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名古屋グランパスについて語り合うページ

13ヶ月。 想いが、チカラになる。

2016年11月3日。パロマ瑞穂スタジアム。

名古屋グランパスは敗れ、J2に降格した。

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ゴール裏はいつものように、素晴らしい声援を送ってくれていた。だが僕がいたカテゴリー1近辺はといえば、手拍子もまばらで、時折交じる野次のほうがボリュームが大きいくらいだった。

想いは届かなかった。

最後の最後まで、ハッピーエンドが待っているんじゃないか、そんな風に楽観していた。でもバッドエンド。

「とんだ悲劇だ。」

そう呟いて、スタジアムを去った。

新幹線に乗って、そこから家に帰ったはずなのだが、正直言うとあまり覚えていない。それだけダメージが大きかったんだろう。

そこからの1ヶ月は、ほぼ地獄だった。このサイトを見ている人には辛い想い出だと思うので、詳細は書かない。

もっと辛かったのは、いろいろな選手が去ったことで、少なからぬ友人が袂を分かったこと。

「このチームは同じアカイ服を着ているだけで、僕の好きだったチームではない」

そう言って去って行った人が何人も居た。

清水商業トリオの解雇事件のときも感じた閉塞感がまた帰ってきたことを感じた。

嫌になってしまった人に、無理強いはできない。でもまるで冷たい鉛でも胃に入れたような思いは、何ヶ月も、何ヶ月も取れなかった。

名古屋グランパスは、焼け野原になってしまった。

なにもなくなってしまった。去って行った友人の言うとおり、かつての名古屋グランパスだったもののうち、そこに残っていたのはほんの数えるほどの選手だけ。楢崎正剛、田口泰士・・・。

なにもないそこに、一輪の野草でも花が咲かないか、必死で「よかった探し」をした。

玉田圭司、その人が戻ってきてくれなかったら、僕も心が折れてしまっていたかもしれない。玉田圭司がほかのチームからもオファーがあったなかで、「迷う余地はなかった」と即決で決めたという名古屋グランパス復帰が、僕にとっては「希望の花」だった。

新しい監督がやって来た。グランパスの、よくもわるくも欧州亜種なサッカーに見慣れていた目には、みなれないことばかりだった。

必死で「理解しようとした。

勝ったり負けたり、そんな日々のなかで、やっとその見慣れないサッカーが見慣れてきた頃に、チームは変わった。

焼け野原に、土台ができた

松田力選手に「選手揃うんですかね?」と他人ごとのように心配され、原型を留めないほどに壊れてしまった名古屋グランパスは、やっと、カタチらしいモノができはじめた。

素直に嬉しかったのは、その原動力になったのが田口泰士であり、青木亮太であり、日本では名古屋が最初のキャリアになったシャビエルであることだった。

小林裕紀が本領を発揮し、宮原和也、新井一耀という移籍加入組もフィットした。

いろんな選手が、点が、線になって繋がっていく。

そして、全部が勝てたわけではないけど、ここにたどり着いた。

2016.11.03 → 2017.12.03

13ヶ月が経った。

ここにたどり着くまでに、いろいろなものを失った。

ここにたどり着くまでに、たくさんの別れもあった。

バンディエラ、と密かに思っていた選手。将来を嘱望していた若きストライカー。支えてくれると信じていたセンターバック。そしてサポーター。みんな、みんな行ってしまった。

でも最後に、25年以上見てきて初めての経験をした。

スタジアムを揺るがすような、そんな鬨(とき)の声。

あれだけ完全に壊れてしまったチームが、やっと一つになった。サポーターも、選手も、これこそが、「グランパスで一つになる幸せ」。

そして、ついに時は来た。

サポーターの、選手の、想いは、チカラになった

ハッピーエンドのそのあとに

ドラマだったら、この紆余曲折の果ての昇格で、めでたしめでたし、で終わることができる。

ただ、これからもいばらの道は続く。また、たくさんの別れを経験しなきゃいけない。出会いもあるだろうけど、また作り直さなければならない。

一面の焼け野原ではないかもしれないけど、また壊して、立て直すしかない。

なんど繰り返せばいいのかわからないけど、それを見つめ続けていこうと思う。

最終バス乗り過ごしてもう君に会えない
あんなに近づいたのに遠くなってゆく
だけどこんなに胸が痛むのは
何の花に例えられましょう

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About The Author

グラぽ編集長

大手コンピューターメーカーの人事部で人財育成に携わり、スピンアウト後は動態解析などの測定技術系やWebサイト構築などを主として担当する。またかつての縁で通信会社やWebメディアなどで講師として登壇することもあり。

名古屋グランパスとはJリーグ開幕前のナビスコカップからの縁。サッカーは地元市民リーグ、フットサルは地元チームで25年ほどプレーをしている。


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