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ジャージ姿の、楢崎正剛

楢崎正剛の引退について、なにかを語るのは気後れする、恐れ多い。

それほどまでに、名古屋サポーターにとって楢さんは特別な存在だ。いつも名古屋のゴール前には楢さんが君臨し、彼がいれば名古屋のゴールマウスは安泰だった。「最後は楢さんがなんとかしてくれる」、逆にいえば「楢さんが止められないなら仕方ない」。この感覚を、他チームのサポーターに理解してもらうのは、骨の折れる作業だろう。

でも私たちにとって、その感覚は当たり前だった。私たちが年齢を重ね、ステージを変え、子供から大人になっても、いつも名古屋のゴール前には当たり前のように楢さんが存在した。それは、フィールドプレーヤーとしてクラブ一筋でやってきた選手とは、また違う。私たちのゴールを最後の砦として守り続けてくれたあの姿は、唯一無二だった。

楢さんが引退すると正式に発表され、SNSは一日中、楢さんへの言葉で溢れかえった。全ての名古屋サポーターにとって彼は特別で、サポーターの数と同じだけ、彼への想い入れがある。それを代弁できる自信などないし、そもそもそう考えること自体、野暮というものだ。

引退が発表されてからというもの、連日、楢さんに関する記事が出回っている。なにより目についたものは、「この二年間、多くの試合に出場出来なかった事実」、これを同情的に捉えたものである。

この二年間を振り返ると、2016シーズンに名古屋は降格し、チームの体制も一新した。監督には風間八宏が就任し、それまでゴールキーパーに求められていた役割にも変化があった。具体的にいえば「足元の技術、ビルドアップの能力」である。

日々のトレーニングでは、ゴールキーパー陣がフィールドプレーヤーと同じメニューをこなす風景も当たり前になった。止めて蹴る練習もそうだし、ロンドだって参加する。ゴールを守る仕事は、この頃から「相手ゴールに向かうための最初の一人」という位置付けに変わっていった。二年間、風間八宏のサッカーを観てきて痛感するのは、彼のサッカーはある意味でビルドアップが全てだということ。だからこそ、ゴールキーパーに求められる役割は多岐に渡った。

2017シーズン、初めてのJ2の舞台でも、名古屋のゴールマウスには当たり前のように楢崎正剛が君臨した。ただ忘れもしない第17節、豊田スタジアムで開催されたツエーゲン金沢戦で、恐れていた事態は起きた。

前半ロスタイム。宮原からなんでもないバックパスを受けた。おそらく「繋がないといけない」、そんな意識が働いたのだろう。ほんのコンマ何秒か、蹴るタイミングを躊躇した。パスを出す場所がなく、結果としてロングボールを蹴ったときには、詰めてきた相手にそのボールが跳ね返り、信じがたいことに、そのボールはそのままゴールに吸い込まれた。

静まり返るスタジアム。あまりにもショッキングで、その信じがたい光景に私達は言葉を失ったし、誰よりも楢さん本人が、その事実を許すことが出来なかっただろう。

その後、試合が再開してもゴールポストを叩いたり、なにかを叫び、悔む楢さんの姿に、私は彼のプライドを見たような気がしていた。そのときですら、「楢さんのミスなら仕方ない」、私はそう思えたし、同じように責める気などなかったサポーターが殆どだっただろう。チームに適応するため、監督の要求に応えるためにチャレンジをし、生まれてしまったミス。ただ、楢崎正剛というゴールキーパーにとって、それは決して許すことが出来ないものだったに違いない。あのとき、スタジアムの観客席から観る楢崎正剛の姿は、そう言っているように思えてならなかった。
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その後怪我で離脱し、すぐさま復帰したものの、夏場の好調が嘘であったかのように失速したチームに巻き込まれ失点を重ねた楢さんは、皮肉にもアウェーの金沢戦後に、スタメンの座から退くこととなった。

私たちが何年もの間みてきた「ゴール前にあった当たり前の景色」は、その試合が最後となった。

そこからは、もうずっと見たことのない景色の連続だ。楢さん以外のゴールキーパーが名古屋のゴールマウスに立っていることも、もちろん試合前に楢さんのチャントを聞かなくなったことも、いつも彼がジャージ姿だったことも、試合後になんだか必死にチームを盛り上げようとしていてくれたことも。全部、全部、全部…もう当たり前のことではなかったし、楢さんもまた、そうやってこの二年間を過ごしていたのだと思う。

怪我の影響もあったでしょう。そのつらさがどれほどのものか、私たちには知る由もない。思ったように体が動かない、理想としている姿とのギャップ。慣れないサッカースタイル。若手や新加入選手の台頭。変わりゆく立場。ベンチからの景色。スタンドから見る仲間たちの勇姿。そして私たち、サポーターとの関わり方。

楢崎正剛は、この二年間も新しい自分と戦っていたことを、私たちはずっと見てきた。

可哀想じゃない。チームが悪いわけでも、監督が悪いわけでもない。

プロとして、超一流の選手として、日本人最高のゴールキーパーとして、彼は、そうやって日々、ずっと己と戦っていたんだと思う。

その結果として、42歳になった今、現役生活に幕を閉じたのだということを、一人のサポーターとして綴ることで、楢崎正剛のことを語りたいと思った。

今かける言葉があるとしたら、それは「可哀想だった」ではなく、「お疲れ様でした」なんだ。

楢崎正剛は、最後の最後まで戦い尽くした。

そして、最後の最後まで、楢崎正剛は「俺らの誇り」だった。

名古屋のゴールマウスを守り続けたその勇姿を、全てのグランパスサポーターはきっと忘れないだろうし、その魂のようなものは、ずっと名古屋のゴールマウスに宿り続けるのだと思う。

見慣れないジャージ姿で、試合後にサポーターの声援に応える姿が心苦しかった。きっと悔しいはずなのに、笑って場を盛り上げようとする姿が心苦しかった。

私たちにとって、それは決して当たり前の景色ではなかったから。やっぱり、名古屋のゴールマウスに立ちはだかる姿こそ、楢崎正剛には相応しい。

ジャージ姿、似合ってなかった。ビブス着てる姿とか、見たくなかった。

ほんと似合ってないんだけど、でも、大好きだった。

お疲れ様でした。本当に、お疲れ様でした。

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