概要
- 今季のグランパスは平均得失点の割には勝点を取れていた
- しかし,肝心の得点が多くない
- シュート位置の評価は2020年よりも若干悪くなっていた
- シュート局面でのシューター/ディフェンダーの質で実現できることはもうできているのでは?
- 上位チームはシュート本数自体を増やせる仕組みが備わっている
- 2020年の成功体験が2021年にどう影響したのか?
本編
グランパスは昨年に引き続き「堅守」のチームとして過酷な1シーズンを戦い抜きました.
J1リーグ戦での無失点試合数は,「これはこの先何年も更新されないのでは?」と誰もが思っていた2020年の17試合(34試合中.50%)を大きく上回る21試合(38試合中.55%)を記録しました.
しかしリーグ戦での得失点は2020年の45得点28失点(試合平均1.324, 0.824)から44得点30失点(試合平均1.158, 0.790.34試合換算だと40得点27失点)と悪くなってしまいました.実際に獲得できた勝点は63(34試合),66(38試合)に対し,それぞれの平均得失点から予測される勝点は59(/34試合=1.735/試合)と62(/38試合=1.632/試合)でした.
参考:
- ポアソン分布を利用したサッカーシミュレーション
- 平均得失点から勝率や勝点を予測する計算機
- Jリーグは失点の何倍得点すれば優勝できる/降格しないリーグなのでしょうか?
- リーグ戦優勝のためには得点が失点の2倍欲しい
下図は実得失点から予測される勝点の分布(赤色),平均(青縦線),および実勝点(白丸)を示したものです(注:得失点が独立でポアソン分布に従うことを仮定).予測平均から実勝点がずれることはありますが,大半のチームは勝点±5点の範囲にとどまっており,状況に応じた試合運びを1年通して実施することの難しさが分かります.名古屋は平均得失点の割には勝点を取れている,と考えることもできますが,この平均得失点で上位3位,特に優勝を狙うのは難しいとも言えます.
得失点の「ひとつ前」を評価する:ゴール期待値
最近サッカー分析で注目を集めている指標に「ゴール期待値(xG)」があります.「過去にそのシュートと似た位置や状況で打たれたシュートがゴールになった確率」を統計的に算出したものです.ゴール期待値をすべてのシュートに対して集計すると,得失点期待値を得ることができます.
参考:
- 2021 J1 ゴール期待値 | Football Lab
- ゴール期待値・被ゴール期待値と実得失点
- ゴール期待値とは | Football LAB
- ゴール期待値の説明
- サッカーにおけるゴール期待値 | スポーツ統計分析 | 小中研究室
- 公開データ(ヨーロッパの複数リーグ)から作成したゴール期待値(シュート位置のみを利用したもの)
下図は得失点期待値から予測される勝点の分布(赤色),平均(青縦線),および実勝点(白丸)を示したものです.得失点期待値はFootballLabから引用しました.
上位チームのうち川崎,横浜FM,および鹿島は得失点期待値に基づいて予測される平均勝点が多く,川崎と横浜FMはさらにそこから勝点を積み重ねています.特に川崎が積み上げている勝点は,以下の要素
- シュートできる位置までボールを運ぶしくみがある
- そのしくみが再現性が高く,そのためシュート回数が増える→得点期待値の増加→予測勝点の増加
- シュートを打つ状況の質が高い,シュートを打つ選手の技術が高い→得点期待値からさらに多くの実得点を得られる→さらに実勝点が増える
のすべてがそろっていないと説明できない量だと考えています.(統計の用語を使うと,実勝点と期待値に基づく予測勝点平均の差は2.5×(標準偏差)程度です).
言い換えると,得点を増やすためには「機会の回数を増やすこと」「成功率を上げる」の二つの改善方法があり(失点に関しても同様),優勝に手が届くチームはその両方を実現できている,ということです.
名古屋と神戸は予測から積み上げた勝点は多いのですが,シュート量の時点でそう良くはない(得点機会の回数を増やせておらず,リーグ平均に近い)ので,トップには届かなかったと評価できます.
得失点に分けてみる
ゴール期待値から予測される勝点に続いて,シュートを攻撃と守備に分けて調べてみます.シュート位置は https://www.football-lab.jp/ から取得し,シュート位置から期待値を求める処理は過去数年のデータから自作しました.このデータにはシュート位置のみ含まれており,前述のFootballLabの得失点期待値と異なることにご注意ください.
なんと,2021年の名古屋は得点期待値(32.23)よりも失点期待値(35.63)のほうが多いことがわかりました.2020年は得失点期待値の差はほぼ0でしたので,シュート量と位置の評価では悪化したことになります.
期待値では-3点相当の得失点差を,状況の質やストライカー/ディフェンダー/ゴールキーパーの技術で+14(41得点27失点)まで盛り返しています.得失点ともに分布の両端に近づいています.これはすごい.
そして,正の得失点差を生んだ要因のうち,状況の質と選手の技量のどちらが主なのか?という疑問に対しては,「選手の技量」と推測しています.根拠としてはもちろん「稲垣選手,シュヴィルツォク選手,柿谷選手,…はどう見たってスーパーストライカーでしょ…」という印象もあります.さらに,それに加えて特に攻撃については「良い状況のシュートを打てるようにするためのしくみがあり,それが再現性があるのであれば,シュートの機会そのものが増えて得点期待値の平均が押し上げられるだろう」という仮説に基づくものです.
比較のために上位チーム(川崎,横浜FM,神戸)の同様の図を示します.
これらを見ると,3チームともに実失点は分布の真ん中から左寄りで少ないのが,そこまで極端に少ないわけではありません.シュートを打たれてしまう状況になったとき,いくらかは失点してしまうことを受け入れたうえで,いかに攻撃の回数と質を増やすか?という戦略を考えて実行しているように推測されます(ただ,試合を見ていないので見当違いならすみません).
補足:シュート数/被シュート数でもかなり似た結論を導出できます.位置の評価を入れたゴール期待値を使うと,勝点との相関が少しだけ強くなります(下図)ので,こちらを使っています.
推測を交えた私見・評価
長くなりましたがお付き合いいただきありがとうございます.ここからは推測を交えた私的評価です.
- 2020年および2021年序盤の成功体験から,「失点しないこと」への比重が重くなってしまったのではないか?
- 皆さんご存じの通り,2020年はクリーンシート記録を樹立.2021年も開幕後実質10戦無失点(開幕戦の失点はオウンゴール)・無敗と,守備をアイデンティティとしたチーム像が内外で確立しました.そこで「失点しないこと」にバランスが傾きすぎてなかったのだろうか?という疑問を持っています.
- 「シュートを打たれても守れる」という意識が被シュート数および守備時間を増やしてしまい,それがシュートスタッツの悪化に反映されているのでは?
- 2年かけて獲得したタイトル
- ACL出場クラブはルヴァンカップは最大5試合のみでした.かつルヴァンカップはカップ戦ではあるがベスト8以降でも敗北が許される(3勝2敗でも優勝できる)タイトルです.そのような特徴から,リーグ戦王者(10クラブ)よりも多彩な顔触れ(15クラブ)が歴代王者となっています.
- 準々決勝以降は9月1日から10月30日までの2か月間と他のタイトルと比べて短期決戦で,チームのピークをうまく合わせられれば勢いよく勝ち抜けられるのもこの大会の特徴です.
- 得失点が少ないのはノックアウトトーナメントに向いた特徴です(引き分けが増えるので,リーグ戦では勝点が伸びづらい).
- 2020年に3位に入ったことでACLだけではなくルヴァンカップのシード権を得てタイトルへの短期決戦とし,2021年はその好機をうまくつかみ取りました.
- ACL出場クラブはルヴァンカップは最大5試合のみでした.かつルヴァンカップはカップ戦ではあるがベスト8以降でも敗北が許される(3勝2敗でも優勝できる)タイトルです.そのような特徴から,リーグ戦王者(10クラブ)よりも多彩な顔触れ(15クラブ)が歴代王者となっています.
- 昇格以降2021年末に至るまで,利用できた人的/金銭的/時間的な資源を最大限活用して,望みうる最良の結果に近かったととらえています.そこで未来への投資はできたのか/そもそも未来へ投資する余裕はあったのか?は別の評価軸だと考えています.
元データ
データは以下から取得しました.
- https://data.j-league.or.jp/SFMS01/ (公式記録.得失点/会場/観客数など)
- https://soccer-db.net/ (出場時間など)
- https://www.football-lab.jp/ (ゴール期待値など)
「選手起用・編成編」につづきます.