らいかーるとさんの新刊『アナリシス・ブレイン』が刊行されました。
この機会に、前作『アナリシス・アイ』と『アナリシス・ブレイン』を読み、その内容を単純な書籍紹介ではなく、「名古屋グランパスに置き換えるとどう見えるのか」という視点でかみ砕いていこうと思います。
本シリーズでは、開幕までの間、『アナリシス・アイ』と『アナリシス・ブレイン』を手がかりに、サッカーを見るための視点、そして名古屋グランパスを見るための補助線を整理していきます。
第2章では攻撃について見て行きます。アナリシス・アイで語られた部分もありますが、アナリシス・アイとの書き方と同じところ、ニュアンスが変わって来ているところについても楽しんでください。
なお、この記事にアフィリエイトの意図はありません。グラぽの記事ややわらかめコラムを読む目も変わってくる本だと思いますので、興味を持った方はぜひオリジナルを手に取ってみてください。
アナリシス・ブレイン ~サッカーの面白い戦術分析の視座、手に入れよう~(小学館新書)
- らいかーるとさん:らいかーると
- 出版:小学館新書(2026年)
アナリシス・アイの記事はこちら
※ちなみに、アナリシス・ブレイン執筆当時は325が流行でしたが、2026年北中米ワールドカップではまた様子が変わってきています。そのあたりはまた別途取り上げます。
「配置」から「立ち位置」へ 前編:立ち位置の文法
前回、フリーマンの登場によって「配置を読む」だけでは足りなくなった、という話をしました。ではその先に、何を見ればいいのでしょうか。「アナリシス・ブレイン」が用意している答えが、「立ち位置」という観点です。
スペインには「サッカーに純粋な1対1は存在しない」という考え方があるそうです。一見1対1に見える場面でも、周りにいる味方や相手の位置が、必ずその勝負に影響している。だとすると、試合を見るときに大事なのは「その場面を、どこまでの広さで切り取って見るか」ということになります。そのために必要なのが、一人ひとりが「なぜそこに立っているのか」を読み取る力です。
大前提:良い立ち位置とは「チームの得になる」立ち位置
立ち位置とは、文字どおり、選手がピッチのどこに立っているかということです。サッカー用語ではポジショニングと呼ばれます。
では、良い立ち位置とは何でしょうか。基準はシンプルで、チームの得になっているかどうか、これだけです。たとえばボールの近くに選手が固まっていると、一見バランスが悪く見えます。でも、それでチームがうまく回っているなら、何の問題もありません。見た目の美しさではなく、実際に機能しているかどうかで判断します。
もうひとつ大事なのは、正解がその場の状況で変わることです。ボールを持っている味方に余裕があるなら、思い切って相手の背後を狙えます。味方が相手に追い回されているなら、背後を狙うより近くに寄って助けるべきです。今にもボールを失いそうなら、とにかく駆けつけるのが最優先になります。同じ選手の同じ立ち位置でも、ボール周辺の状況次第で、良い立ち位置にも悪い立ち位置にもなるのです。
相手一人に対して、どこに立つか:手前・真横・奥
その前提のうえで、目の前の相手に対してどの位置に立つか。選択肢は大きく3つあります。
手前に立つのは、攻撃をやり直したいときや、味方に落ち着いてボールを持たせたいときです。相手のプレッシャーが強い場面で、逃げ道を作ってあげるサポートです。
真横に立つのは、相手の守備ラインを突破したいときです。ボール保持者に余裕がある場面で使われ、2対1の形を作るのに向いています。ここで勝負を分けるのが、受ける選手の身体の向きです。受けた瞬間に前を向けるかどうかで、攻撃が一気に加速するかが決まります。
奥に立つのは、相手の背後で受けて一発で局面をひっくり返したいときです。相手のラインが高いときやカウンターの場面で威力を発揮します。ただし背後ばかり狙っていると、別の相手に捕まったり、パスコースそのものを消されたりします。相手に奪われない角度を保つことが条件になります。
この3つは、ボールを持つ味方からパスを受ける際、目の前の相手に対して自分がどう立つかという、対戦相手を交えた関係の話です。 そしてここに、もうひとつ面白い視点が加わります。受け手側は、ほんの数歩動くだけで「自分をマークする相手」を変えられるのです。動いてフリーになることもできるし、あえて相手を自分に引きつけて、味方のためにスペースを空けることもできる。どの相手に自分を見張らせるかを、自分で選べるということです。
チーム全体に対して、どこに立つか:幅・深さ・脇・ゲート
次は、相手一人ではなく、相手チーム全体に対する立ち位置です。代表的な4つを見ていきます。
幅は、サイドいっぱいに開いて立つことです。目的は、相手の守備を横に引き伸ばして、中央にスペースを作ること。相手との距離は問題ではなく、そこに立っていること自体に意味があります。ただし、この役割にはひとつ切ない側面があります。相手を引きつけている以上、自分にはなかなかボールが来ないのです。チームのためになっているのに、本人はボールに触れない。縁の下の力持ちのような立ち位置です。
深さは、相手の裏を狙い続けて、DFラインを押し下げることです。ラインが下がれば、相手のMFとDFの間が広がり、味方が使えるスペースが生まれます。この役割に必要なのは忍耐です。ボールが出てこなくても、何度も走り直し、何度も裏を狙い続ける。ハイレベルな選手ほど、この地味な繰り返しを飽きずにやり続けるといいます。
脇は、相手の守備ブロックの『脇』(スライドが間に合わない外側のエリア、またはマークの視野の外側)に立つことです。 相手の視界から一度消えて、ふっと真横に現れてボールを受け、そのまま前へ運んでいく。近年よく見られるプレーです。幅や深さと違って、自分がボールを受けることが目的なので、相手との距離感が生命線になります。
ゲート(ギャップ)は、相手と相手の間に立つことです。そこでボールを受けられれば、一度に2人を置き去りにできるので、最も効率の良い立ち位置と言えるかもしれません。狙い目は2トップの間や、DFとMFの間です。同じゲートでも、その手前で受けるのか、真ん中で受けるのか、奥へ抜けるのかで意味が変わってきます。
そして見落としがちなのが、横向きのゲートです。ゲートというと縦方向の間ばかり想像しますが、相手のSBとSHの間、つまりサイド方向にも「間」はあります。縦方向のゲートは相手も警戒していますが、横方向のゲートはノーマークになりやすい。試合を見るとき、この横向きの間に誰が立っているかに注目すると、新しい発見があるはずです。
グランパスでは? WBの「幅」を正しく評価する
前編で整理した立ち位置の文法を、グランパスに当てはめてみましょう。すると、ミシャ式で誰がどんな役割を担っているのかが、はっきりと見えてきます。
まず、両WBが担っているのは幅です。
WBが何度も大外を上下動しているのに、なかなかボールが入らない試合があります。そんなとき、私たちはつい「あの選手、今日はあまり目立っていないな」と思ってしまいがちです。でも、少し待ってください。彼が大外に張っているおかげで相手の守備が外に広がり、中央にスペースが生まれているのだとしたら、それは立派なチームへの貢献です。パス本数にもドリブル成功数にも表れない仕事が、そこにはあります。
前編で見たとおり、幅を取る選手とは「チームの得になっているのに、自分にはボールが来ない」役割を引き受けている選手です。数字に出ない働きを、「なぜそこに立っているのか」という意図から読み取って評価する。これは、グラぽが大切にしたい選手の見方そのものです。
次に、CFやシャドーが担うのが深さです。ボールに絡めない時間が長く続いていても、繰り返し裏を狙ってDFラインを押し下げていれば、その我慢が相手のDFとMFの間にスペースを生んでいます。何度も走り直す姿は、けっして無駄ではありません。むしろ、その走り直しの回数こそが、味方のプレーしやすさを支えています。
そして2枚のシャドーは、典型的なゲートの住人です。相手のDFとMFの間で受けて、一気に2人を置き去りにする。あるいは、自分がマークを引きつけることで、味方のための別のルートを開ける。
これまで「フリーマン」や「位置的優位」という言葉で大づかみに語ってきたシャドーの仕事も、この文法を使えばもっと細かく見られます。今日のシャドーは、ゲートの手前で受けているのか。ちょうど真ん中で受けているのか。それとも奥まで抜け出しているのか。同じ「ライン間で受ける」に見えるプレーでも、その一歩の違いに意図が宿っています。
さらに、前編の最後に触れた横向きのゲートは、崩しの場面に直結します。相手のSBとSHの間に、WBやシャドーが斜めに入り込んで受ける形です。縦方向のゲートは相手も警戒していますが、横方向のゲートはノーマークになりやすい。
グランパスの崩しが手詰まりになる試合は、もしかすると縦方向のゲートばかりを狙っていて、相手に読まれているのかもしれない。そんな仮説を持ちながら見ると、試合の見え方がぐっと変わってきます。
結論:意思疎通がすべて
立ち位置の話の締めくくりとして、大事なことをひとつ。どんなに良い場所に立っても、ボールを持っている味方がその意味に気づかなければ、パスは出てきません。立ち位置は、立った本人と、それを使う味方との共同作業なのです。だからこそ、周りの立ち位置の意味を理解すること、そして「どこに立ってほしいか」を伝え合うことが欠かせません。それができたとき、立ち位置の工夫は足し算以上の力を発揮します。
第1章で見た「位置的優位は、意図が味方に共有されて初めて成立する」という話と、これは同じことを言っています。ミシャ式の良い日と悪い日の差は、結局ここに行き着くのだと思います。
「配置」から「立ち位置」へ 中編:「あらわれる」と「いなくなる」
立ち位置の文法を手に入れたところで、それが実際のビルドアップでどう使われているかを見ていきます。ここが第2章のハイライトです。
マンマーク時代でも、繋ぐことはやめない
現代サッカーはマンマークが主流になり、「後ろは人数が余っているから安全に繋げる」という、ビルドアップの大前提が崩れつつあります。それでも、多くのチームはボールを繋ぐことをやめていません。ロングボールという選択肢は当たり前になりましたが、ゴールキックのたびに前へ蹴っ飛ばすチームばかりになったわけではないのです。試合のペースを自分たちで握るには、やはりボールを持つ必要があるからです。
そんな時代でも変わらず価値があるのが、ボールを運べるCBです。余裕を持ったCBが前へドリブルで運べば、相手は誰かが出ていかざるを得ません。出てきた相手の分だけ、どこかで味方がフリーになります。運ぶこと自体が、味方を助けるプレーなのです。
「あらわれる」と「いなくなる」
そのうえで、いま最も注目すべき動きが、この2つです。
「あらわれる」は、前線の選手が組み立てを助けるために、自陣に顔を出す動きです。後ろの人数が決まっている現代のチームでは、行き詰まったときに前から一人下りてきて、人数を増やします。守る側からすると悩ましい動きです。下りていく選手に、どこまでついていけばいいのか。深追いすれば自分の持ち場が空き、放っておけばフリーで受けられてしまいます。
「いなくなる」は、その逆です。後ろで組み立てている選手が、マークに捕まったまま同じ場所に立ち続けていても、パスの受け皿にはなれません。だったら、その場から消えてしまえばいい。すると相手は、ついていくか、その場に残るかの選択を迫られます。
そして、ここからが美しいところです。相手がマンマークの流儀どおりについていけば、そのエリアは空っぽになります。その空っぽになった場所に、別の誰かが「あらわれる」。消えては現れ、現れては消える。この繰り返しが、ボール保持を安定させていくのです。
ちなみにフットサルの世界では、この「いなくなる」を「ぬける」と呼ぶそうです。競技は違えど、同じ知恵にたどり着いているのが面白いところです。
CFがゴール前から連れ去られる
「いなくなる」には、愉快な副作用があります。CBが持ち場を離れる動きに相手がマンマークでついてくると、相手のCFがゴール前からいなくなってしまうのです。
想像してみてください。守備を頑張ってCBを追いかけ回したあげく、いざ味方がボールを奪った瞬間、肝心のエースCFである自分はゴールからはるか遠くにいる。CFにとって、こんなに悲しいことはありません。つまりCBの「いなくなる」は、ボールを繋ぐためだけでなく、相手のエースをゴール前から引き剥がす効果まで持っているのです。
この「あらわれる」と「いなくなる」を極めたチームになると、3バックが次々と持ち場を離れ、入れ替わりに中盤の選手が最終ラインに現れて、いつのまにか後ろの顔ぶれが総入れ替えになっている、ということまで起こります。
誰をフリーにするための設計か
ここで、チームごとの設計思想の違いが見えてきます。
「あらわれる」動きで人を増やすのは、出し手であるCBをフリーにするためなのか。それとも、受け手をフリーにするためなのか。前者なら、フリーになったCBがドリブルで相手の1列目を越えていきます。後者なら、パスで越えていきます。同じ「人数を増やす」でも、目的が違えばプレーの形も変わるのです。
受け手を優先する設計の場合、出し手(CB)はあえて相手のプレスを引きつける役回りを担うため、自身に余裕はありません。そのため、GKも交えてボールを動かして相手を揺さぶりながら、受け手がフリーになる極上の一瞬を探ることになります。
グランパスでは? ミシャ式は「あらわれる」の宝庫
ミシャ式のビルドアップは、この2つの言葉で読み解けます。
ボランチが最終ラインに下りるサリーは、組み立ての現場に「あらわれる」動きです。前回触れた高嶺朋樹のプレーがこれにあたります。シャドーがライン間から下りてきて中盤に顔を出すのは、前線からの「あらわれる」です。木村勇大や和泉竜司の、あの動きです。
そして「いなくなる」の視点を持つと、見え方が一段変わります。シャドーが中盤に下りたとき、相手のCBがついてくれば、ライン間が空きます。その空いた場所に、別の選手が現れられているか。この連鎖が起きている日は、グランパスの攻撃が気持ちよく回る日です。逆に、下りたシャドーに相手がついてこず、ただ後ろに人が増えただけで終わる日は、「いなくなる」が空振りしている日、と説明できます。
さらに言えば、ミシャ式のCBはもともと「いなくなる」配置です。リベロが列を上げ、サイドCBが幅を取る。この動きに相手の前線がついてくれば、相手のCFはゴールからどんどん遠ざかります。押し込んでいる時間帯に、相手のエースを自陣の奥深くまで連れ去れているか。ゲームを支配できているかどうかの、ひとつの目安になります。
追い込まれたときの「逃がす技術」
ビルドアップには、うまくいかないときの備えも必要です。奪われてゴールに迫られるくらいなら、思い切って蹴って仕切り直す。その損切りの判断も含めて、ビルドアップです。
そして、追い込まれた場面で鍵を握るのが、サイドの選手です。味方が全員捕まってパスの出しどころがないとき、サイドの選手が相手を背負ってボールを受け、奪われないように守りながら、後ろの遠い味方へ返す。これだけで、相手が寄せてきた人数がすべて無駄になり、状況をリセットできます。
相手が「追い込んだ」と確信したサイドから、するりとボールが逃げていく。スペイン語ではこれをリオリエンタシオン(方向の変え直し)と呼ぶそうです。グランパスで言えば、押し込まれた状態でWBやシャドーが背負って受け、逆サイドへ逃がせるか。この地味な技術があるかどうかで、ビルドアップの安定感は大きく変わります。
用語解説:リオリエンタシオン(Reorientación)とは、スペイン語で「方向の変更」を意味する言葉です。相手のプレッシングに追い込まれたサイドで、ボールを失わずに逃がし、攻撃の方向を有利なエリア(多くは逆サイド)へと移し替えるプレーを指します。相手が「奪える」と思った瞬間にボールが逃げていくため、守備側は寄せた人数がすべて無駄になります。日本語の定訳はまだありません。
グランパスでは? その可変、相手に読まれていないか
ここまで個々の「あらわれる」「いなくなる」を見てきましたが、もう一段引いた視点も持っておきましょう。ミシャ式の可変ビルドアップ全体が、相手からどう見えているか、です。
ミシャ式は、最終ラインの枚数を動かして優位を作るやり方の、いわば元祖格です。ボランチが下りて後ろを3枚にし、両WBを押し上げる。問題は、その変化に、相手が読めるきっかけ(トリガー)があるかどうかです。
グランパスのビルドアップが機能する日は、変化の形に幅があり、相手がどこを捕まえればいいか迷っている日です。逆に相手にとって「ハマる日」は、下りる選手も上がるタイミングもパターン化していて、相手が最初から両対応を準備できている日、と整理できます。ミシャ式は形が決まっているぶん、読まれやすい側面を構造的に抱えています。だからこそ、その日の可変にきっかけの隠し方や変化のバリエーションがどれだけあったかは、毎試合の観察ポイントになります。
そして思い出したいのが、第1章で見た「変幻自在のビルドアップにはマンマーク」という時代の流れです。グランパスが相手にマンマークで来られて苦しむのは、まさにこの因果の真っただ中にグランパスも立っている、ということなのです。
「配置」から「立ち位置」へ 後編:崩しの一人称〜四人称
ビルドアップに成功して、GKがボール保持に関わらなくなる頃には、局面は崩しへと移っています。自陣ではGKを含めて数的優位だったのに、相手陣地に入ると、今度はGKを置いてきたぶん、こちらが一人少ない勝負になる。この逆転が、サッカーの面白いところです。
ただし、人数で上回る守備側にも弱みがあります。押し込まれれば押し込まれるほど、ゴール前から離れられなくなるのです。目の前の相手を追いかけたくても、ゴールを空けるわけにはいかない。このジレンマが、崩しの攻防の土台になります。
配置設計の3つの思想
崩しの局面では、チームがどんな順番で配置を決めているかに、哲学が透けて見えます。
最もオーソドックスなのは、まずピッチにバランスよく選手を並べることから始めるやり方です。5つのレーンに一人ずつ立たせる、愚直な方法論です。ただし、いつも同じ並びでは相手に読まれてしまいます。だから、決められた並びからどれだけ「羽目を外せるか」が勝負になります。
対照的なのが、レヴァークーゼン時代のシャビ・アロンソでした。右サイドには大外に固定の選手がいるのに、左サイドには決まった選手がいない。ときには誰もいない。この左右非対称の形で相手に対応を迫りました。アロンソのチームは、ピッチ全体のバランスではなく、ボールの位置を中心に配置が決まっていきます。ボールの周りに常にサポートが連なっていて、しかも次の受け手のサポートまで先回りして整っている。だからバランスが悪く見えても、ボールを失わないのです。
さらに独特なのが、バルセロナのハンジ・フリックです。こちらは自分たちの形でもボールの位置でもなく、相手の立ち位置を基準にポジションが決まります。レーンが動かない基準線だとすれば、相手は常に動き回る点のようなもの。その動く点と点の間、つまり相手が作ってしまう隙間を狙って立ち続けるのです。役割をあらかじめ決めず、選手同士の相互作用でチームが成り立っている。ここまでくると、配置図で読み解くことはほぼ不可能です。
崩しの一人称〜四人称
ゴール前の崩しは、四人までの組み合わせで完結することが多いとされます。ここで「二人組」ではなく「二人称」という言葉が使われるのは、人数ではなく、それぞれの役割に注目したいからです。
一人称アタックは、一人での突破です。サイドチェンジからの1対1が代表で、大外で相手より上の質を示せる選手の価値は、ますます高まっています。
二人称アタックは、二人での崩しです。WGの外をSBが追い越す形が王道でしたが、最近は内側のレーンを走り抜けてペナルティエリアの角を突く「ポケ凸」が主流になりつつあります。ワンツーもここに含まれます。
三人称アタックになると、一気に複雑さが増します。いわゆる「三人目の動き」です。一人がポケットに走って相手を引きつけ、空いたその場所に別の選手が飛び込む。あるいは、狙いの選手へのパスコースが消されているとき、別の選手をワンクッション挟んで届ける。いまや現代サッカーの必修科目です。WG・IH・SBの三人がぐるぐると回るローテーションも三人称の形で、CBの攻撃参加が当たり前になったことで、再び脚光を浴びています。
四人称アタックは、最大火力を出すための形です。CBの攻撃参加や逆サイドからの応援で、ボールの周りに四人を集めます。これだけ人を集めれば、チームの形は自然と左右非対称になります。四人の連係はフットサルの動きとよく似てくる、という指摘も添えられています。
用語解説:サードマン(三人目の動き)とは、ボール保持者から直接パスを受ける選手(二人目)を経由して、三人目の選手がボールを受ける動きのことです。ボール保持者から届けたい選手へのパスコースを相手に消されているとき、いったん別の選手に預け、その落としを受ける形で狙いの選手にボールを届けます。守備側は視線と身体の向きを二度動かされるため、三人目はフリーになりやすくなります。バスケットボールでも良く見る動きです。
グランパスでは? 「ポケ凸」と三人称
グランパスの崩しも、この人称の枠組みで整理できます。
WBが大外から仕掛けるのが一人称。シャドーとWBのワンツーやポケ凸が二人称。そして三人称こそが、ミシャ式の崩しの核心です。シャドーがポケットに飛び込んで相手を引きつけ、空いた場所に別の選手が入ってくる。この連鎖が出ている日は、崩しに再現性があります。単発の思いつきではなく、仕込まれた形として何度も出てくるからです。
CBの攻撃参加によるローテーションの復権も、ミシャ式にそのまま当てはまります。サイドCBが列を上げ、WB・シャドーと三角形を作って回る。この形の持ち駒がどれだけあるかが、押し込んだあとの崩しの厚みを決めます。
そして「四人集めれば非対称になる」という視点は、逆サイドのシャドーがボールサイドへ出張してくる場面の見方を変えてくれます。人が集まれば、逆サイドは必ず薄くなる。その偏りを意図して作っているのか、それとも成り行きで片寄っているだけなのか。ここを見分けられると、観戦の解像度が一段上がります。
用語解説:ポケ凸(ポケとつ)とは、ペナルティエリアの角、ゴールライン寄りの浅いスペース(通称「ポケット」)へ走り込むプレーのことです。ここは相手のCBとSBの間にあたり、CBが出れば中央が空き、SBが絞れば大外が空くため、守備側にとって非常に対応しづらい場所です。ここに侵入できると、マイナスの折り返しという最も決めやすいクロスが供給できます。
結びに:自分なりの顕微鏡を持つ
ピッチ全体を引きで見れば11対11。
ズームインしていけば、それが11対10になり、10対11になり、ある場面では4対4や2対1になります。
どこをどの倍率で切り取るかに、正解はありません。ただし、ボールから遠い選手ほど、その場面への影響は小さくなる。
だから、それぞれの選手の立ち位置の意味を考えながら、自分にとってちょうどいい「景色の幅」を見つけてほしい。らいかーるとさんは、そう呼びかけます。
豊田スタジアムの、あるいはパロマ瑞穂の自分の席から見える景色を、自分の顕微鏡で切り取ってみる。正解探しではなく、自分の見方を育てる。この本が最後に手渡してくれるのは、その面白さです。
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ここまで2回にわたって第2章を追いかけてきましたが、正直なところ、拾えたのは骨組みだけです。実際の本には、ここで触れられなかった具体例や図解、らいかーるとさんならではの脱線が詰まっています。フリーマンの立ち位置ひとつを取っても、原書の図を眺めながら読むのと、この記事で言葉だけ追うのとでは、頭に入る解像度がまったく違います。この記事はあくまで、グランパスというレンズを通した「入り口」です。面白いと思った方は、ぜひ本編を手に取ってみてください。
さて、ここまでの第2章は、一貫してボールを持つ側の話でした。フリーマンがどう動き、どこに立ち、どう崩すか。ですが、これまで何度も顔を出してきたように、その優位性はすべて、相手の守備を相手取って初めて意味を持ちます。
そして第3章は、いよいよその守備側に軸足を移します。「あらわれる」選手にどこまでついていくのか。マンマークで捕まえにいくのか、ゴールを守ることを優先するのか。ボールを奪いにいくのか、それとも前進させないことだけを考えるのか。守る側にも、攻める側と同じだけの設計と判断があります。
ミシャ式のグランパスにとって、これは他人事ではありません。位置的優位を生命線とするチームだからこそ、相手が何を考えて守っているのかを知ることは、そのまま自分たちの手詰まりの理由を知ることでもあります。次回は、守備側の論理を追いかけていきます。





