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漢・竹内彬に捧ぐ #grampus #カマタマーレ讃岐

竹内彬は漢でござる。

漢、という字を見て、みなさんはどんなイメージを持たれるだろうか。

大辞泉では以下のような意味がある字とされる。

  • 1 中国の川の名。「漢水」
  • 2 古代中国の王朝名。「後漢 (ごかん) ・後漢 (こうかん) 」
  • 3 中国・中国語・中国人の称。「漢語・漢詩・漢字・漢籍・漢文・漢方/和漢・和魂漢才」
  • 4 おとこ。「悪漢・巨漢・好漢・痴漢・暴漢・熱血漢・無頼漢・門外漢」
  • 5 天の川。「河漢・銀漢・天漢」

この語を使用する場合は、生物学上の雄個体であるというような意味よりは寧ろ、勇猛さ、大胆さ、潔さ、堅い信念など、古来より男たるものが持つべきとされている美徳を備えている男前に対して贈られる称号である。

引用元: 漢とは (オトコとは) [単語記事]

記事内にもあるように漢という漢字を「おとこ」と読ませるのは明治時代からあったものらしい。

竹内彬は、大辞泉でいう4番。好漢(気持ちのいい人)、熱血漢(熱い人)というイメージが当てはまるだろう。

2018年には大分トリニータ、2019年以降はカマタマーレ讃岐でキャプテンを務めていた。それだけ信頼を集める選手だったということだ。

私の周りでも、竹内彬が大好きだったグランパスファミリーが多かった。

その竹内彬が引退発表。ついにこの日が、と思わされた。一部の人には降格時のレギュラーとして、あまり良くない印象を持たれているかもしれない。その彼について少し書いていこう。

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竹内彬という漢。

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本人が読んだら怒るかもしれないが、竹内彬はいわゆる「スーパーな選手」ではない。だから代表に選ばれたこともないし、サッカー界のスターと言える選手ではない。めちゃめちゃヘディングが強いわけでも、脚が速いわけでも、守備の名手として世界的に有名なわけでもない。2021年ほぼ同時に引退を発表した玉田圭司とは対照的なサッカー人生。

しかし、Jリーグ通算出場が384試合、フル出場に近いシーズンもいくつもあることからわかるように、「良い選手」だった。(そうでなければ人々の思い出に残ることもできない)

では、なぜ竹内彬は記憶に残り、彼のことを覚えているファミリーが彼を漢(おとこ)と呼ぶのだろうか。

2008年シーズン

我らが「ピクシー」ドラガン・ストイコピッチが監督に就任した当初のこと。そのとき右サイドバック候補だったのは青山隼。

名古屋グランパスU-18時代からU-16、U-17代表で主将を経験、プロになってからもU-19、U-20代表で不動のレギュラー、主将。2007年開催のU-20ワールドカップでも全試合スターティングメンバーで出場、ゴールも決めた。中盤の底でセントラルMFとしての出場が多かったが、その当時の名古屋グランパスの中盤には藤田俊哉、山口慶、中村直志、吉村圭司らがおり、青山隼を活かせる隙間がなかった。

ピクシーは4-4-2の採用を明言しており、そうなると大森征之が長期離脱確定していた右サイドバックが空いていた。そこに青山隼を使おう、という構想が生まれた。

キャンプから試されたが、いまいちフィットしない。その原因がなにかはわからない。青山隼の能力がなかったわけではない。たぶん特性が合わなかったか、なにか別の理由があったのだろう。

そこで手を挙げたのが竹内彬だった。

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竹内彬の野心

人間には価値観がある。

たとえば自分がやりたいプレーをさせて貰えないくらいなら、試合に出られなくても良い、という考え方もあるだろう。

まずはプレーをさせて貰えることが一番大事で、どこでもどんなポジションでもどんな使われ方でもいいから、プレーをしたいという考え方もあるだろう。

竹内彬の価値観は、おそらく後者に近い。

Jリーガーになれる選手だから、当然そこまでのサッカー人生ではトップクラスの扱いを受けてきていたのは間違いないだろう。

だが、実際にJ1の舞台に立ってみると気づくのだ。

「上には上がいる。しかもたくさん。」

そこでどんな行動を取るのかで人生は変わる。

諦めてしまうか。

現状で満足してしまうか。

それとも、今は下でもなんとか食らいついて、上に行ってやろうともがくか。

グランパスファミリーの大半は、「スター」でも「ヒーロー」でもない。

上には上がいっぱいいて、その現実に打ちのめされている。正直、つらいことがあったときに諦めてしまったり、いまのままでいいや、って現状に満足してしまうことも多いのではないだろうか。

ただ、竹内彬の生き様は違う。上には上がいっぱいいて、そのなかでなんとか食らいついていこうとしていった。決して得意とは言えない右サイドバックにも真摯に取り組んだ。

諦めず、満足せず、勇気を持って、なんとか上に行こうともがき苦しみながら取り組んだ。

これこそ「漢」の姿ではないだろうか。

諦めるな、現状に満足するな、もっと上に行こう。

竹内彬の生き様を見て、こうやって勇気付けられた人はきっと私だけじゃないはずだ。

誰が「漢・竹内彬」と呼び出したのかはわからない。ダンマクで使われるよりも前に、グランパスサポーター(当時)の間では広まっていたと思う。

私はグランパスを中心にしか見ていないので、プレー以外のことを知っているのはグランパスの選手だけだ。でもグランパスの歴史のなかで「漢」の称号を贈るとしたら、第一候補に挙がるのは、私のなかでは竹内彬だけだ。

良いことばかりじゃないからさ
痛くて泣きたい時もある
そんな時にいつも誰よりも早く立ち上がるヒーローに会いたくて
痛いけど走った 苦しいけど走った
報われるかなんてわからないけど
とりあえずまだ 僕は折れない
ヒーローに自分重ねて 明日も

引用元: SHIHAMO 「明日も」

私のなかでは、竹内彬こそ、この「ヒーロー」だ。

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竹内彬の今後に幸アレ

引退とともに、2022年シーズンよりカマタマーレ讃岐のトップチーム強化担当と地域連携リーダーのポストに就くことが発表されている。

【トップチーム】竹内 彬 選手 現役引退および トップチーム強化担当 兼 地域連携リーダー 就任のお知らせ

15年間プロを続けた後である。セカンドキャリアも彼ならば別の路もあっただろう。カマタマーレ讃岐という最後のプレーをしていたチームに骨を埋める選択も、実に彼らしい。

竹内彬の今後に幸あらんことを。

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About The Author

グラぽ編集長
大手コンピューターメーカーの人事部で人財育成に携わり、スピンアウト後は動態解析などの測定技術系やWebサイト構築などを主として担当する。またかつての縁で通信会社やWebメディアなどで講師として登壇することもあり。
名古屋グランパスとはJリーグ開幕前のナビスコカップからの縁。サッカーは地元市民リーグ、フットサルは地元チームで25年ほどプレーをしている。

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