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サッカーを「国技」に? それはシェアを分け合う話ではない #mond_grapodotnet

いただいた質問

鎌田発言から考える日本サッカーの未来について
鎌田発言から考える日本サッカーの未来について

スーパーレターありがとうございます。前回の「W杯優勝を目標に掲げるのは強豪国に失礼か」の記事の続きのような質問で、実はこれ、いただいてから何日か寝かせてしまいました。書き出しては消し、を何度かやっています。

というのも、読んだ直後にわたしが書こうとしていたのは「そうですよね、やっぱりサッカー人口を増やさないと」という、ごく普通の話だったのです。ところが根拠になる数字を調べていくうちに、どうもそれは違うぞ、となりました。

いまの結論はこうです。わたしはこれを「シェアをどう分け合うか」の問題だとは思っていません。 分け合う話にしてしまった時点で、たぶん答えを間違えます。

だいぶ遠回りをしますが、順番に書かせてください。

1. 鎌田選手が言っているのは「平均」ではなく「最上位」の話

元発言はこちらです。

ブラジルやアルゼンチンでは身体能力のある選手がみんなサッカーをやっていて、その中で競い合っている。日本は良くも悪くもいろいろなスポーツに散っている。鎌田選手はそういう言い方をしています。

最初に読んだとき、わたしは競技人口の話だと受け取りました。でも読み返すと、たぶん違います。彼が見ているのは人数ではなくて、その世代でいちばん身体能力の高い子がどこへ行ったか、です。

みなさんの中学にもいませんでしたか。学年で一番足が速くて、一番背が高くて、何をやらせても様になるやつ。日本では、そんな人が野球部に行ったり、陸上部に行ったり、水泳やバスケに行ったりします。ブラジルやアルゼンチンでは、その子が全員サッカー部に来る。鎌田選手の言う「土台の違い」は、たぶんそこの話です。

そう読むと、「サッカーをやる子どもを増やしましょう」という答えは的を外していることになります。競技人口が2倍になったところで、あの学年で一番の子が野球部に行っている限り、代表の天井は動かない。逆に人数が今のままでも、あの子たちを捕まえられれば天井は上がるわけです。

必要なのは母数ではなく捕捉率だと思うのです。そして勝負は、高校でも中学でもなく、その手前でついている気がしています。まだ何をやるか決まっていない、小学生のころです。

2. シェア争いの敵は他競技ではない

正直に言うと、この章がいちばん書きにくいところです。競技ごとの数字を並べると、たいてい殴り合いになりますので、丁寧にいきます。

まずサッカーです。JFAの選手登録者数は2014年の964,328人がピークで、2024年度は約84万人(※フットサルなど含む)。10年で13%ほど減りました。

他の主要な競技も、多くが2010年代半ばに山を越えて、そこから下り坂に入っています。ただ、各競技の減少率を並べて比べるのはやめておきます。競技によって「登録」や「部員」の数え方がまるで違うからです。

サッカーの登録者数は小学生からシニアまで、男女すべてを含んだ数字ですが、たとえば高校野球の部員数は、その名のとおり高校の、しかも硬式だけの数字です。切り取る範囲が違うものを並べて「あちらのほうが減っている」とやるのは、比べ方として乱暴でしょう。

言いたいのは順位ではなく、山を越えた時期がほぼ揃っている、ということです。もし奪い合った結果なら、どこかの競技は増えていなければおかしい。揃って減っているのなら、原因は競技の外側にあります。

いちばん大きいのは、身も蓋もない話ですが子どもの数です。

中学生生徒数(母数)の推移
中学生生徒数(母数)の推移

グラフ引用元: 【2025年更新】中学生の人数の推移に関する統計まとめ

そしてもうひとつ、部活の形そのものが変わりつつあります。笹川スポーツ財団の調査では、中学校期の運動部の活動日数が2017年の週5.7日から2023年は4.8日に減っています。ただしこれ、子どもが根性をなくしたせいだと読むのは早とちりです。2018年にスポーツ庁が休養日と活動時間の上限を示したことの効果だと、調査自体が分析しています。

そのうえで、放課後の時間の行き先は明らかに広がりました。スマートフォンでも動画でもゲームでも、ただ友達と過ごすことでも、部活以外の選択肢が普通にあります。これを嘆いても始まりません。むしろ週6日拘束することを前提にした部活の設計のほうが、時代に追いついていないのだと思います。

質問者の方が書かれた「複数のジャンルを応援サポートできるまでの余力が無い」というご指摘は、その通りだと思います。ただ、その余力を奪っている相手は他競技ではないと思うのです。

これは他競技のファンへの注文ではなく、自分たちへの話として書いています。わたしも含めてサッカーファンは、つい野球と比べたがります。その比べっこをしている間に、両方の競技から若い世代が抜けていった。振り返れば、そういう10年だったのではないでしょうか。

3. 人口の少ない国が勝てている、本当の理由

ここでよく引き合いに出されるのがクロアチアです。人口382万人。静岡県がおよそ350万人ですから、そこに少し足したくらいの国が、W杯でたびたび上位に食い込んでいます。ウルグアイも約340万人です。

ただ、この例を「だから母数は関係ない」の根拠に使うのは早計です。クロアチア国内でのサッカーの地位は日本より圧倒的に高く、鎌田選手の言う「土台がある側」の国だからです。「土台があるから勝てているんでしょう」と返されたら、それまでです。

ですので、人数の話はいったん脇に置きます。代わりに見たいのは、あの国の若い選手がどういう道を通っているかです。

わかりやすいのがディナモ・ザグレブです。国内では毎年のように優勝する強豪クラブなのですが、収益の柱は選手を売ることのほうにあります。

自前のアカデミーはU-8からU-19まで250人規模で、下にスクールも抱えています。2018年のW杯では、準優勝したクロアチア代表23人のうち10人がここを通っていました。ひとつのアカデミーからの人数としては、あの大会で最も多かったそうです。バルセロナでもバイエルンでもなく、ザグレブのクラブが、です。

面白いのは、自前で育てるだけでもないところです。国内の他クラブから有望な10代をかき集めてきますし、ダニ・オルモにいたってはバルセロナ下部組織から引き抜いて、数年後にライプツィヒへ売っています。育てる場所であると同時に、集めて磨いて欧州へ卸す問屋のような役回りを担っている。

だから国内リーグは、目指す場所ではなく、途中で乗り換える駅として回っています。ウルグアイも似た構造です。

日本はずっと逆でした。高校か大学を出てJに入り、レギュラーを取り、代表に定着して、それから欧州へ。うまくいっても20代の半ばです。同じだけの才能を持っていても、いちばん伸びる何年かをどこで過ごしたかが違う。向こうの19歳は欧州のトップリーグでもまれていて、こちらの19歳はJのベンチで出番を待っていた。この差は、人数では埋まりません。

もっとも、だから母数はいらない、という話でもないと思うのです。同じ数の才能を抱えていても、置き場所を間違えれば天井は下がる。逆に、人数が今のままでも置き場所を変えれば、まだ上がる余地がある。クロアチアが証明しているのはそちらのほうでしょう。

だとすると、考えるべきは増やすか守るかではなく、いま日本にいる才能をどこに置くか、ということになります。ようやくここから、ご質問へのお答えらしい話に入れます。

4. だとすれば、ひねるべき「つまみ」は3つ

前回の記事に、読者の方からこんなコメントをいただきました。「因果推論的に目標設定の議論は無意味で、中間変数に介入すべきだ」。

とても鋭いご指摘なのですが、言葉が少し硬いので、かみ砕かせてください。

「因果推論」というのは、ざっくり言えば何を変えたら結果が本当に変わるのかを切り分けて考える、という発想のことです。

たとえば、テストの点数を上げたいとします。ここで「次は100点を取るぞ」と宣言しても、点数そのものは1点も動きません。実際に動くのは、勉強のやり方を変えたときや、勉強する時間を増やしたときです。宣言はゴールをどこに置くかという話であって、点数を動かすつまみではないからです。

この「結果との間にあって、ひねると本当に結果が動くつまみ」のことを、専門用語では中間変数と呼びます。そして、そのつまみを実際にひねることを介入と言います。

つまりいただいたコメントは、「優勝を目標に掲げるかどうかを議論しても、それだけでは代表は強くならない。強くなるのは、その手前にあるつまみを実際にひねったときだけだ」ということです。まったくその通りだと思います。

そして今回の質問は、まさにそのつまみはどれなのかを聞いてくださっているのだと思うのです。「シェアをどう分け合うか」は、宣言と同じで、ひねってもたぶん結果が動かない。ではどこをひねれば動くのか。わたしは3つあると考えています。

(a) 入口 : 部活動の地域展開は、取りにいける局面

いまサッカー界にとって一番大きな話は、実は代表でもJリーグでもなく、部活動改革だと思っています。

2026年度から6年間が「改革実行期間」に位置づけられ、休日の部活動は原則すべて地域展開、平日も段階的に進めるという方針が国から示されました。神戸市は2026年9月から中学校の部活動を休日・平日ともに完全に終了し、地域クラブ活動へ移行します。伊丹市も2026年度中の完全移行を発表しています。

これは30年に一度の再配分イベントです。そして、全国津々浦々にクラブと有資格指導者を持ち、さらにJクラブのアカデミーとスクール網まで持っている競技となると、正直サッカーをおいて他に思いつきません。受け皿として真っ先に手を挙げられる立場にいます。

しかも、ここでサッカーには思わぬ追い風があります。笹川スポーツ財団の調査によれば、中学校期の休日の活動時間は、サッカーが2.7時間で最も短く、野球は4.0時間。高校期になると野球が6.6時間、サッカーは3.6時間です。

共働き世帯が当たり前になり、保護者の送迎負担や指導者の確保が地域移行の最大のネックになっている時代に、「そこまで時間を取らない競技」であることは相当に強い。守るどころか、シェアを取りにいける局面だと思うのです。

(b) 出口 : 送り出すことと、辞めさせないこと

ここはクロアチアの話と直結します。10代後半で世界最高強度に接続する導線を、どれだけ太くできるか。

そして、この原稿を書いている2026年の夏に限って言えば、その導線は目に見えて太くなってきています。

7月7日、FC東京の佐藤龍之介選手がバレンシアへ完全移籍しました。19歳です。契約は2031年までの5年間で、100年を超える歴史を持つクラブのトップチームでは初の日本人になります。22日のプレシーズン初戦、2部エルデンセ戦に先発すると、23分に浮かせたトラップから右足ボレーで先制点。スペインの『AS』は「特別な才能を持っている」と見出しを打ち、地元紙も試合の総評で彼ひとりを名指しで絶賛しました。

同じ7月、ガンバ大阪の山本天翔選手が18歳でドルトムントへ渡りました。契約上の主戦場はセカンドチームですが、18日のプレシーズン初戦で後半から出場し、いきなり2点に絡んで自分でも決めています。ニコ・コバチ監督は、木曜に初めて見たばかりだと前置きしたうえで、彼のトップチームへの道はむしろ開かれているべきだ、という趣旨のことを話しました。

そしてセレッソ大阪の石渡ネルソン選手が、21歳でシント=トロイデンへ。イングランド2部のクラブからも打診があったと報じられ、移籍金はセレッソのクラブ史上最高額になると報じられました。

わたしがここで注目したいのは、ゴールそのものよりも年齢と経路のほうです。

佐藤選手はFC東京の下部組織から16歳で飛び級のトップ昇格、岡山への武者修行を挟んで19歳で欧州へ。山本選手はガンバのアカデミーから18歳で。「Jで何年か実績を積み、代表に定着してから欧州へ」という、これまでの順番ではなくなってきました。Jリーグを踏み台にして10代のうちに出ていく形が、この夏いっぺんに目に見えるようになった。

このように欧州トップへの道筋は確立されつつあります。

ただし、手放しで喜べない話も2つあります。

ひとつは値段です。佐藤選手の移籍金は約400万ユーロ、7億円ほどと報じられました。山本選手には期限付き移籍フィーに150万ユーロ、およそ2億8000万円の買い取りオプションが付いているそうです。Jのクラブにとっては過去最高クラスの金額ですが、欧州のクラブから見れば、19歳の日本代表と18歳の逸材が数億円で買えるということでもあります。円安がその差をさらに広げています。

つまりいま起きているのは、日本の若手が正当に評価されはじめたという話であると同時に、まだ相当に安く買われているという話でもあるわけです。

もうひとつは、Jリーグにとっては普通に痛い、ということです。育てた選手が19歳で出ていけば、その選手が20代半ばにJで見せたはずのプレーを、わたしたちは国内では見られません。セレッソのサポーターは石渡選手をもっと見たかったはずですし、グランパスの選手で同じことが起きたら、わたしもたぶん喜びきれないと思います。

それでも、と思うのです。3章でクロアチアを持ち出した以上、「国内リーグは目的地ではなく通過点」という設計も一緒に引き受けることになります。都合のいいところだけ真似るわけにはいきません。Jが磨くべきなのは囲い込む力ではなく、出ていく年齢が前倒しになっても壊れない育成と、正当な値段を取る交渉力のほうだろうと思います。

そのうえで、浮かれすぎない注釈も付けておきます。ここまで挙げたのは全部プレシーズンの練習試合の話です。佐藤選手にいたっては、サラリーキャップの関係でラ・リーガの登録枠を確保できるかという報道まで出ています。渡ることと、出場し続けることは別の話です。導線が本当に太くなったと言えるのは、この3人が来年の今ごろもピッチに立っていたら、でしょう。

そして、辞めさせないこと

出口には、まったく別の意味がもうひとつあります。

日本は、高校で辞めてしまう人が多すぎます。JFAの登録者数を見ると、これがはっきり出ます。高校年代にあたる第2種は150,662人。たった3学年でこれだけいます。ところが大学生から社会人、シニアまでを全部足した第1種は123,805人しかいません。3学年分より、それ以降の全世代を合わせたほうが少ないのです。女子が別枠で集計されている分は割り引く必要がありますが、それにしても急な崖です。

前半で書いたような華やかな出口の裏側に、この寂しい出口があります。

そしてこれは競技力だけの話ではありません。20代で蹴らなくなった人は、たいてい30代で見にも来なくなります。プレーする場を残すことは、そのまま観客を残すことでもある。フットサルも含めて生涯続けられる設計にすることは、(a)で書いた地域クラブの受け皿づくりとも同じ一本の線でつながる、「観る人」を供給し続ける話でもあります。

(c) 女子 : サッカー界の内側で「純増」を作れる領域

もうひとつ、大きな伸びしろが残っているのが女子サッカーです。

2024年度末のJFA登録者を種別で見ると、第4種が253,840人、第3種が209,696人、第2種が150,662人、第1種が123,805人。これに対して女子は推計48,742人(第4種(混合)・第3種(混合)・第2種以降の累計)です。

男子に比べて女子がサッカーを始め、続けられる環境がまだ十分に整っていないことは確かでしょう。チームの数、指導者、練習場所、身近なロールモデルなど、入口を広げる余地は大きく残っています。

近年、女子選手の海外進出も増え、国内でもプロリーグ(WEリーグ)も発足しており、出口も整備されつつあります。女子がサッカーを選び、続けられる環境を整えることは、サッカー界全体の参加者を純増させる可能性が大きい取り組みです。

もちろん、女子も他のスポーツや習い事、放課後の過ごし方とは競合します。 しかしサッカーという選択肢がそこまで奇異なものではなくなってきているのは確かです。

「いまあるシェアをどう分けるか」ではなく、これまで十分に開けてこなかった入口を新しく開く。女子サッカーは、その代表的な領域だと思います。

5. 熱狂の手前には、365日がある

最後に、これは自戒も込めてです。

代表の成績が良ければ人気は保たれる、と考えたくなります。ただ、2002年も2010年も2018年も、あの盛り上がりは持続しませんでした。代表は入口を作りますが、定着は作らないのです。

「定着を作る」のは、地元のクラブです。年に何度も足を運ぶ場所があり、勝った負けたを日常として共有できる相手がいること。質問者の方が挙げられたアルゼンチンのあの熱狂も、その手前に地元クラブを応援する365日があってこそだと思うのです。

鎌田選手の言う「国技」を、わたしは「みんながサッカーだけをやる国」という意味には受け取っていません。サッカーが誰かの生活の一部として組み込まれている状態のことだと理解しています。だとすれば、それは代表の成績を待つ話ではなく、いま自分の街のクラブで作れる話です。

ですので、質問への答えはこうなります。

社会的シェアは、分け合ったり奪ったりして動くものではないと思います。

縮んでいく分母のなかで、才能の入口を押さえ、まだ手つかずの枠を開き、出口を太くする。そういった活動を愚直に続けていくこと。

そして代表という4年に1度の入口から入ってきてくれた人に、地元のクラブという居場所を用意する。やることはそれだけだと思います。

だからグラぽは、今日もグランパスの話をしています。

出典

About The Author

グラぽ編集長
大手コンピューターメーカーの人事部で人財育成に携わり、スピンアウト後は動態解析などの測定技術系やWebサイト構築などを主として担当する。またかつての縁で通信会社やWebメディアなどで講師として登壇することもあり。
名古屋グランパスとはJリーグ開幕前のナビスコカップからの縁。サッカーは地元市民リーグ、フットサルは地元チームで25年ほどプレーをしている。

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