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[コラム]史上最速の加入内定発表に見るグランパスの若手育成戦略

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今シーズン、ユースの2種登録の選手を中心に、練習実戦問わず若手をどんどん抜擢する名古屋グランパス。本人の資質が高いとはいえ、まだ18歳にもなっていない菅原が開幕CBに抜擢されたことは記憶に新しいですね。これ以上の驚きはそうそうないだろう、などと思っていたのですが、3月29日のリリースはある意味、その斜め上を行く衝撃を与えるものでした。

『児玉 駿斗選手、2021年新加入内定のお知らせ』

『児玉 駿斗選手、JFA・Jリーグ特別指定選手決定のお知らせ』

この異例の「大学新2年の選手に加入内定」にはなにか理由があるはずです。まずJFAの規定の変更で、「特別指定選手登録を行うためには加入内定が必要」となったことが挙げられるでしょう。加えて去年と比べて4~5人少ないチーム体制を敷いており、紅白戦のメンバーにも苦労する状況ということも理由になるかもしれません。昨年12月に発表された同じ東海学園大の渡邉柊人(当時3年)の加入発表でさえ、かなり早いタイミングという印象がありましたが、規定の変更とチームの「猫の手も借りたい」方針の両方が、今回の結論に至った理由なのだと思います。

この件について、Twitter上では賛否両論となっています。私は「先々に向けて問題点はあれど、チームの方針に沿った意欲的なもの」と捉えていますが、せっかくの機会なので出来る限りで考え方の整理をしておきたいと思います。

それぞれの求めるもの、考えること

まずは整理するうえで考えるべき主体と、その目的および意向をまとめてみます。登場するのは3者。「Jのチーム」「選手(とその親)」「大学」です。

<Jのチーム>

Jリーグのチームは、スポンサーやサポーターから勝利を求められます。勝利のためには「良い選手を確保」する必要があります(確保という意味合い以上の存在となることもありますが)。その時点では主力と言える選手がいるはずなので、新しく確保する選手は「将来性のある」選手ということになります。

確保の方法としては高校大学からの新人加入とともに、自チームのユースからの昇格という方法もあります。しかしチームの状況(昇降格に関わっていないか)や選手層によって必ずしも実戦機会を与えられるわけではないため、昇格の判断の裏にはかなりの苦悩があるようです。

<選手(とその親)>

プロを志す選手にとっての目標は「Jリーグのチームと契約し、プレーすること」になるでしょう。運よく志望のチームと契約できれば良いのですが、そこには少し足りない、けどまだ成長の余地はあるという選手も数多く存在します。高校年代のそういう選手たちにとって、一つの進路の選択肢として選ぶことができるのが大学ということになります。

またJ1のチームの場合はトップ昇格を蹴られることはあまりないようですが、トップ昇格が出来なかった選手に対してカテゴリーが下のチームからプロ契約のオファーがあった場合、両親の意向等の理由でオファーを請けずに大学を進路として選ぶという事例は少なからず存在するようです。両親は子どもの活躍を願いつつ、学費だったり活動経費だったりを支払っている場合も多く、特に選手の高校卒業後の進路決定には大きな影響力を持つことが多いと考えられます。

<大学>

大学側、特に私学の最大のミッションは学生の確保です。体育会系の部活にお金をかける理由も「部活の実績を広告塔にして多くの学生を集める」ことになります。そのため部としては大学からの要求を達成すべく、「大会における目に見える結果」「卒業生の進路」「進路先の卒業生の活躍」辺りを求めて活動することになります。

このミッションを達成するために、大学側は「推薦入学の実施」「奨学金の支給」「活動費の減免」などを行う場合もあります。その代わりとして、大会での結果を重視し、「原則として4年間を部の一員として過ごす」等の縛りが科せられることもあります。これらの条件と引き換えに、選手は4年間チームのある程度上位の存在として成長し試合に出場する機会と、大学卒という学歴を手に入れることができます。

大学の18歳から22歳という時期は選手が大きく「伸びる」時期です。中村憲剛をはじめとして、高校年代ではあまり注目を浴びていなかった選手が大学での実戦経験をもとに大きく成長をすることもあります。そういう選手を輩出することはまた別の有力選手を引き寄せることにもなり、大学にとっても大きなメリットになります。

19歳~20歳の育成の問題

Jリーグチームにとって、高校年代から直接Jリーグ各チームに進む「高校・ユースを卒業したての若手」に対して「いかに実戦経験を積ませるか」ということが問題となります。なぜなら、この年代は経験を積ませることで大きく成長する可能性があるからです。しかしチームとしては目先の昇格降格やタイトル獲得というミッションを優先して、若手に出場機会を与えることの優先順位は下がりがちです。若手の育成を怠れば、今は良くとも数年先に薄い選手層に苦しむことになるということがわかっていても、目の前の課題を優先してしまうのです。この矛盾を解消する良いアイディアには、決定的なものがないのが実情です。

JリーグでのU-23選抜のJ3参戦もその一環でしたがあまり良い感触を得られないまま終了。U-23を抱える各チームも、親や選手本人にとっては出場機会を得やすいということから好評ではあるものの、チームとしてはU-23で大活躍してトップチームでの出場機会に繋がるケースも稀で、成果を挙げているとは断言できないというのが正直なところです。さらに費用対効果の面からも各チーム設置に二の足を踏んでいるように見受けられます。

カテゴリが上のチームの場合は、下のカテゴリのチームへのレンタル武者修行という手段もありますが、これも余程チームスタイルに合うチームに送り込むか、試合での結果と経験のみが欲しいという場合でないと最終的な結果につながりづらいという側面があります。また先方のチームで結果が出た場合には先方からの買取圧力、悪い言い方をすると「借りパク」の危険性があるなどの背景もあり、Jリーグでは有効活用されているとは言い難い状況です。その問題を解決する手段として、「育成型レンタル」があります。これは23歳以下の選手を①下位のリーグに②戻したいときはいつでも戻せる合意をもとにレンタルする制度です。これを活用した例と言えば川辺駿です。彼はサンフレッチェ広島から「育成型レンタル」でジュビロ磐田に移籍そこで活躍するもののジュビロ磐田はレンタルの延長を希望。復帰までに3年間を要しました。この場合は本人が復帰を希望した(とされる)から良いのですが、選手のなかには結果を残すと本人がレンタル先のチームに残りたくなるケースもあるようで、これも難しいところです。

その一方、プロ界隈の外部で自分たちの目標を達成しつつ選手を育成している存在が「大学」ということになります。彼らはその時点ではプロになっていない、もしくは目的としていないトップレベルの選手を集め、4年間育てるとともに、賭けるものも大きい大会も含めた実戦機会を抱えて活動をしています。こういった状況から、本来ならプロ仕様の練習によりしっかり実力を伸ばしてほしいトップ昇格・高校から直接Jリーグ入りの選手たちが、大学で出場機会を得た「その時点ではプロ入りに少し届かなかった選手」に実戦機会を与えられなかったことで逆転を許すことは珍しくありません。

今回のグランパスの動きは、その大学が持つ環境を、相互に利益がある形で利用できないかという一種のトライアルと受け止めることができます。今のところ明言はされていませんが、何らかの形で提携し、U-18の卒業生の進学先とすることも考えているのではないでしょうか。

選手とJと大学と

今回の件に対する否定的な意見の理由として最も大きいものは「Jのトップチームの意向に、大学、選手、そして大学に進学する選手をそこまで巻き込んでよいのか」ということのように思います。確かに、「ユースを卒業してトップに上がれなかったけど戻す予定の選手にはその大学にしか進学させない」「提携した大学の意向を無視し、選手をある意味で「徴発」する」ような形になってしまうのであればそれは選手や大学にとってのデメリットの方がはるかに大きくなりますし、許されることでもないでしょう。そしてそういう懸念を持つ方々が居ることについても十分留意する必要があると思います。

ただし、その懸念のみをもって今回のようなやり方は慎むべき、という話でもありません。先にまとめたとおり、Jのチーム、選手、大学にはそれぞれに果たしたい目的、避けたい結果がありますが、それは必ずしも合致するわけでも相反するわけでもなく、3者ともがこの方向性でWin-Winになるような落としどころを探る、ということは出来るはずです。

グランパスと東海学園大学とユースと

今回のグランパスと東海学園大についていえば、まずこの両者の練習場が極めて近いという関係性が大きくクローズアップされます。近いことで「練習生として練習参加が容易」「スカウトが容易に大学の練習に訪問できる」ということが理由です。ただこれだけでは「グランパス側が得なだけ」と言われても文句は言えないわけで、この方向に向かうことでの東海学園大学側のメリット、そしてそこに来る選手たち(含むグランパスのU18の選手たち)にメリットがあるのかを考える必要があるでしょう。

東海学園大のメリットを考えるときのポイント、それは「大学サッカー界の中心から外れた地域の大学であること」です。関東や関西のように強豪大学が立ち並ぶ地域でないことは、選手を勧誘するときの足かせになります。その中で、指向するサッカーも近いグランパスに近づくことで、プロに行きたい、上手くなりたいという野心と技術をもつ選手をより多く確保できるようになるのであれば、大学が目指す「大会での好成績」「部員の進路」などの実績を出しやすい環境が整うことになります。その代償として本当に上手い子は特別指定選手としてグランパスとの掛け持ち、時にはグランパス優先というシーンも増えるかもしれませんが、リクルートの成否、そして練習に参加する選手たちがチームに持ち帰るもの次第ではメリットの方が大きいという判断になることは十分にありうるのではないでしょうか。

選手目線で行けば、その条件で勧誘を受けた選手は納得ずくで大学に入学するわけであまり問題は出ないでしょう。おそらく問題はトップ昇格未満だけど何年かの成長次第でトップに引き上げたい、というU-18の選手たちの進路先としての扱いだと思われます。これはむしろいつ、どこでプロになりたいのか、それともとりあえず勉学優先で大学に行きたいのか、といった選手本人の意向が重要で、そこに齟齬が出ないよう、本人および両親と密にコミュニケーションをとることが重要になるように思います。

思いつきのスポット施策でなく、継続が大事

赤鯱新報での大森統括部長のインタビューをお読みいただいても分かるとおり、今回の動きはアカデミーで育てた選手たちをどのようにトップで戦力にしていくかという試みの一環ととらえられます。

ただし、こういった内容でもっとも重要なのは継続ですチームの外に利害を一致する仲間を求めるのであれば、方針がコロコロ変わることはあってはならないことです。それは、その時々のチームの方針やその変更によって被害を被り、成長の機会や昇格の機会を与えられなかった過去のグランパスU-18卒業生の姿を見れば身に沁みてわかります。

そのような悲しい結果を招かないためにも、小西社長以下首脳陣のさらなる活躍が必要ですし、なによりトップチームが十分な結果を残さなければ、結局のところチームの屋台骨はグラつきます。トップチームだけではない改革の芽が無事に大樹となるよう、祈らずにはいられません。

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