お題箱からのネタです。
グラぽは、サイトの記事だけじゃない?
グラぽのようなサイトのコンテンツは、企業やメディア側ではなく、一般のユーザー・読者・ファン・利用者が作ったものです。
たとえば、以下がサイトの記事以外に、コンテンツとしてセットだと思っています。
- SNS投稿
- レビュー
- 口コミ
- コメント
- 写真投稿
- ファンアート
- 記事の感想ポスト
- YouTubeやTikTokの投稿
- 掲示板やコミュニティへの書き込み
たとえばフォロワーのみなさんから寄せられた質問、SNSでの感想、コメント欄の意見などがセットになって1つのコンテンツになっています。
ポイントは、「公式が作った情報」ではなく、「利用者側から自然に出てくる声や表現」 ということです。
ユーザー発信は、ほかのユーザーにとってかなり重要視されます。理由は、企業やクラブの公式発信よりも、ユーザーの口コミや体験談のほうが「本音っぽく見える」「信頼されやすい」ことがあるからです。
公式が同じことをやるとどうなる?
クラブがやると「クラブの公式見解」になる
一番大きいのは、公式が書くと「クラブの公式見解」になってしまうことだと思います。マッチレビューで「あの場面の◯◯選手は…」と書いた瞬間、それはクラブからの公式評価になります。選手・代理人・SNSへの影響を全部考えないといけなくなり、考察の自由度がガクッと落ちてしまいます。
クラブはポジティブ寄りを強制される
加えて、公式は基本「勝っても負けてもポジティブ寄り」のトーンを保つ必要があります。
クラブが悲観したり、嘆いたりするともう終わり感がでてしまいます。それは良いことではない。
でもサッカーって、負けた試合こそ読み応えのある考察ができたりするんですよね。そこに踏み込めないのは公式の宿命です。他クラブやJリーグへの配慮もありますし、現実的に広報チームは試合運営・公式発表・スポンサー対応で手一杯で、コラムを書くマンパワーも限られています。
失敗したときの炎上リスクが大きい
ファンサイトなら多少ズレた見方でも「一個人の感想」で済みます。
しかし公式がやると、
- なぜその選手だけ取り上げたのか
- なぜあの場面に触れないのか
- 対戦相手への敬意が足りないのでは
- サポーターの声を誘導しているのでは
という批判につながりやすいです。
特に試合後コンテンツは、感情が高ぶっている人が多いので、公式発信は必要以上に燃えやすいです。
「自然発生感」がなくなる
グラぽの強さは、誰かに頼まれたわけではなく、
- 好きだから書いた
- 面白かったから共有した
- 自分の言葉で語った
という自然発生感にあります。
クラブ公式が同じことをやると、どうしても「広報施策」「マーケティング」「ファンエンゲージメント施策」に見えます。
つまり、内容が似ていても、受け手の感じ方が変わります。このあたりは後半の「なんでX(Twitter)が大事なのか」に繋がる内容です。
実はあった「やわらかめ」
あったんです。その名も「グランパス軟式」Twitterアカウント。
こんな投稿はとても良かったのですが、上記にあるような難しさがあったのかもしれません。
ファンメディアの強み
ここまで書いたことは「公式が手を抜いている」という話ではなく、むしろファンが作るコンテンツに任せるメリットの方が大きいから、というのが本質かなと思っています。
ファンメディアは公式見解に縛られず自由に書ける。複数のライターがそれぞれの視点で書くので、同じ試合でも温度感や切り口の違うコラムが並びます。データを深掘りする人、戦術を熱く語る人、エモい筆致で書く人、ユースを追いかける人…公式が一本化された声でやろうとすると絶対に出せない多様性が、自然に生まれてきます。さらに、ファンが書きファンが読みファン同士で語り合うことで、コミュニティそのものが育つ効果もある。これは公式が直接やるより、ファンメディアに委ねた方が遥かに豊かに広がる領域だと思います。
海外を見ると、この棲み分けはかなり定着しています。クラブ公式は試合速報・選手インタビュー・舞台裏映像・グッズなど「公式にしか出せないもの」に集中し、分析・批評・コラムはファンメディアやサポーター系ポッドキャストが担う、という分業がはっきりしている。プレミアやリーガでは、クラブ公認に近い距離感のファンポッドキャストが当たり前に存在していて、クラブ側もそれを否定するどころか、ファン文化の一部として共存しています。
Jリーグでもこの分業が自然と機能しつつあるのかなと思います。グラぽとしても、公式にはない自由さと多角性を活かして、ファン目線で書ける役割を引き続き果たしていきたいなと思っています。
なんでX(Twitter)が大事なのか
いま、テレビを持たない若い人も多いです。そういう人が情報を得る先はXだったりInstagramだったりTikitokだったりします。グラぽはX(Twitter)を重要視しています。その背景にはX(Twitter)の特殊性があります。
こちらの記事でまとめたものを2026年版にリミックスしてお届けします。
テレビの特徴は、テレビというデバイスの電源さえONにしていれば、勝手にコンテンツが流れてくることです。テレビの前にいるのがどんな人物なのかというのは関係ありません。コンテンツ制作者が、相手構わず配信するコンテンツを「プッシュ型コンテンツ」と呼びます。
一方ほとんどのインターネットのコンテンツは、必ず一番最初に「探す」というプロセスが入ります。いちばん典型的なのは動画配信でしょう。YouTubeで、なんか面白い動画がないかなーって思ったときは、YouTubeのトップのオススメのなかから選ぶか、キーワードを検索して見たりするのではないでしょうか。YouTubeは、「欲しいものしか配信しない」のが特徴で、こういうコンテンツを「プル型コンテンツ」と呼びます。
プッシュ型コンテンツの利用とプル型コンテンツの利用は、20歳代まではだいたいプル型コンテンツの利用が中心。30歳代はトントン、40歳代以上になると年齢が上がれば上がるほどプッシュ型コンテンツに依存しているのがわかります。
Jリーグを紹介するテレビが減ってくると、「プッシュ型コンテンツに時間を費やす層に届かなくなる」ということがわかります。
一方で、プル型コンテンツでは「最初から欲しいものにしか届かない」ということが問題です。
X(Twitter)を例にあげると、X(Twitter)で流れてくるツイートは以下の3種類です。
- その人がフォローしているユーザーのツイート
- フォローしているユーザーのリツイート
- プロモーション(広告)ツイート
だから、フォローしているユーザーが偏っていると、その偏りのせいで「凝り固まった考え方」になってしまう可能性があります。特定の志向を持っているユーザーは、その志向と同じユーザーをフォローしていると、あたかも世界のすべてが同じような志向であるかのように勘違いしてしまう可能性があります。プル型コンテンツの弱点はコレです。
ただ、特定の志向を持っているユーザーも、その志向のことしかツイートしないわけではないでしょう。目に付いたなにかに興味を持てば、それにリアクションを返すこともあるわけです。それがフォロワーに連鎖する。
X(Twitter)の特殊なところは「誰かが興味を持ってツイートまたはリツイートというアクションをしてくれる」ということで、それがフォロワーに伝播し、擬似的にプッシュ型コンテンツのように振る舞うことができるところです。
30歳代以下では、プル型コンテンツが中心になります。放っておくと「もともと興味のあるコンテンツ」にユーザーは引きこもってしまいます。
それは「ほかの誰か(フォローしてる人)が楽しんでいる、喜んでいる」コンテンツです。
公式サイトで、いくら「面白いですよ!楽しいですよ!」と言われてもなかなか腹落ちしないのではないでしょうか。でも誰かが「これめっちゃ面白かった!」って言われたら、ちょっと興味持ちますよね。
SNS起因で流行ったモノっていうのはいくらでもあります。
私たちは、名古屋グランパスを、そういうものにしていきたいです。だから大事なのは楽しそうな投稿であり、記事です。
そういうところを目指して行きますので、引き続きよろしくお願いします!




