前回の記事の補足記事になります。まだのかたはそちらも是非
こんな投稿がありました。私がリプライできない設定なようなので笑、記事で返答させていただきます。
まず「解任すべき」という意見は要するに気に入らないっていうことなので、それは個人の好みだから個人の自由です。そこにはなにも言うことはありません。
ここ2年の成績はお世辞にも褒められたものではありません。結果責任を問うという声はあがってもしかたないでしょう。
「しかし外国人獲れない理由がジョー案件というのは理解できないし」
ここを解説しましょう。
「永遠にそのまま?関係正常化させるのがGMの仕事では?」
文脈からすると、なにもしていないとお考えのようです。
そして別の人に変わったらすぐに外国籍選手を獲れるようになる?
はたして本当にそうなんでしょうか?
なぜ外国籍選手の獲得が難しくなったのか?
名古屋グランパスがジョー選手との訴訟以降、有力なブラジル人選手の獲得に苦戦している理由は、単一のものではなく、複数の要因が複雑に絡み合った結果と考えられます。
法的にグランパスの主張は100%正しく、プロフェッショナルなクラブとして当然の対応でした。しかし、その「正しさ」が、ブラジル人選手の移籍市場という非常にウェットで、人間関係や評判が重視される世界においては、裏目に出てしまった可能性が高いです。
主な理由として、以下の4点が考えられます。
1. 代理人(エージェント)ネットワークからの敬遠
これが最大の理由と考えられます。ブラジル人選手の移籍市場は、一部の有力な代理人が巨大な影響力を持っています。
- 「面倒なクラブ」という評判: 代理人のビジネスは、選手を移籍させて手数料を得ることです。彼らにとって最も避けたいのは、契約トラブルや訴訟といった「面倒ごと」です。グランパスは「契約を破れば、国際司法の場で徹底的に争うクラブ」であることを証明しました。これは法的には正しいのですが、代理人から見れば「少しでもトラブルの匂いがすれば、すぐに大事になるリスクの高い取引先」と映ってしまいます。
- リスク回避: 代理人は、自分の大切な「商品」である有力選手を、わざわざリスクのあるクラブに送り込もうとは考えません。他に条件の良いクラブがあれば、そちらを優先するのは当然です。ジョー選手の一件以降、代理人ネットワークの中でグランパスは「扱いが難しいクラブ」としてリストアップされている可能性があります。
2. 「お堅い」「厳しい」クラブというイメージの定着
選手やその家族が抱くイメージも重要です。
- 選手の心理的安全性: Jリーグでプレーするブラジル人選手は、故郷から遠く離れて生活しています。そのため、何かあった時に柔軟に対応してくれる「家族的な雰囲気」や「寛容さ」をクラブに求める傾向があります。ジョー選手の件は、彼の行動に100%非がありますが、結果として「名古屋は一度問題が起きると一切容赦しない、厳しいクラブだ」というイメージを選手コミュニティに植え付けてしまった可能性があります。
- 他の選手への影響: 選手たちは横の繋がりが強く、クラブの評判はすぐに伝わります。「あのクラブは厳しいらしい」という噂は、これから日本でプレーしようと考える選手にとって、心理的なハードルとなります。
3. ブラジルクラブ側の警戒感
ジョー選手を無断で獲得したコリンチャンスも、最終的にFIFAから連帯での支払い命令を受けました。
- 取引相手としてのリスク: この一件は、ブラジルのクラブにとっても「名古屋グランパスは、筋の通らないことをすればブラジルのビッグクラブ相手でも臆せず訴訟を起こす」という前例になりました。これにより、グランパスとの取引(選手の獲得・売却)に対して、以前よりも慎重になったり、警戒感を抱いたりするブラジルクラブが出てきても不思議ではありません。
4. 有力なパイプの断絶
ジョー選手ほどの大型移籍をまとめるには、クラブとブラジル側を繋ぐ太いパイプ(代理人や代理人グループ)が必要です。日本側では稲川さんのスポーツソリューションインターナショナル、ブラジル側では複数の代理人グループが動いていたようです。
- キーマンとの関係悪化: ジョー選手の移籍を仲介した代理人や関係者は、この一件でグランパスとの関係が断絶、あるいは著しく悪化したと考えられます。その代理人が他の有力選手も抱えていた場合、そのルートからの選手獲得は絶望的になります。一度失った太いパイプを再構築するのは非常に困難です。
- 稲川さんは後述するホセ・カラバリの契約のときにInstagramのストーリーで「数年ぶり」とトヨタスポーツセンターの映像を上げていました。マテウス・カストロやランゲラックが契約していたにも関わらず、彼らの契約は書面上だけのもので、関係が冷えたものでなければそのようなことはありえません。
なぜブラジル人外国籍選手が獲得できなくなったのかのまとめ
2020年11月のFIFA紛争裁定室の裁定で、名古屋は契約解除の正当性を認められ、2022年6月のCASの裁定では、ジョー選手とコリンチャンスに約3億5000万円の賠償金支払いが命じられました。
名古屋グランパスの対応は、法治国家のプロサッカークラブとしては満点の対応でした。しかし、その正しさが、人間関係や「貸し借り」といったウェットな慣習が色濃く残るブラジル人選手の移籍市場の力学においては、結果的に自らを不利な立場に追い込む「劇薬」となってしまいました。
例えるなら、「隣家のルール違反を裁判で完全に打ち負かしたが、その結果、町内会で孤立してしまった」という状況に近いかもしれません。正論を貫いたことで、ビジネスを行う上で重要な「評判」や「円滑な人間関係」を損なってしまったのが、現在の苦境の根本的な原因であると考えられます。
では名古屋グランパスはどうすべきなのか?(べき論)
ジョー選手との訴訟問題以降、名古屋グランパスが再びブラジル人選手、特に有力選手を獲得するための具体的な打開策を、段階的な戦略として提案します。
この問題の根幹は、法的な正しさとは別の次元にある「評判(レピュテーション)」と「人間関係」です。したがって、短期的な解決は望めず、腰を据えた長期的戦略が必要不可欠です。
戦略の全体像:3つのステップ
- 【短期〜中期】迂回戦略: 既存の障壁を避け、新たな活路を切り開く。
- 【中期】実績戦略: 新たな成功事例を作り、評判を上書きする。
- 【長期】和解戦略: 変化した姿を示し、関係を再構築する。
ステップ1:迂回戦略 – 新たなパイプラインの構築
まず、現在の「向かい風」が強いブラジル市場の、特にジョー選手の件で関係が悪化した代理人ネットワークとは、意図的に距離を置くことから始めます。
案1:ブラジル市場の「別ルート」を開拓する
ブラジルの代理人ネットワークは一枚岩ではありません。巨大な代理人事務所もあれば、地域に根差した中小の事務所、新興の勢力も存在します。
- 新興代理人との連携: ジョー選手の件に関与していない、野心的な若手代理人や事務所を発掘し、パートナーシップを組みます。彼らにとっては、J1のクラブと取引できることは大きな実績になります。
- 取引ブラジル人エージェントの刷新: 現在のスカウティング体制を見直し、ジョー選手の件とは全く繋がりのない、新しい人脈を持つブラジル人エージェントや情報提供者と契約します。
案2:ブラジル「以外」の南米・欧州市場を主戦場にする
一度ブラジルへの固執を捨て、アルゼンチン、コロンビア、ウルグアイといった他の南米諸国や、Jリーグで成功例の多い東欧(セルビア、クロアチアなど)、北欧(デンマーク、スウェーデンなど)の選手獲得に全力を注ぎます。
- 目的: ここでの狙いは、ブラジル人選手がいなくても勝てるチームを作ること、そして次に述べる「新たな成功事例」を築くことです。
ステップ2:実績戦略 – 「新しい成功事例」を創る
グランパスが「訴訟を起こす怖いクラブ」ではなく、「選手を大切にし、成功に導くクラブ」であるという新しい評判(物語)を、具体的な実績をもって創り上げ、発信します。
案3:徹底した「選手ケア」で成功事例を創出する
ステップ1で獲得した選手(ブラジル人以外でも可)に対して、これでもかというほどのサポートを提供します。
- 「グランパス・ファミリー・サポート」の設立: 選手の家族(配偶者、子供)のケアを専門に行う部署や担当者を置きます。日本語教育、子供の学校探し、地域コミュニティとの交流などをクラブが全面的にバックアップします。(既にマネジャーのかたが近いことをしていると思いますが)
- 成功のPR: その選手が活躍した際には、ピッチ上のプレーだけでなく、「グランパスの手厚いサポートがあったからこそ、家族も安心して暮らせ、自分はサッカーに集中できた」という選手のコメントを、ポルトガル語にも翻訳して積極的に世界へ発信します。
案4:ブラジル人の「レジェンド」をクラブの要職に招聘する
鹿島アントラーズにおけるジーコ氏のように、日本サッカーとグランパスに理解のある、尊敬されているブラジル人OB(トーレス氏、ウェズレイ氏など)を、クラブアンバサダーとして招聘します。
- 目的: 彼らの存在そのものが「グランパスはブラジルと決して敵対していない」という強力なメッセージになります。彼がブラジル国内で「今の名古屋は選手を本当に大切にする素晴らしいクラブだ」と証言してくれることが、何よりの信頼回復に繋がります。そういう意味ではJリーグではグランパスとだけ契約をしていたトーレス氏が一番適任かもしれません
ステップ3:和解戦略 – 変化した姿で再接近する
新しいパイプラインが確立され、「選手を大切にする」という新しい評判が業界に浸透し始めた段階で、初めてブラジルの主要な代理人ネットワークへの再アプローチを検討します。
案5:新しい契約モデルを提示する
代理人が最も嫌う「リスク」を、契約段階で取り除く工夫をします。
- 紛争解決条項の導入: 「万が一、問題が発生した場合は、すぐにFIFAに提訴するのではなく、まず両者と第三者仲裁機関を交えた協議の場を設ける」といった条項を契約に盛り込みます。これは「我々は争いたいわけではない」という意思表示になります。(これもジョー以降はしている可能性高いです)
案6:レジェンドを通じたトップ会談
ステップ2で招聘したクラブの「顔」であるレジェンドに仲介してもらい、以前は関係が悪化した代理人事務所のトップと、グランパスの強化責任者が会談する場を設けます。過去を水に流すというよりは、「新しいグランパスの方針」を説明し、未来に向けたパートナーシップの可能性を探るのが目的です。
名古屋グランパスはどうすべきなのか(べき論)のまとめ
この問題は、急がば回れです。
今すぐ有力なブラジル人選手を獲得しようと焦るのではなく、まずは周辺の堀を埋めるように、ブラジル以外の国で成功し、「選手を徹底的にケアするクラブ」という新しいブランドイメージを確立することが最も重要です。
その評判がブラジルサッカー界に自然と伝わった時、かつては閉ざされていた扉も、向こうから開けてくれる可能性が生まれるでしょう。
現実のグランパスはどのような手を取ったのか(外部からの推論)
上記のべき論でも書いたように、この問題は名古屋グランパスというチームの問題です。訴訟がはじまった段階の強化のトップは大森強化部長であり、山口素弘さんは当時はアカデミーダイレクターでした。
訴訟・紛争が起きた状態で引き継いだかたちになっている山口素弘GMを解任すれば解決、という風には私は思いません。
では実際どのような手を打っているのでしょうか?
ステップ1:迂回戦略 – 新たなパイプラインの構築はどうだったのか
案1:ブラジル市場の「別ルート」を開拓するの結果:レオナルド・レレ
新規の代理人との連携を試みた形跡があります。ただ有力選手にとってみればあえて有力ではない代理人事務所と契約するメリットはないわけで、新たなルートでは中国二部で実績を積んだレオナルドが一番条件が良かったようです。しかしJ1では活躍することはできませんでした。
同じくブラジルでは大手、60万ユーロクラスの市場価値の選手も登録している日本とはあまり馴染みが深くない代理人事務所とコンタクトすることができ、そこから紹介されたのがレレ選手です。
ですが日本とあまり付き合いがないということは、実にブラジル的な曖昧さを持った事務所ということで、それがこの夏のレレ登録不可騒動に繋がりました。これもうまく行っていません。
なお、レレ選手はブラジルでしれっと3チーム目の登録を済ませており、国際移籍はなかったことになっているようです。FIFAも個別の選手の状況などはまったくチェックしていないということですね。でもチェックしたことは正しかったと思います。
案2:ブラジル「以外」の南米・欧州市場を主戦場にするの結果:ユンカー・カラバリ
キャスパー・ユンカーは説明する必要はないでしょう。
カラバリはブラジルではなくエクアドル出身。エージェントはエクアドル出身者を集めたところが1次、日本側代理人は稲川さんのスポーツソリューションインターナショナルです。ただし、結果的に稲川さんと仲の良いブラジル系の代理人が海外側2次代理人として間に入っていたような形跡があるのが不思議ですが、そういう細かいことを言えるような立場ではありません。
カラバリでの実績を積めれば、という意図があったと思いますが、残念ながら同時期に補強した徳元悠平が絶好調。出場機会を積むことができずに、退団になってしまいました。
実際の名古屋グランパスの施策まとめ
まさに迂回戦略に着手したところで、そしてその戦略はうまく行っているとは言えません。
その戦略を難しくしている要素がありそうです。
さらなる逆風1:円安
理屈としては施策はあっていると思えますが、もう1つ逆風があります。円安です。
初出時ブラジルレアルの為替レートについて記載しましたが、誤りがありましたので契約でもよく使用されるドルに書き換えております。ご指摘いただいた方、ありがとうございます。

Jリーグの開幕当初にくらべて、円の価値は約1/1.5になってしまいました。ということはドル建てでサッカー選手を獲得するには単純計算でも1.5倍の費用がかかるというわけです。たとえばいままで1億円で獲れていた選手を獲得するというのは、1.5億円かかるということです。
そのような状況でも1.5倍お金を出せば良い選手は獲れます。(ヴィファーレン長崎のディエゴ・ピトゥカやマテウス・ジェズスなど)さらにボスマン判決以降、サッカー選手のサラリー自体がかなり上がっていることも見逃せません。
さらなる逆風2:予算減
2019年の40億7700万から、2024年は28億1700万まで下がっています。人件費に割ける余裕がどんどん下がっているということがあります。
かつてのJリーグ・名古屋グランパスのように、お金でごり押しをする補強ができる時代ではないということだと思われます。
逆風を反映する結論
まとめると、外国籍選手はあまり振るわない理由はジョー案件に加えて円安と予算減からもたらされていると考えます。日本人選手獲得にシフトしているように見えるのは、よりコスパのいい補強に注力していると考えて良いのではないでしょうか。
全体のまとめ
上にも書いた通り、代理人との関係性がいきなりよくなるなんてことはファンタジーでもなきゃありえません。長期的な戦略が必要です。
ただ何も手を打たないというわけにもいきません。
そこで迂回戦略を取っています。
結果は出ていませんが、私は納得感あります。
これ以外になにかこうすれば、劇的に効果ができるよ、グラぽ編集長よ、そんなこともわからないのか、という方がいらっしゃったら是非教えてください。
よろしくお願いします。