グラぽ

名古屋グランパスについて語り合うページ

メニュー

名古屋グランパス「GRAMPUS SOCIO PROJECT」に見る「お客さん」から「当事者」への転換 #グランパス #grampus GR719

お正月シリーズでは名古屋グランパスが「そこにあり続けるために」取り組んでいる取り組みを特集しています。既にリリース済みのマーケティング関連記事はこちら。これらの記事を読んでからこの記事を読むと解像度があがると思います。お正月でお時間あれば読んでみてください。

「彼ら」が負けたのか、「私たち」が負けたのか
「彼ら」が負けたのか、「私たち」が負けたのか

はじめに:「彼ら」が負けたのか、「私たち」が負けたのか

調子が良いときは「俺たちのチーム」と誇り、負けが込むと「あいつらはダメだ」と突き放す。 

スポーツファンの心理は、常にこの「当事者」と「傍観者」の間で揺れ動いています。

クラブ経営において理想的なのは、勝敗に一喜一憂するのではなく、どんな時も変わらず、熱く支えてくれる存在です。

「愛してる!どんな時でも!いつだって 俺らの誇りー! オオオ ラララララララー」 

このチャントの通り、どんな時でも支えてくれる存在が必要です。

実際に株主やオーナーではなくても、心の底から対象を「自分のもの」であると感じ、自分ごとのように大切に想う状態。

マーケティングや組織行動学の分野では、この心理状態を「心理的オーナーシップ」と呼び、愛着の、ひとつの到達点として定義しています。

では、この強力な当事者意識を、意図的に作り出すことは可能なのでしょうか?

その問いへの回答として、名古屋グランパスは「共創」という手法を選びました。 クラブの象徴であるエンブレムをファンと共に作り上げる「GRAMPUS SOCIO PROJECT」。

この記事では、ファンを「観客席のお客様」から「心理的オーナーシップを持つパートナー」へと変容させ、持続可能な経営基盤をもたらすことができるのか?このプロジェクトの意味について考えます。

プロスポーツビジネスにおける構造的課題と転換点

「サービス提供」モデルの限界と「お客様」意識の弊害

なぜ、愛するはずのクラブに対して、ファンは時に過度な「クレーマー」になってしまうのでしょうか。

その大きな要因の一つとして、クラブとファンの関係性が、無意識のうちに「売る側/買う側」という一方通行の枠組みで設計されてきた点が挙げられます。

この状況を理解するために、マーケティングにおけるGDL(モノ中心の論理)とSDL(サービス中心の論理)という補助線が役立ちます。

グッズ・ドミナント・ロジック(GDL)モデル
グッズ・ドミナント・ロジック(GDL)モデル
  • GDL:従来のスポーツビジネスの形。クラブが「試合」や「イベント」という完成品を提供し、ファンは対価を払ってそれを消費する。関係性は基本的に一方向。

クラブ運営をGDL的に捉えすぎると、ファンは「お客様」へと固定され、「金を払っているのだから良い試合(商品)を見せろ」という消費者心理が強まりやすくなります。

その結果、チームが不調に陥った際には批判やブーイングがスタジアムの空気を悪化させ、さらなるパフォーマンス低下を招く。そんな「負のスパイラル」が起こり得ます。

「自分ごと化」への希求と共創の必要性

では、この一方通行の関係をどう乗り越えるのか。鍵となるのが、ファンを“消費者”ではなく“共創者”として位置づけ直すことです。これがSDLの基本的な考え方と言えるでしょう。

  • SDL:企業(クラブ)が提供するのは価値が生まれるための「場」や「環境」であり、ユーザー(ファン)が参加して価値を共に創り上げる。
サービス・ドミナント・ロジック(SDL)モデル
サービス・ドミナント・ロジック(SDL)モデル

ファンが参加し、クラブと一緒に価値を創っている実感を持てたとき、関係性は「要求する側/提供する側」から、「同じ舞台をつくる仲間」へと変わります。

スポーツの世界を舞台に、わかりやすく例を挙げましょう。

ファンの熱狂は商品価値の一部
ファンの熱狂は商品価値の一部

満員のスタジアムを包む熱狂や、ピッチに響き渡る応援の歌声。これらは決して「おまけ」ではなく、試合という「商品価値の一部」そのものです。ファンの声援がなければ、あの感動的な空間は完成しません。

その意味で、ファンは単なる「お客さん」ではありません。クラブと共に最高の舞台を作り上げる、本質的な「生産者(プロデューサー)」の一翼を担っていると言えるのではないでしょうか。

この考え方を、実際のプロジェクトとして大胆に体現したのが名古屋グランパスの「GRAMPUS SOCIO PROJECT」です。

2023年、クラブ創設30周年という節目を越え、彼らはファンとの共創領域を、従来よりもはるかに深い場所まで広げました。従来の「応援」という参加にとどまらず、クラブの顔である「エンブレム」といった根幹要素を、設計図を描く段階からファンと共に創ろうとしたのです。

これは、ファンに対する静かな、しかし強烈なメッセージでもありました。

「どうか『お客様』という心地よい観客席から降りて、『クラブを共に創るパートナー』としての席に着いてほしい」

つまりこのプロジェクトは、単なるイベントではなく、ファンの意識そのものに変革(マインドチェンジ)を促す挑戦的な招待状だったと言えるでしょう。

なぜ「共創」が「自分ごと化」を生むのか

「GRAMPUS SOCIO PROJECT」がなぜ成功し得るのか、その背後にある行動心理学的メカニズムを理解するために、「心理的オーナーシップ」理論を中心に解説します。

心理的オーナーシップ(当事者意識)とは

なぜ、そこまでしてファンを「パートナー」として巻き込む必要があったのか。その答えは、「心理的オーナーシップ」という概念にあります。

これは、まるで自分自身が所有者であるかのように「感じ」、だからこそ「愛着」を持ち、その「責任感」から心の底から「守りたい」と感じる心理状態のこと。いわゆる「当事者意識」と呼ばれるものです。

スポーツチームへの愛着は、単なる「好き」を超えて「自分自身のアイデンティティ(一部)」にまで高まることがありますが、この状態を意図的に作り出すには、学術的に3つの鍵があると言われています。

  • 対象に対して自分の行動が影響を与えること:
    • SOCIOでの適用:エンブレムのデザイン要素に対し、対話を通じて直接的に意見を反映させる経験がこれに当たります。
  • 対象に対して時間、労力、情熱を注ぎ込むこと:
    • SOCIOでの適用:休日を返上してミーティングに参加し、真剣な議論を重ねるプロセスそのものがこれに当たります。
  • 対象について深く知り、理解すること:
    • SOCIOでの適用:クラブの30年の歴史を振り返り、デザインの意図や制約条件を含めて深く学習する過程がこれに該当します。

研究によれば、このようにユーザーが価値を作るプロセスに参加(共創)し、この3つの鍵が揃ったとき、心理的オーナーシップは飛躍的に高まるとされています。

重要なのは、このとき生まれる絆が、金銭的な損得勘定を超えているという点です。「安かったから買う」のではなく、「自分たちのクラブだから支える」という心理的な充足感こそが、将来にわたって揺るがない最強のロイヤルティを生み出すのです。

公式リリースを凌駕する、「仲間の言葉」という防波堤

クラブに起こる様々なできごとを「自分ごと」として捉え始めたファンは、クラブの決定を「誰か(運営)が勝手に決めたこと」とは受け取りません。それは、「自分たちが関わり、悩み抜いて決めたこと」へと変わるからです。

この意識の変化は、クラブが逆風や批判の波にさらされたとき、頑丈な「防波堤」となります。

わかりやすい例が、新しいエンブレムの発表です。 

愛着があればあるほど、変更に対して「前の方が良かった」という保守的な反発が起きるのは世の常です。しかし、その決定プロセスにファン代表が深く関わり、どれだけの激論を経てその形になったのか、その過程が透明化されていたらどうでしょうか。

プロジェクトに参加した彼らは、批判に同調することはありません。むしろ、SNSやスタジアムというコミュニティの中で、「なぜこのデザインになったのか」「そこにどんな想いが込められているのか」を周囲に熱く説く「伝道師(エバンジェリスト)」へと変わります。

批判の嵐を沈静化させる上では、クラブからの形式的な公式リリース以上に、同じ目線を持つ「仲間の言葉」が力を発揮します。

ファンが自ら語り、決定の意義を広め、そして守ってくれる。これこそが、ユーザーをプロジェクトの深部へ招き入れることで得られる戦略的成果と言えるでしょう。

GRAMPUS SOCIO PROJECTの方法論

名古屋グランパスのこの取り組みが画期的だったのは、これを一過性の「打ち上げ花火」で終わらせなかった点にあります。

彼らが描いたのは、一回きりのイベントではなく、未来へ向けて継続し、様々な要素が複雑に絡み合う「多層的なプロジェクト」としての設計図でした。単なるお祭り騒ぎではなく、緻密に計算された継続的な構造変革だったのです。

では、具体的にどのような道のりを経てこの共創は実現したのか。ここからは、そのプロセスと実際に得られた成果を確認していきます。

プロジェクトの全体像

2023年。30年という歴史の節目を超え、新たな31年目のシーズン始動と共にプロジェクトは動き出しました。それが「GRAMPUS SOCIO PROJECT」です。

掲げられた旗印は、「クラブの未来やカルチャーを共創する」というミッションです。 その言葉通り、このプロジェクトの構想は、スタジアムに集うファンのみならず、パートナー企業や自治体関係者など、クラブを取り巻く「グランパスファミリー」の総力を結集する、大きなスケールで描かれていました。

そして、この巨大なプロジェクトを推進する「運営チーム」の在り方にも、彼らの本気度が表れていました。

特筆すべきは、クラブ内部のスタッフだけで完結させようとしなかった点です。 内輪の論理に陥ることを避けるためか、彼らはあえて外部の専門家をチームの中枢に招き入れました。

「中の熱量」と「外の知見」を掛け合わせる、その巧みなチームビルディングこそが、プロジェクトの成功を支える土台となりました。

この「プロフェッショナルとファンが肩を並べるハイブリッド体制」。これこそが、プロジェクトを成功へと導く極めて重要な鍵となりました。

通常、多くの人の意見を取り入れようとすればするほど、そこにはある一つの大きな危惧が生まれます。 いわゆる、「衆愚化」のリスクです。 素人の思いつきや多数決だけで物事を進めれば、どうしてもクリエイティブの角が取れ、品質が低下してしまう。共創プロジェクトが陥りがちな最大の落とし穴がここにあります。おそらく数多くの先行共創事例を研究したことがうかがい知れます。

しかし、今回のプロジェクトは違いました。 プロフェッショナルがしっかりと「品質ライン」の手綱を握りながら、そこにファンの純粋な「熱量」を注ぎ込む。この絶妙な役割分担があったからこそ、クオリティの低下というリスクを回避しつつ、ファンの「自分たちが作った」という当事者意識を最大限に高めることができたのです。

Phase 1: 新エンブレムの共創(アイデンティティの再定義)

最初の、そして最も難易度の高いテーマが「新エンブレム」の策定でした。

プロセスと「場」の設計

プロジェクトの主役として公募で選ばれたのは、約50名のメンバーたち。そこには、性別も年齢も、ファンとしての歴も異なる、多様な「グランパスファミリーの縮図」がありました。

彼らが議論を重ねた全4回のミーティング。その舞台に選ばれたのは、無機質な会議室ではありません。豊田市や名古屋市といった、クラブの歴史と記憶が刻まれた「ゆかりの地」を巡りながら、彼らは思考を深めていきました。

そして、このプロジェクトの「深さ」を決定づけたのが、最終回に行われた熱田神宮での儀式です。

参加者全員が、正装である「ユニフォーム」を身に纏い、通常は立ち入ることのできない神域での「御垣内参拝(おみかきうちさんぱい)」に臨んだのです。

厳かな空気の中で行われた必勝祈願。この瞬間、新しいエンブレムを作るという行為が、単なる商業的な「デザイン作業」から、クラブの未来の精神的支柱を打ち立てる、ある種の「神事」に近い、厳粛な行為へと昇華されました。

対話による合意形成

SOCIOプロジェクトは4回のセッションで行われました。ファシリテーターの主導のもと、ときにはクリエイティブチームも介入し、対話を重ねることで、双方が納得できる「第3の案」や「統合案」を模索しました。

ここで威力を発揮したのが、プロのクリエイティブチームの技量です。 彼らは、参加者から出たどんな意見も否定しませんでした。その代わり、次のミーティングまでに、その抽象的な想いを具体的な「デザイン画」として可視化して戻したのです。

自分の発言がプロの手によって目に見える形となって返ってくる。この丁寧なキャッチボールの繰り返しが、参加者たちに「自分たちの言葉が、確実にクラブの形になっている」という強烈な手応え(自己効力感)を与えることになりました。

アウトプットと受容

そうして完成した新しいエンブレムは、欧州の強豪クラブを彷彿とさせる、シンプルかつモダンな佇まいをしていました。

発表の瞬間、SNS上を駆け巡ったのは驚きと称賛の声です。「まるでプレミアリーグのチームみたいだ」「めちゃくちゃいい」。リブランディングにつきものの批判的な声を、圧倒的なクオリティが凌駕したのです。

さらに、デザインだけでなく「色」の定義にもこだわりが貫かれました。単なる赤や金ではなく、「グランパスレッド」「グランパスゴールド」という独自の名称が与えられたのです。

それは単なる色指定ではありません。「これは私たちだけの色だ」という、ブランドとしての「特別感」と「誇り」を、ファンの心に深く刻み込む仕上げの打ち手になりました。

Phase 2: ターゲット別プロジェクト(U-15 / GIRLS)

エンブレム完成後、「SOCIO」という枠組みは、特定の属性(デモグラフィック)を対象にした取り組みにも広がっていきました。

未来への種まき:「U-15 SOCIO PROJECT」

共創の場は、大人たちだけに限られません。小中学生とその保護者を対象にした「U-15 SOCIO PROJECT」では、
「子どもたちがもっと笑顔で楽しめるグランパスとはどんな姿だろう?」
というシンプルでまっすぐな問いが据えられました。

多くの場合、子ども向け施策は大人が想像で作りがちです。しかし、このプロジェクトでは あえて「子どもたち自身の視点」を中心に据えました。
将来スタジアムを埋めるのは今の子どもたちです。だからこそ、大人側の“子ども向けっぽい施策”ではなく、
子どもたちが心から楽しいと思える世界を、彼ら自身の手で描いてもらうこと
に重きが置かれました。

“おじさん目線”からの脱却:「GIRLS SOCIO PROJECT」

一方、長年の課題だったのが「女性ファンの獲得」。来場者比率が30%を下回る状況をどう改善するか。
その問いから立ち上がったのが「GIRLS SOCIO PROJECT」です。

プロジェクトでは、まず参加者が

  • グランパスを好きになった理由
  • 好きだと感じるポイント

を付箋に書き出し、次に

  • どんな女性がグランパスを楽しめていないのか
  • なぜ好きになれないのか

 を整理しました。
そのうえで、「どうすれば好きになってもらえるのか」を参加者同士で丁寧に話し合いました。

これは、多くの企業で起こりがちな、会議室の男性中心メンバーが想像だけで“女性向け施策”を決めてしまう構図とは真逆のアプローチです。
そこから生まれがちな、“当事者とズレたピンク色の企画”を避けるため、グランパスは実際の女性ファンを招き、イベントや「ガールズフェスタ」での特別車内アナウンスなど、幅広いアイデアを集めました。

「私たちが本当に行きたいイベントはこういうもの」
という声を直接聞くことで、企業側の発想では見えない“本当に求められる価値”が見えてきます。
売り手が押しつけるのではなく、顧客が望むものを形にする“マーケットイン(顧客起点)”の姿勢が、女性ファンとの距離を縮める大きな鍵となりました。

Phase 3: グッズ制作(経済価値の共創)

そして第4弾が「GOODS SOCIO PROJECT」です。大名古屋ビルヂング「Open Innovation Biotope “Cue”」ではじまったこの取り組みは、これまで育んできた精神的な価値を、実際に手に取りたくなる“経済価値”へと転換する挑戦でもあります。

「笑顔になれるグッズ」の探求

掲げられたテーマは、優しくも野心的なものでした。 

「グッズの魅力にまだ気づいていない人が、もっと笑顔になれるグッズ」。 

これは、いつも購入してくれるコアファン向けではなく、まだ振り向いていない層にどうアプローチするかという、“市場拡大”を明確に意図した議論の始まりでした。

SOCIOメンバーはファシリテーターとともに「グッズの楽しみ方」について意見を交わし、最終的に5つのアイデアを選出。
ここで特筆すべきはプロトタイプ化のスピードです。

  • 6月の第1回ミーティングで出たアイデアが
  • 8月の第2回ミーティングでは早くも試作品として登場

特に「選手プロデュース香水」では、選手が香りを選んでいる様子を映した動画が上映されるなど、プロセスそのものがエンターテインメントとして演出されていました。
こうした工夫が、参加者のワクワク感を常に保つ原動力になっています。

「まさか、こんなに早く形になるなんて」
「早く使ってみたい、今すぐ欲しい!」

参加者からの声が示しているのは、
“開発の裏側に触れる体験そのもの”が、強い購買意欲を呼び起こすスイッチになる
という事実です。
プロセスを共有することが、商品自体の価値を大きく押し上げる、その好例となりました。

クラウドファンディングによる「街の装飾」への接続

新しいエンブレムつまりクラブの新しい「顔」が完成したとき、次の課題として浮かび上がったのは、それを街に広げていくという“物理的なステップ”でした。
街灯フラッグやスタジアムの装飾を一新するには、大きな費用が必要になります。

そこでクラブが選択したのが、クラウドファンディングという方法でした。

「新しく生まれ変わったエンブレムは、共に創り上げてくださったグランパスファミリーの皆さまの誇りとともに、様々な場所でまちをグランパスカラーに染めています。皆さまとともに創り上げてきたこのまちの姿をこれからも末永く発展させていくためにクラウドファンディングを実施してまいります。」— プレスリリース(2024.10.25)

https://nagoya-grampus.jp/news/pressrelease/2024/1025-2024-3.php

この数年前からクラウドファンディングは何度か行われていましたが、この年の取り組みは“単なる資金集め”ではありませんでした。
ここには、これまでの共創プロセスを経て初めて成立する、強いストーリーがあったのです。

「新しいエンブレムを、みんなで作った。だから、それを街に掲げるのも、みんなでやろう。」

この呼びかけに、もはや細かな説明は必要ありませんでした。
共創に関わってきたファンにとって、それは“寄付”とは違う行為です。
自分たちが心血を注いで生み出した旗を、自分たちの手で街に掲げる——その誇らしい瞬間への参加でもあったのです。

結果として、このプロジェクトは資金調達だけにとどまりませんでした。
商店街にはためく一枚一枚のフラッグが、ファンの想いの結晶となり、
街の風景そのものがクラブの存在感(プレゼンス)を語り始めました。

物理的にも心理的にも、クラブと街との距離はこれまでにないほど近づき、
地域におけるグランパスの存在は、より濃く、深く根づいていくことになったのです。

比較分析:他クラブ・他スポーツにおける共創事例との対比

名古屋グランパスの取り組みをより立体的に捉えるために、Jリーグ内外のチームが行っている「ユーザー参加型プロジェクト」と照らし合わせながら見ていきます。

北海道コンサドーレ札幌:課題解決型コミュニティ

北海道コンサドーレ札幌では、サポーターが主体となってアイデアを提案できるコミュニティプラットフォームを運用しています。

項目名古屋グランパス (SOCIO)北海道コンサドーレ札幌
主目的アイデンティティの確立(エンブレム、文化)地域課題解決・活性化(街の賑わい、集客)
アプローチ深層対話型(リアルな場での議論、少数精鋭)集合知型(デジタルプラットフォーム、多数参加)
インセンティブ制作物への愛着、歴史への参画ポイント付与、タスク完了特典(ゲーミフィケーション)
独自性クラブの「顔」を変える権利をファンに委ねるファンの行動変容を促し、地域貢献につなげる

コンサドーレが「広さ(多数の参加)」と「地域課題」を重視するのに対し、グランパスは「深さ(対話の密度)」と「クラブのアイデンティティ」に振り切っている点が対照的です。

この点において、グランパスはファンへの信頼やリスクを引き受ける姿勢が非常に大きいと言えるでしょう。

横浜DeNAベイスターズ & Bリーグ:ビジネス共創

プロ野球の横浜DeNAベイスターズやBリーグでは、「共創」という言葉が、主にスポンサー企業との取り組みやスタジアム空間の活用など、ビジネス面に向けられることが多く見られます。
ファンについても、「演出の一部」や「ビジネスパートナー」として捉える傾向が比較的強いと言えるでしょう。

一方で、グランパスのSOCIOプロジェクトは、ビジネス的な価値創出よりも、クラブの「DNA(遺伝子)」を受け継ぎ、育てていくことに軸足があります。
そのため、より情緒的で文化的な側面を大切にしたアプローチになっている点が大きな特徴です。

共創の落とし穴にはまっていないか?

2026年向き合いたい言葉:LTV、ファン・エンゲージメントと共創について #グランパス #grampus GR718 | グラぽ 

共創にはこちらの記事で挙げた4つの罠があります。

  • ① 「聞いたフリ」だけで終わらせる(共創ごっこ) 
  • ② 「どこまで決めていいの?」が曖昧(期待値のズレ) 
  • ③ 「常連さん」だけで盛り上がってしまう(内輪ノリ) 
  • ④ 「好きでやってるんでしょ?」という甘え(やりがい搾取) 

理想に燃えてはじまったはずの共創がどうしてこのような罠にハマってしまうのでしょうか?

比較から見えるグランパスの「本気度」

確かに近年、スポーツ界でも「共創」という言葉を耳にする機会は増えました。しかし、多くの事例において、そこには一つの大きなジレンマが存在します。 それは、「参加のハードルを下げれば下げるほど、アウトプットのクオリティコントロールが難しくなる」という課題です。

そのため、多くの共創プロジェクトは、リスクの少ない単発のイベント企画や、サポーター投票によるデザイン決定といった、「質」よりも「参加した事実」を優先するコミュニケーション施策に留まらざるを得ないのが実情でした。

その中で、名古屋グランパスの事例が他に類を見ない理由は、プロのクリエイターとファンが膝を突き合わせることで、「ファンの熱量」を損なうことなく、「プロ品質のアウトプット」へと昇華させる仕組みを構築した点にあります。

彼らは、単なる賑やかしとしてではなく、クラブにとっての「最重要資産」であるエンブレム、いわば絶対に失敗が許されない「聖域」を、共創のテーブルに載せました。そして、妥協なき議論の末に、誰もが納得する高いクオリティでそれを結実させたのです。

これは何を意味するのでしょうか。

それは、経営陣がファンという存在を、単にお金を落としてくれる「金銭的な資源(お財布)」として見ているのではなく、クラブの未来を左右する「真のステークホルダー(運命共同体)」として心底認めた、という経営陣の覚悟を示すものです。

「あなたたちを信じて、心臓部を託す」

口先だけの言葉ではない。この経営陣の「覚悟」の強さこそが、ファンの心を震わせ、プロジェクトにここまでの強烈な求心力をもたらした大きな原動力であったと言えるでしょう。

GRAMPUS SOCIO PROJECTの意義と経営的インパクト

「エンドユーザーがただ要求を出すだけの“お客様”でいる状態から、一緒にクラブをつくる存在へと変わっていくのではないか」という仮説は、GRAMPUS SOCIO PROJECTを通じてある程度実証されたのではないでしょうか。

「対岸の観客」から「同じ船のクルー」へ:境界線を溶かす共創

SOCIOプロジェクトは、ファンとクラブとのあいだにある境界線をやわらげる“触媒”として機能しました。
参加者は、制作のプロセスで生まれる「産みの苦しみ」をクラブスタッフと分かち合います。限られた予算の中でのやりくりや、デザインの迷い・せめぎ合いを一緒に乗り越えることで、ファンは「対岸から眺める観客」ではなく、「同じ船に乗っているクルー」に近い存在で言う「アイデンティティの融合(Identity Fusion)」が起きたということです。

多くの場合、人は「所属」と「自分」を分けて考えています。

  • 「私はこの会社に“勤めている”」
  • 「このチームを“応援している”」

これはあくまで 外側から関わっている状態 です。

一方、アイデンティティの融合が起きると、

  • 「このチームは“自分の一部”だ」
  • 「この組織の成功や失敗は、自分自身のことだ」

という感覚になります。

“関係している”から“一体化している”状態への変化です。

クラブの成功や失敗を、単なる“推しクラブの出来事”ではなく、自分ごとの経験として感じるようになります。

「金返せ」から「どう支えるか」へ:逆境を力に変えるファンの意識の変化

チームが連敗し、厳しい状況に置かれたとき、クラブを「お客様」として見ている人は、どうしても距離を置いてしまいがちです。
一方で、「同志」としてクラブに関わっている人たちは、そうした局面だからこそ、支えようとする姿勢を強めていきます。

自分たちが議論に参加し、想いを込めて決めたエンブレムを胸に、選手たちが苦しみながら戦っている姿を目にしたとき、SOCIOプロジェクトに関わったファンは、「金返せ」と感情をぶつけるのではなく、
「どうすれば、このエンブレムをもっと輝かせることができるだろうか」
と考えるようになります。

こうした意識の変化は、チーム成績の浮き沈みに対するクラブ経営の耐久力を大きく高めます。
LTV(顧客生涯価値)の観点から見ても、短期的な勝敗に左右されにくい、いわば“岩盤のように安定した支持層”が育つことは、収益の安定化に直結する重要な要素と言えるでしょう。(LTVに関しては、2026年向き合いたい言葉:LTV、ファン・エンゲージメントと共創について #グランパス #grampus GR718 | グラぽ をどうぞお読み下さい!)

マーケティングコストの低減と質の向上

共創のプロセスから生まれたプロダクト(グッズやイベントなど)は、市場に出る前からある程度の需要が見込めます。いわば、事前にProduct-Market Fitを検証している状態です。

用語解説:Product-Market Fit:「顧客が熱烈に欲しがるものが、適切な市場で提供されている状態」のことです。スタートアップや新規事業の現場では、「PMFを達成したか?」が事業の生存を分ける最大のチェックポイントとされています。

  • 在庫リスクの低減:ファンが「欲しい」と感じるものを一緒に考えてつくるため、大きく的を外した商品開発が起こりにくくなります。
  • オーガニックな拡散:プロジェクト参加者自身が、熱量の高いインフルエンサーのような存在になります。自分の言葉で魅力を語ってくれるため、大きな広告宣伝費をかけなくても、メッセージを深く届けることができます。

プロセスの透明化が生んだ、圧倒的な「納得感」と「信頼」

エンブレム変更のようなリブランディングは、多くの場合、既存ファンの反発を招きやすい取り組みです。
そのなかでグランパスは、「密室で決めてしまうやり方」を避け、決定に至るまでのプロセスを可能な限りオープンにしてきました。

その結果、「なぜこの形にたどりついたのか」という説明責任を果たし、誰もが納得できる「確かな根拠」を積み重ねることができました。
これは、伝統あるスポーツチームが大きな変化や革新に挑む際の、ひとつの教科書になりうる成功事例と言えます。

結論と展望:なぜ「SOCIO」を推し進めるべきか

検証を通じて明らかになったのは、SOCIOプロジェクトが単なるファンサービスの枠を超え、クラブとサポーターの関係性を「サービス提供者と消費者」から「運命を共にする同志」へと根本から書き換える、極めて有効な経営戦略になり得ることが明らかになりました。

最後に、これからのクラブ経営において、なぜこのアプローチが不可欠なのか、その本質的な理由を提示して結びとします。

コストやリスクを超えて生まれる「関係性の転換」

共創には当然、いくつかのハードルがあります。たとえば「意見をまとめるための時間や労力」「考え方の違いから生じる摩擦」「情報を扱う難しさ」などです。短期的な効率だけを考えれば、クラブが一方的に決めてしまう方が合理的に見えるかもしれません。

それでもなお、このプロジェクトを進める大きな意味があります。それは、ファンとの関係性を「要求する立場」から「共に創り上げる責任を担う立場」へと変えられることです。

参加したファンは、単なる「お客様としての権利」を持つ存在から、クラブを支える「仲間」としての責任を感じるようになりました。その健全な責任感こそが、チームが不調に陥ったときでも揺らぐことのない、強いサポーター文化を育てます。これはお金では決して買えない、クラブにとって永続的な財産です。

「プロセス」そのものが価値を生む時代へ

もうひとつ見逃せないのは、現代では「議論や会議といったプロセス自体」がエンターテインメントとして受け止められ、価値を生むようになっていることです。

SOCIOプロジェクトは、短期間で劇的な成果を出す施策ではありません。テーマごとに専門家を招くため、一定のコストもかかります。ですが、その手間や時間はもはや「負担」ではなく、ファンに届けるべき物語の一部になっています。成果物だけでなく、その背景にある悩みや対話を共有することが、ファンの共感や熱狂を生み出す源泉になるのです。

実際、成績や立地が優れているわけではないにもかかわらず、クラブが60万人もの観客を集められている事実は、この積み重ねられたプロセスがクラブの魅力を底上げしてきた証拠だと言えるでしょう。

ファミリーステートメント、エンブレムから始まった物語は、グッズやイベントへと広がり、より多くの人を巻き込む豊かなエコシステムへと育っています。

だからこそ今は、コストや人手の制約を理由に縮小するのではなく、この共創の輪をさらに大きく育てていくべきだと考えます。

About The Author

グラぽ編集長
大手コンピューターメーカーの人事部で人財育成に携わり、スピンアウト後は動態解析などの測定技術系やWebサイト構築などを主として担当する。またかつての縁で通信会社やWebメディアなどで講師として登壇することもあり。
名古屋グランパスとはJリーグ開幕前のナビスコカップからの縁。サッカーは地元市民リーグ、フットサルは地元チームで25年ほどプレーをしている。

Leave A Reply

*

CAPTCHA


このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

Share / Subscribe
Facebook Likes
Posts
Hatena Bookmarks
Evernote
Feedly
Send to LINE