らいかーるとさんの新刊『アナリシス・ブレイン』が刊行されました。
この機会に、前作『アナリシス・アイ』と『アナリシス・ブレイン』を読み、その内容を単純な書籍紹介ではなく、「名古屋グランパスに置き換えるとどう見えるのか」という視点でかみ砕いていこうと思います。
本シリーズでは、7月のキャンプインまでの間、『アナリシス・アイ』と『アナリシス・ブレイン』を手がかりに、サッカーを見るための視点、そして名古屋グランパスを見るための補助線を整理していきます。
第2章では攻撃について見て行きます。アナリシス・アイで語られた部分もありますが、アナリシス・アイとの書き方と同じところ、ニュアンスが変わって来ているところについても楽しんでください。まず、2章をひもとく第1弾として、あまり取り上げられていなかった「フリーマン」について見て行きましょう。
なお、この記事にアフィリエイトの意図はありません。グラぽの記事ややわらかめコラムを読む目も変わってくる本だと思いますので、興味を持った方はぜひオリジナルを手に取ってみてください。
アナリシス・ブレイン ~サッカーの面白い戦術分析の視座、手に入れよう~(小学館新書)
- らいかーるとさん:らいかーると
- 出版:小学館新書(2026年)
アナリシス・アイの記事はこちら
フリーマンは「移動の達人」である
第1章でフリーマンを「ポジションに縛られず、自由に動き回ることが役割として設計された選手」と紹介しました。第2章はこのフリーマンを主役に据えて、立ち位置とチーム配置を掘り下げていきます。らいかーるとさんは冒頭で、サッカーの見方を一気に変えた原因こそフリーマンだ、と言い切ります。ここではその進化の道筋と、フリーマンを支える「移動」の文法を整理し、グランパスに当てはめていきましょう。
なぜフリーマンが必要になったのか
フリーマンが登場する前のサッカーは、ピッチ全体に選手をバランスよく置くことで優位を作る、という考え方が中心でした。第1章で見た配置かみ合わせ論で相手の弱点を読み、どのあたりに時間とスペースが生まれそうかを前もって計画し、その通りに実行していく時代です。
ところが、守備側がある対策を覚えます。
「相手の配置に合わせて、自分たちの立ち位置をそのつど調整する」というやり方です。
こうなると、攻撃側がいくら原則どおりに深さや幅を取って正しい立ち位置に立っても、すぐそばに相手がついてきてしまいます。せっかく良い場所に立っても、相手が隣にいては意味がありません。この行き詰まりを破る切り札として注目を集めたのが、フリーマンでした。
おもしろいのは、フリーマンという言葉そのものは、ずっと昔からトレーニング用語として使われてきた点です。ボール回しの練習で「いつでもボールを持っている側の味方になる選手」のことをフリーマンと呼び、数的優位のなかでフリーな味方を見つける習慣を身につけさせる、という狙いがありました。
ですから、この言葉にはもともと2つの意味が同居しています。「フリーでボールを受けられる」という意味と、「自由に動き回ってよい」という意味です。この2つを併せ持つフリーマンが、いつしか練習だけでなく、実際の試合にも姿を見せるようになっていきました。
では、これまでのゼロトップや偽SBと、フリーマンは何が違うのでしょうか。
ポイントは「移動距離」と「自由度」の2つです。ゼロトップは最前線から中盤へ、偽SBはサイドから中央へ、というように、あらかじめ決められた範囲を計画どおりに動くものでした。これに対してフリーマンは、文字どおり自由に動き回ります。ここが決定的な違いです。
用語解説:ゼロトップとは、本来センターフォワード(CF)がいるべき最前線に、あえて純粋な点取り屋を置かず、その選手が中盤まで下りてプレーする戦術です。相手のCBは「マークすべき相手」が目の前からいなくなるため、ついていくべきか、その場に留まるべきか、判断を迫られます。空いた最前線のスペースには、別の選手が飛び出していきます。
用語解説:偽SB(偽サイドバック、インバーテッドフルバック)とは、本来サイドを上下動するサイドバック(SB)が、攻撃時にサイドではなく中央(中盤の底)へ絞ってプレーする戦術です。中盤の人数が増えてビルドアップが安定するうえ、相手は「サイドにいるはずの選手」が中央にいることで、誰がマークするのかが曖昧になります。
グランパスでは?シャドーは「受け手のフリーマン」
フリーマンに選ばれるのは、たいていボールプレイヤーです。ボールを受けたときに味方へ時間とスペースを配れる、相手がすぐそばにいても落ち着いてプレーできる、そういう選手がフリーで受けることには、大きな意味があるからです。せっかく作り出したフリーの一瞬を、確実にチャンスへとつなげられるからです。
グランパスで言えば、ライン間に立ち続ける2枚のシャドーが、まさにこれにあたります。相手のCBが捕まえに行くには高すぎ、ボランチが捕まえに行くには低すぎる。そんな中途半端な位置をふわふわと漂うことで、相手に「いったい誰がこの選手を見るのか」という難しい問いを突きつけるのです。
これは、第1章で触れた「あらわれる/いなくなる」を実際に行っている選手、ということでもあります。フリーマンの目的が「相手から自由になって自分でボールを受ける」ことなのか、それとも「自分が囮になって、味方に時間とスペースを与える」ことなのかは、そのときの状況によって変わります。そして、その両方を自在に使い分けられる選手こそが本物の達人だ、とらいかーるとさんは書いています。
グランパスのシャドーを、この2つの軸で見てみるとどうでしょうか。たとえば木村勇大のプレーが「自分で受けて前を向き、自ら仕掛けていく日」なのか、それとも「囮に徹して、味方を活かすことに貢献している日」なのか。後者は和泉竜司が分担することが多いですよね。でも逆になることもあります。
同じシャドーのプレーでも、その日その日で役割の出方が違うことが見えてきて、より深く評価できるようになります。
用語解説:ボールプレイヤーとは、ボールを持ったときに高い技術を発揮できる選手のことです。狭い場所で相手に囲まれても落ち着いてボールを失わず、的確なパスで味方に時間とスペ-スを配れる、あるいはドリブルで局面を打開できる選手を指します。フリーマンに起用されることが多いのは、フリーで受けたその一瞬を、確実にチームの利益へ変えられるこうしたタイプの選手です。
移動の文法:列とレーン
フリーマンは、いわば移動の達人です。では、その移動をどう読み解けばいいのでしょうか。手がかりになる物差しが「列」と「レーン」という2つの考え方です。
レーンとは、ピッチを縦方向に5本に分けたときの、それぞれの帯のことです。この5レーンの考え方は、いまや指導者の作戦板にも当たり前に書き込まれる、標準装備になりました。一方の列は、フォーメーションの並びを前から数えたもので、1列目・2列目・3列目と表します。この「縦の列」と「横のレーン」を組み合わせると、選手がどちらの方向に動いたのかを、すっきり整理できます。
以降はアナリシス・アイの記事でも説明した内容ですが、もう一度取り上げます。
列の移動を代表するのが、ゼロトップとサリー(正式名称はサリーダ・ラボルピアーナ)です。ゼロトップは、最前線の選手が中盤まで下りてきて、中盤で数の優位を作る動きです。サリーは反対に、中盤の選手が最終ラインまで下りて、ビルドアップ(後方からの組み立て)を安定させる動きを指します。正式名称が長いので、らいかーるとさんはこれを「サリー」と呼んでいます。最終ラインの人数がたった1枚増えるだけで、組み立ての安定感ががらりと変わる様子を、らいかーるとさんは「魔法」になぞらえています。最近では、日本代表の選手も試合後のインタビューで「サリー」と呼んでいるそうです。このあたりは後述しますが、グランパスでは高嶺朋樹がやっている動き、といえばイメージがつくでしょう。
どちらの動きも、前線の枚数を一時的に減らすことになるので、攻撃の最大火力は落ちかねません。それでも、下りた選手が空けたスペースを別の選手がうまく使う、という関係ができあがってくると、守備側は「いったい誰が、どこで、何をするのか」がつかめなくなります。この分かりにくさこそが、相手にとっての脅威になります。
レーンの移動は、多くの場合、選手同士のポジションチェンジという形で行われます。たとえば、SBが大外のレーンを駆け上がり、入れ替わるようにWGが内側のレーンへ入ってくる。すると、守備側のSBとSHは2人の選手に挟まれる形になり、「自分はどちらを見ればいいのか」という、複数の守備の基準点を同時に抱えることになります。困ったSBが前に出て対応しようとすれば、今度はその背後のスペースに飛び出される。「だったら前に出れば」「でも出たら後ろが空く」という、終わりのないいたちごっこ。これがレーン移動の本質です。
そして最も厄介とされるのが、斜めの移動です。これは列とレーンを同時に横切る動きで、列が上がるパターンもあれば、下がるパターンもあります。列が上がる代表例が「SBの中盤化」です。現代のSBは、大外に出てWGのように振る舞ったり、内側に絞ってIHのように振る舞ったり、アンカーの横に入ってCHのように振る舞ったりと、実に多彩な役割を担うようになりました。反対に列が下がる代表例が、IH(インサイドハーフ)が斜め後ろに引いて、ビルドアップの出口役を務める動きです。
グランパスでは?:サリーと「下りるシャドー」
ミシャ式のビルドアップは、この移動の文法そのものです。ボランチが最終ラインに下りて後方を3枚にするのは典型的なサリーで、相手の前からのプレッシングに対して出口を確保する動きです。ここで第1章の「最終ラインの相互理解」が効いてきます。下りる選手と広がるCBの呼吸が合わない日は、サリーがかえってボールロストの起点になります。
シャドーがライン間からさらに引いてビルドアップに加わるのは、IHが列を下げる斜め移動にあたります。前に枚数を残したまま手前の出口を作れているか。逆に、下りすぎてフィニッシャー隊が手薄になっていないか。「下りるシャドー」を斜め移動として観察すると、グランパスの攻撃が「つながる日」と「前に重いだけの日」の差を説明できます。
イタチごっこの先:役割を「分担」する時代へ
ここまで見てきたフリーマンには、実は弱点があります。決まった選手が決まった動きを繰り返すタイプのフリーマンは、その動きのパターンさえ読まれてしまえば、対策を立てられてしまうのです。
たとえばゼロトップに対しては、5バックにしてマンマークで捕まえる、あるいは中盤の底にいるアンカーがマークを引き継ぐ、といった対応があります。偽SBに対しては、その選手が中央に絞ったときにマークを見失いがちなSHの役割を、あらかじめはっきりさせておく。このように、決められた動きには、決められた対策をきちんと用意できてしまいます。
そこで次に登場したのが、フリーマンの役割を一人に任せきりにせず、多くの選手で分け合う、という発想です。らいかーるとさんは、マンチェスター・シティのフォーデンとベルナルド・シウバを例に挙げています。この2人は、中盤の底に下りて組み立てを助けたかと思えば、WGのようにサイドで仕掛け、相手のライン間で受けてチャンスを作り、ときにはゴール前へ飛び出してシュートまで打ちます。
これは、役割の決め方そのものが変わったことを意味します。かつては「ポジションごと」に役割が決まっていました。CBは守備、CFはゴール前で待つ、という具合です。それがいまでは「エリアごと」に役割が決まるようになりました。サイドにいればサイドアタッカーとして、前線にいればフィニッシャーとして、中盤にいれば攻守のバランスを取る選手として振る舞う。つまり、誰がやるかではなく、いまどこにいるかが、その選手の役割を決めるようになったのです。
こうした動きを、複数の選手が同時に、あるいはお互いに入れ替わりながら行うと、守備側はもう誰を捕まえればいいのか分からなくなり、混乱に陥ります。本来なら、これだけ役割が入れ替わると味方のほうも混乱しかねません。ところが、近年育った選手はいくつものエリアでいくつもの役割をこなすのが当たり前になっているため、攻撃側は混乱しそうでいて、しません。
ですから、対戦相手を分析するときには、配置図に並んだ番号を眺めるだけでは足りなくなりました。その先にある「エリアごとの役割を、どの選手が、どう分け合っているのか」というところまで見る必要が出てきたのです。これが、第2章前半がたどり着いた一つの結論です。そして、この役割分担の進化こそが、守備側にとって最も厄介な「非対称の配置」を生み出していくことになります。
グランパスでは?:和泉竜司という「分担役」
このエリアごとの役割分担は、グランパスにそのまま当てはまります。和泉竜司のような、ボランチの位置で組み立てを助け、サイドに流れ、ライン間で受け、ときにゴール前へ顔を出す選手は、まさに「役割を分担するフリーマン」です。第1章の3-2-5で触れた「余る1枚」を、一人の専任フリーマンに固定するのか、それとも複数人で流動的に分担するのか。グランパスがどちらの設計で戦っているかを見極めると、攻撃の自由度と再現性のバランスがどこにあるのかが読めてきます。
マンチェスターシティのフィル・フォーデンとベルナウド・シウバが「世界の最先端の分担」だとすれば、グランパスの中盤とシャドーがどこまでその分担を共有できているか。ここを毎試合の観察軸に置くと、ミシャ式の成熟度を測る物差しになります。
2章-1のさいごに
さて、ここまでフリーマンの進化を追ってきて、一つのことが見えてきました。
サッカーの分析は、「配置を読む」だけでは足りなくなっている、ということです。フリーマンが登場し、役割の分担が進み、配置が試合中に絶えず変化するようになった結果、「4-4-2対4-2-3-1、だからここが急所」という読み方の効き目は、どんどん薄れていきます。
らいかーるとさんはこう書いています。
フリーマンの常用化によって、配置が一定のチームはほとんどなくなった。試合の中で変化したりしなかったりするチームに対して、完全な対策を事前に準備することは不可能だ、と。
では、配置の先に何を見ればいいのか。
その答えとして「アナリシス・ブレイン」が提示するのが、「立ち位置」という観点です。チーム全体の番号ではなく、一人ひとりが「なぜそこに立っているのか」という意図を読む。手前に立つのか、真横に立つのか、奥に立つのか。幅を取っているのか、深さを取っているのか、ゲート(相手の間)を狙っているのか。
次回は、この「立ち位置の文法」を整理しながら、ミシャ式のシャドーやWBが「なぜそこに立っているのか」を読み解いていきます。


