1. はじめに:長谷川名古屋が起こそうとする「変化」の現在地をデータから評価する
名古屋に11年ぶりのタイトルをもたらしたマッシモ・フィッカデンティ監督が退任し、長谷川健太監督が就任した2022年の名古屋。
この体制移行において何が新たなチーム・スタッフ陣に期待されていたかといえば、それはやはり「攻撃面での向上」ではないかと思います。
フィッカデンティ体制の強みはなんといってもその堅守にあり、2年連続の無失点試合数のリーグ記録更新やランゲラック選手の連続無失点時間新記録の達成など、まさに歴史的な守備の堅さを発揮していましたが、一方で攻撃面での物足りなさを指摘されてもいました。
リーグトップレベルであった失点の少なさのいっぽう、2020~21年の得点数はいずれもリーグ平均を下回っており、「得点力の向上」が前体制の弱点かつ現体制の”伸びしろ”として認識されていたことについては、まず間違いがないかと思われます。
また、何より長谷川監督自身が就任にあたって打ち出したのが、攻撃面での変化・向上であったことは多くの人が記憶しているところです。
就任会見を報じた記事(URL:【名古屋】「健太イズム」に名古屋が染まる。長谷川健太監督が就任会見で「50ゴール決めないと優勝はない」 – サッカーマガジンWEB)を読み返すと、以下のような変化をめざしていたことが確認できます。
長谷川健太監督が名古屋グランパスにもたらすもの。それはずばり「攻撃力」だと宣言した。
(中略)
「ストロングはそのままに、変えるべきところは変えていくために私を選んでくれたはずだと思います。
守備の質は残しながら、攻撃に関しては昨シーズン44得点、一昨年は45得点で、50以上ないと優勝に手が届かないので、攻撃力をさらに上げていきたい」
【名古屋】「健太イズム」に名古屋が染まる。長谷川健太監督が就任会見で「50ゴール決めないと優勝はない」 – サッカーマガジンWEB)
さて、実際に1シーズンを戦ってみて、(みなさんもよくご存じの通り)名古屋グランパスが全34試合で奪った得点は「30」、リーグ全体でみても下から2番目でした。
長谷川監督が目標に掲げた「50得点」というフレーズが半ば自ら課した「ノルマ」と捉えられることもあり、SNS上などでもこの目標値と実績値の乖離をとりあげたチームや監督への批判が特にシーズン終盤には散見されました。
もちろん、こういった批判自体が大きく間違っているわけではないですし、「当初目標を大きく下回ったのだから、彼らの今年の試みは間違っていたのだ」と結論づけること自体は自由だと思います。
ただ、この記事での目的は、攻撃全体のプロセスの最終アウトプットである得点の多寡だけを問題として現体制の善し悪しを論ずるのではなく、自軍の攻撃がはじまってから最終的なゴール前でのシュート局面に至るまでの各段階でのスループット面での昨季比での変化を、データ面から包括的に検討することにあります。
この問題意識をふまえ、本記事では以下のような構成で長谷川監督1年目のシーズンを分析していきます。
- 攻撃が開始してから最終的にゴールに至るまでの各段階でのパフォーマンスを5つのKPIとして操作的に定義し、数値を確認することで、 攻撃における各プロセスでの昨季からの変化や現状のリーグ内での位置を包括的に理解する。
- 5つのKPIによる検討で明らかになった各局面での変化・課題をふまえて、より個別の局面に焦点をあてた深堀りの分析を行う。 具体的には、以下の2つのテーマを設定します
2-1. ゴール前での変化:「ゴール前での最終局面での質に”変化”をもたらせたのか」
⇒ シュートの質・量の変化に関する各指標を検討し、ゴール前での最終局面における昨季からの変化を理解・評価する
2-2. ゴール前までの変化:「そもそも相手ゴール前まで安定的に近づけるようになったのか?」
⇒ アタッキングサードや相手ゴール前までの到達回数に関する指標や、チームの重心に関する攻守両面での指標を検討することで、 そもそも相手ゴール前により近い位置でのプレー機会を増やせたかどうかを理解・評価する
このような各面での検討を行うことで、もしかしたら得点減に隠れたポジティブな変化がみられるかもしれませんし、逆に得点がとれなかったことよりもより深刻な問題が長谷川監督のチームに突き付けられるかもしれません
(ちなみにこの文章を書いているまさにこの時点では、この分析がどのように転ぶのかを執筆者である私もわかっていません 笑)。
それでは、さっそく分析に移っていきましょう
2. 段階別KPIからみる攻撃のパフォーマンス変化2021→2022
本項では、自軍がボールを奪い攻守交替が起こった瞬間を起点として、最終的にゴールに迫るまでの攻撃の成否を
- 相手ゴールまで30m以内までの侵入
- ペナルティエリアへの侵入
- シュートを打つ
- シュートを枠内に飛ばす
- ゴールを奪う
と段階的にねらいを達成するプロセスとしてとらえたうえで、この5つのねらいの達成度を測るKPIを以下のように設定します。
(※守備のKPIについてはこちらの記事を)
では早速、攻撃段階別の5つのKPIについて、数値およびリーグ内順位の2021年→2022年での変化をみてみましょう。
1つめのKPIである「30mライン侵入率」はいわゆるアタッキングサードと呼ばれる敵ゴール側の約1/3に、全攻撃のうちどれだけの割合で到達できたかを示す値です。
(カウンタープレスなどで)敵陣奥深い位置でボールを奪取できるケースをのぞき、多くの場合では攻撃がはじまったら自陣側から敵陣側にボールを運んでいかないとゴールの可能性がそもそも生まれません。まず敵ゴールが見える位置までボールを運んでいく、攻撃の第一段階でのパフォーマンスを評価する指標となります。
表からは、フィッカデンティ監督最終年のチームも、「攻撃力」の上積みをめざした今年の長谷川監督1年目のチームも、まずその攻撃の第一段階で大きくつまづいていたことが分かります。30mライン侵入率は28.1%(2021年)→27.2%(2022年)で、少なくともデータから判断する限りは、去年も今年も続けて「チームとしてボールを前に運ぶ」ことを不得手するチームであったといえます。 去年の数値については(良くも悪くも)守高攻低のイメージ通りですが、今年の数値はそこからも漸減しています。 攻撃力の上積みを課題として掲げて一年を過ごしたチームとしては、最下位のガンバ大阪(27.0%)の次にアタッキングサードへの侵入率が低いというのは、若干の寂しさがあります。
2つめのKPIである「ペナルティエリア侵入率」は、攻撃の次の段階のパフォーマンスの指標として、敵陣側30mラインまで侵入した総回数のうちペナルティエリア内部まで侵入できた回数がどれだけあったかという割合を計算したものです。 もちろんサッカーというスポーツでは、ペナルティエリアに侵入せずともシュートは打つことができますが、やはり相手の脅威になるような決定機はより敵陣ゴールを間近としたエリアで起こることが多いため、これを攻撃の第2ステップのKPIとしています。
この数値については若干の改善(+1.6%ポイント、2021年:28.8%→2022年:30.4%)が見られるものの、2年続けてリーグでは中位にとどまっていて、現状のPA侵入率はアタッキングサードへの到達するまでの精度の低さを挽回する水準には達していません。
ここまで見てきたKPI1, KPI2は、「ゴール前まで」の工程におけるパフォーマンス指標といえます。 「KPI1(30mライン侵入回数/攻撃回数) × KPI2(PA侵入率/30mライン侵入回数)」を計算すると、「全攻撃におけるペナルティへの侵入割合」となりますが、去年・今年の値は、
- 2021年:28.1% × 28.8% = 約8.1%
- 2022年:27.2% × 30.4% = 約8.3%
となっており、「100回攻撃してペナルティエリアに侵入できるのは約8回」という計算です。
2022年のJリーグではこの値はガンバ・京都に次ぐ下から3番目であることからも、「ゴール前まで」の局面におけるパフォーマンスは前体制からの課題を持ちこしている可能性が高そうです(この点に関しては、攻守の各指標を参照しつつ次々項で詳細な分析をします)。
3つめ以降のKPIは「ゴール前で」の工程のパフォーマンス指標であり、具体的にはシュートに関連するアクションの数値となります。
3つめのKPIである「シュート到達率」は、アタッキングサードに到達した回数を分母として、どれだけの割合でシュートを打つことができたかを計算した指標です。この指標に関しては、2021年の31.1%から2022年は37.1%に伸びて、リーグ全体でも第三位に位置しており明確に向上がみられています。
アタッキングサードに侵入したあと、実際に打てたシュートの「量」を伸ばせた、というのは前年と比した長谷川体制一年目のポジティブな変化として捉えられるのではないでしょうか。単純に考えて、シュートの「質」が据え置きであればシュート本数自体を増やすことは、得点力に対してプラスに寄与するはずです。
では、シュートの「質」にどんな変化が起きていたのかに関して4~5つめのKPIの変化を確認していきましょう。
4つめのKPIである「シュート枠内率」については、シュート数自体の増加とは逆に大きく低下し、2021年リーグ1位であった37.6%からリーグ14位の30.6%まで7%も下落しています。
6%の向上を見せたシュート数の増加によるプラスは、枠内シュート率の大幅な減少により相殺されてしまいました。
最後に、5つめのKPIである「枠内シュートの得点率」についても29.4%→24.0%と決して小さくはない低下幅を見せており、2022年はなんとJ1全18チーム中最下位となりました。
「2022年の名古屋は、枠内にシュートが飛んだとしてもJ1でもっとも得点につながらないチームだった」ということになります。
24.0%ということは枠内シュートを4本打っても期待値が1点に届かないという計算ですし、枠内率の低下と合わせて考えても、シュートの「質」の低下が著しいシーズンであったということは言えそうです(この点に関しても、シュートやチャンスの質に関する詳細なデータを利用して次項でさらに詳しく分析していきます)。
さて、本項では攻撃を継起的な5つのねらいの達成プロセスとして捉えた上で、各段階に対応する5つのKPIに着目して、昨季からの変化とリーグ内での相対的位置を確認してきました。
分析結果を今一度まとめると、以下のようになります。
- ポジティブな変化として、シュートまで到達する確率は向上がみられ、リーグでも上位に位置するようになった
- いっぽうで、放たれたシュートの「質」に関する指標は軒並み低下し、枠内に飛ばす確率も枠内シュートの得点率もリーグで下位となっている
- ゴール前に近づく段階でのパフォーマンスは前体制から引き続き低調であり、敵陣奥深くに数多くボールを運ぶことができていない
次項以降では、より詳細な関連指標を確認しながら、このような各段階のパフォーマンスの裏で何が起きていたかを深堀りしていきます。
3. ゴール前での変化:シュートは増える、されど入らず
前項では、攻撃の各段階別KPIを確認することで、シュートの「量」の向上と「質」の低下が同時に明らかになりました。
アタッキングサードに侵入したのちにシュート自体を打てる回数は増えたものの、その増分によるプラスを打ち消しむしろ収支をマイナスにしてしまうほどに、シュートを枠内に飛ばす確率/枠内シュートをゴールに結びつける確率が前年より低下していました。
この変化を確認すると、以下のような疑問が浮き上がってきます。
【検討課題】シュートの「量」の増加は、「質」とのトレードオフによりもたらされたのか
「シュートを打たなくてはならない」という意識が先走ってあまり望みのないところからシュートを打ってしまい、攻撃が終わってしまうというシーンは、サッカーを観戦している皆さんなら一度は観たことがあるかと思います。
(または、自分がプレーしていて焦りから打った無理やり気味なシュートに、チームメイトから冷たい目を向けられた経験をした人も(私のように…)いるかもしれません)
この項でデータから確認したい疑問は、増えたシュート数の「中身」に迫っていくものです。
シュート数が増えたいっぽうで、収支に見合わないほどに枠内率や得点率が大きく下がった2022名古屋のデータの裏には、このような「無理気味なシュート」の割合の増加が関係しているのではないか、という見立てです。
この問いに対してデータから答えに迫るべく、以下のふたつの仮説の検証をします。
- [仮説1] 平均的なシュート位置がゴールから遠くなっているのではないか?
- [仮説2] シュート1本あたりのゴール期待値が減って、「見込みの薄い」シュートが増えているのではないか?
まず仮説1に関してはシンプルに、ペナルティエリア内やゴールエリア内でのシュート比率が減っているのではないか、という疑問です。
Football LABの各試合詳細ページには、その試合の各チームのシュートを打った位置が以下のような形でマップとして示されています。
そこで2021年/2022年の全ての名古屋の試合ページのシュートマップから、シュートの座標/PA内か否か/GA内か否かを取得・判定するプログラムを書き、シュートの位置分布のベースを作りました。
※取得方法の詳細については、過去記事(Jリーグの各試合におけるシュート位置の座標を推定・取得する – 論理の流刑地)をご参照ください
シュート位置に関する詳細データから2021/2022シーズンのシュート位置についてまとめたのが下表です。
今年のほうが4試合少ないにも関わらず総シュートが去年を上回っているだけでなく、
去年と比べて、ペナルティエリア内で打たれたシュートの比率が5.7%上昇し、ゴールエリア内シュート比率も漸増(+1.9%)していることが分かります。
今年シュート数が伸びたのは、決して遠くからやたらめったらシュートを打つようになったからではなく、むしろペナルティエリア内に侵入して打つシュートの比率も一緒に伸びていた、ということです。
仮説1は支持されず、「遠くからシュートを打っていたから」枠内率や枠内シュートの得点率が下がったわけではない、ということになります。
続いて仮説2の検証に移りましょう。こちらは「ゴール期待値」(Expected Goals, xG)に基づく分析となります。
ゴール期待値とは「あるシュートチャンスが得点に結びつく確率」のことで、シュート1本に対し0~1の範囲の値をとります。
この値が高いシュートほど得点の見込みが高く、値が低ければ
(Football LAB公式のゴール期待値解説記事URL:ゴール期待値とは | データによってサッカーはもっと輝く | Football LAB)
Fooball LABの試合詳細ページでは、各チームの当該試合におけるゴール期待値とシュート本数が双方記載されていますので、前者を後者で除することでシュート1本あたり平均のゴール期待値を算出することができます。
昨年と今年を比べてみて、1本あたりのシュートがもし明確な低下をみせていれば、シュート数の増加の裏で「得点の見込みの薄い」シュートを多く打つようになっていたということになります。 シュート位置に関しては決して遠くからの距離のシュートが増えていたわけではないことは先にみたとおりですが、ゴール期待値という尺度からもシュート機会の「質」の変化を確認していきましょう。
上表から確認される通り、1試合に打てるシュートの本数が増えただけでなく、シュート1本あたりのゴール期待値も2021年:0.097→2022年:0.102で漸増していることがわかります。
大きなプラスの変化ではありませんが、先ほどみたエリア内のシュートの上昇と合わせて考えても、やはり今年の名古屋は少なくともシュート機会の「質」が落ちたわけではないと結論づけられます。
シュートの「量」が増え、シュートを打てる位置も昨年よりも敵ゴールに近づき、そしてシュート1本あたりゴール期待値も漸増した。
しかしその一方で、実際に打たれたシュートは枠を捉えず、枠内に放たれたシュートがゴールネットを揺らす確率はリーグ最下位だった。
これが2022年シーズンの名古屋で起きていたことでした。チャンスの質の向上に対して、シュートの質が伴わなかった、ということになります。
この点に関連して、シーズン終盤に長谷川監督は思うように点を獲れなかったことを、以下のように振り返っていました。
「チャンスを作れるようにはなってきたと思いますので、今後はそのチャンスを1つでも多く決めきるという作業を積み上げていかないといけない」
(J1 第34節 C大阪戦前日会見より, URL:https://inside.nagoya-grampus.jp/inside/detail/?sid=2734&cid=105)
「10得点以上できる選手を獲得しないと、シーズン50得点はできないですし、優勝も争えないと思いますので、そこは点を取れる選手を補強することもしなければいけません」
(J1 第34節 C大阪戦試合後会見より, URL:https://inside.nagoya-grampus.jp/inside/detail/?sid=2735&cid=105)
新たなFWの補強、あるいは現FW陣の奮起によって、チャンスの質の上昇が実際にシュートの質に反映されるようにすることが、「伸びしろ」として捉えられていることが分かります。
名古屋内部でコーチングスタッフが参照しているデータがどのようなものかは私たちには知りえませんが、本項での簡単な分析から、このような認識に長谷川監督が至った背景をある程度明らかにできたのではないでしょうか。
※(マニアックな注で恐縮ですが)ただし、実得点とゴール期待値の乖離のすべてが「ストライカーの実力」に帰責できるわけではないことも同時に申し添えておきます。
Football LABにおけるxG指標の推定モデルには、身体の部位やプレーパターン、そしてゴールへの距離・角度という指標は入力されていますが、近くにいる味方の数や敵の数は用いられていません。名古屋がゴール前でストライカーを孤立させてしまったがゆえに、xG指標には反映されないシュートの難易度をあげてしまった可能性もあります。
4. ゴール前までの変化:「アグレッシブ」な前進は成せたか
前項ではゴール前まで近づけた場合の重要指標としてシュート関連指標を確認しました。
これらの指標は、ゴール前まで近づいたことを前提としたうえでのその後のアクションの評価であるといえます。
しかし先にも述べた通り、攻撃の成否をボールを奪ってからゴール前にたどりつき最後にシュートを決めるまでの一連の工程として捉えるのであれば、 「相手ゴールに近づく回数をどれだけ増やせるのか」「チーム全体がどれだけ相手ゴール側でプレーできるのか」という点が、ゴールに結びつくアクションの試行回数を担保するうえで非常に大事になってきます。
先にも引用した長谷川監督の就任会見を改めて読み返してみても、 取り沙汰されがちなシーズン50得点宣言以外にも、「“アグレッシブ”に前に仕掛ける姿勢」を植え付けることを重視していたことがわかります。
「アグレッシブに前から奪いに行く戦いが自分の持ち味で、メリハリの部分はいままで同様、行くときは行く、考えるときは考えるとやってきて、そういうあり方で名古屋でも戦いたい」
「もっともっと選手に動きがあるというか、もう少し飛び出していくようなプレーが増えていくと、見ていても楽しいし得点も増えていきます。動きのあるサッカー、ですね」
すなわち、攻守どちらの面でも、後ろにばかり重心を設定するのではなく、時には前に人数をかけてゴールに迫っていくという姿勢を、長谷川体制のひとつのスタイルとして掲げていました。得点数の上昇とともに、このような“アグレッシブな前進”ができるチームになることも、めざすべき攻撃面の変化として意識されていた、ということです。
※ちなみに執筆者である私個人としても、フィッカデンティ監督のチームで一番課題だと感じていたのは得点数それ自体ではなく、「一度押し込まれたらなかなか押し返せない」という部分でした。一旦自陣側でハーフコートゲームのように押し込まれてしまってから、ボールを保持しながらの前進やロングボール&ハイプレスによる挽回などで盤面を一旦ニュートラル状況に戻す術が、やや少なかったように思っていました。実際にDFラインの平均的な高さはリーグで下から4番目(詳細の数値は後述)でした。
すなわち、長谷川監督の自己評価では
- 「守備からのリアクション」頼りから脱却し、「自分達から相手を動かして仕掛ける」チームに変化させられた
- 自分たちから仕掛けることが裏目に出るようなリスクは甘受しつつも、昨シーズンまではあまり多くなかった「高い位置」でのチャレンジが増えた
という面での変化が、確かな前進として位置づけられていることになります。
この自己評価がはたして妥当なのか、複数の角度・統計指標から確認したいところです
そこで本項では、「2022年の名古屋は、はたしてゴール前への“アグレッシブ”な前進をなせたのか」という点に注意を払って分析を行っていきます。
既に段階別KPIの確認の項で、アタッキングサードや30mラインへの侵入率自体は(あまり前体制と変化が見られなかったこと含めて)確認していますが、
ボールを保持しての前進の面で改善がみられなかったとしても、長谷川監督が言うような「リアクションからの脱却」が奏功し、 「ファストブレイク」の勢いそのままに、相手側の陣地に送り込んだボールを奪われても即時奪回できていたり、自陣の奥深くに届く前に摘み取ることができているのであれば、それはデータにも表れてくるはずです。
したがって、保持・前進にかかわる各指標を確認することで攻撃のスタイルの変化したのちに、チームの重心や守備位置に関する指標を確認することで、 長谷川体制1年目のチームが2021年のチームに比して、より重心を前に移したサッカーができるようになったかどうかを検討することとします。
◆ 減ったパス、低位安定の前進効率
昨季から今季にかけての、攻撃における「ボールの進め方」のスタイルの変化を見るべく、いくつかの数値をまとめたのが下表です。
※※※ [図表5]「ボールの進め方」のスタイル変化表
この表から読み取れる、2021→2022年の変化(および非変化)は以下の通りです。
- もともとボール保持における弱さが指摘されていた前体制よりもさらに、ボールを繋がなく(or 繋げなく)なった。 パスの総本数は70本以上少なくなり、支配率・パス成功率ともに低下してリーグ下位に位置している
- いっぽうで、ロングボールによる前進効率が向上したわけでもない。 ロングボールの使用頻度がリーグの中でもやや高いのは前体制と変わらず、成功率自体もリーグ中位のまま。
- これらの結果として、先にも見た通りゴール前「まで」の前進効率には改善がみられなかった。 一回の攻撃あたりのペナルティエリア侵入率は27.2% × 30.4% =約8.3%であり、100回攻撃して敵陣ペナルティエリアに入れるのは8回しかない計算である。
サッカーが「パスを多くつなげばよい」というスポーツではない(むしろ状況によってはうまくいってないことを示唆しうる)ことは、おそらく一定期間以上このスポーツを観戦してきたみなさんなら感じていることかと思います。
少ない本数のパスで効果的にゴールに迫ることができるのであればむしろそれが望ましいですし、ロングボールから一気に保持ラインを回復・前進させられるような陣容や戦術があるのであればそちらのアプローチを採るのが得策でしょう。
しかしいま上表で確認されたのは、「ゴールに迫る効率は低いままで、パスも(去年よりさらに)繋げなくなっている」という事態です。
押し込まれた展開からパスをつなぎながら立て直すことが不得手である、という点における弱みの解決は来年に持ち越しといえそうです。
ですが、ここで長谷川監督が掲げた「”アグレッシブ”な前進」が失敗に終わったと結論付けてよいのでしょうか。
攻守が連綿とつながっており、どちらかだけを切り離して論ずることができないのがサッカーです。
ボールを繋ぎながらの前進に改善がみられなかったとしても、長谷川監督自ら「持ち味」だと話す「前から奪いに行く戦い」が機能することで、能動的な守備により相手を自陣に追いやるような守備ができれば、自陣に押し込まれたままになることはないはずです。 もしかしたら「仕掛け」を重視する守備の姿勢において、前進のための「変化」は起きていたのかもしれません。
そこで「攻撃面をデータから検討する」という本記事のお題からは少し寄り道になってしまいますが、「前から奪いに行く」守備に関連する各指標についても確認していくことで、長谷川監督の取り組みをより多面的に評価していきたいと思います。
◆ 空転したプレスと上がらなかった重心
まずは、前から奪いに行く試みと直接的に関連が深い指標として、ハイプレスについてのデータを見ていきます。
Football LABの「チームスタイル指標」のページでは、時間帯別の各チームのハイプレス試行率やその成功率を確認することができます。
この時間帯別指標の平均をとることで90分を通してのハイプレス関連指標の値とし、長谷川体制1年目の「前から奪いに行く守備」の現在地を確認してみましょう。
(URL:https://www.football-lab.jp/nago/style/?year=2022?s=61&s=63)
横軸(X軸)にハイプレスの試行率、縦軸(Y軸)にプレス成功率をとり、2021年/2022年の各J1クラブをプロットしたものが下図です。
(注:上記URLでの定義では、「成功率」はプレスから5秒以内に相手の攻撃がシュートまで至ることなく終了した割合、とされています)
まず、ハイプレス試行率(X軸)についてみていきましょう。
2021年のハイプレス試行率はリーグで下から2番目の47.8%でした。即時奪回よりも一旦引いての4-4ブロックの形成を優先していたフィッカデンティ体制のイメージ通りの数字です。
2022年のハイプレス試行率は、ほぼリーグ平均の51.2%に上がっています。
数値の差にすれば3.5%ですが、リーグ内での位置付けをみると「ハイプレスを試みない」ほうのチームから、「人並みにはハイプレスを試みる」チームになったことが分かります。
たしかに「前から奪いに行く」頻度は上がったといえそうです。
この前から奪いに行く試みが奏功しているのであれば、ボール保持における前進効率は上がらなくとも、守備面でチームの「前進」を促すような変化が起きていたといえそうです。
しかし次にプレス成功率(Y軸)に目を向けると、成功率は思ったように伸びなかったことが分かります。
2021年のプレス成功率(44.5%)から、むしろ2022年は成功率が漸減してしまいました(42.4%)。
名古屋と同じく監督交代一年目であった広島が、ハイプレス試行率とともに成功率を向上させ、図において大きく右上方向に動いているのとは対照的です。
ハイプレスの「量」は増やせたものの、そこに「質」においての向上を伴わせることができなかった苦しさが、データからうかがえます。
ただし、先述した通り、ここでのプレス成功率指標は「ハイプレスをかけてから5秒以内に相手の攻撃がシュートに至らず終了する割合」として定義されていました。
もし相手の攻撃をすぐに断ち切れなかったとしても、後方での横パスやバックパスを誘発し、全体として押し上げられているのであれば問題はなさそうです。
(ちなみに、2021年の名古屋のDFラインの高さは40.95mで全20クラブのなかで下から4番目の数値でした)
また、最終的にパスミスやパスカットを誘発できれば、時間がかかったとしてもハイプレスの「量」を増やした成果は表れていると言えます。
そこで、横軸(X軸)にDFラインの高さ、縦軸(Y軸)にパス阻止率をとることで、”アグレッシブな守備”への取り組みの現状を別の角度から可視化したのが下図です。
まず、DFラインの高さについては去年とほぼ同じ40.8mで、清水に次いで、2022年の名古屋はリーグで二番目に低いDFラインを敷くチームでした。
「アグレッシブに前から奪いに行く」変化はハイプレス試行率には表れていましたが、DFラインがそこに連動して押し上げたわけではないことが分かります。
また、パスの阻止率はJ2に降格した磐田・清水の次に低い20.6%であったことも、ハイプレスの空転を別方向から裏付ける、なかなかに厳しい結果です。
DFラインの低さはそのままでハイプレス頻度だけを高めるというのは、例えるなら、下半身は後ろに引けたまま上半身を乗り出して手先だけの猫パンチを連打するようなものなので、あまり重みのある有効打とならず、相手のパス回しを阻害するような実効的なプレッシャーに繋がりにくかった、という図がうかがえます。
また、自陣側の30mラインへの被侵入率も36.6%(全18クラブ中5番目)となっており、リーグのなかでもディフェンシブサードまで踏み込まれる展開が多かったチームであることがわかります。
2022年名古屋の「“アグレッシブ”な前進」へのチャレンジに関して、保持/非保持局面にわたっての本項での分析結果をまとめると、以下のようになります。
- ボール保持局面での前進について、パスをつなぐ本数が減少したいっぽうで、ロングボールを用いた前進効率も向上せず、 アタッキングサードやペナルティエリアへの低い侵入率は据え置きとなった
- 「前から奪いに行く」守備へのシフトについて、ハイプレス試行率はリーグ中位程度まで上がったが DFラインの高さを含めたチーム全体の重心は以前として低いままであり、パス阻止率やプレス成功率も伸び悩んだ
5. さいごに:今後への課題と期待
本記事では、去年までの堅守に「攻撃」を上積みすることを掲げて出発した長谷川体制1年目の名古屋のパフォーマンスについて、攻撃の各段階のパフォーマンスを掘り下げて分析することを目標として、色々なデータを確認してきました。
あらためて本記事での分析結果をまとめます。
- 攻撃開始から得点に至るまでの段階別KPIの分析(第2節)
- 相手側陣地への前進効率が、昨季から引き続き低調であった(100回攻撃してペナルティエリアに侵入できるのは約8回のペース)
- シュートの「量」(総本数)は昨季比で上昇しリーグ3位となったが、枠内シュート率や枠内シュートの得点率の低下が著しく、トータルでは収支がマイナスとなってしまった
- ゴール前での変化:シュートの「質」の低下についての追加分析(第3節)
- シュート総数が増えただけでなく、より相手ゴールに近く、そしてゴール期待値も高いシュートを多く打てるようになっていた (シュート機会の「質」の向上)
- チャンスの「質」の向上に対し、実際放たれたシュートの「質」(枠内率や決定率)の向上がついていかなかったシーズンだったと解釈できる。そのため、FWの補強や奮起が来季以降の「伸びしろ」となる。
- シュート総数が増えただけでなく、より相手ゴールに近く、そしてゴール期待値も高いシュートを多く打てるようになっていた (シュート機会の「質」の向上)
- ゴール前までの変化:チームがより”アグレッシブ”に前進するチームになったかどうかの分析(第4節)
- [攻撃面の変化] アタッキングサードや敵陣ペナルティエリアへの侵入率の低さが前体制から継続されただけでなく、よりパスをつながない( or つなげない)チームとなり、パス数・ボール支配率ともにリーグ下位となった
- [守備面の変化] ハイプレスの試行回数を増やしたものの、プレス成功率は低下&パスの阻止率もリーグ最低レベルと、プレスが空転した。DFラインの高さもリーグで下から2番目と、チーム全体の重心を前にあげることはできなかった
さて、冒頭で「もしかしたら得点減に隠れたポジティブな変化がみられるかもしれませんし、逆に得点がとれなかったことよりもより深刻な問題が長谷川監督のチームに突き付けられるかもしれません」という期待&不安を抱いて出発したデータ分析ですが、みなさん、どのような感想・印象を抱いたでしょうか。
正直に述べますと、個人的には、分析前の予想よりも「厳しい」という印象を持ちました。
もちろん本記事の分析で利用できるデータの粒度は粗いもので、よりミクロな局面におけるポジティブなチャレンジや選手個々の成長(※特に「グラぽ」では、毎試合ゆってぃさんが丁寧なレビューで、その試合で行われたチャレンジの意図と帰結、そしてその背後にあるメカニズムを詳らかにしてくださっています)を的確にとらえられていない可能性が十分にあります。
しかしあくまでもそういったミクロな局面でのアクションの集計値としての統計指標をある程度信用するのならば、 長谷川監督が宣言した「アグレッシブで攻撃力がある」チームの構築は、「最後決めてくれるFWがいないから」という理由だけに帰責できない未解決の問題が(少なくとも現時点では)多くあるということが、データの語るところではないでしょうか。
とくに、昨年までの課題であった「一度押し込まれると押し返せない」重心の低さに関して、DFラインが低いままに繰り出され空転するハイプレスだけが増え、実効的なリターンが得られないままに押し込まれていたことが確認されたのは、シーズン前の期待とのギャップが大きいところかと感じます。
しかし同時に私は、「今よいパフォーマンスのデータが得られていない」ということが、それ即ち「今の取り組みが全て間違っている」ということにはならないかとも思っています。
森下を中心にして稲垣や永木を絡めたコンビネーションが深まってきた右サイドの崩しや、成長著しい藤井の持ち運びや正確なフィードによる局面の打開、あるいは永井のファーストアクションに周りがうまく呼応できたときの迫力あるハイプレスなど、来季への手応えとなるシーンはみなさんの記憶のなかにも多くあるのではないでしょうか。
また、あくまでもピッチ内で起きた現象(を測り取ったデータ)にだけフォーカスして筆を進めてきたため、あえてここまではほとんど触れませんでしたが、新型コロナの影響でシーズン前のキャンプがほとんど戦術的な仕込みに使えなかったこと、そしてクバの裁定の長期化・酒井の長期離脱などでFWの枚数が揃わなかったことなど、長谷川監督の一年目には、彼でなくても苦悶したであろうアクシデントが多くあったのも事実かと思います。
名古屋の現有戦力の特徴を把握したうえで、オフの入れ替えやシーズン前キャンプに長谷川監督自身の色をうまく落とし込んでいけるはずの2023シーズンになってようやく、本格的なチャレンジの成果を我々は目にできるのかもしれません。
2022年最後に戦ったクラブにちなんで言えば、ローマは一日にして成らず、アグレッシブな攻撃も一年にして成らず、です。
来シーズン終了後に、「ここも良くなった」「あそこがリーグ屈指の武器になった」と口元を緩めながらデータを眺め、そしてその分析結果をみなさんに共有できることを期待しつつ、筆を置きたいと思います。
2023年も、トヨスタで、アウェイの各スタジアムで、あるいはDAZNで、ひとつでも多くの勝利や選手・ファミリーの笑顔がみられることを願って、一緒に応援しましょう!