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2023年シーズンレビュー(1)NeilS編「マテウス移籍ショック」をデータからひもとく:名古屋の攻撃力はいかにして落ちたのか

[1] はじめに:「大失速」に抗えなかったシーズン後半を見つめ直す意義

名古屋グランパスの2023年シーズンが終わりました。

喜びと悲しみとを代わるがわる私達にもたらしてくれるのがフットボールの常で、見逃せない素晴らしい瞬間は今年も多くありました。

しかし「2023年の名古屋」を総括しようとするならば、皆が愛した背番号10の移籍以降、歓喜と苦闘のバランスが大きく後者に傾いてしまった「大失速」を紐解くことことの必要性から目を背けることはできないかと思われます。

リーグ6位・天皇杯とルヴァンカップはともにBest4と、順位だけみればすべてのコンペティションで去年よりも良い成績を収めました。 それでもホーム最終節のセレモニーで長谷川健太監督が大声で「すみませんでした!」と頭を下げたのは、前半戦に勝ち点を積み上げた手応えよりも、「ポストマテウス」の勝ち方を様々な角度から模索しながらも失速に歯止めをかけられなかった悔しさが、監督・選手のなかに色濃く残るシーズンだったからだといえます。

復習を兼ねて振り返ると、8月に執筆しました中間レビューでもデータから指摘した通り、2023シーズンのマテウス移籍前までの好調を支えたのは得点力の大幅な改善でした。


〈中間レビューでの知見まとめ〉

1年を通して得点力不足に苦しんだ2022年に比べると1試合の得点数は平均0.88点(2022年)⇒平均1.43点(2023年マテウス移籍前)と約1.6倍に増加し、

  • 「崩し」の局面の改善:敵陣側30m側ライン(アタッキングサード)侵入後のペナルティエリア侵入率が30.4%(リーグ11位)→ 35.7%(同リーグ4位)に向上
  • シュートの「量」の増加:アタッキングサード侵入後のシュート到達率は5.8%pt向上して43.0%でリーグ1位
  • シュートの「質」の改善:枠内シュート率は7.2%pt、枠内シュートの得点率も6.3%pt向上で、1シュートあたりの得点率が向上

といった各局面での劇的な向上が前年比でみられたのが、マテウス移籍前の2023年の名古屋でした。


しかしマテウス離脱後の得点は13試合でわずか11得点、複数得点を記録した試合はゼロとなり、マテウス離脱前に比べて得点力は ((11/13)÷(30/21)=)0.59倍に落ち込み、得点力不足にあえいだ2022シーズンよりも低い水準となってしまいました。

そこで本記事では、マテウス移籍をひとつの分析区分として、データから攻撃面のマクロなKPIの変化・落差に目を向けることで、シーズン後半の名古屋の攻撃の「どこ」が機能不全に陥ったのか、を明らかにすることを目的とします。

具体的には、

  • [分析1]攻撃開始から得点を至るまでの各局面でのパフォーマンス効率を捉えた5つのKPIによるマテウス移籍前/移籍後の指標比較
  • [分析2]前半戦の「強み」がいかにして失われたのか、の検討
    • 攻撃パターン別のシュート到達率のマテウス移籍前/移籍後比較
    • その他の攻撃手段や守備指標の検討

といった分析課題を検討していくことで、より包括的に現在の名古屋が直面している攻撃面の課題をとらえることができるはずです。それでは、さっそくデータ分析に移っていきましょう。

[注意] 本記事の目的は、「マテウス離脱後の時期に何が起きていたのか」を諸データから振り返ることにあり、「シーズン後半の苦境のどれほどがマテウスがいないことによるものか」という効果の特定は意図してしないことに注意いただければ幸いです。8月中盤以降勝ち星に見放されたことの要因としては、マテウスの移籍以外にも米本拓司の負傷離脱や各チームの名古屋対策の練度向上など多くの要因が挙げられ、各要因の結果に対する寄与を評価するのは(少なくとも一般に入手可能なデータからは)不可能だからです。

[2] 得点に至る工程の”どこ”が打撃を受けたのか:5段階KPIによる比較点検

本節では、昨年末や今夏のデータレビューでの分析枠組みを踏襲した、攻撃のプロセス別パフォーマンスを測る5段階別KPIから、マテウス移籍前vs移籍後の攻撃効率の比較を行っていきます。

なお、以下のデータ分析において、時期区分は

  • マテウス移籍前:第1節 ~ 第21節(7月16日京都サンガ戦)までの21試合
  • マテウス移籍後:第22節(8月5日アルビレックス新潟戦)~ 第34節までの13試合

といった形で分析上定義しています。試合数が揃っておらず、特に「マテウス移籍後」に含まれる試合のほうが少ないことに留意ください。

具体的には、自軍がボールを奪い攻守交替が起こった瞬間を起点として、最終的にゴールに迫るまでの攻撃の成否を

  1. 相手ゴールまで30m以内までの侵入
  2. ペナルティエリアへの侵入
  3. シュートを打つ
  4. シュートを枠内に飛ばす
  5. ゴールを奪う

と段階的にねらいを達成するプロセスとしてとらえたうえで、この5つのねらいの達成度を測るKPIを以下のように設定します。

図1 5つのKPIの説明図
図1 5つのKPIの説明図

では早速、攻撃段階別の5つのKPIについて、数値およびリーグ内順位のマテウス移籍前/移籍後の変化をみてみましょう。

(参考・比較のため、2022年の年間数値も付記しています)

KPIの変化
KPIの変化

表の最右列にマテウス移籍前→移籍後の変化をパーセントポイントで表示していますが、マテウス移籍により名古屋の攻撃に起きた変化をひとことでまとめれば、 ボールを持って(持たされて)アタッキングサードに侵入する頻度は上昇したものの、その後のすべての段階での攻撃効率が悪化し、とくにシュートに持ち込む力が大幅に低下した

ということになります。「運ぶ」こと自体はできるようになったかわりに、最終局面の「崩し」の精度とシュートの「量」と「質」、その全てが2022年の水準に逆戻りあるいはさらなる悪化を辿っていたのが、マテウス移籍後の名古屋の攻撃のパフォーマンスの現実であるといえます。

それでは改めて、ひとつひとつの指標について詳細にみていきましょう。

1. 30mライン侵入率

1つめのKPIである「30mライン侵入率」はいわゆるアタッキングサードと呼ばれる敵ゴール側の約1/3に、全攻撃のうちどれだけの割合で到達できたかを示す値です。

この値は前監督のフィッカンデンティ体制から一貫して低い値を記録し、ここ3年程ずっとリーグボトムに位置してきており、今年のマテウス移籍前においては24.0%と「攻撃が4回あってもアタッキングサードに侵入できるのは1回に満たない」状態にありました。

マテウス移籍後、30mライン侵入率は33.7%ptに上昇しており、リーグ内順位でも中位に位置しています。

もし、リーグ前半に実現した30mライン侵入後の攻撃効率の前年比での劇的改善がそのまま残存しているのならば、これはそのまま得点力増に結び付きます。

その意味ではこの値の上昇は「改善」や「進歩」と捉えられますが、後述のようにむしろ攻撃をシュートで終われないまま詰まってしまうことに終始したことを合わせて考慮すれば、むしろ「攻めさせられた」結果の数値とも言えます。

そのような見方の一例として、先日の中日スポーツによるシーズン総括記事「マテウス移籍が失速原因…だけとも言い切れない 『名古屋対策』に間に合わなかった新戦術【J1名古屋2023年総括】」ではこのような分析がなされています

ボールを持たせ、フィールド選手10人のバランスが前に傾きすぎた瞬間、守備の集中が緩んだ瞬間を狙う。相手が練った「名古屋対策」に、ボールを保持し引いた相手をこじ開ける”プランB”は間に合わなかった

https://www.chunichi.co.jp/article/817658

前述の中間レビューでも触れた通り、そもそも今年の名古屋は「ロングカウンターで仕留める」ことにチューニングされたチームであり、それを崩されてボールを持たされた結果、実際に1試合平均の失点数もマテウス移籍前→移籍後で0.95点から1.23点まで増加(約29%の失点増)しています。

(実際にマテウス離脱前後で平均ボール保持率は43.4%→47.9%と上昇しています)

これらを鑑みれば、アタッキングサードへの侵入率の向上は、能動的なアクションの結果というよりは相手の土俵に持ち込まれた意味合いが強い変化として解釈するほうが自然であるようにも思えます。

2. PA侵入率

2つめのKPIである、「PA侵入率」は、攻撃の次の段階のパフォーマンスの指標として、敵陣側30mラインまで侵入した総回数のうちペナルティエリア内部まで侵入できた回数がどれだけあったかという割合を計算したものです。

この指標はマテウス移籍前は35.7%(リーグ4位)と高い値を記録していましたが、マテウス移籍後の11試合では31.3%(リーグ13位)と2022年と大差ない水準に戻ってしまいました。こじあけるマテウスがいなくなった直接的影響だけでなく、ユンカーや永井のマークが厳しくなった間接的影響やタテパスを入れることのできる米本が長期離脱したことも作用してのこの数値かと思われます。

3. シュート到達率

つづいて3つめのKPI「シュート到達率」を確認しましょう。これは、アタッキングサードに到達した回数を分母として、どれだけの割合でシュートを打つことができたかを計算した指標で、毎試合打てるシュートの「量」に関わってくる部分です。

マテウス移籍前の時点でのシュート到達率は44.0%(前年比5.8%pt増)であり「リーグで最もアタッキングサードに侵入後のシュート到達率が高いチーム」だったのですが、

マテウス移籍後にはなんと12.7%pt減の30.3%(リーグ15位)となり、得点力に苦しんだ2022年よりも遥かに「シュートで攻撃を終えられないチーム」になってしまいました。かなりショッキングな変化であるといえます。

マテウスは今シーズン出場した21試合でなんと74本ものシュートを打っていますが、その減少分を他の既存メンバーや夏補強で加入した新規メンバーで補えきれなかったことがうかがえます。

ただしシュートに関しては「量」だけが問題となるわけではありません。「量」が減った分を有り余るほどにシュートの「質」が向上すれば、結果的に得点力が向上するという可能性も数字上はあり得ます。そのため、4~5つめのKPIが捉えるシュートの「質」の変化まで含めて評価することが、マテウス移籍前/後の攻撃のパフォーマンスの総合的な変化の理解につながります。

4. 枠内シュート率 と 5. 枠内シュート得点率

そこで4つめのKPI「枠内シュート率」と5つめのKPI「枠内シュート得点率」を確認してみると、前者は5.6%pt減(37.8%→32.2%)、後者は-6.9%pt減(30.3%→23.4%)となっており、マテウス離脱後の名古屋はシュートの「量」だけでなく「質」も少なからず悪化した、ということが分かります。

マテウスに関するイメージとして、遠目からでもやや強引で見込の低いシュートを打つような印象を抱く人も少なくないとは思われます。ですが実際には、マテウスがいなくなってからのチームのほうがシュート1本あたりの「質」は下がっていることを考えると、他の選手のマークを緩和することも含めてマテウスはシュートの「質」の部分にも貢献していたことが示唆されます。

さて、本項では攻撃を継起的な5つのねらいの達成プロセスとして捉えた上で、各段階に対応する5つのKPIに着目して、マテウス移籍前後の変化とリーグ内での相対的位置を確認してきました。

マテウス移籍前/後を比較した分析結果を今一度まとめると、以下のようになります。

  • (Good!)リーグ最低水準だったアタッキングサード侵入率がリーグ中位程度に改善し、「運ぶ」回数自体は増加した
  • (Bad!)改善されたはずのペナルティエリア侵入率はふたたびリーグ下位に転落し、「崩す」精度が2022年の水準に戻ってしまった
  • (Terrible!) リーグトップだったアタッキングサード侵入後のシュート到達率が急落し、2022年の値も遥かに下回ってリーグ最低レベルとなった
  • (Bad!)シュートの「質」に関する指標もマテウス移籍後に軒並み低下し、得点力不足に悩んだ2022年と近い水準に逆戻りした

さて、マイボールになってからゴールを奪うまでの各段階の攻撃効率の変化をみたところで、 次節では、「マテウス移籍前においての攻撃力を支えた「強み」がいかにして失われたのか」というテーマについて、攻撃パターンやボール奪取などに関する各指標を確認して振り返っていきます。

[3] 前半戦を支えた「強み」はいかにして失われたか:「マテウス抜き」のロングカウンターの空転

先述の夏時点での中間レビューでは、得点力がいかなる仕組みで2022年から上昇したのかについて、Football LABが提供している攻撃パターン別のパフォーマンス指標を分析し、2022年から2023年前半期にかけてのチームスタイルの変化を以下のように結論づけていました。

攻撃面では、ロングカウンター志向が強まって頻度が増えるとともに、ロングカウンターに多人数が連動することによって実際にシュート・ゴールに結び付けられる確率も高まった

https://grapo.net/2023/08/09/20097/

ロングカウンター発動のスイッチとなった米本拓司の帰還や最終パスのレシーバーとして卓越した技量をもつキャスパー・ユンカーの獲得といった追い風もあり、

2022年では13.4%(リーグ14位)だったロングカウンターのシュート到達率は、2023年のマテウス離脱前の23試合は18.2%(リーグ2位)にまで上昇していました。

ボール保持をある程度”割り切って”捨ててロングカウンターの頻度と練度を高めたことが奏功していたのが、7月までの名古屋であったいうことです。

それではマテウス移籍後の苦しかった13試合、前半戦の「強み」であったロングカウンターの威力はどのように変化したでしょうか。

Football LABのチームスタイル指標のページ(https://www.football-lab.jp/nago/style/?s=22)には各攻撃パターン別のパフォーマンスに関するシーズン通算(全34試合)の数値しかありませんが、中間レビュー執筆時(21試合消化)の数値が手元にあることから、簡単な計算でマテウス離脱後13試合の攻撃パターン別シュート到達率を求めることができます。

すると、

  • ロングカウンターのシュート到達率  :マテウス移籍前18.2% → マテウス移籍後 14.5%
  • ショートカウンターのシュート到達率 :マテウス移籍前15.8% → マテウス移籍後 11.4%

といった形でカウンターの威力が損なわれていることがわかります。

さらに同ページには「ロングカウンター時の攻撃関与選手」という指標が公開されています。

ロングカウンター時の攻撃関与選手
ロングカウンター時の攻撃関与選手

(画像引用元:Football LAB)

ゴール・シュート・ラストパスの3項目においてマテウスが名を連ねており、チームを去った背番号10がロングカウンターのメインキャストであったことがわかります。

(この指標は全34試合のデータに基づくものですが、21試合にしか出場していないマテウスが未だに上位に君臨していることからその寄与の大きさがうかがえます)

また、「攻撃開始5秒間」の関与選手の2位に米本拓司がランクインしています(中間レビューにも記載がありますがマテウス移籍時点では1位でした)。

ボールを刈り取り、そのまま縦に鋭いボールを入れる米本拓司を多くの試合で欠いたことも、シーズン後半のロングカウンターの威力減につながっていたことが予測されます。

では「マテウス役」を確保し、来年また米本が安定的に稼働すればまたロングカウンターの威力を取り戻せるのでしょうか

ここに関しては現時点では何とも言えませんが、来年34歳を迎える米本が理想的にフルシーズン稼働したとして単純にうまくいくとはいえないのでは、と思わせるデータがあります。

以下はSofaScoreで確認できる各試合のインターセプト数について5試合分の移動平均(当該試合および前後2試合分の値を平均して平滑化したもの)のシーズン推移を表しています。

インターセプトのシーズン内推移
インターセプトのシーズン内推移

このグラフからは、(それなりに上下動しつつも)シーズンを通してみればインターセプト数が減少トレンドにあったことがわかります。

1試合あたりのインターセプト数についてマテウス移籍前/移籍後の平均値は12.2本→ 9.6本と一試合あたり2.6本も減少していますし、何よりも着目すべきなのはインターセプト数の減少トレンドは米本の負傷離脱前から続いており、米本の復帰後も回復していない、という事実です。

ロングカウンターにおける「崩し」や「仕上げ」の担い手がいなくなったことは確かに大きいものの、相手のパスを引っ掛けてより良い形でロングカウンターを起動する力自体が弱まっていった一年であるともとれます。

あわせて考慮すべき点として、(中間レビューでも指摘しましたが)2020年以降の名古屋は一貫して、きわめてDFラインが低いチームとなっています。

この特徴自体は長谷川体制の前体制であるフィッカンデンティ監督時代からのものですが、長谷川体制の問題点はハイプレス試行頻度を高めたにも関わらず成功率が低下したため、下図に示されるように「DFラインを低く設定しているのに空転するプレスに動員された前線が戻り切れず、縦に間延びしたまま相手に攻撃を許す」という形になってしまっていることです。

いまの名古屋は、リーグでDFラインが最も低いうえにリーグで2番目に守備陣形が縦に間延びしたチームとなっています。

2023年J1 DFラインの高さxコンパクトネス(縦方向)
2023年J1 DFラインの高さxコンパクトネス(縦方向)

このような現在のチームの守り方の特徴と先にみたロングカウンターの威力低下を合わせると、以下のような今シーズン全体のストーリーが浮かびあがってきます。

すなわち、DFラインの低さやボール保持しながらの前進の拙さ自体にメスを入れるのではなく、「ロングカウンターのリターンを高める」というアクロバティックな解決法を奏功させることでチーム全体の重心は低いまま収支をプラスにしていたのがマテウス移籍前までの名古屋であったとすると、マテウス移籍後の名古屋は盤面をひっくり返す術を失って相手チームに押し込まれ続ける構造的弱点だけが晒される状態となったということです。

[4] まとめにかえて:「新たな役者を活かしたロングカウンター」か?「アグレッシブな前進」への原点回帰か?

本記事では、マテウスの移籍をひとつの転換点として分析上位置づけたうえで、快調だったマテウス移籍前と苦境に陥ったマテウス移籍後の2期間を比較することで、名古屋の攻撃の「どこ」が機能不全となったのかをいくつかのデータから詳らかにしてきました。

その結果、マテウス移籍後の名古屋は、以下のような状態にあったことがわかりました。

  1. アタッキングサード侵入後の「崩し」およびシュートの「量」「質」のすべての段階でのパフォーマンスが明確に落ちており、特にアタッキングサード侵入後のシュート到達率についてはリーグトップからボトム付近まで急落している
  2. 頼みの綱だったロングカウンターをシュートに結び付けられなくなり、カウンターの始動としてのインターセプト数も下落している

これらのデータは、2024年で3年目を迎え、そしてチームの成績を底支えしてきた堅守のメインキャストを一挙に失う長谷川名古屋にとって、取り組まざるを得ない課題を示すものでもあります。

最後にまとめに変えて、長谷川名古屋が抱えている課題と目指すべき方向性について、個人的に注目している論点を提示して記事の締めとします。

それはすなわち、2024年の名古屋は2023年前半の快進撃の再現としての「ロングカウンターへの再先鋭化」と、長谷川監督が就任当初掲げていた「アグレッシブに前に重心をかけるサッカー」のどちらを選ぶのか、というテーマです。

実は、本記事でデータとともに提示した「武器であるロングカウンターが通用しなくなったときにこのチームは立ち行かなくなる」という課題については、チームが順調に勝点を積んでいた時期にすでに現場の選手からは「取り組むべき課題」として認識されていました

たとえば、(おそらく7月中の取材に基づくものであろう)サッカーダイジェスト9月号(8月10日発売)において稲垣キャプテンは以下のような見解を語っています。

「縦への速さは今のチームの強みです。でもそれだけじゃ対策されたり、厳しい面も出てくるはず。 じゃんけんの話ではないですが、グー、チョキ、パーを全部出せるようになるためには、やっぱりチームとしての積み重ね、成熟度が必要だと思います ただそれができつつある土台は整いつつあるのかなと。そこを大切にしながら、相手がどう出てきたら自分たちはどんなことができるのか、引き出しを増やす作業は大切にしながらやっていきたいです」

(サッカーダイジェスト2023年9月号, 12頁より)

信頼できる得点源としてのロングカウンターを「超強いグー」として持ちつつ、「パー」=速攻対策を備えた相手に対しての「チョキ」=ボールを保持しながらの崩し、の練度を徐々に上げていこうというのが、マテウスがフルシーズン在籍していた場合の青写真だったのではないかと思われます。

しかし実際は、マテウスの移籍により稲垣が言うところの「土台」そのものが崩れてしまったため、得点へのメインルートを失った苦しい環境下で、保持しながらの前進や崩しへの取り組みを進めざるを得なくなりました。そしてそれは先にもみたように、ロングカウンターの威力減による攻撃効率の低下を補うまでにはいきませんでした。

(各試合においてどのような保持時の狙いや試行錯誤があったのかは、「グラぽ」でのyuttyさんの各試合のレビューがとても参考になります)

今年の終盤には、(恐らく来季への布石として)森島司に中盤でのゲームメイクを担わせるような試みもみられ、最終節後の会見コメントには長谷川監督自身からもその部分への手応えが述べられていました。

来季にむけては、このような保持への取り組みをメインに据えるのか、それともロングカウンターのリターン回復を優先させるのか、(むろん両方を達成できるのが理想的ではあるものの)大きく選手が入れ替わり戦術の落とし込みに使う時間制約もシビアとなることが予測されるなかで、長谷川監督の選択が注目されます。

また併せて、攻撃面だけでなく守備面に関しても改めて選択が問われる契機になるかと思われます。

そもそも長谷川監督は就任当初においては、以下のような方針を打ち出していました

アグレッシブに前から奪いに行く戦いが自分の持ち味で、メリハリの部分はいままで同様、行くときは行く、考えるときは考えるとやってきて、そういうあり方で名古屋でも戦いたいと思っています

※引用元「【名古屋】「健太イズム」に名古屋が染まる。長谷川健太監督が就任会見で「50ゴール決めないと優勝はない」

https://soccermagazine.jp/j1/17509294

しかし実際のところはDFラインがリーグ最低レベルに下がっており、プレスも空転するチームであったのは本記事や昨年末・今夏のデータレビューでも示した通りです。自陣側30mラインへの被侵入率は36.5%(リーグ16位)と、「メリハリ」を差し込むまでもなく押し込まれ続ける展開が増えてしまっていました。

ただこれをひとえに「長谷川監督の手腕不足」と結論づけるのは早計であるかと思います。
少なくともマテウス・ユンカー・’永井が揃っていた今年の前半戦に限っていえば「自陣深くまで引き込んでから高速ロングカウンターで裏を突く」という戦略がハマっていたため、合理性を伴う選択とも解釈できました。 

また、シーズン後半から守備方針を大きく転換するのは、時間的にもタイトルが狙えた位置にいたという事情的にも難しかったかと思われます。

したがって、マテウスを失い、さらに堅守を支え続けたメインキャストが一挙に名古屋を去るこのタイミングは、長谷川監督にとっては当初の青写真である「アグレッシブに前から奪いに行く戦い」の再実装に取り掛かるのか、それとも低いDFライン設定自体は大きく変えずに主力流出のダメージを感じさせない堅陣を築き上げるのか、2024年の名古屋の運命を左右するような大きな選択をする今一度の転換点といえそうです。

さて、ここまでいくつかのデータを参照しながら、マテウス移籍前後の(とくに攻撃面における)変化を掘り下げ、さらにこれからのチームの方向性についても一考してきました。

みなさんがこのオフシーズンに来季に思いを馳せる上で、この記事が何かしらの視点提供をできていたら幸いです。

次のデータレビューの執筆時には驚くべきポジティブな発見ができることを願って、筆をおくこととします。

2024年も、トヨスタで、アウェイの各スタジアムで、あるいはDAZNで、ひとつでも多くの勝利や選手・ファミリーの笑顔がみられることを願って、一緒に応援しましょう!

※本記事のデータ引用元

About The Author

NeilS
子供のころからグランパスのサポーターで、趣味でたまにJリーグのデータ分析をしています。
歴代の在籍選手の中でも特に中村直志選手と玉田圭司選手に心を奪われています。

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