「大きいなあ、すごく賑やかだけど今日はお祭りなのかな」
初めて瑞穂を見た時に、私はそう思いました。
やるせない鯱
私は愛知県の南部にある豊橋市に生まれ、育ちました。
幼い頃から口数が少なく、1人で本を読んだり考え事ばかりする、やるせない少年でした。
それでも、兄がサッカー部だったこともあり、小学生の頃からサッカーをしていました。
豊橋という土地は、ホームタウンにしているJリーグのクラブがない空白地帯。
それゆえに、市内には名古屋サポーターと磐田サポーターが混在しています。
たまたま所属していたサッカークラブに名古屋サポーターが多かったこともあり、私は名古屋を応援していました。ただ、なんとなく。
そんな軟派なスタンスは、突然終わりを迎えることになります。
「職場で割引券を貰ったから、グランパスの試合を見に行こう!」
ある日、父がそう提案しました。
諸事情から旅行はおろか、お出かけすらままならない我が家にとって、サッカー観戦は一大イベントであったことを記憶しています。
当時の私もご多分にもれず、ワクワクしていました。
2007年4月21日
父親の運転する車に乗って、他の兄妹と共に瑞穂へ向かいました。
今では想像もつかないことですが、当時は試合開始直前でも余裕をもって席を確保できました。
ゴール裏の上部、ビジョン近くから試合を見たやるせない少年は
「大きいなあ、すごく賑やかだけど今日はお祭りなのかな」
そう思いました。
小学校の全校集会の何十倍もの人たちが声援を送り、何万もの目がたった1つのボールの行方を注視する、そんな光景に圧倒されました。
ヴィッセル神戸との一戦は2-0で勝ちましたが、試合内容は終盤に大久保が退場したことしか正直覚えていません。
それでもやるせない少年にとって、とても楽しいひと時だったようです。
「しばらく本を買えなくなるぞ?」
という父親の制止を振り切り、4か月分のお小遣いでタオルマフラーを買って帰りました。
今思えば、この瞬間から
やるせない少年はやるせない鯱になったのでしょう。
再会と再開
中学校にサッカー部はなく、家から瑞穂や豊田スタジアムまで片道2時間はかかることからスタジアムで試合を見る機会はとんとなくなってしまいました。
(20周年メモリアルゲームとか名古屋グランパレスとかあった気がしますが、よく覚えていません。)
それでも、名古屋の試合結果は新聞やテレビなどで常にチェックしていました。
特にDAZNが普及してからは、
「わざわざ現地に行かなくても、DAZNの方が見やすいでしょ!」
ともっぱら家で1人観戦していました。
このような閉鎖的な観戦スタイルにもまた、ある日突然ピリオドが打たれます。
「招待券が余ってるけど、ヴェルディ戦を見に行かない?」
と、ある人からお誘いを受けました。
「行く」
考えるよりも先に、言葉が出ていました。
10年ぶりの現地参戦が決定した瞬間でした。
2017年9月24日、パロマ瑞穂スタジアムに再訪しました。
瑞穂運動場東駅を出てすぐにある一本の坂道。
坂道を下るにつれて、私の気持ちはどんどん昂る。
視界が開け、眼前にその姿が現れる。
「大きいなあ、すごく賑やかだけど今日はお祭りなのかな」
名前こそ変われど、10年前と全く変わらぬ姿のまま、私を待っていてくれました。
とは言っても、10年前の記憶はほとんど薄れており、試合前にイベントが開催されていることや、グランパスくんに家族がいたことをその日初めて知りました。
グランパスくんファミリーが場内を巡回してファンと戯れる姿や、選手がウォーミングアップする光景は新鮮でした。
DAZNなどで何十回と見たはずなのに、得点時の興奮、失点時の落胆、1つ1つのプレーに対して息づくように瑞穂が発する様々なリアクションに衝撃を覚えました。
4-1で快勝したこともあり、瑞穂は大盛り上がり。試合後、選手とグランパスくんファミリーが場内を1周した時の雰囲気は筆舌に尽くしがたいものでした。
「次の湘南戦も行く?」
「うん」
考えるまでもありませんでした。
続く湘南戦は、お互いに昇格がかかった重要な一戦。
フラッグも配布されて、スタジアムの熱気は並々ならぬものでした。
前半にシャビエルが先制するも、湘南・菊池の2ゴールで逆転されて迎えたハーフタイム。
スタジアムの熱気もあり、なぜか逆転できるような気がしていました。
後半、シモビッチのゴールで同点にして迎えた54分、ゴール前でフリーキックを獲得。
ボールの傍には、田口とシャビエル。2人が話している様子がちょうど目の前に見えました。
その後、田口はボールから離れていきますが
「結構長く話してたし、シャビエルがパスして、田口がシュートかもね」
などと話していました。
すると、シャビエルがパスして田口がシュート、最後は玉田がフリックして逆転ゴール!
素晴らしい逆転ゴールに瑞穂は大きく沸きました。
ピッチ上での選手のやり取りやスタジアム内の盛り上がりは画面越しでは伝わりきらない、現地観戦の醍醐味であることに気づいてしまいました。
それ以降の試合はほぼ皆勤。
完全に沼に落とされました。
I’m a legal alien.
”この街に生まれて、育った俺らがここにいる”
今でも試合開始前にこのフレーズを聞く度、
「自分はここにいてもいいのだろうか」
という疑念が頭の中で逡巡します。
前述のように、私は豊橋で生まれ育ち、名古屋に住み始めたのはごく最近です。
初めての試合観戦からヴェルディ戦までの10年間で、名古屋を訪れた回数はおそらく片手で足りる程度でしょう。
えび煎餅よりもあさり煎餅、スパゲッティハウスチャオよりもスパゲッ亭チャオが好きだし、何よりも某市長の話す名古屋弁は未だに全く理解できません。
そんな名古屋に縁もゆかりもない自分がここで名古屋グランパスを応援していて良いのだろうか。そんな疑問が浮かんでは消え、私の心を惑わせます。
そんな疑問を払拭するようなエピソードが2つあります。
1つ目は、J1昇格プレーオフ準決勝、ジェフ千葉戦のことです。
この試合は私が初めて1人で観戦した試合でした。(以降はずっと1人)
2017年のジェフ千葉は怒涛の7連勝でプレーオフに滑り込んできた勢いのあるチームで、この年のグランパスは2週間前のホームゲームを含む2試合とも無得点で破れていることもあり、相性は最悪でした。
私はB自由席の最前列に陣取り、試合開始の瞬間を待っていました。
この日のスタジアムの雰囲気はいつものリーグ戦とは異なり、ピンと張り詰めた空気に覆われていました。
グランパスくんも、どこか険しいような表情を浮かべながらセグウェイに乗っていました。
(この鯱、こんな澄ました表情をしているが、この直後にコケてるんだぜ。縁起でもない)
緊張と期待、不安と高揚、様々な感情が渦巻く中で試合は始まりました。
前半戦はリーグ戦での試合が嘘だったかのように、グランパスペースで試合が進みました。
これは行ける。
そう思った矢先、前半終了間際にクレーべのバックヒールから先制を許してしまいます。
最悪の展開でしたが、この状況を憂う人はスタンドにいませんでした。
隣にいたトレンチコートを羽織っていた無骨なあんちゃんも、ダウンを来た真面目そうなおじさんも、ピッチに送る眼差しは曇りひとつなく、逆転を信じて疑っていませんでした。
そして田口の同点ゴールの時、私たちは叫び、手の平をぶつけ合った。
その後、シモビッチのハットトリックで逆転勝利を収めた瑞穂は歓喜の渦に包まれていました。
名前も知らない、今後の人生で二度と会うことのない人達と手を取り、肩を組み、感情を分かち合い、ひとつになる。
そんな奇妙で貴重な経験をした夜でした。
2つ目は、2020年J1リーグ第24節ベガルタ仙台戦での出来事です。
瑞穂での残り試合が少なくなり、私は初めて試合を見たゴール裏でもう一度試合が見たいと考えました。 plus 1 matchで得た招待券でゴール裏の席を確保して、あの頃の思い出に浸ろう、そう考えていました。
試合当日、用事があったため瑞穂についたのは試合開始30分前。
「もうウォーミングアップが始まっている」と慌ててJリーグチケットを開いてみると、仙台戦のQRチケットがない。
確認メールをチェックしても見つからず、何らかの不手際でチケットが確保できていないことに試合直前で気がつきました。
「もう一回招待券で申し込むか、当日券を買おう。」
そう考えましたが、あいにくの満員御礼。招待券の使用および当日券の購入はできませんでした。
「今から家に帰っても後半から見れるかどうかだし、いっそ場外で歓声だけを聴いて楽しむのもオツなんじゃないか」
などと考えながら、ダメもとで余ってるチケットが無いかtwitterで聞いてみました。
この時、試合開始15分前。まず無理だと思ってました。
しかし、すぐさま数十人の方々が直接・間接的にチケットの情報を提供してくださったおかげで試合開始直後に入場することができました。
スタジアムにいれば同じサポーター、何者であるかなんて関係ないという菩薩のような寛大な心に触れました。
拝啓 パロマ瑞穂スタジアム様
寒さもひとしお身にしみる頃、いかがお過ごしでしょうか。
あなたと会えるのは明日が最後になってしまいました。しばらく会えなくなることが残念でなりません。
あなたが完成する6年後、私は30歳になっています。
様々なライフイベントが生じるお年頃、職業や居住地が変わっているかもしれません。
それでも完成した暁には世界中のどこにいようとも、あなたに会いに行くことを約束します。
願わくば、誰かに連れられてではなく、誰かを連れて、成長した姿をあなたに見せたいと思います。
しばしのお別れですが、あなたと再会できる日を心よりお待ちしております。
敬具
2020年12月11日 やるせない鯱