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野球からサッカーに宗旨変えした私が名古屋グランパスに望む姿 #grampus

野球からサッカーに宗旨変えした私が名古屋グランパスに望む姿 #grampus

ファミリーの皆様

御無沙汰しております。コバヤシです。

気付けば2022年を迎え、丸1ヶ月が経過しようとしております。

改めて本年も宜しく御願いいたします。

簡単に近況報告をさせて下さい。

転職しまして、今月から新しい職場にて働いております。

オフィスは名駅徒歩圏内、久し振りの名古屋勤務です。

小さい会社での勤務ですが面白い仕事をしたいなと思っておりまして、

その辺りは進捗があれば何らかの形でオープンにしていきたいと思っております。

(もし一緒に働いて下さる方いらっしゃればDM下さい!)

コロナ禍が続いており、基礎疾患持ちの私としては過剰なまでの対策を心掛けておりました。

感染者が増えてからは大好きな会食を控え、また常日頃よりデスクにはMy高濃度アルコールを準備するなど力を入れて対策していた方だと思っております。

しかしオミクロン株の驚異は強く、とうとう私も陽性反応が出てしまいました。

21日にPCR検査で陽性反応が出て、即入院。

一応軽症の診断ではありましたが、風邪レベルの辛さではなかったですね……

現在は自宅療養で、もう少し隔離期間が続く予定です。

皆様も御自愛くださいませ。

以前の記事で、私が元々は野球ファンで今はサッカーを見る機会が圧倒的に増えたと書かせていただきました。

同じ様な境遇の方も少なくないみたいで色々と御声掛けを頂戴し、ありがとうございました。

今回は私が野球からサッカーへ宗旨変えした経緯と、そんな私が名古屋グランパスに望む姿について書かせていただこうと思います。

思い出話的なものが長くなりますので、前半部分は興味が沸かなければ流し読みしていただければと……

 ⇒後半部の”名古屋グランパスに望む姿”から御読み下さい!

 ⇒それでも長いと思う人は”最後に”だけ読んで下さい!

沖縄キャンプも始まり、少しずつ2022シーズンの開幕の足音が聞こえてきました。

本稿が、皆様のワクワクする気持ちに少しでも追い風を起こせたら嬉しいです。

胸を張ってドラゴンズファンを自認していた若き頃

10代の間に一番歌った歌は?

そう聞かれたら皆様は即答できますか?

私は”燃えよドラゴンズ!”と即答する自信があります。

それほど、しっかりドラゴンズを応援してきた自負があります。

私が野球を見始めたのは1998年、当時ドラゴンズが本拠地をナゴヤ球場からナゴヤドームへ移転し2年目のシーズンです。新しい球場ということで、なかなかチケットが取れなかったと記憶しております。

そんな頃に祖父か父親かが会社の取引先からチケットを譲り受け、そのチケットを手に小学1年生の私は母親に手を引かれナゴヤドームへ初めて足を運びました。

いまから20年以上前のことですが、その頃の光景や試合内容もしっかり覚えており、そこからテレビでも野球中継にかじりつくようになりました。

そして1999年のドラゴンズ優勝!

子供こそ強さに純粋に憧れるもので、こんな強いチームを応援している自分が誇らしくなり、その頃からドラゴンズファンとしてのアイデンティティが育まれたかと記憶しております。放課後は中日球団の野球帽を被り、グローブとバットを持って友人と日が暮れるまで空き地での野球に熱中する、普通の愛知県下の小学生でした。

そこからの数年は、ただ惰性で応援を続けておりました。

当時の監督が目の前の結果に一喜一憂し感情を大爆発させる人で、そんな監督に感化されたファンの一人であった私は、その日の勝敗となんとなくの順位表で喜びと悲しみを繰り返しておりました。

当時のサッカーとの関わり

小学生の頃、スポーツに関しては完全に野球しか頭になかったコバヤシ少年。

サッカーは学校の体育で触れる機会があるぐらいで、完全に興味はなかった(どちらかと言えば苦手意識が芽生えていた)と記憶しております。

そんな中で人生で初めてサッカーの試合をフルで見たのが、ピクシーの引退試合でした。

当時ストイコビッチという世界的な選手が名古屋グランパスに所属していて、そこで引退するというのはニュース等で知っていたと思います。

その引退試合、名古屋グランパスVSレッドスター・ベオグラード。どの様な形で観戦したかは全く記憶にないのですが、ピクシーが前後半それぞれのユニフォームを着て戦ったことと、大差を付けてグランパスが勝利した記憶だけが残っております。

名将との出会い

先述監督も成績不振で退任し、また後任の山田久志監督も結果を残せずという残念な状況が続いた2003年の秋、中日ドラゴンズは新監督に落合博満氏を迎えました。

当時私は小学6年生、落合博満の現役時代など知るはずもなく、また今と違いインターネットも未発達であり、周りから耳にするFAで讀賣へ移籍した裏切り者というイメージしか落合監督に抱くことが出来なかったと記憶しております。

その落合監督は就任会見で「1年目は補強しない、現有戦力で10%の底上げをすれば必ず優勝できる。」と明言し、実際にレギュラー格の選手を補強せずに優勝。有言実行で球団を優勝に導く姿に中学1年生の私は完全に心酔いたしました。そこから退任までの8年間、中学生・高校生・浪人生・大学入学後も落合信者として結果を残し続けるドラゴンズを心の底から応援しておりました。結果として落合監督は在任8年間で優勝4回日本一1回、そしてBクラス落ち(リーグ6チーム中4位以下でシーズンを終えること)が0回という驚異の成績を残しております。まさに黄金期であり、ファンとして非常に応援のしがいがある8年間でした。

因みに、元日刊スポーツの中日番記者でライターの鈴木忠平氏が、週刊文春に連載していた原稿を大幅に加筆し、”嫌われた監督”という本を書籍化・出版しています。連載中から話題沸騰、書籍も大ベストセラーとなっています。当時のドラゴンズを番記者目線で綴った面白い本なので、興味をもたれたら是非とも手にとってください。

落合監督はマスコミへ非協力的というイメージが作られておりましたが、私はそう思ったことは一度もありません。春季キャンプのタイミングやシーズンオフなど定期的にメディア出演したり、また試合後のコメントも読者が頭で考えればチームの意図が伝わる回答を行うなど、とても充実したメディア回答であったと個人的に評価しております。

落合監督のインタビュー等でシーズンを通して野球を見る方法や強いチームの作り方は、当時の私まで伝わっておりました。今まで目の前の試合結果に一喜一憂していたものを、負けて良いゲームの存在を明るみにすることで、シーズン終了後に順位表の一番上にいる為に何をすべきかを考え動いていたかということがヒシヒシと伝わってきておりました。

勝利第一主義、つまり優勝を目指すことを目標に掲げていた落合監督。落合監督は各試合やシーズンを通して主導権を握り続けることを非常に重要視していたと、当時も今も私は考えております。

主導権を握るために

グラぽという読者層の大半がグランパスファミリーのサイトで野球の話を長々とするのは申し訳ない気持ちになりますが、もう少し御付き合い下さいませ。

野球というスポーツは攻撃の機会が均等に与えられるスポーツで、その試合の負けが確定するまでに必ず少なくとも27度の攻撃の機会が与えられます。その均等な機会の中で如何に相手よりも上回った点数で試合を終えるかが鍵となる競技で、相手よりも多くの得点を奪うことを目的とする攻撃的な戦術と、また取れる得点よりも失点数を少なくすることを目的とする守備的な戦術があります。

一般的に見ていて面白いのは、間違いなく攻撃的な戦術です。ホームランは野球の華ですし、また試合中の盛り上がりも得点時がピークです。そんな中、落合監督は守備的な戦術を採用することが非常に多い監督でした。理由として、野球は攻撃側ではなく守備側が主導権を握るスポーツだからと私は推測しております。

野球はピッチャーがボールを投げなければ始まりません。ここから攻撃側は、実のところ受け身の態勢であるということが御理解いただけると思います。攻撃側は来たボールを打つことしか出来ず、これは非常に外部要因に左右されます。いかに素晴らしいスイングをしても、そこにボールが来なければボールにバットが当たることはないですし、またタイミングを合わせるという不確定要素も攻撃側より守備側にアドバンテージがあると捉えられる一因です。それらを落合監督は非常に重視しており、守備側の整備に力を入れていたと推測します。

また確率的に見ても、攻撃側より守備側の方が期待値は大きいのが現状です。

稀代のヒットメーカーであるイチロー選手ですら、打率(ヒットを打てる確率)は4割に届きません。つまり超一流プレーヤーでも、10回の攻撃の機会のうち6回以上はアウト(失敗)となるというのが現状です。

攻撃側の成功(ヒットなど)と守備側の成功(アウト)とを比べたとき、守備側の成功確率が攻撃側の成功確率よりも大きいという事実もあり、野球というスポーツは守備側が主導権を握るものと御理解いただけるかと存じます。

落合監督は勝利を勝利を追求するため主導権を握り続けることを目指し、その実現のため成功の可能性が高い選択肢を選び続け期待値の最大化をはかるべく動いていたと考えます。

これは野球に限ったことでなく他のスポーツでも共通した王道の必勝法であり、またスポーツに限らずビジネスなどでも通用する戦術であると私は考えます。このフレームを正しく理解し、そこに落とし込むことで成功の再現性が生まれるのではないでしょうか。

応援の終焉

2011年9月、中日球団はドラゴンズの優勝争い最中に監督交代を発表しました。

結果を残し続けている監督の事実上の解任は私の心を萎えさせるに十分な理由であり、また監督交代の理由もチームの弱体化を容認する様なものでありました。優勝がステークホルダーにとって満足度の最大公約数であると信じていた私は、そこに逆行する考えを全く認めることが出来ず、落合監督ラストイヤーも見事に優勝を決めたドラゴンズから距離を置きました。

監督退任後、落合さんへ講演のオファーが非常に多く、様々な機会で御講演されておりました。落合博満の考えに触れることに飢えていた私は関西地方の大学生でありながら、日本各地の落合さんの講演情報を仕入れ追っ掛けみたいなことをしておりましたw

スポーツ観戦という趣味を満たしたい

カリスマに弱い私

サッカーに興味が無かった私ですが、ピクシーの監督就任を機にスルーしていたスポーツニュースや各種新聞での名古屋グランパスの話題も追う様になりました。それでもスタジアムへ足を運ぶのはドラゴンズ戦ばかりであり、名古屋グランパスに思う気持ちとしては勝てたら嬉しいぐらいの感覚でした。

2010年、中日ドラゴンズがセントラル・リーグを制覇し優勝。同じ年に名古屋グランパスもJ1を制覇し、名古屋の街のスポーツ熱は非常に高かったと記憶しております。その年ぐらいから名古屋グランパスの情報取得量も増えてきており、2010年以降はどんな選手が在籍していて、どんなフォーメーションを採用しているかぐらいの知識が備わってきました。

これは頃合いを同じくしてサッカーゲームであるウイニング・イレブンにハマり出し、海外サッカーを少しだけ齧ってみたり、フォーメーションについて自分なりに考えたのもあります。

そんな中で先述の落合監督退任、勝つ気の無い中日球団に完全に愛想を尽かしました。そんな状態の私に”Never Give Up For The Win”を掲げ必死に勝ちに行く姿を見せるピクシーは、光り輝いて見えました。勝利への強い意欲にカリスマ性を感じ、そんなピクシー擁する名古屋グランパスを応援したいとの気持ちになりました。初めて、野球でなくサッカーをしっかり見てみようかなと思ったのはその頃です。

スポーツ観戦が趣味の私としては、野球を見ずに過ぎていく日常に飽き始めていました。若くして趣味を失うという経験は、とても心を折るものでした。

ポッカリと空いた穴を埋めるわけではないですが、飢えを凌ぐかの如く、ホームゲームのみに留まらずアウェイ遠征も行いグランパスの試合を見始めました。

*因みに自分でチケットを買って見に行った初めての試合は、あの2012年の豊田スタジアムでのガンバ大阪戦です……

勝利を目指す

御存知の通り、ピクシーは2013年シーズンを以て退任します。契約満了は非常に悲しかったと記憶しておりますが、それでもチームが停滞していて監督交代の理由として納得が出来た点と綺麗に別れることが出来た点は非常に素晴らしいと当時の私は強く思いました。

2010年はJ1制覇、翌2011年は首位と勝ち点1差の2位。しかしそれ以降は中位から脱出できず、優勝争いが出来ないシーズンが続きました。そこまでの情報があるわけでないので推測に過ぎない部分もあるのですが、順位的にも停滞感はあったのではないかなと思っております。

またピクシーとのお別れイベントも行われたと記憶しており、それがとても素敵だなと思った記憶もあります。落合監督とドラゴンズの別れ方が最悪だったため、去る者をリスペクトするグランパスに対して物凄く好感を覚えました。

勝利を追求するため、レジェンドと別れも辞さないクラブ。その姿を見て私は、これは応援するに相応しいチームだと思った記憶が蘇ります。クラブと選手とサポーターが一丸となって勝利を追い求める姿、これが私がドラゴンズファンからグランパスファミリーへと軸足を移す一番のポイントであったと思います。

惰性

そこでガッツリ、グランパスを応援するには至りませんでした。理由としては、落合さんが2013年のシーズンオフより中日に戻ってくることが発表されたからです。ただドラゴンズの監督ではなく、実質的には名誉職である球団のGM職への就任。中途半端なポジションでの復帰に中途半端な気持ちは拭えず、ドラゴンズもグランパスも中途半端に応援していたと思います。

野球場とサッカースタジアム、それぞれに足を運びましたがドラゴンズもグランパスも個人的に納得できる成績ではありませんでした。恥ずかしながら、このときの両チームへの応援は惰性であった気がしております。

愛されたいクラブのファミリーへ

降格危機と空中分解

ドラゴンズもグランパスも惰性で応援していた私ですが、グランパスがJ2降格危機を迎えたときは流石に応援に力が入りました。J1の座を守り続けているオリジナル10としての重みや、またJ2から簡単に上がれない古豪クラブの状況から、何が何でもJ1の座を死守すべきと考えておりました。ただ小倉さんの休養以降、ボスコさんと闘莉王の男気復帰など懸命にもがいたと思いますが残念ながら僅かの差でJ2降格を余儀なくされました。

J2降格が決まり、チームが空中分解する姿を見ているのは非常に辛かったです。辛いときに戻ってきてくれた仲間の契約満了、残りたいのに残れない主力、泥舟から脱出するかの如く急ぎ名古屋から離れた若きホープ……

降格することが、ここまでクラブを破壊するのかと思い知りました。この悲しさは恐らく忘れることのない感情でしょう。

革命サッカーに魅了されて

J2降格した名古屋グランパスは、新たな指揮官として風間八宏氏を監督に迎えました。当初は個人的にル・グエンあたりの大物外国人監督に立て直しを期待したいを持っていたので、この監督に決まったときに嬉しい感情も悲しい感情も特段湧き出なかったと記憶しております。

この頃クラブ内部も社長交代に伴い、新しい風が吹き始めました。マーケティングに注力したりと様々な努力をされたクラブですが、素人の私には次の2点が刺さりました。

・どういうサッカーを展開したいかを分かりやすく周知する

・ビジョンやサクセスストーリーを発信する

様々なクラブからの情報発信で、どうして風間監督が攻撃的なサッカーを標榜するかを理解するベース知識を得ることが出来ました。加えて、このグラぽの記事で様々な解説記事や考察記事が掲載され、素人ながらにクラブが目指す方向性などの理解度が深まりました。

因みにですが私がグラぽで寄稿させていただく最大の理由は、この恩返しです。後述しますが、グラぽの解説記事で読んだ一文が私のサッカー観を定めてくださいました。その運命の出会いは、とても大きな財産です。無償で受けたこの財産の対価として、少しでもグラぽ先生の御役に立てるならとの気持ちで拙文を寄稿させていただいております。

風間監督の目指すサッカーが私のサッカー観と合致し、またクラブの発信するビジョンや目指すストーリーに共感したので、私は2017年から本格的にグランパスを応援しようと強く思いました。翌年からはファンクラブに入会し、入会以降ゴールド会員継続中です。いつかはプラチナ会員になりたいと自分自身に鞭を打ち、給料を上げるため必死に業務に励んでおりますw

そして1年でのJ1復帰が決まる試合も生で見ることが出来、並のグランパスファミリーに一歩近付けたかと思い始めました。2018年はギリギリで残留を決め、さて来年こそは優勝争いをと思っておりました。

ビジョンと現実と

2019年9月、成績不振を理由にクラブは風間監督との契約を中途解除しました。監督の目指すサッカー観が私のサッカー観と合致し、またクラブの描くビジョンに共感していたので、そのタイミングでの監督交代は私として強く反対いたしました。

加えてクラブの努力により増えてきたグランパスファミリーも、風間監督の元でJ2に降格したとしても目指すサッカーの達成に向け突き進んで欲しいという雰囲気も生まれ始めていたと私は捉えております。

実際に降格の辛い経験を当事者として味わったクラブスタッフや長年のサポーター的に、二度と降格をしたくないという強い気持ちがあることを蔑ろにするつもりはありません。しかし、あのときのグランパスを取り巻く雰囲気は、どちらかと言えば”降格したとしても再び頑張ろう”といったムードが醸成されていたのではと感じております。これはグランパスファミリーの大きな強みと個人的に捉えていただけに、降格回避のための監督交代はタイミングも含め非常に納得のできないものでした。

後任監督はマッシモ・フィッカデンティ。今までと異なるサッカーを是とし、結果に拘る指揮官でした。事実1年目には残留、2年目にはACL圏内でのフィニッシュ、3年目にはタイトル獲得と求められた最低限の仕事は出来ていたとの評価を受けて妥当と考えます。個人的にマッシモには、タイトル獲得という大仕事を成し遂げた男への尊敬の気持ちを持っております。

ただ求めるゴールが合っているのかと、個人的に疑問に思っておりました。クラブから発せられるメッセージが弱く感じられ、また醸成された一体感も薄まってきたのかなと感じておりました。

名古屋グランパスに望む姿

小西社長のの掲げるミッションとビジョン

小西さんが名古屋グランパスの社長に就任して約1年が経過した2018年4月、社長連載というかたちでINSIDE GRAMPUSに名古屋グランパスの掲げるミッションとビジョンについて言及した記事が掲載されました。約4年前の少し古い記事ではありますが、この記事は間違いなく全ファミリー必読だと思っております。無料で読むことが出来ますので、是非とも御読みいただければと存じます。

そちらの記事から小西社長の考えを読み取ることが出来、名古屋グランパスのミッション及びビジョンが次の通りであると考えられます。

<ミッション>

  • グランパスを世界に通じるクラブに

<ビジョン>

  • 強く、見ていて楽しいサッカーを展開する
  • 応援いただける町いちばんのクラブになる
  • 安定的な経営基盤を築いていく

これらは非常に素晴らしいミッション・ビジョンであると、私は考えております。

昨年1月のこちらの記事昨年12月のこちらの記事より、小西社長が今も同様のビジョンを掲げ続けていることが読み取れます。この継続性は評価したいところであり、ここがブレるときは本格的な危機であるかと考えております。

勝利がステークホルダーに与える幸福感の最大公約数であり、その積み重ねが世界へ通じるクラブへと進化させるという流れは非常に納得感があります。その勝利を呼び込むため、3つのビジョンの達成が必要不可欠であるというフローも非常に論理的です。

ここからミッションを達成するためのビジョンを、コバヤシ的に深堀りしたいと思います。

強く、見ていて楽しいサッカーを展開する

前段の”強く”ですが、これは安定した好成績を指し示しているものと考えます。

安定した好成績を叩き出すには、先述の通り常にゲームの主導権を握り続ける必要があると私は考えております。サッカーは野球と異なり、攻守が常に入れ替わる可能性があるスポーツです。野球は守備側が主導権を握るスポーツと御理解いただきましたが、サッカーは攻撃側も守備側も主導権を握れる非常に不安定なスポーツであると私は認識しております。しかし攻撃側と守備側、どちらがローリスクで主導権を握れるかを問われると私は攻撃側ではないかと考えます。

守備側が主導権を握る展開というのは、相手にボールを持たせる状況を指し示します。全く前進できない各駅停車のパス回しを相手にさせている状況は、まさしく守備側が主導権を握るものです。このとき恐らく、攻撃側は敵陣でのパス回しになっているかと存じます。そうなるとディフェンスラインを突破されゴールを決められるリスクが生じ、この状態が高いリスクを孕んだ状態であると考えることが出来るのではないのでしょうか。

以前グラぽに掲載された記事で”ボールを保持している間に失点することはない”との要旨の一節に出会い、その言葉に私は完全に痺れました。どうして風間監督が攻撃的なサッカーを展開するかを御説明いただく記事だったと思うのですが、その理由が非常に納得できるものでして私のサッカー観が築かれました。

 ⇒恐らくこちらの記事であった記憶が……

  ⇒極端なことを言えばボールを保持し続けている限りは攻められない。でも相手はボールを奪いにくるよね。じゃあボールを奪われないようにもっと上手くならなきゃ駄目だよね。

よって攻撃的なサッカーで主導権を握ることが、ローリスクで安定した好成績を叩き出す方法と私は考えております。

また下段の”見ていて楽しいサッカー”ですが、まさにこれは攻撃的なサッカーを言い換えたものだと考えております。

何十年もサッカーに接された方から初めてスタジアムへ足を運ぶ方まで、様々なファミリーが名古屋グランパスの試合を見ます。それらのファミリーが共通して楽しいと思う瞬間は、ゴールシーンではないのでしょうか。ゴールが決まり得点が動くというのは一番分かりやすいハイライトで、かつスタジアムが一番盛り上がる瞬間です。この体験を多く与えることが、ファンの定着に繋がります。

これらから”強く、見ていて楽しいサッカー”というのは攻撃的なサッカーであり、風間監督からフィッカデンティ監督への監督交代は、このビジョンに反する恐れが大きいと思い反対しておりました。

案の定、このビジョンに対しては数年間あまり満足できる状態ではないと考えております。長谷川新監督が、このビジョンを達成するための動きをしてくれることを願ってやみません。

応援いただける町いちばんのクラブになる

この記事で小西社長は、町いちばんのクラブになるために”満員のスタジアムを目指す”ことと”スタジアムで創り出す一体感や熱を試合がない日も町の皆さまに感じていただく”ことを目標として掲げております。

ここに関しては現在コロナ禍ということもあり成果を図りづらいところでありますが、まず”満員のスタジアム”に関しては風間監督のサッカーで一瞬は目標達成できたと考えております。しかし”スタジアムで創り出す一体感や熱を試合がない日も町の皆さまに感じていただく”に関しては完全に道半ばでしょう。

グラぽ先生も携わられたこちらの特集で、どうして豊田スタジアムを満員に出来たのかが様々な視点から迫られています。本当にクラブ一丸となって、またファミリーを巻き込んで、物凄い空間を作ったなと改めて感じます。現地で私も観戦しておりましたが、あのモーメントは今でも偶に夢で見るほど素晴らしいものでした。

ただ現在、以前よりチケットを買いやすくなった感は否めないと思います。恒久的にスタジアムを満員にするため、”強く、見ていて楽しいサッカー”を貫いて欲しいと思います。満員のスタジアムが続けば、その先に”スタジアムで創り出す一体感や熱を試合がない日も町の皆さまに感じていただく”状態を作り出すことが出来ると信じております。

安定的な経営基盤を築いていく

手前味噌で恐縮ですが、私が以前勤めていた会社の社長が非常に良いことを言っておりました。売上は御客様からの信頼の証であると。

強く、見ていて楽しいサッカーでファミリー(ファンに限らずスポンサーも含む)の層を広げ、スタジアムをファミリーで満員にすることでクラブに売上が入る。その売上で、更にレベルの高いサッカーの為への再投資を行う。これが小西社長が思い描く理想のスパイラルです。事業を成長させるために、この方向性を突き進む点において一切の不安は無いと私は考えます。

町いちばんのクラブのポテンシャルとケイパビリティ

名古屋グランパスは、世界的大企業のトヨタ自動車が親会社です。トヨタ自動車の豊田章男社長は以前、名古屋グランパスの会長時代に記者会見で「私は財布ではありません」とジョークとも本音とも取れる回答をしたことを記憶している方は少なくないかと存じます。この言葉を私は「今の名古屋グランパスはトヨタグループの投資対象ではない」と受け取りました。本当にグランパスが困ったときにトヨタ自動車が見捨てるとは思えませんし、ヨーロッパでも事業を展開するトヨタ自動車にとって、サッカークラブを保有しているということは一つのステイタスである通り大切な存在であることは間違いありません。

では、どんなときに名古屋グランパスはトヨタにとって投資対象となるのか。これは間違いなく、クラブが世界に通じるポテンシャルが備わったと判断されたときではないでしょうか。冷静に現在の名古屋グランパスの立ち位置を見ますと、非常に不安定なクラブだと思っております。力が無いわけではないものの、安定した好成績を残せていることもない。ACL挑戦権を安定的に掴めないクラブといった評価が、残念ながら妥当なものと思われます。

このクラブのポテンシャルとケイパビリティを考えたとき、こんなところで足踏みをしているのは力を出し切れていないと考えております。

小西さんが社長に就任してから、以前のような迷走を見せることは明らかに減ったと思います。ビジネスマンとしての小西さんの御力が、非常によく発揮されていると存じます。いつまでも小西さんが社長であり続けるとは限らないので、このタイミングでクラブが大きく成長するしかないと思っております。

名古屋グランパスかくあるべき

最後になりましたが、本稿の主題であります名古屋グランパスに望む姿は次の通りです。

ミッションとビジョンを達成するために動き続ける

私は名古屋グランパスが掲げるミッションとビジョンが、とても素晴らしいものと考えております。これらはステークホルダーの幸福度の最大公約数を常に追求しており、クラブに接する全てのファミリーがグランパスを通じて幸せになることが出来る青写真を描いております。

クラブが本気でファミリーに寄り添うミッションとビジョンを掲げているからこそ、私も心の底から名古屋グランパスを応援できます。この関係性を多くのファミリーと築くことで、名古屋グランパスを取り巻くコミュニティは非常に大きくなり、そしてクラブの掲げるビジョンの達成、ミッションの達成に近付くでしょう。

最後に

いつも通り長々と書かせていただきましたが、ざっくり本稿の要旨を3行で纏めますと

  • 中日ドラゴンズはファンの幸福度の最大公約数である勝利第一主義を捨てたから萎えた
  • 名古屋グランパスが試行錯誤しながらも勝利を常に求めていたところに共感し応援したいと思った
  • 今のミッションとビジョンは素晴らしいからクラブは常に意識した行動をすべき

……と言ったところになります。文章を纏める力がないのが恥ずかしいですw

スポーツチームであれ芸能人であれ対象が何であろうと、応援する理由なんて何でも良いと思ってます。また、そこに求める姿も自由で良いかなと思っております。応援する理由は聖域であり、他の方が違う理由で何かを応援することを否定することは許されないと思っております。

ただ自分が、どうして応援するかを言語化できるって素晴らしいことかなと思っております。応援する理由に自分自身が納得できていれば応援も更に熱が入ると思いますし、また応援することに違和感を感じた際に自分の思い描いている理想と現状との間に存在するギャップを見付けやすいのもメリットかなと考えております。

宜しければ、読者の皆様が名古屋グランパスを応援する理由や名古屋グランパスに望む姿がありましたらコメント等で教えて下さい!

それで読者間に共感の輪が広がり、グラぽコミュニティーがより強固なものになれば執筆者冥利に尽きます。

長々と御読みいただき、ありがとうございました。

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About The Author

KobayashiMikio
M.Kobayashi
通信業界を経て、Rの血を引く某人材系企業で様々な職務に携わる。現在は経営についての知識や知見を増やそうと、必死にもがいてます。
趣味はディズニー・旅行・カメラなど……
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