況が悪いので、そのなかでは安定している国内の案件に振り切っている、というのが本当のところじゃないでしょうか。
もう1つ見逃せないのは名古屋のスポンサー収入は2020年(大森強化部長の時代)がピークの40億円に対して、2023年には27億円まで下がっていることです。スポンサーの数が減ったわけではないのに10億円規模でのカットはトヨタ自動車グループからのスポンサーフィーが絞られているのでは?と想像できます。
(他スポンサーがそこまで契約を変更していたら、スポンサーのランク(ダイヤモンド・ゴールド・シルバーなど)に変化があるはずです。一定金額以上のダイヤモンドスポンサーの金額が絞られた、と想像でき、それはほとんどトヨタ自動車グループだからです。)
10億円規模の予算カットはチームの予算に影響がないわけがありません。その減った予算のなかで、よくぞ毎年これだけの補強を行えている、というのが私の感想です。
【一般論】GMを替えることがなにをもたらすのか?
まず、GMは経営層と現場の通訳役ですので、
1) 全体のビジョンの解釈・伝え方が変わる
ということが発生しそうです。
当然GMが変わったときにはそのGMに期待される最優先ミッションが与えられると思います。たとえば成績の立て直し、などです。そうなると
2) 最優先ミッションの達成のためにすぐに結果が出せる短期的な対策を打つ
ということが発生しそうです。
チームの予算やリソースがそちらに割かれるようになると、
3) 長期方針の変更が発生する
と思われます。
結果としてはチームの積み上げたものがほとんど変わってしまうということがありそうです。
チームのビジョン・哲学を理解していることがどれくらい重要なのか?
OTC公式さんからこんな投げかけがありました。
たしかに新たにGM(もしくは相当の役職)を任命し、そこに適切な権限と予算を与えて、ミッションを与えれば、短期的には結果を出すことができます。
たとえば名古屋グランパスの場合は2008年に久米一正さんがGMに就任後、ストイコビッチ監督を招聘、血判状を作って全体で監督をサポートするという戦国時代のようなチームビルディングを行い、2010年に初優勝を果たしました。しかし2011年の2位以降、レギュラーの高年齢化と予算の削減の波に勝てず、ついに2016年に降格してしまいます。初優勝からわずか6年の出来事です。
久米GMのケースでは、なにが問題だったのでしょうか?中の人ではないのであくまで想像ですが、久米GMは短期のミッションと現場サイドに寄りすぎて、経営面(予算管理)・長期戦略の設定に問題があったのではないでしょうか。悲劇の始まりは、2013年の増川・阿部・田中の3人を、2014年には玉田を放出したこと。世代交代が性急すぎて、長期的な戦略があったようには思えないところです。
「替える替えないよりも、誰がどうやるかだ」という指摘は間違いないです。
誰が、というところについては名古屋グランパスは2016年にGMとして補佐を半年やっただけの小倉隆史さんに任せたのはいささか性急すぎたと思います。
では、どうやるか?というところについて考えてみましょう。
浦和レッズのケース
ポストにある浦和レッズは長らく、中村修三さんがGMをつとめていました。しかし成績が低迷。従来のGM職はトップチーム以外に、育成、レディース、スカウト部門、さらには関連ビジネスまで管轄しており、その担務領域が広範に過ぎたというのが浦和レッズ上層部の見立て。
新体制では、SD(土田尚史氏が就任)がトップチームに特化した責任者として監督や選手の編成、契約交渉などを担い、TD(西野努氏が就任)がSDの補佐やスカウティング、選手リストアップなどを担当することで、より専門的かつ集中的な強化体制を目指しました。
OTC公式さんの指摘通り、短期的には結果が出ました(23年リーグ4位、22年天皇杯優勝、ACL2022優勝)が、その後2024年・25年と監督人事で苦労しており、優勝争いはできていません。
土田SD、西野TDの体制は4年間続きましたが、事実として3カ年計画で語られていた毎年優勝争いをできるようにするところにはたどり着きませんでした。100億円の売上のある浦和レッズであっても難しいということだけは間違いなさそうです。
重要なのは、チームのビジョン・哲学を理解していること
GMを替えるというのは、言うのは簡単ですが、実際にやるのは難しいです。
優秀な選手だったから、ということで起用するのでは失敗が目に見えています。
強化の経験が長ければいいというわけでもありません。
短期的な仕事だけ考えるならいいですが、長期的な戦略まで考える必要もあります。
あくまで自分の考えですが、鹿島にしても川崎にしても現在強豪とされるチームは、一貫したチーム哲学があり、それを支えるGMなりSDの方がいらっしゃいます。それは3年とか5年とかっていうスパンではなくかなり長期のプロジェクトです。
鹿島アントラーズのケース
もう1つ他チームの例を見てみましょう。常勝チームというイメージがありますが、実は最近タイトルを獲ることができていません。
鈴木満さんは2000年11月に強化部長に就任して以来、20年以上にわたり強化のトップとしてクラブを牽引しました 。この類まれな在任期間は、一貫したクラブ哲学、独自のスカウティング戦略、そして何よりも「勝利」を絶対的な基準とする文化をクラブに深く根付かせました。彼のリーダーシップの下、鹿島はJリーグ史上最多となる20の国内タイトルを獲得したています。
2021年シーズンの終了後、鈴木氏は「5年間の国内タイトル無冠」の責任を取る形でフットボールダイレクターを退任しました。後任には、クラブの強化部で経験を積んだ吉岡宗重さんが就任しました。吉岡氏の在任期間は約2年10ヶ月に留まり、2024年10月に退任が発表されました。
退任の理由は公式のコメントはありませんが、彼の在任中、鹿島はレネ・ヴァイラー、岩政大樹、ポポヴィッチと3年間で監督がどんどん替わる状態に陥ってしまいました。監督人事を見るだけで鹿島のサッカー哲学とマッチしているのか?という完全な第三者目線での疑問が出てくる状態でした。
最終的にチーム哲学を良く知る中田浩二さんが後継者となり、劇的に持ち直しています。GMは、チーム哲学をよく知る人であることが望ましいです。
名古屋のチーム哲学
じゃあ名古屋はどうかと言えば、名古屋でチームとしての哲学というのが言えるようなものはおおやけにされていません。敢えて言うなれば、ピクシーのよく言っていた「Never give up for the win」なのでしょうか。
ただそれを実現するための道筋というのは残念ながら監督を起用する度にコロコロ変わっているように思います。
名古屋グランパスのアイデンティティーと言えるものが欲しい。
私個人としては、それが願いです。
ただ今の山口素弘GMが5年かけて手がけてきている「名古屋グランパスを愛する選手を育てる」という試み。これくらいはずっと続けていって欲しいと思うのです。
まもなく、お役御免になる名古屋グランパスのアンセム
この街に生まれて育った俺らがここにいる
勇気と力を与えるためにここにいる
希望の地に光を呼ぶのさ
かけがえのないおまえと
豊田で戦おう
さぁ今手をかざせ信じて叫べ
栄光を掴むその時まで
Oh 名古屋の誇りをこの歌に込めて
My soul will live forever
ともに勝利をつかもう
これをココロから歌える、名古屋グランパスを愛する選手を育てて送り出そう、これだけはずっと続けて欲しいと思っています。
もちろん、山口素弘GMじゃなきゃいけない理由はありません。
もし次のGMを起用するなら、素晴らしい下部組織から、名古屋グランパスを愛する選手を世界に送り出していくこと、それを続けられるGMであって欲しいと考えます。