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ジョアンシミッチ 名古屋の心臓であり、エンジンである

「チームの心臓であり、エンジンである」

風間八宏は、自チームのセントラルミッドフィルダーによくこんな例えを使う。攻撃の発信基地はここであると。
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今年、開幕から三連勝を遂げた名古屋グランパスにおいて、この重責を担っているのがブラジル人の新加入選手、ジョアン・シミッチである。
ブラジルの名門チーム、サンパウロ FCの育成部門からトップチームに昇格し、中心選手として活躍。世代別のブラジル代表にも選出されるほどの選手となった彼は、その後イタリアのアタランタに舞台を移し、遂にヨーロッパでも有数のリーグに挑戦するまでとなった。しかし怪我の影響もあり出番を失っていた彼は今シーズン、ポルトガルのプリメイラリーガに所属する『ジョルジュ・メンデスの工場』リオ・アヴェに期限付き移籍を果たす。今シーズンはチームでも最多出場数を誇るなど、中心選手として活躍していた。ちなみに彼の代理人は、かつて FCポルトやバルセロナで一時代を築いた名選手、デコである。

名古屋に話を戻そう。昨夏からチームに加入し、中心選手としてJ1残留に大きく貢献したエドゥアルド・ネットが、慢性的に抱えていたグロインペインと内転筋の負傷により、今オフの段階から長期的な離脱が予想されていた。風間八宏も高く評価するJ屈指のコンダクターの穴を埋めるべく、大森スポーツダイレクターが交渉を重ね、レギュラー番号である「8」を託すことに成功したのが、このジョアン・シミッチ(以下シミッチ)だ。

さて、なぜ名古屋は、いや、風間八宏はこのポジションに大きな拘りを見せるのか。

「型」がないからこそ必要な「チームの道標」

風間八宏論は、これまで幾度となく語られてきた。簡潔にいえば、「相手ではなく自分達のサッカーを貫くスタイル」とでも言えるだろうか。ただそれは決して「自分達のサッカー=相手は関係ない」という意味ではない。相手のやり方に合わせるのではなく、自分達がゲームの主導権を握った上で「相手を操る(コントロールする)」。その意味で、彼にとって「ゴールを攻略する」ことは、「相手を攻略する」と同義である。彼の代名詞に「止める蹴る」という言葉があるが、これも決してそれ自体が目的ではない。彼のサッカーにおいて、これは選手同士のコミュニケーション、一種の信号のようなものだ。「止める」の共通理解が次の受け手の動作に繋がり、そのタイミングで正確に足元へボールを届ける「蹴る」が存在する。これをいかに正確に、そして早く行うかが、彼のチームのスピードを決める。言ってしまえば、攻撃における明確なルールはそれだけといっても過言ではない。つまりこのチームにはパターンなど存在しない。白紙のピッチに線を描くのは、そこに立つ選手たちである。

このサッカーを体現するうえで、最も重要なポジションは何処であるか。それは間違いなくシミッチが担うセントラルミッドフィルダーだ。360°ピッチ上どの方向からも相手の圧力を受けるこの中央のエリアで、いかに相手に屈することなく、ボールを淀みなく循環させるか。

そしてもう一つ、白紙のピッチだからこそ、チーム全体にビジョンを与える選手が必要となる。早く攻めるのか、ゆっくり攻めるのか。縦に行くのか、横に揺さぶるのか。最短距離で行くのか、はたまた遠回りするのか。つまりゲームそのものをオーガナイズ出来る選手が、味方と前後左右に繋がることが出来、且つ全ての選手の中継地点となるピッチ中央にいるのが望ましい。

風間八宏は、これらの能力を総称して「目が速い」と表現するが、つまるところチームで最も目が良い人間が、このポジションにはいるべきなのである。そしてそれが今の名古屋グランパスにおけるシミッチへの評価と考えて良いだろう。

相手の「個」を攻略するために、相手の「ブロック」を動かす

これまでの内容を読み解くと、シミッチへのイメージは類い稀な技巧派という印象になるのではないだろうか。もちろんそれは決して間違いではない。ただ彼のプレースタイルで感心する点は他にもある。それは彼が併せ持つ機動力である。

先日の FC東京戦における名古屋グランパスの走行距離ランキングを見ると、シミッチがチームトップの11.3㎞である。この数値の原動力となっているのが、彼が繰り出す「左右の動き」だ。

味方がボールを保持すると、彼は必ずボールホルダーに対してパスコースの選択肢を提供する。ときに平行な位置で、またときには斜め後ろに立ち、必ずボールが貰える位置に顔を出す。その際、相手を背にしてボールを受けるシーンはほぼ皆無だ。自身が前を向いてボールを受けられる角度を必ず選択する。

ボールを受け取ると、相手のブロックを確認し、パスコースを選択する。優先順位はまず相手の最終ライン裏、次に楔を打ち込める縦のスペース、それらが空いていなければサイドを変えながら相手のブロックを動かし、穴を見つけようと試みる。特筆すべきは、縦に楔を打ち込めず相手のブロックを揺さぶる「横」の選択をした場合、必ずパスを出した後にボールのあるサイド側に移動を試みる、つまり貰い直しの動きを入れることである。常に自身が主体となって、崩しの絵を描く。そのために、ボールを貰う動きを止めることはない。必然、彼の走行距離は伸び、比例するようにボールのタッチ数も増えていく。この「出して、寄る」動きの量と質こそが、彼のプレーを支えるベースであり、チーム全体の屋台骨となる。とりわけ相手の「個」を破壊しようとする風間八宏のチームにおいて、相手の「ブロック」そのものと対峙できるシミッチの優れたプレービジョンがチームに与える価値は大きい。ともすれば狭いエリアで勝負をすることに固執しすぎるチームにおいて、まず広いエリアから支配するんだと、彼のプレーの一つ一つがチームに呼びかける。彼の仲間たちは、シミッチというピッチ上の指揮官の元、動いていく。その姿はさながらマエストロのようである。

ゴールまでの最短距離を実現する予測不可能な縦パス

また、彼が併せ持つ能力として、「キックの質」が挙げられる。ピッチの奥まで俯瞰の視点で相手の穴を見つけ出せる能力に加え、レンジの長いパスでも狙った位置へ正確に落とせるキックの質こそが、相手にとって最大の脅威となる。

特に名古屋の右サイド側に移動してボールを受けた際、彼から繰り出されるパスは予想不可能だ。左利きの彼が相手ゴールに対してオープンな状態でボールを持つと、逆サイドに展開することもあれば、ときには縦に楔を打ち込むこともある。しかも身体の角度と関係なく、足の振りだけでパスコースを変える技術を持ち合わせている。この能力によって生まれたゴールが、鳥栖戦における相馬勇紀のゴールである。

コンビを組む米本拓司との関係性

シミッチに欠けている部分があるとすれば、それは「縦」へのダイナミックな動きだ。ゲームをオーガナイズする卓越した能力とは裏腹に、彼が局面を打開するような「受け手」の役割を担うシーンは殆どない。つまり相手の裏に抜けたり、受け手の役割としてバイタルエリアに侵入してくる場面は限られたものだ。それを補っているのが、今シーズン、 FC東京から名古屋グランパスに加入し、シミッチとコンビを組んでいる米本拓司である。
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米本にシミッチのような能力はない。ただシミッチにはないこの「縦の動き」を彼が補うことで、名古屋の攻撃はバランスを保っている。

常に攻撃の合図を出す役割はシミッチが、逆に局面ごとで数的優位を作る受け手の役割を米本が引き受けることで、結果的にお互いの長所を引き出しあっている。攻撃における米本の最大の魅力は、このボールを前に前に運んでいくダイナミズムなプレースタイルにある。また、シミッチが繰り出す楔の縦パスは、当然ながら奪われると相手のカウンターの起点となる。その場面で、意図的にリスクマネジメントしているのもまた米本である。これらの場面におけるネガティブトランジションのスピード、強度で彼の右に出るものはいない。

攻撃に関して異なる特徴をもった二人ではあるが、守備に関しては非常に似た特徴を持っている。それは「前に強い」ことだ。

今シーズン、風間八宏はチームに一段と強気な姿勢を求めている。それが表れているのが相手のビルドアップの局面。積極的に前から相手を捕まえにいく。その鍵となっているのが、中央でコンビを組むこの二人の能力である。相手のビルドアップ時における名古屋グランパスのシステムは、ほぼ4-2-4と言っても過言ではない。つまり最も危険な中央エリアでボールを狩り取る役割は、この二人に託されている。それほどまでに彼らのボールを奪い切る対人能力は、今シーズンの名古屋グランパスのチーム戦術を遂行する上で、もはや欠かせないものとなっている。そしてその能力こそが、チーム戦術のベースになっている。

今後の課題はシミッチ対策をされたとき

これまで見てきた通り、シミッチはもはや名古屋グランパスに欠かすことの出来ない最重要ピースとなっている。全ての攻撃は彼から始まり、全ての選手がまず彼にボールを預けることを選択する。

そうなると、今後はどの対戦相手もまずシミッチを自由にしない対策を取ろうとするだろう。例えば第二節の対戦相手であるセレッソ大阪を率いるロティーナは、彼の左足をきることで、パスコースを限定しようと試みた。先日の FC東京でいえば、可能な範囲で永井謙佑にシミッチを監視するタスクを与えた上で、終盤はしっかりと自陣にブロックを敷き、ある程度シミッチにボールに触られても中央を締めることで、結果的に彼から中央の選択肢を奪おうと試みた。
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そして次節の対戦相手は、ミシャペトロビッチ率いるコンサドーレ札幌だ。明確に相手を意識して攻守でシステムを可変させてくるミシャが、例えばシミッチに特定の選手をぶつけてきたらどうだろうか。つまり相手が彼の役割を奪おうとした際に、コンビを組む米本拓司に何が出来るか。そしてチームがどう変化するのか。

シミッチの出来こそが、名古屋グランパスのバロメーターといえる。そしてもはや名古屋グランパスへの対策は、シミッチへの対策そのものなのである。

Comments & Trackbacks

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  1. シミッチからボールが奪われると即危険な形になってしまうにも関わらずシミッチは奪われやすい選手でもあるので今後はより繊細なリスク管理が求められるなって

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