大分トリニータのグランパス対策はどんなだった?
この試合、まずみんなが驚いたと思われるのが、大分トリニータのスターティングメンバーだったと思われる。今シーズン大分トリニータの中盤の軸として君臨していた小林裕紀がまさかのベンチ外。同じく全試合で先発してきた右ストッパー岩田智輝も謎のベンチ外。おそらくコンディショニング担当から「休ませないと危険」というサインが出ていたのだと思われる。
また、スピードと決定力でサイドからゴール前まで突進してくる突貫小僧田中達也がベンチというのも同様の理由があったと思われるが、短い時間に限定するなら後半の勝負どころで使いたい、という思いがあったのだろう。
片野坂知宏監督は以下のように語っていた。
「ゲームプランの中で名古屋さんは非常に守備が堅く、攻撃でも決定力のあるタレントが多くいる中で、なんとか0-0で前半を終え、粘り強く90分のゲームを戦いたいという狙いを持って選手たちを送り出した。」
対策と考えられるのは、怪我明けの小塚和季と香川勇気を思い切って起用してきたことだ。全体練習には先週から合流しており、復帰も近いとは言われていたが、無理に起用してきたことには意味があるはずだ。以下は知念慶のインタビューの一節だ。
——攻撃の形がなかなか作れなかったが要因は。
知念慶「サイドから崩してクロスという自分たちの狙いの形が全く作れなかったのは、自分たちの単純な技術不足や連係不足。そういう部分をもっと練習ですり合わせていかなくてはならない。僕一人でどうにか出来るチームではないので、チームとして狙いと一体感をもって臨まなくては勝点は取れないと感じた。」
引用元:https://www.oita-trinita.co.jp/match_info/game/?gid=56450&game_id=2020072209
このインタビューからも見ることができるように、守備ラインを高くしないグランパス相手にプレビューに挙げたショートカウンターは難しい。そこでトリニータの狙いは、運動量豊富な前田凌佑が名古屋グランパスの中盤の組み立てを阻害し、長谷川雄志のロングフィードでサイドを使う。サイドバックの香川勇気や前線の小塚和季がそこにアクセントを加えながらクロス、背の低いグランパスDFに競り勝って知念や渡が得点を陥れるというものだったのではないかと想像する。
名古屋グランパスの大分トリニータ対策はどんなだった?
名古屋グランパスのスターティングメンバーを見たとき、前田直輝と金崎夢生がトップ中央、阿部浩之が左、マテウスの右という構成を想像した。
実際基本ポジションはこの通りで、むしろ金崎夢生と前田直輝の関係性は自由なものだった。
しかし実際にピッチの上では、前線の4枚がポジションを何回も交換する形だった。
ポジション交換の意図は?
グラぽの予想するポジション交換の意図は以下の2つだ。
- 堅い相手5バックを、ポジションチェンジで混乱させ、スキマを作ろうとした
- 前節(サガン鳥栖戦)と同じように、グランパスの武器である両サイドが勝てる「食い合わせ」を探す
特に守備時にはペナルティエリア幅に5人が並ぶこともある大分トリニータディフェンスを崩すのは簡単ではなく、なんらかの「揺さぶりが必要」ということだろう。そして前節同様に相手に考えさせ、頭のスタミナを消費させる。
ただし、相手を混乱させるためのポジション交換で自分たちが混乱しては意味が無い。フィッカデンティ監督がこの試合に仕込んだ前線は、必ず両サイドと中央に最低1人ずついるというものだった。
試合開始直後、左サイドにボールが入ると、同サイドには阿部浩之と金崎夢生、中央に前田直輝という形になったが、そのあと阿部が右サイドに行ったり、中央に行ったりと変化もあった。7分から8分くらいはマテウスが中央、8分過ぎくらいからは阿部が中央。守るほうからすると誰を見ればいいのかという焦点が絞りづらい状態が続いていたものと思われる。
それでも左サイド、中央、右サイドの各所に最低1人が残っていた。
4-4ブロックを作って相手セントラルMFに自由を与えない
なぜ各サイドに人が残っていたかというと、バランスを崩したくないという思いがあったからだろう。
実際守備に切り替えるときは、その時サイドに入っていた選手と中央の2枚で4-4ブロックを構成していた。守備は線(ライン)で行うのではなくて、必ず面(スペース)を作って行う。
選手がどちらかのサイドに寄ってしまうと、面が作れず、大分トリニータにとって自由に使えるスペースができることになる。
大分トリニータ相手に一番怖いのは、不用意にスペースを与えること。無防備なスペースを作らないようにしながら、相手の攻撃を組み立てさせないようにする。
「前田凌佑と長谷川雄志で中盤を制圧し、両サイドにパスを配球」という、大分トリニータのやりたいことをやらせない、ということがこの4-4ブロックを必ず堅持した理由だろう。
実際の試合は?
名古屋グランパスの大分トリニータ対策は概ね成功していた。
特に前半はsofascoreの攻撃グラフを見ていてもほとんど大分トリニータに攻撃をさせておらず、実際いくつかあったピンチも散発的だった。
阿部浩之の負傷後はシャビエルが入ったが、前田直輝が右サイドに回り、マテウスが左サイドに固定になった。
これは恐らく相互理解がシャビエルとの間ではできておらず、ポジション交換は危険という判断からだろう。
DF陣を揺さぶることで生まれた先制点
ポジション交換でトリニータDFのズレ(ギャップ)を作れなかったことで、次にグランパスがしかけたのが、相手DF5枚では対応しきれない「6枚目」で攻撃をかけること、だった。
得点の局面では、上の図にあるように、吉田豊がポッカリと浮く形になっていた
- 長谷川雄志はマテウスに、小出悠太は金崎についている
- 鈴木は吉田豊のシュートコースを締めながら、シャビエルにパスが出たときに備えなければならない
- 島川はシャビエルへのパスコースを切らないといけない
- 三竿雄斗と香川勇気は前田直輝と成瀬竣平に備えなければならない
——今日の試合で得た課題や収穫を、次にどうつなげていくか。
香川勇気「失点場面はもっと寄せなくてはならないと思う。まだまだクオリティーの部分で自分たちは劣っていたと思うので、自分たちがやろうとしていることに対してクオリティーを上げるとともに、守備ではもっとしっかり寄せなくてはならない。」
引用元:https://www.oita-trinita.co.jp/toriten/fight/20200759385/
香川が言う「寄せられなかった」は疲れだけが理由ではない、トリニータDFから「浮くこと」ができるプレーを選択した、吉田豊の戦術眼の高さが得点をもたらした。
結果を分けた要因は?
結論から言うと、結果を分けたのは(1)先制点の影響と(2)選手の質だと考えられる。
先制点の影響
先制点の後は、グランパスが無理に攻めず、決定的なギャップを作れない限り、無理に攻めなかった。無理に攻めないということは危ないところでボールを失わないということでもある。大分トリニータとしては得意のショートカウンターの機会が減ることにもなり、稲垣祥と米本拓司が怪我で交代するまで決定的な形を作らせなかった。
先制点がとれることの影響は大きい。大分トリニータが先制したら、逆に名古屋グランパスが難しい状況になっていただろう。
選手の質
前述の香川勇気のインタビューでも、「クオリティー(質)が足りない」ということを強く述べていた。
選手の質を因数分解すると、以下の式になる。
選手の質=選手のフィジカル+選手の個人戦術スキル(テクニック)
グランパスの3点目がもっとも「選手の質」の差を見せつけたシーンだった。
- ロングフィードに抜けだした成瀬竣平が香川勇気を剥がしてクロス
- それを受けた前田直輝がテクニック(ダブルタッチ)で3人を置き去りにしてクロス
- それを受けた金崎夢生が強いフィジカルで小出悠太を押さえ込みラストパス
- 米本拓司が難しいミドルを決める
これはすべて選手の質の高さを示していると考えられる。個人戦術(テクニック)もフィジカルも、一定以上のレベルにあることが、名古屋グランパスにとってはプラス要因だったことは間違いない。
グランパス好調の要因は?
選手の質に約束事が加わった
グランパスがここまで結果を残せているのは何故だろうか。
サッカーチームの強さというのは、以下の式で表現できると思われる
強さ=(選手の質+チーム戦術と約束事)xコンディション
※通常コンディションを1として、コンディションが悪ければ0.6をかけるみたいなイメージ
選手の質は間違いなく、Jリーグでも上位にあると考えられる。フィジカルの能力が低い選手は若手を除けばほとんどいないし、テクニックのレベルも高い。サガン鳥栖戦でも大分トリニータ戦でもサイドの連携で悠々とプレスを剥がしていく姿はどのチームでも見られるものではない。
これまで名古屋グランパスは、選手の質を高めることだけに特化してきていた。そこに基本的な約束事や狙いをインプットするようにしたことで、プラスアルファが産まれるようになったのだろう。
ただ、チーム戦術や約束事というのはただ守れば強くなれるというものではない。サッカーのあらゆる局面に戦術を落とし込むこと(実装)ができる必要がある。
名古屋グランパスの選手には、おそらくフィッカデンティ監督から「トリニータDFにギャップを作れ」というインプットがあったのだと思われる。そのインプットを先制点の形のように実際のチャンスに実装できたというのが、普段からインプットを落とし込む準備ができているということであり、グランパスの好調の要因だろう。
ただし慢心はできない。これまで対戦してきた相手のなかでもやはり上位にいるガンバ大阪やセレッソ大阪はグランパスを上回る質の選手や、洗練された戦術、約束事を持っているチームだった。未対戦のなかではこの夏の川崎フロンターレのチームの強さは別格に感じる。まだまだグランパスは強くならなければならない。
ピッチ上の指揮官阿部浩之
もう一つ、見逃せないのは、闘莉王の退団後、ながらく居なかったピッチ内の指揮官が名古屋グランパスに誕生した。それが阿部浩之だ。
ピッチ内の指揮官には求められることはいくつかある
- 優れた戦術眼
- 言葉に説得力を持たせる高い実力
- 周囲を鼓舞するコミュニケーション能力
阿部浩之の戦術眼で、様々なところに声をかけ、危険なところには自分で顔を出す。思えば強いチームにはこのような選手が必ずいる。川崎フロンターレには中村憲剛、ガンバ大阪には遠藤保仁と、高い実力と優れた戦術眼を兼ね備えた選手がいた。
中村直志も、楢崎正剛も、田口泰士も実力はあったがあまり周囲を鼓舞するタイプでもないし、コミュニケーション能力が高いわけでもない。細かく声をかけてまわる阿部浩之は名古屋グランパスが一番欲しかった選手なのかもしれない。
名古屋のGood(よかった)
- 米本拓司・稲垣祥の「ダブルルンバ」と阿部浩之抜きでも守り切れた
- 最後は5-3-2の形(実際には5-4-1に近かったと思う)でベタビキだったが、2人に依存しなくても守り切れたことは大きい
- 実質的なピッチ上の指揮官・阿部浩之交代後にも大崩れしなかった
- マテウスが我慢できた
- 好き放題できる環境ではなかったが、献身的に守備もし、戦術を守ってプレーをすることができた
- サイドバックにもチャレンジして、よくトリニータのスペシャルワン・田中達也を押さえ込んだ
- 前田直輝が吹っ切れた
- 得点にこそならなかったが、プレーはキレキレ
- 12.4kmの走行距離、33回のスプリントは両チームで1番
- 成瀬竣平をよくフォローして守備もたくさんした
- 成瀬竣平の成長
- 3点目に繋がるプレーだけでなく、サイドラインで香川勇気に圧勝していた
- 89分のコーナーキックのルーズボールへの寄せは素晴らしかった
- 金崎夢生のポストプレー
- 安心して前線にボールを送ることができる
- ミッチの81分のナイスセーブ
- これは神といって差し支えないはず
- 緊急交代にも関わらずちゃんとプレーできて、チャンスも演出できたシャビエル
- シミッチも米本拓司とうまく連携してリードを守るためのセーフティなプレーを選択できた
名古屋のMore(もうちょっと頑張ろう)
- 米本拓司交代後はベタ引きになってしまった
- たまに選手のトラップが大きくなるシーンが増えてきている。「止まっていない」
- 3点差があったので、80分の米本拓司負傷交代時に3枚替えして負荷を下げてもよかったかもしれない
- 阿部浩之が長引きそうなこと。膝の打撲と思われるが、下手すると1カ月以上コースかもしれない
- 米本拓司、腰の打撲と思われるが、腰椎などの骨折の可能性もある。腰椎などの骨折だったら今シーズンは終了
サンフレッチェ広島戦も良い試合になりますように!