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名古屋グランパスについて語り合うページ

太陽の守護神

2019年1月8日、生涯で最も憔悴する日が来てしまった。
楢崎正剛、現役引退。
私はその言葉を怖れてた。
受け入れるのがすぐにはできずにいた。
残留争いで苦悩した2018シーズン、彼の出場試合は0。
防げなかった失点にはたらればを何度も想像してしまった。
“もしも楢さんだったらーーー。”
ランゲラックや武田が勿論とても良いGKなのはサポーターである自分はよくわかっている。
彼らが防げなかった失点は他のGKも防げることは容易では無かった筈なのだ。
それでも、20年以上応援してきた選手に夢を見てしまう瞬間は多々あった。
自分は昔、応援していたチームが今とは違った。
まだ子供だった頃の話のことである。
父親が仕事関係でよく試合のチケットを頂いており、自分もよく母に連れて行って貰ったり子供だけで観に行ったりもしていた。
とは言っても年に数回の話ではあったが、これは後の私にはとても特別なきっかけとなる。
最初は満足にサッカーのルールもよくわかっていなかったが観る内に覚えていった。
様々なチームの試合を観たが、野球は横浜を応援していた関係もあり同じ横浜で好きなチームを揃えようとフリューゲルスに居場所が落ち着いた。
親に頼み込んでその内ひとりで三ツ沢にも足は向き、ゴール裏の楽しさを知ることになる。
ひとりで横浜まで行くだなんて当時の自分には大冒険だったしワクワクする楽しい時間だった。
試合に一喜一憂し、勝った時は周りの大人らと盛大に嬉しさを分かち合い負けた時は互いに悔しがり落ち込む。
そんなたまに行くあの場所が大好きだった。
そんな日々がこれからも続くんだろうと思っていた時だった。
事件が起きる。
「大変!フリエなくなっちゃうらしいよ。」
塾でよく話してた子にそんな話を聞いたのは秋の寒さが出始めた頃だった。
にわかに信じられずにニュースを観た。
嫌いだった新聞も読んだし兄が買ってきたスポーツ雑誌も読んだりした。
あの時の楢さんの絶望した表情で放った言葉が脳裏に焼き付いて離れない。
「もうあかんねんて。」
チームの消滅は神様みたいな手を持つあの人でも止めることができないんだ。
それを悟ってしまった時にただ泣いた。
それからチームはご存知の通りの快進撃を魅せることになるのは皆様も記憶に残っているだろうか。
1999年元日、天皇杯を優勝して横浜フリューゲルスは幕を下ろした。
当日はその場に行くことは叶わなかったがテレビの前で号泣したのは覚えている。
そこからフリエ以外なんてしばらく応援する気になれなかった私に運命の日が訪れる。
2000年、シドニー五輪が自宅のテレビで流れていた。


特に他に観たいものもなくて付けていただけのチャンネルだったが、試合途中で日本代表のGKとDFが衝突し、GKが着ていた黄色いユニフォームが血で真っ赤な模様ができてしまう。
この時のDFが中澤佑二、そしてGKがーーー。
「・・・ナラさん!?」
顔面とユニフォームが血に染まっていたその人は昔応援していたチームの神の様な大きな手を持つあの人で。
気付いたらテレビにかじりつく様な体勢になってそれを見届けた。
見終わってからあるひとつの願望が私にできる。
“名古屋グランパスエイトの試合が観てみたい”
当時のグランパスには楢さんの他にもフリエから山口素弘や呂比須ワグナーなどが移籍していて、何よりあのストイコビッチもいる。
まだ子供な自分でも興味を引くには充分過ぎる条件だった。
そこから楢さんをこれまで以上に、そしてグランパスを応援する様になった。
最初は関東のアウェーから行き始め、その内には夏休みや冬休みを利用してバイトもし、貯めたお金で遠征も頻繁ではないがする様になった。
私の目の前の真っ青なゴール裏だったはずの景色は、真っ赤が当たり前になっていた。
2002年のW杯では親に「今年の誕生日プレゼントを前倒しして貰えないか。」と、頼んで決して安くは無いGK代表ユニを買って貰ったりもした。
親にはとても頭が上がらないし感謝している。
背番号と名前は勿論、12NARAZAKI。
その内にトヨタスポーツセンターでサインを入れて貰ったこのユニフォームはボロボロになりサインが薄くなった今でも私には大切な宝物である。
まだポートメッセでファン感謝祭をやってた頃には楢さん本人から指名され舞台に上がったこともあった。
当時金髪だった私はよく目立ったのだと思う。
よくゴール裏でも待ち合わせの目印みたくされていた(笑)
舞台に上がった時の数々の若さゆえの無礼は今でも謝りたく記憶から消したい・・・いやでも忘れたくない出来事のひとつである。
翌日トヨスポへ出向き謝ったが楢さんはいつもの日だまりみたいな笑顔で「昨日はどうもな。」って出迎えてくれた。
太陽の様な人だと、そう思った。
2010年、優勝の瞬間の楢さんの笑顔は今まで見たこと無い位に輝いていた。


いつかは絶望していた表情の楢さんが、今こんなに嬉しそうな顔して笑っている、それだけで込み上げてくるものが山ほどあった。
あの時現地に行けた事は奇跡だったと感じている。
場所は三ツ沢では無かったけれど、自分にとっては神奈川県で優勝の瞬間が観れたことがとても嬉しく思えた。
そんな風にたくさんの想い出を重ねていった日々。
人間は哀しくも誰でも老いていくしいつかは灰になる。
ゴール裏から居なくなってしまった人もいる。
自分も実は人間関係でだが1度は居なくなった。
それでもまた観に行きたい、ゴール裏に戻りたいと思えたのは他ならぬ楢崎正剛のおかげだと感じている。
これからも私は名古屋グランパスを、応援していく。
そして何よりも引退を決め、新たなステージへと旅立つことを決めた楢崎正剛その人もーーーーー。
楢さん、24年間お疲れ様でした。
貴方はいつだって私の太陽でした。
そして、私達サポーターにとっての永遠に伝説な守護神はずっと貴方です。
本当にありがとうございました。

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skybaystarlight
たまに音楽フェスでユニ集合写真します。 現在色々あった為あまりフォロバしてません。ぼっち観嫌い。 De⚾(~2017#50) #21 #31 #54。diana Manami。Junon。 GRAMPUS⚽#1 。ALVARK🏀#3。 冬はスケヲタ(現役は羽生、 プロは小沼、浅見、荒川、佳菜子推し)。
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