物議をかもしている川崎フロンターレ戦中止問題について簡単にまとめます。
名古屋グランパスが7/26に発表したお詫びにモヤモヤしているかたが多いように見えます。それは何故なのでしょうか。
コンプライアンスとは
コンプライアンス(compliance)とは、「法令遵守」を意味しています。
Jリーグの場合はまず遵守しなければならないものとして国会で定められた「法令」が前提としてあり、次に「Jリーグ規約」とそれに伴い制定される附則・ガイドラインがあります。
新型コロナウイルス感染症対応ガイドライン_7月19日更新版を公開:Jリーグ.jp
上記がJリーグの定めるガイドラインで、新型コロナウイルス感染症対応についてはこれを遵守することが求められます。
ガイドラインで定めていること
ガイドラインでは以下のようなことを日常的に求めています。
簡単にまとめると、
- 日常の発熱や体調などの記録を取る
- 行動記録を取る
- 定期的に検査を行う
の3点になります。
感染がわかったら
基本的には、感染のわかったもの(陽性者)と濃厚接触者判定を受けたものを隔離した上で、残ったメンバーで試合を開催するのが基本です。
開催が可能かどうかについての決定はチェアマンが行い、当事者クラブはこの決定に従う、とされています。
開催可能の判断に関する要件
試合のエントリー要件というものが定義されています。2022年度の場合は、「トップチーム登録、第2種トップ可および特別指定選手合計13名以上(ゴールキーパーを必ず1名含む)をエントリーしなければならない」となっています。
今回の問題の整理
チェアマンからは21日の理事会後インタビューで以下の要旨が指摘されています。
- 濃厚接触者の数も含めて13名が揃わなかったということが現状の調査ではわかっている
- 保健所の活動停止指示という情報をもとにJリーグは中止を判断したが、保健所の指摘で修正を行った
- 経緯を調査中
- 問題があればペナルティーの発生はあり得る
【クラブニュース】第7回Jリーグ理事会後記者会見で、名古屋の誤報告についての事実確認が行われる。 : 赤鯱新報
ほんとうに13名が揃わなかったのか
川崎フロンターレ戦の予定されていた7月16日までに5名の陽性者がでており、怪我人・出場停止者がいました。天皇杯では既に移籍が決まっており、通例であれば出場させないはずの阿部浩之とU-18の貴田遼河を先発起用しなければならない状況だったことは確かで、しかも天皇杯でベンチ入りした宇水もその後離脱が発覚するなど、エントリー要件13名を満たせなかった可能性は十分にあると思われます。
コンプライアンスのために重要なこと
法令遵守をしていくためには、活動に関連する法令・ガイドライン改正などの情報をキャッチアップすることが求められます。しかし、それができていないこともよくあることです。
特に現在は昨年までの5名以上の感染者が発生したらチーム活動停止、というガイドラインを緩和している最中です。今回はスタッフを含めると10名以上の感染者が発生していました。
性善説に立って今回の発生原因を考えてみると、担当者に昨年までのガイドラインを前提に、この条件なら活動停止という思い込みがあったのでは、と予想できます。
コンプライアンス違反が起きる理由(一般論)
「動機」「機会」「正当化」の3つの条件がそろった時、コンプライアンス違反が起きると考えられます。
動機:通常ではありえない行動をしたくなる心情
不法行為を行う原因はさまざまですが、個人や組織に動機がなければ基本的にコンプライアンス違反は起きません。今回名古屋グランパスは怪我人多数、そこに新型コロナウイルス感染症の罹患者が多発しました。苦しい状況であったことは間違いありません。
「貧すれば鈍す=賢い人でも、生活が貧しくなってしまい金銭的な余裕を失ってしまうと心までもが貧しくなり判断力が鈍ったり知恵が衰えたりするなど、愚かな人間になってしまうという意味である。(出典:Weblio」
こんな言葉もありますが、通常であればちゃんと確認のステップを踏むことができる人が、この窮地のなかでできなくなってしまう、ということは考えられることです。世の中のお仕事をされている方のなかでも多くの方が同じような経験をされているのではないでしょうか。
機会:不正行為が発生しやすい環境
機会とは、不法行為をしやすい環境などを指します。例えば小規模な企業では、意思決定に際して、複数人の判断を仰がないことがよくあります。ある部門の現場の長が「○○です」と言ったら、それを上長がチェックできないと、正しくない判断がなされてしまうことがあります。
チェック機構が正しく働いていないというのは、それ自体が不正行為と言えるかもしれません。
正当化:認識・危機意識が低い
多くの人は、たとえギリギリの行為であっても、事が明るみになったときのことを考えて行動します。それが不正行為を防ぎ、セルフチェックによりミスを防ぐわけです。「正当化」とは、その不正をすることが正しいかのように、理由や言い訳をつけ、実行してしまうことです。
これは、不正を行う人のコンプライアンス違反に対する認識や危機意識が低いことが原因でもあります。まず、故意であろうと、ミスが原因であろうと、不正行為を行ったらどうなるのか、自社ではどのような対応を行うのかを認識させることは重要でしょう。
もしも問題が起きてしまったら
名古屋の弁護士 野澤孝有さんは、以下のような記事でまとめています。
以下要旨を抜粋します。
基本原則1「誠意ある謝罪と責任の明確化」
謝罪は簡単なようで、実は難しいものです。不祥事の原因が従業員のヒューマンエラー等の場合は、謝罪をする者が当事者意識を欠いているためか、どこか他人事のように見えてしまうこともあります。(中略)
次に責任ですが、これは当事者に対する損害賠償を含めて、起きた不祥事の害悪の程度に比例したものでなければなりません。(中略)
重要なのは、決定した責任の内容が第三者の目からみても、起こした不祥事の内容に照らし、適正比例したものであるかどうかなのです。
当事者である企業内決定ではどうしても判断が甘くなりがちです。
基本原則2「原因究明とその説明」
(前略)商品の瑕疵の場合、損害の回復を図ったのであれば、損害賠償責任という法律上の責任は果たしたといえます。
しかし、会社は、社会的責任を負う存在でもあることを忘れてはなりません。
市場で活動することを許された者として、商品に瑕疵がある場合、その原因を説明する責任を負っていることは否定できません。
上記の商品の瑕疵の例で言えば、なぜそのような瑕疵が生じたのかを誠実に原因調査をするべきです。(後略)
基本原則3「再発防止策の構築とその説明」
最後の原則は、再発防止策の構築とその説明です。
当該事案の調査過程(基本原則2)で判明した問題点はすべて積極的に実効的な改善策を検討するべきです。
要は同じ過ちを繰り返さないということが大切です。(後略)
はたしてグランパスの今回の対応はどうだったのか?
今回の川崎フロンターレ戦中止に関するプレスリリースは以下の通りです。
7/15(金)に発表させていただいたトップチーム活動の停止におきまして、保健所のご指導に関してクラブからJリーグに対し誤った報告がありました。
トップチーム活動停止に関するJリーグへの誤報告について|ニュース|名古屋グランパス公式サイト
内容:管轄保健所より感染対策に関する指導を受ける中で、チーム活動停止についてもご指導いただいたとクラブが誤認。
保健所からのご指摘に基づき、クラブからは速やかにJリーグに対して経緯の報告を行い、現在行われている調査につきましてもクラブとして全面的に協力させていただいております。
このたびは、グランパスファミリーの皆さま、Jリーグに関係する皆さま、川崎フロンターレに関係する皆さま、そのほか関係各所の多くの皆さまに多大なご迷惑をおかけしましたことを心よりお詫び申し上げます。
野澤さんの3原則から振り返ると、(1)謝罪はできていますが、責任の明確化はJリーグが現在調査中であるためにできていません。ただ、調査に協力するなどの状況は報告しているので問題はないでしょう。
しかし(2)原因究明と(3)再発防止策については触れられていません。
それは現在Jリーグによる外部監査が入っているため、うかつな発表を行うことができないということなのだと推察します。
この報告は来るはずだったお客様に向けたもののはずです。しかしJリーグへの対応が主となっているように見えないでしょうか。それがモヤモヤする原因なのでは、と考えます。
試合は興行であり、お客様すべてが利害関係者なわけです。少なからず損失を受けているわけで、適切な報告がなされるべきだと考えます。現時点で発表することができなくても、きちんと外部監査が終了したあとに原因究明と再発防止策を発表することを約束していれば、ここまで批判が大きくなることはなかったように思います。
不祥事の初動対応
コンプライアンス違反が発生した場合には、包み隠さずきちんと公表・報告すべきです。
社会的な信用の失墜を懸念すること、親会社に責を問われることを考えるよりも、誠実に対処することが重要です。それが結果的には顧客の信頼・信用を維持するための方法です。
また、速度が重要です。
名古屋がJリーグに誤報告 保健所の指導を誤認(時事通信ほか)
第一報があったのが7月24日未明。
プレスリリースがあったのが7月26日。
すくなくとも1日早く対応することができたのではないでしょうか。
トヨタでは「バッド・ニュース・ファースト(悪いことは早く報告)」という原則があるといいます。
仕事でミスを連発する人は「トヨタ式」に学べ | リーダーシップ・教養・資格・スキル | 東洋経済オンライン | 社会をよくする経済ニュース
名古屋グランパスもトヨタグループの会社らしく、より良いコンプライアンス対応ができることを願っています。