いつも通りでいて、いつも通りではなかったアビスパ福岡
この試合が久々のJ1でのゲームとなったアビスパ福岡。この試合のために保存していたアビスパ福岡の試合のビデオを見返していたのと、印象通りだった部分とアレ?って思うところがあったので、それをデータから振り返りたい。
武器であるグローリのフィードが少なかったアビスパ
昨年のアビスパ福岡は、グローリが出場できていたときはグローリからファンマ・デルガドへの良いパスが多かった。受けに回っていてもグローリのロングフィードをファンマ・デルガドが収めてくれれば、一気に陣地を回復することができる。福岡のチートだ。
ただ、J2であってもそれがバレていたらそう簡単ではない。パスを出せる前寛之がいて、繋ぐことができるからこそロングボールが活きていたのではないかと仮説を立てる。逆もまた真。守備側に選択肢を持たせることができているからこそ、成功の確率を上げることができるのではないか。
この試合、グローリが出したロングボールは11本、しかし名古屋はそれを2回しか成功させなかった。
FW表記になっていた山﨑凌吾や相馬勇紀が前線からのプレスを惜しみなくかけていくことで窒息させることができた。
前寛之に集中しすぎたパス
この試合、前寛之が出したパスは70本。タッチ数は76。これはチームでダントツに高い数値になる。(2位は重廣卓也の47)
DFラインからのロングフィードが9%しか成功していなかったので、ボールを前に進めようとしたらボールを預かるだけの能力を持つ前寛之を経由しなければならない。
集まったパスは重廣卓也やファンマ・デルガド。そして両サイドバックの志知孝明とサロモンソンへと配球されていった。ボールが前寛之に集中していることがわかると、名古屋グランパスの誇るツインルンバがデュエルをしかけることになる。
1:1の回数は10回。地上戦が8回だが勝率は50%。空中戦に至っては勝率0%。「自由にさせたらダメ」ということがわかれば、それだけプレッシャーもキツくなる。
特に前半のアビスパ福岡が苦しんだのは、この2つの攻め手を封じ込められたからだ。
強さを十分に示したファンマ・デルガド
ロングフィードは少なくても、ファンマ・デルガドはサイドに流れて短距離・中距離のパスを受けることができていた。ヒートマップがこれだ。
ストライカーであるにも関わらず、もっとも色が濃いのは中盤左のゾーンだ。そう、前寛之のポジションの近くだ。前との距離感を近くして、その連携で崩そうという意図が見える。
この日、ファンマ・デルガドが戦ったデュエルはなんと25回。勝率こそは44%だが、これだけの1:1をこなすことで、中盤の陣地を確保した。
ジョン・マリを獲得してファンマ・デルガドの出場機会が激減するという見方が強いが、縁の下の力持ちであるファンマ・デルガドを外すことがどういう結果を産むかはわからない。
データ引用元
- Douglas Grolli Avispa Fukuoka videos, transfer history and stats
- Emil Salomonsson Avispa Fukuoka videos, transfer history and stats
- Hiroyuki Mae Avispa Fukuoka videos, transfer history and stats
- Takuya Shigehiro Avispa Fukuoka videos, transfer history and stats
数値から見ると大きな成長を遂げたグランパス
後ろ6枚ではまんべんなくパスが回るグランパス
昨年のグランパスは、後ろの4枚でボールを回すことが多く、ボールの出口は常にサイドバックになっていた。成瀬竣平が開幕当初重用されていたのは、ボールを受けて前に持ち出すことができていたからだ。その点は吉田豊も同様である。
昨日の守備ラインが昨年前半の「成瀬竣平・中谷進之介・丸山祐市・吉田豊」だったのは偶然ではないと思う。それは昨年来の課題「ボールの出口は常にサイドバック」を解決するため、パスがより多く回せる選手であることを求めたからなのではないだろうか。
センターバックから直接のフィードというと、丸山祐市のロングフィードか、中谷進之介がドリブルで持ち上がることが1試合に1回か2回あれば・・・という形だったと思う。DFラインで回して、相手が寄せてきたところを外して前進させる、というのが2020年の基本。
1試合のパス数が600近いことがあっても、自陣で回すパスの数がほとんどだった。必然的に丸山祐市のパス数が多くなっていた。
2020年の丸山祐市の平均パス数は74、中谷進之介が71。ジェソクや吉田豊が50前後と考えると、相当多い。必然的に自陣でボールを持つ機会が増えてしまう。後ろに重い状態。これではショートカウンターを受ける可能性もある。中谷→成瀬→稲垣 or 丸山→吉田→米本という回し方が固定的に感じた。
しかしこの試合ではパスの本数が一番多かったのは吉田豊と米本拓司。途中で退いたことを考えると、米本拓司がナンバーワン。その本数はわずか43だった。その代わり、最少の成瀬竣平でも30を越え、稲垣祥も含めて後ろの6人はほぼ同じくらいの数字になっている。
守備ラインでまんべんなくボールを回せることで、いままで丸山祐市・中谷進之介に依存していた部分を、狙いを絞らせず、パスコースの選択肢を増やしていたのではないか。
では実際の出口はどうだったのか?
それは山﨑凌吾と柿谷曜一朗だ。
山﨑凌吾や柿谷曜一朗が低い位置まで降りてきて受けることで、サイドバックを出口にしなくても組み立てができるようになったと言えるだろう。
実は0トップだった?
柿谷曜一朗のヒートマップを見て欲しい。
引用元: Yoichiro Kakitani Nagoya Grampus Eight videos, transfer history and stats
山﨑凌吾のヒートマップは次の通り。
引用元: Ryogo Yamasaki Nagoya Grampus Eight videos, transfer history and stats
典型的センターフォワードである2020年のオルンガのヒートマップは次の通りだ。
引用元: Michael Olunga Al Duhail videos, transfer history and stats
ヒートマップの色がつくところが圧倒的に敵陣ペナルティエリアであるのがセンターフォワードなら普通なのだ。しかし山﨑凌吾と柿谷曜一朗の2人のヒートマップでは、色が付いている場所は先ほど引用したファンマ・デルガドよりもさらに重心が低い。
山﨑凌吾や柿谷曜一朗に得点はなかったが、自陣に近いポジションでマテウスや相馬勇紀の突破の発射台になる役割を果たしていた、と考えられる。
ガンバ大阪戦ではメンバーが少し変わると考えられるが、実は2020年シーズン後半のゼロトップ的な動きがベースになっているのかもしれない。
サイドチェンジ・ミドルパスが決まりまくった
FWの2人を絡めて飛び出していくプレーで、相手のプレッシャーを剥がしながら前進していくことができるだけでなく、相手のプレスが掛かったところで中距離のパスやサイドチェンジの大きなパスが決まりまくった。
データでは成瀬竣平、稲垣祥、マテウスらが右サイドから相馬勇紀へのサイドチェンジをしかけ、吉田豊が良い中距離パスで相馬勇紀の飛び出しをサポートした。昨年はもっとラフなロングボールになりがちだったが、狙いをかなりはっきり持った長いボールを使うことができるようになった。
目計算で名古屋のサイドチェンジ・ミドルパスは13本、うち6本が相馬勇紀に繋がり、チャンスを構築した。さすがにロングボール自体は、高身長の福岡相手ではあまり成功率が高くなかったが、中距離のパスやサイドチェンジを効果的に使えていたのがわかる。確率的には46%。
福岡のミドルパス・ロングパスが84本中26本(成功率30%)だったことを考えると、少ないパス本数で効率良く福岡を攻略できていたことがわかる。
これがよく効いていたのは、山﨑凌吾や柿谷曜一朗が中盤の起点として、2列目の飛び出しをサポートしていたからだ。ボールを細かく繋いでいるところにプレッシャーをかけて奪いにいくと、ミドルパスやサイドチェンジでフリーになった相馬勇紀に出されてしまう。実に良い選択肢を突きつけ続けた。
2021年版0トップはどういう進化を遂げるのか
おぼろげながらに見えてきた、2021年のフィッカデンティ監督のサッカー。その正体は上質な選択肢を相手に与え続けることで、守備の狙いを絞らせない=味方のプレーの精度を上げていく、というサッカーなのではないか。
名古屋グランパスには1人ですべてを完結できるようなスーパーな選手といえばマテウスくらいしかいない。マテウスにしても昨年リーグ戦のゴールは9ゴール。かつてのウェズレイのように、ボールをその足下に届けることができればなんとかしてくれるような選手というわけではない。だからこそマテウスや相馬勇紀を効果的に使える仕組みが必要なのだ。
かつて2018年から19年頃は、じゃんけんでいえばグーしか出せないチームだった。グーを鍛えればどんな相手でも粉砕できる。そういう考えだったと思う。ただ、それではパーで待ち構えられたら粉砕することは難しい。
今名古屋グランパスは、グーかチョキを出すぞ、と相手に選択肢を突きつける。単純にパーで待ち構えるだけではチョキで切り裂かれる可能性が出てきた。だからこそ相手は迷う。迷うからプレーの成功率が低くなってきているのだ。
様々な局面で狙いを絞らせず、かつ相手を迷わせる。これができるようになるチームは強い。
ただ後半相馬勇紀や成瀬竣平、柿谷曜一朗が交代してからは、普通に相手の攻撃を受けるようになってしまった。これはチームとしての精度がまだ低いということを示している。
まだ先は長い。このチームが進化できるのか、それを2021年は注視していきたい。