ジョバンニ・ビオ x 片野道郎さん @tifosissimo_jp の隠れた名著「元ACミラン専門コーチのセットプレー」をご存じだろうか?
書影にもあるように、ジョバンニ・ピオは「セットプレー=年間15得点のストライカー」と主張する。
その言葉は2020年10月18日の川崎フロンターレ戦でセットプレー3発に沈んだ、名古屋グランパスファミリーならば深くうなずくことができるはずだ。
そもそもセットプレーは、2020年の名古屋グランパスのようにボールを握り倒すこともできない、守備をベースにするチームにとって、不利な状況を一発で覆すことができる武器になる。まだまだ成長の余地の多い名古屋グランパスにこそ必要な知識だ。
今回はこちらの書籍から重要と思われる部分を、グランパスにどう応用するかというテーマで取り上げる。
興味を持ったら、是非この書籍を購入して欲しい。
セットプレーにもシステムがある
名古屋グランパスの4-2-3-1のフォーメーションと同じように、セットプレーにはシステムがある。
それは「キッカー – ペナルティエリアにかける人数 – カバーリングにかける人数」で示される。
コーナーキックの場合、通常守備側はキーパー+8名から10名(フィールド全員)を置く。普通に考えると数的優位は守備側にある。
そこで攻撃側はペナルティエリアにかける人数が多ければ多いほど、競り勝つことができる可能性が高くなる。
前述の川崎フロンターレ戦ではグランパスは2-5-3というフォーメーションだった。
前半28分のグランパスCKのシーン。
キッカーはマテウス、その横に1名のショートコーナー要員を置く。するとフリーでクロスを上げさせることはできないので、1名をペナルティエリアの守備から剥がすことができる。あまり平均身長が高くないグランパスにあっては、身長が低い選手がペナルティエリアにいても厳しい。そこで1枚剥がす役にすれば相手のマークを引きつけることができる。
PAの外には稲垣祥と阿部浩之が控えて、クリアボールを拾いにかける。自陣近くには1枚残してカウンターに備える。
PA内では(9+1):(5)、倍の枚数で守られる。そうなると変化をつけないとなかなかゴールは入らない。
では、コーナーキックの場合のシステムは通常どのような形なのだろうか?
アトレティコ・マドリーのコーナーキック
書籍で取り上げているのはシメオネ監督率いるアトレティコ・マドリーの事例だ。アトレティコ・マドリーはセットプレーにも強い。その秘密は1-6-3と、ペナルティエリアにかける人数が6枚という強気の枚数だ。1人の攻撃側選手に1人の守備をあてるとしても、キックの瞬間にカバーの選手が飛び込んできたり、マークを振り切って空いている場所を狙う選手も出てくることから「場所を守る」選手をゼロにすることはできない。現実的には対応が難しくなる。
では6人をどう配置するのだろうか。
シメオネが配置で最も頻繁に用いたのは、ゴールエリア内に3、4人を置き、残る2、3人がやや遠めの位置から走り込む形。もう1つは、エリア内には2人だけ置き、残る4人はペナルティスポットあたりに固まって、そこからそれぞれ別のスペースに向かってスタートを切る形だ。もちろんそれ以外にも細かいバリエーションはいくつもあって、その時々で使い分けられていた。
CKではどこを狙うのか
CK、そしてサイド深い位置からのFKには、大きく分けて3種類の弾道がある。ゴールに向かって弧を描いて行く「インスイング」、ゴールから逃げていくように弧を描く「アウトスイング」、そしてカーブせず真っ直ぐに飛ぶ「ストレート」だ。
ニアサイド(キッカーに近いサイド)を狙う場合、インスイングであれば、ボールがゴールに向かって曲がって来るため、ヘディングで軽くフリック(頭などで自分に向かってきたボールに軽く触り、すらすような形でコースを変えるプレーのこと)するだけでボールをゴールに送り込むことができる。
ピオによると、「GKはニアサイドでは、ゴールに向かって曲がるインスイングの弾道が嫌だ」という。ボールがゴールに向かって来るので一見するとGKがキャッチしやすいように見えるが、ニアにいる攻撃側選手が目の前でボールに触って弾道が変われば、反応するのはほとんど不可能だというのだ。そこを反応良くパンチングなどで遠くにクリアできるゴールキーパーはJリーグでもミッチェル・ランゲラックくらいしかいないのではないだろうか。
一方アウトスイングの弾道は、GKから遠ざかって行くためGKが触るのは難しいが、ボールはゴールからも遠ざかって行くため、それをヘディングで枠内に送り込むことも難しい。ボールも頭も形が丸いので、鈍角に「流す」のは簡単だが鋭角に「はね返す」ためにはスイートスポットがそれだけ小さくなるからだ。ただ触るだけでなくしっかりとボールを捉えなければ、弾道の変化が鋭角になるように方向づけることはできない。そのため、ゴールの正面に送ることが望ましい。
ファーサイドを狙う場合は、ボールはGKの手の届かないような大きな弧を描いて、巻くようにしてゴールを越えて行くので、GKがゴール前を飛び出してキャッチしにいくことは勇気が必要なので簡単ではない。これがアウトスイングだと、GKの手が届くあたりを通過しながらゴールから遠ざかって行くことになるので、GKがキャッチしたり、パンチングで逃れることができる確率は高くなる。
再びグランパスのコーナーキック
グランパスのCKではインスイングのキックを蹴れる場合、ほとんどマテウスはニアサイドを狙う。
マテウスのキックは放っておけばゴールに入ってしまうくらい鋭く曲がって落ちるものが多い。そのためニアで軽く触って変化をつけるだけでゴールに繋がることが多い。
既に取り上げたフロンターレ戦のコーナーキックも同じようにニアを狙ったキックになった。
それが判っているフロンターレはニアの米本拓司に中村憲剛と守田を、前田直輝にダミアンと田中碧という4枚を当てた。<<グランパスにはニアを破らせないぞ>>という意図がビンビンに伝わってくる配置だ。
少しでもスペースを空けるため、米本拓司はマークを引き連れてニアに走る。そうすると前田直輝にはダミアンと田中碧が残る。4枚で挟まれるよりは2枚のマークのほうが良い。
外から飛び込んでくる役割はペナルティーアーク近くから中谷進之介と丸山祐市が、ファーからは金崎夢生が担った。
フロンターレは中谷丸山に2センターバックジェジエウと谷口を当てて対抗、金崎夢生には山根を当てて対抗する。
さらにペナルティエリア外の稲垣祥と阿部浩之には登里と家長を配置した。
全体的にグランパスのセットプレーの特徴を読んだ配置になっていた。さすがにこれではゴールを割ることは簡単ではない。
戦略が読まれている場合にはどうするべきか?
たとえばこのコーナーキックの場合、4枚の壁がニアにそびえ立つ。ニアでゴール方面にシュートすることができなくても変化をつけることでゴールを狙うことができる。
たとえば、フリックなどだ。
そのフリックでニアのマークを外し、ゴールに繋げたのがフロンターレの三笘薫だった。
同じことばかりやっていても対策がしやすい。変化を交えながらセットプレーに臨んだほうが良い。三笘薫のゴールは、中村憲剛からその1回だけ球質の異なる田中碧が蹴ったボールから生まれたことも示唆するところが大きい。
マンツーマン守備
コーナーキックからの3得点に沈んだグランパス。コーナーキックの守備はどのようにすればいいのだろうか。
マンツーマンとは「1対1」のことを示し、マンツーマンディフェンスでは常に特定の相手選手に対して1対1でくっ付いて(マークして)ディフェンスする。数的優位になるコーナーキックの守備では相手の5~6人に対して、1人以上を当てることができる。
通常、CKで攻撃側が前線に送り込むのは5~6人。守備側はその5~6人にマークをつけ、さらにキッカーをマークしてセカンドボールに備えるためにもう1人を壁という形でその前に立たせて、残る3、4人をゾーンで各所に配置する。
ニアポスト際はGKが飛び出すことができない(飛び出せばゴールががら空きになる)だけでなく、速いボールが入ってくるがゆえに最も危険度が高いゾーン。監督によっては、ファーや中央に人を置くよりもニアに2人置く、あるいはペナルティスポット付近に2人目を置きそこからニアサイドに走って競らせるというソリューションを選ぶ場合もある。
実際、ファーポスト際はそれと比べれば時間的に余裕があり、また山なりのボールが入って来るケースが多いためGKが対応しやすく、危険度は相対的に低い。中央のペナルティアーク付近は、CKを弾き返した後のセカンドボールを拾われた場合にミドルシュートを最も打たれやすいゾーン。ここを押さえておくことで被弾のリスクを減らすことができる。
肝心のマンマークに関しては、試合前の段階であらかじめ誰が誰をマークするかを決めておく。敵味方の体格や技術を勘案しながらマッチングしていくわけだが、当然ながら、最も強力なアタッカーには最も強力なディフェンダーをぶつける。実際フロンターレは中谷進之介と丸山祐市にジェジエウと谷口という高さに優れた強いディフェンダーを当ててきた。
マンマークの弱点は、想定と違う動きを攻撃側がしてきた場合や、選手交代でマークの担当が曖昧になった場合、守備側が混乱してしまうことだ。グランパスはマンマークではないが、3点目のCKは名古屋の選手交代の直後ということは見逃せない。攻撃側がマークしきれないほどヘディングが強い選手を多く揃える、強力な「山脈」が築かれていることは稀なので、高い選手には高い選手を、そうでない選手にはそうでない選手を、と、ほとんどのチームはセットプレーを同じマッチアップで臨むしかない。
グランパスの場合、背が高い選手が多くなく、センターバックの2人も圧倒的な高さを持っているわけではないので、もしマークのミスマッチがあると致命的な状況に陥る。それはガンバ大阪戦でパトリックに嫌というほど思い知らされたはずだ。
ゾーン守備
ではもう1つの守備の方法、ゾーン守備はどうなのだろうか。現状のグランパスはこのゾーン守備を採用している。
ゾーン守備は、人に対して守備をするのではなくて、
セットプレーの守備におけるゾーンの原則は、いったんスタートポジションについた後はボールを唯一の基準点とし、自分のゾーンに入って来たボールを弾き出すというものだ。何人のプレーヤーをどのように配置してゾーンを分担するか、様々な方法がある。
マンツーマンに対するゾーンの長所としては、ペナルティエリアをバランス良くカバーできる、最も強力な選手を最も危険なゾーンに配することができる、個人能力だけに依存せず組織的な対応をトレーニングすることができる、といった点が挙げられる。
一方短所は、特定のゾーンで数的不利に陥る可能性があることだ。現実ではありえない例だが、守備側が最も危険なニアサイドにヘディングの強い選手を4人配置し、あとは均等にゾーンに割り振ったとする。攻撃側がファーサイドにヘディングの強い選手5人を送り込んで来ると、特定のゾーンで数的優位を作られることになる。非常に危険な状態だ。しかし狡猾なチームはセットプレーの開始の数秒の間に選手を動かし、そういう数的優位を作ってくる。
このように実際、セットプレーをゾーンで守る相手に対しては、特定のゾーンに人数を送り込んで数的優位を作り出すのが1つのセオリーだ。
もう1つ、静止状態からプレーを始めることになるため、1対1の空中戦では後手に回りやすいという弱点もある。外から超速で飛び込んでくる三笘薫のようなプレーも苦手だ。
ピオは、ゾーン守備を選択するのは「高さと強さを兼ね備えるがアジリティに欠ける、マンマークをあまり得意としないDFがそろっている場合だ」という。
マンマーク守備もゾーン守備もメリットとデメリットがある。選手層を考え合わせて選択するべきだ。名古屋グランパスの場合の今の選択は正しいのだろうか。そこに疑問が残る。
グランパスの問題
基本的に、グランパスでは身長の高い選手が少ない。昨年までは、ジョーという圧倒的な高さをニアに配置することで、一番危険なニアを攻略される可能性を下げていた。
しかし今シーズンはそれが難しくなっている。
そういう意味では身長の高い長谷川アーリアジャスールの復帰は1つの解になるかもしれない。シミッチや藤井陽也と合わせて投入することで、終盤リードでセットプレーが繰り返されるときには対策できるかもしれない。
セットプレーの可能性
ジョバンニ・ビオは、セットプレー専門コーチとして実際に指導したフィオレンティーナで、全得点の3分の1にあたる23得点をセットプレーから決めるという驚異的な結果を残した。23得点はストライカーならば得点王をとってもおかしくない得点数だ。
名古屋グランパスは2020年直接FKによる得点を含めて多くの得点を挙げているが、2019年は45得点中9得点がセットプレーがらみだった。
https://www.football-lab.jp/summary/team_ranking/j1/?year=2019&data=goal
いっぽう清水エスパルスは15得点。6点の差は、勝ち点でいえば2勝から3勝の差に値すると思われる。
セットプレーを洗練していくことは、名古屋グランパスをもっと上に導くことができる助けになる。
無論、セットプレーのことだけを整備してもリーグ戦を勝ち抜くことはできない。可能性の残された目標である2位を目指すには、セットプレーだけではなく手詰まりになりがちな攻撃や、結局個と気合いに頼りがちな守備も高めていく必要がある。
そこにプラスアルファとして、セットプレーの得点を増やし、セットプレーの守備をより一層磨くこと。これはこれからの課題になるはずだ。