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勝利を支える「安全」の設計図:Jリーグのハラスメントを構造から減らす提案

近年Jリーグで相次ぐハラスメント事案を見て、「うちは関係ない」と言い切るのは、どのクラブのサポーターにとっても難しいはずです。なぜなら、監督に権限が集中しやすい「構造」は、程度の差こそあれ、名古屋グランパスを含む多くのクラブに共通しているからです。

※本稿は、特定のクラブや指導者を疑うためではなく、どんな体制でも起こり得る「事故リスク」として捉えています。

ピッチ上の勝利を願う名古屋グランパスのサポーターだからこそ、その土台となる「組織の安全」にも目を向ける必要があります。ひとたびハラスメントが起きれば、勝利の価値そのものより、クラブへの信頼がガクッと落ち、回復に時間がかかるからです。 「誰かの悪意」のせいにして終わらせないために。プロスポーツ特有の権力構造を紐解き、不幸な事故を未然に防ぐための制度設計を考えます。

はじめに

プロスポーツの現場において、パワーハラスメント(以下、パワハラ)の問題が後を絶ちません。多くのチームが「風通しの良い組織づくり」や「コンプライアンス研修」に取り組んでいますが、それだけで根絶に至らないのが現実です。

なぜなら、プロの現場におけるパワハラは、個人の資質や感情の問題というよりも、起きやすい「構造的な理由」が存在するからです。精神論や文化づくりに頼るのではなく、「起きない設計」と「起きたら必ず止まる運用」という、ガバナンスと人事の視点から、Jリーグ(以下、リーグ)が取り組むべき具体策を考えてみましょう。

パワハラを生む「構造」の正体

まず、プロスポーツ特有の「構造」を直視する必要があります。

  1. 権力勾配の強さ:監督やコーチが「出場機会」や「契約更新」など、選手のキャリアを左右する決定権を握っています。そのため選手は、理不尽だと感じても「NO」と言いにくい状況に置かれます。
  2. 短期的な結果への圧力が強いほど、行き過ぎた言動が「厳しさ」として見過ごされやすい:短期的な結果へのプレッシャーが強く、行き過ぎた指導であっても「勝利のための厳しさ」「熱血」として正当化されやすい土壌があります。
  3. 閉鎖性と通報への諦め:クラブハウスや遠征先など、外部の目が届きにくい場面が生まれやすい環境です。選手側も「通報しても十分に取り合われないのではという不安」や「不利益な扱いを受けるのではという恐れ」から、声を上げても状況が変わらないのでは、という諦めが広がりやすくなります。

この構造を放置したまま意識改革を叫んでも、解決には至りません。必要なのは、仕組み(システム)のアップデートです。

撲滅のための「5つのアプローチ」

では、具体的にどのような設計が必要なのでしょうか。ここでは効果的な5つのアプローチを提案します。

1. 権力の分散(ガバナンス改革)

監督一人がすべての権限を握る状態を解消します。例えば、選手起用の基準を事前に明確化し、GMや強化部門がそのプロセスに整合性があるかを定期的にチェックする仕組みを導入します。

※狙いは戦術判断への介入ではなく、処遇変更の「説明可能性」と手続の適正を担保することです。

また、「選手の保護に責任を持つ独立担当者(セーフガード担当)」を現場の指揮系統から切り離し、クラブの経営層(取締役・オーナー)に直結するポジションとして設置することが不可欠です。

2. 評価指標の刷新(人事改革)

これが「プロの本丸」と言える改革です。監督・コーチの評価軸を、勝利などの成績だけに置かず、「人を壊さない責任」を組み入れます。 具体的には、選手の離脱率(メンタル不調を含む)や匿名サーベイによる職場満足度を評価項目に加えます。

※指標は単独で裁かず、時系列と複数データで「傾向」を見る前提が必要です。

そして、ハラスメント行為が確認された場合は成績に関わらず契約更新を行わない「レッドライン」を明文化します。

※「確認」は、所定手続(第三者関与・反論機会)に基づく事実認定を前提とします。

3. 通報の安全性確保

「報復」への恐怖を取り除かなければ、窓口は機能しません。外部ホットラインの設置に加え、通報後に選手の出場機会が急減したり、不自然な扱いを受けたりしていないかを点検する「報復兆候監査」を導入します。 (例:通報前後での出場時間の急変、練習参加への制限、処遇変更のプロセス不透明化など)

※「出場が減った=報復」と短絡しないために、急変+説明不能+手続き不備など複合的な兆候に絞る設計が必要です。

※本監査は起用の正誤(戦術判断)に介入するものではなく、処遇変更の説明可能性と手続の適正を点検するためのものです。

4. 調査・処分の標準化

身内による調査は利害関係が疑われ、信頼を損ねやすくなります。調査プロセスから現場の上司や強化部門を外し、利害関係のない第三者や弁護士が事実確認を行う手順を、手順書として標準化します。 重要なのは、「誰が、どの手順で、何を根拠に判断するのか」を先に決めておくことです。

5. 指導スキルの「言語化」と「置換」

現場の指導者が「怒鳴らずにどう指導すればいいのか」と迷わないよう、代替スキルを提供します。 「お前は使えない」といった人格否定を、「今のプレーはここがリスクだから、次はこう動こう」という具体的・技術的な指示(修正+ネクストアクション)に置き換えるトレーニングを導入します。

それでもパワハラ対策は簡単じゃない

プロスポーツ特有の力学や、現実的な運用面はそう簡単ではありません。

1. 「戦術的判断」と「報復・パワハラ」の境界線の曖昧さ(最大の盲点)

「報復兆候監査」や「評価指標の刷新」には、大きな運用上の課題があります。

  • 盲点:監督が選手を起用しない理由が「実力不足・戦術的不適合」なのか、「個人的な好き嫌い・報復」なのかを、第三者が客観的に判定するのは極めて困難です。選手側の受け止めと監督側の説明が食い違った場合、検証が難航し、対立が長期化するリスクがあります。
  • 対策の必要性:GMや強化部門が関与したとしても、短期成果の圧力の中では判断や説明が競技上の理由に収れんしやすい面があります。だからこそ、「正当な評価プロセス」を外から点検できる形(記録とレビュー)に落とし込み、透明性をどこまで担保できるかが鍵になります。

2. 制度の信頼性を守る(副作用の織り込み)

「匿名サーベイによる満足度」や「通報の安全性」を高めることは重要です。一方で、副作用も想定されます。

  • 目的:被害申告を疑うのではなく、制度が攻撃にも防衛にも使われない状態を作る
  • 想定しておくこと:
    • サーベイは「点数」単独で評価せず、自由記述・分散・時系列で傾向を見る
    • 通報は「起用の正誤」ではなく、暴言・威圧・報復兆候の事実確認に絞る
    • 監督保護(不当申立て対策)も明文化=公平感を担保

3. クラブ間の格差とコストの問題

「独立したセーフガード担当」「外部ホットライン」「第三者による調査」は、すべてコストとリソースを要します。

  • 懸念点:ビッグクラブは導入できても、経営体力の乏しいJ2、J3以下のクラブでは、専任者を置く余裕がなく、兼任や形式的な導入に留まってしまう(=形骸化する)恐れがあります。
  • 制度設計の要点:リーグ全体でリソースをプールする(リーグ主導の通報窓口や監査機関の共同利用)などの補完策がないと、「安全の格差」が生まれます。リーグ全体の仕組み作りには時間がかかることが予想されるため、まずはコストのかからない『ログ(記録)』と『合意』から始めるのが現実解だと思います。

4. 「勝利至上主義」のファン・スポンサーの受容性

「勝利と安全の両立」は理想像ですが、現実にはタイムラグがあります。

  • 現場・経営のジレンマ:サポーターやスポンサーの多くは当然、勝利を願っています。その期待が強いほど、評価が短期成績に引っ張られやすく、指導上の課題への対応が「後追い」になりがちです。クラブ経営陣にとっては、競技成績と組織の安全配慮を同時に満たすために、判断基準と手続きを事前に明文化し、意思決定が世論や短期成績だけに左右されない設計が求められます。
  • 現実の課題:短期的には、改革によって一時的にチーム成績が落ちる可能性もあります。その際、改革が「甘さ」と誤解され、安全配慮が競技力低下の原因だと短絡される批判に、クラブがどう向き合うかも課題になります。

5. 指導の「熱量」と「即時性」の低下懸念

「言語化」と「置換」のトレーニングは理想的ですが、ピッチ上の瞬時の判断が求められる場面での運用には反論が予想されます。

  • 現場からの反論:「一分一秒を争う試合中に、丁寧な説明やフィードバックをしている暇はない。時には強い口調で即座に正す必要がある」という声です。
  • 留意点:ここで守るべきなのは「強い指示」そのものではなく、緊急時の即時性です。したがって、「緊急時の強い指示」と「日常的な人格否定」を明確に区別し、前者の即時性を損なわずに、後者を確実に禁じるガイドラインが必要です。

難しさはグレーゾーンを誰が裁くのか

上に挙げた課題は、要するに「正当な厳しさ」と「ハラスメント」のグレーゾーンを、誰が、どの根拠で裁くのかという、泥臭い運用部分に集約されます。

制度を導入するだけでは不十分です。「監督・コーチを守るためのガイドライン(不当な訴えからの保護)」や、「戦術的起用に関する説明責任のルール化」もセットで整備しなければ、現場が混乱する可能性があります。

盲点への対処と即効性のある一歩

盲点は、グレーゾーンが「見えない」ことではありません。見えないまま放置され、検証不能な状態が続くことです。

ならば最初にやるべきことは、議論を道徳論にしないための「検証可能性」を足すことです。

Jリーグは主に育成年代向けにセーフガーディングを掲げ、クラブ側の研修や担当者配置などを示しています。 【公式】クラブの取り組み|セーフガ—ディング:Jリーグ.jp

トップチームにも「同じ発想(安全を設計する)」を拡張するのはどうでしょうか。

以下はまずは今季から導入を検討したい最小セットです(各クラブの個別努力に委ねず、共通インフラとして整備するイメージです)。

  • レッドラインの明文化(人格否定・脅し・報復と合理的に推認される事実が確認された場合、所定手続(第三者関与・反論機会を含む)に基づき契約上の措置(更新停止を含む)を原則化)
  • 起用・評価の簡易ログ(起用基準/改善点/再評価日を短く記録し、定期的にレビューする)
  • 報復兆候の監査(通報後の出場・処遇の急変などを、リーグまたは第三者機関が点検する)

この3点が揃えば、「起きない設計」は道半ばでも、「起きたら止まる運用」は回り始めます。もちろんこれは提言であり、最終的にはリーグ/クラブ/選手会等の合意形成が前提です。JFA/リーグが旗振り役となり、関係者が合意形成できる場づくりが進むことを期待します。

最後に

パワハラ対策は、「特定の誰か」や「過去の出来事」を蒸し返して責める話ではありません。「よく事故が起きる信号のない交差点」に、どうやって信号機を設置するかという、未来の話です。

2026年、私たち名古屋グランパスはミハイロ・ペトロヴィッチ監督を迎え、新たな冒険を始めようとしています。攻撃的で魅力的なサッカーへの期待に胸を躍らせている今だからこそ、プロサッカー界全体に潜む「構造的なリスク」にも目を向ける必要があります。

どれほど素晴らしい監督を迎えても、権力勾配と「勝たなければならない」という強烈な圧力が存在する限り、いつどこで「無信号の交差点」が牙を剥くかわかりません。一番厄介なのは、正当な戦術判断や熱血指導に見える形で、報復や理不尽が紛れ込んでしまうことです。

だからこそ、新体制がスタートする「今」必要なのは、精神論ではありません。「記録」「レビュー」「レッドライン」という、運用の信号機をあらかじめ備えておくことです。

最初の一歩は小さくて構いません。起用や評価の理由を短く残し、第三者が確認できる状態にする。それだけで、万が一のときに選手も、スタッフも、そしてクラブの未来も守れる「ルール」が生まれます。

私たちサポーターの役割は、勝利を願い、支え、時に厳しく見届けること。 そしてクラブ運営の責任は、勝利を積み上げ続けるために「安全」を仕組みとして担保することです。

この役割分担が噛み合って初めて、ミシャ監督とともに歩む新しい時代は、長く、誇り高いものになると信じています。

グレーをゼロにはできません。けれど、『勝っているから不問にする』という空気を変えることなら、私たちサポーターの意識一つで今すぐできるはずです。

About The Author

グラぽ編集長
大手コンピューターメーカーの人事部で人財育成に携わり、スピンアウト後は動態解析などの測定技術系やWebサイト構築などを主として担当する。またかつての縁で通信会社やWebメディアなどで講師として登壇することもあり。
名古屋グランパスとはJリーグ開幕前のナビスコカップからの縁。サッカーは地元市民リーグ、フットサルは地元チームで25年ほどプレーをしている。

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