少し前になりますが、嬉しい発表がありました。
榊原 杏太選手、2024シーズン新加入内定のお知らせ|ニュース|名古屋グランパス公式サイト (nagoya-grampus.jp)
2019年のU-18として準三冠といっても過言ではない二冠に貢献。その後立正大に進学していた榊原の2024シーズンからの加入内定、および特別指定選手としての登録が発表されたのです。クラブにとっても、ユースを熱心に応援しているサポーターにとっても、彼のような素質の持ち主が、大学放流後にきちんとチームに戻ってきてくれるのかは大いに気になっていたはず。そんな中の帰還発表は多くの人を安堵させたと思います。
このニュースに伴って、グラぽ編集部にグランパスの若手育成の考え方についての質問が入ってきたようです。若手の育成といえば、実は2018年3月、
児玉駿斗(現・徳島ヴォルティス)が大学2年生の身で加入内定および特別指定選手登録をされた際、このような記事を書きました。もう4年も経っていることに時の流れの恐ろしさを感じます。
さて、上の記事の内容をいったんお読みいただきたいのですが、この中で、「1. それぞれの求めるもの、考えること」「2. 19歳~20歳の育成の問題」の項目については、2022年現在においても何ら変わるものではありません。現在でも十二分に通用する考え方だと思っています。
一方で、名古屋グランパスというクラブの立ち位置、考え方はこの4年の間に大きく変化しました。今回の記事では4年間の環境の変化と、その結果としての現状の方針についてまとめていければと考えています。
極端に振れたトップチームの方針とその影響
ここからは耳の痛い話になります。そういうのが嫌な人は回れ右。
…いいですね?
先ほど挙げた、2018年3月の記事以降、トップチームに何があったか。時系列を追って見てみましょう。
こうやって書いてみると随分胃が痛い内容です。特に前半。
さて、補強や育成の方針は、当然のことながらその時の監督の起用方針に大きく左右されます。いや、本当ならばされないのが理想なのですが、残念なことに我らがグランパスはその域には至っていません。
この4年間に区切って言うと、2019年の風間監督解任→フィッカデンティ監督就任によって、起用条件は攻撃志向技術と個人戦術を最優先とする起用方針から、運動量と守備戦術への適応を最優先とする守備志向へ、極地から極地への転換となりました。天地がひっくり返ったような評価基準の変化です。
一方でこの2人の監督に共通していたのが「自らが要求しているレベルに選手が達していなければ起用しない」という方針です。2人とも、ともかくそのレベルを厳しく見る監督であったため、自らの眼鏡に叶わない選手については全く出場機会を与えないどころか、練習においてもチャンスを与えられない扱いになる選手すら存在した、という風聞を耳にしています。
この「方針の堅持」と「評価基準の逆転」の影響をもっとも大きく受けたのが、先ほどの2018年のエントリーで触れていた児玉駿斗でした。風間監督のサッカーに合う選手の先物買いという意味合いが色濃い早期内定でしたが、その評価基準が逆転したことで、チーム内での取り扱いも大きく変化。2020年は内定していたにもかかわらず特別指定選手としての登録は行われず、卒業して本格的に加入した2021年は一切の出場機会を与えられることなく育成型移籍で相模原SCへ。2022には徳島ヴォルティスへ完全移籍と、2年次から内定を得ていた選手の扱いとは思えない形で別れを迎えています。
選手獲得ルートの閉そく感と、その打開に向けた動き
2018年以降の新卒での獲得選手のリストをご覧ください。
2018年
- 秋山 陽介(早稲田大学)
- 大垣 勇樹(興国高校)
2019年
- 渡邉 柊斗(東海学園大学)
- 榎本 大輝(東海学園大学)
- 相馬 勇紀(早稲田大学)
- 菅原 由勢(名古屋グランパスU-18)
- 成瀬 竣平(名古屋グランパスU-18)
- 藤井 陽也(名古屋グランパスU-18)
- 松岡 ジョナタン(名古屋グランパスU-18)
2020年
- 石田 凌太郎(名古屋グランパスU-18)
- 三井 大輝(名古屋グランパスU-18)
- 吉田 晃(九州国際大学付属高校)
2021年
- 児玉 駿斗(東海学園大学)
- 東 ジョン(名古屋グランパスU-18)
2022年
- 吉田 温紀(名古屋グランパスU-18)
- 豊田 晃大(名古屋グランパスU-18)
- 甲田 英將(名古屋グランパスU-18)
このリストを眺めて、どんなことが思い浮かびますか?ざっと見ただけでも
ということが分かると思います。特にこの「大学生の獲得がない」ということが、現在のチームの若手補強・育成に大きな影を落としています。獲得を目指していないわけではなく、獲得競争への参戦、獲得オファーはしたと思しき上のこの結果ですから、チームとして思い通りに行っていないことは明白であると考えられます。2018年のエントリでも書きましたし、今の川崎などの隆盛を見てもわかる通り、大学を経由して力を蓄えた選手が即戦力~数年で戦力になることがチーム力を支えることが多くなってきているJリーグにおいて、かなり厳しい状態だと言わざるを得ないのではないでしょうか。
この理由については担当スカウトの異動など、獲得に関わる組織の変化もありますが、それ以上に「獲得対象である大学生本人やその周りが名古屋グランパスに入ることに対してどう考えているか」が反映されているように思います。それは恐らく、「名古屋グランパスに行っても、出場機会の争いに参加させてもらえない可能性が高い」というものではないでしょうか。特に、フィッカデンティ監督の起用方針が「その時点で守る能力が高い選手から起用していく」というものであったことは予想に難くなく、2020年2021年はそこに割り込むのは容易ではない状態でした。セレッソ大阪で中心選手だった木本恭生ですら、リーグ戦では1702分の出場に留まったくらいです。
ファンの立場から「うちのレギュラーからポジションを奪うつもりで来てほしい」と口で言うのは簡単ですが、機会を与えられている形跡も少ない状況と、チームとして出番を与える準備があり与えられる選手層であるチームと天秤にかけられてしまっては、選択肢に入らないのも無理はありません。
ただ、結局のところなぜこうなったかと言えば、クラブとしての継続性のなさを大学生やその周りの大人に見切られている、ということなのではないかと思います。いかに腕に自信があろうとも、行ったチームが数年後に真逆のことをやっていると思えるのであれば、選ぶ側である選手たちが「このチームに行っても未来はない」と考えても何ら不思議ではありません。現在の名古屋グランパスが大学生高校生の就職先として魅力的ではない、ということが、現状の苦しさの元凶となっていると言えそうです。
ただ、結局のところなぜこうなったかと言えば、前述の通り戦術1つ取ってもクラブとしての継続性がない、少なくとも一部からはそう見なされていることが原因ではないでしょうか?
3人の監督の個々の戦術の優劣はここで論じるつもりはありませんが、少なくとも戦い方は変わりました。そのため起用される選手の変化から、クラブに必要な選手の資質が変わってしまった、ということを読み取ることができます。このような変化が生じるのは、悪い言い方をすればクラブに「どうなりたいか」という理想、もっと言えばクラブを育てていく「哲学」がないと見なされても反論が思いつきません。
そしてそれは、チームを選ぶ側である大学や高校の選手やその親、もっと言えば現役選手やそのエージェントにも伝わります。選手だってチームを選ぶのであれば「そのチームで自分がどんな風に活躍し、力になるか」は必ずイメージするでしょう。それがイメージできない、もしくは変わってしまう可能性が高いのでイメージする意味がないと思われていることが、新人獲得レースでグランパスが苦しんでいる大きな要因なのではないでしょうか。
編注:まったく逆の現象が移籍市場では起きていて、サガン鳥栖からの選手移籍が多いのは、吉田豊や金崎夢生という先達がいるから相談しやすい、ということもあるかもしれません。選手個人同志は付き合いがなくても、エージェント(代理人)は繋がっています。口コミのチカラはバカにできません。
榊原の帰還から見るもう一つのルート構築
とはいえ、クラブもただ手をこまねいていたわけではありません。特に、昇格がこの5年ほど非常に多いことからもわかる通り、そして、海外に巣立っていった菅原を除いても、成瀬藤井がJでも十分通用するだけのポテンシャルを見せてきている通り、現在の名古屋グランパスのアカデミーは逸材の宝庫です。
ただ、そうは言ってもトップチームに直接昇格させて、必ずしも成長の機会が正しく与えられるかというとその限りではありません。成瀬も藤井も菅原も、ある意味では機会を与えられる運に恵まれたからこそ、そしてそれを掴んだからこその現在ではありますが、トップチームの起用方針を考えると偶発的以上のものではないため、これを毎回望むのは無理があります。
そうしたことからか、現執行役員の山口素弘氏が入閣した後は、U-18の選手を積極的に大学に進学させ、その成長の様子を把握する、というところをかなりマメに行っているようです。ちょうど折よくエリートリーグという体裁で実戦が増えたこともあり、実際に呼び戻して成長ぶりを確認する、という機会も増えているようです。エリートリーグで頻繁にアカデミー卒の大学生を練習生として呼んでいることも見逃せません。今回の榊原の内定・特別指定も、回り始めたサイクルの一番初めの例と言えるかもしれません。
この取り組みが上手くいくには、一度進学という形でクラブの外に出た選手が帰ってきたくなるようにコンタクトを取り続けるとともに、「帰ってきたら活躍の場がある」と思ってもらえるよう、環境を整えておく必要があります。そういう意味で、今季監督が代わり、ここまでアカデミー(名古屋グランパスU-18)卒の選手たちが一定の出場機会を与えられていることは、ポジティブに捉えられるお話でしょう。また、副次的効果として、若手登用の意思が示されれば、ここ数年冷え切っている大学卒の新人獲得レースにおいても、良い方向への変化がみられるかもしれません。
ただし確かにグランパスのアカデミーは優秀な選手を輩出し続けています。私見ですが、だからと言って外に人材を求めなくても良いとは思いません。同じところで育った選手はチームの文化になじみやすいという利点と引き換えに、似たような方向性で育つ選手が多くなります。悪く言えばキャラクター被りとも言えるでしょう。チーム作りには様々な要素が必要になります。自らの手元では育たない、育ちづらいタイプの才能を取り込むことでクラブとして進化する、そういう余白は常に持っているべきだと思います。アカデミーと、アカデミーとは異なるタイプの選手と、バランスよく獲得していくことで、より強力な若手層が作り上げられるはずです。
昨季レビューのエントリーにて示した通り、持続性のある成長を試みるのであれば、一定の時間帯を若手に費やさない限りその果実は手に入りません。2022年以降、どのように若手を育て、クラブとして成長していくのか。もし4年後にこのようなエントリを書くとしたら、積み上げが出来ているという手ごたえをもとに書きたいものです。