らいかーるとさんの新刊『アナリシス・ブレイン』が刊行されました。
この機会に、前作『アナリシス・アイ』と『アナリシス・ブレイン』を読み、その内容を単純な書籍紹介ではなく、「名古屋グランパスに置き換えるとどう見えるのか」という視点でかみ砕いていこうと思います。
本シリーズでは、開幕までの間、『アナリシス・アイ』と『アナリシス・ブレイン』を手がかりに、サッカーを見るための視点、そして名古屋グランパスを見るための補助線を整理していきます。
第2章では攻撃について見て行きます。アナリシス・アイで語られた部分もありますが、アナリシス・アイとの書き方と同じところ、ニュアンスが変わって来ているところについても楽しんでください。
なお、この記事にアフィリエイトの意図はありません。グラぽの記事ややわらかめコラムを読む目も変わってくる本だと思いますので、興味を持った方はぜひオリジナルを手に取ってみてください。
アナリシス・ブレイン ~サッカーの面白い戦術分析の視座、手に入れよう~(小学館新書)
- らいかーるとさん:らいかーると
- 出版:小学館新書(2026年)
アナリシス・アイの記事はこちら
前編:守備のフェーズ論
ここまで2章は、ボールを持つ側の話ばかりでした。第3章はいよいよ守備です。攻撃側の立ち位置がどう進化してきたかを追いかけてきたわけですが、それを受け止める側の事情を知らないままだと、試合の半分しか見ていないことになります。
「なぜ奪いに行かないんだ」と言う前に
第3章の出発点はシンプルです。攻撃に段階があるように、守備にも段階があります。
守備の大目標は「ボールを奪う」ことですが、その下に「ボールを前進させない」「ゴールを守る」という目標がぶら下がっています。守っている11人は、いつもこの3つのどれかを選んでプレーしている、というのがらいかーるとさんの整理です。
相手がのんびりボールを回しているのに、うちの選手が誰も奪いに行かない。スタンドから「なぜ(奪いに)行かないんだ!」と声があがる場面ですが、そのときチームが優先しているのが「前進させない」や「ゴールを守る」だったとしたら、行かないのは怠慢ではありません。選んでいるわけです。
守備を見るときは、まず、いまどの目的でプレーしているのかを探ることになります。
ボールを奪う:攻撃的な守備
「ボールを奪う」を掲げる守備の代表が、相手陣地から連続して襲いかかるハイプレッシングです。
ただ、らいかーるとさんはここに一段ひねりを入れています。ハイプレッシングの狙いは、奪ってそのまま相手ゴールに迫ることばかりではありません。相手に苦し紛れのボールを蹴らせて、それを自分たちで回収し、あらためてボールを持って仕掛けていく。そちらが本命であることのほうが多い、というのです。前から行く守備が、ボールを持つための手段でもあるという見方は、少し意外に思えるかもしれません。
その肝が連続性です。一度追いかけて終わりでは、相手に休憩する場所を与えてしまいます。連続して追いかけるには、パスが相手に届く前にどれだけ近くまで寄れるかが勝負になりますが、人よりボールのほうが速いので、これはかなり難しい注文です。だからこそ、速さで距離そのものを無効化してしまう選手が重宝されます。本のなかでは、古くはロンドン五輪の永井謙佑、近年ではセルティック時代の前田大然が例に挙げられています。みなさんにはワールドカップ2026での前田の走りのほうが、記憶に新しいかもしれません。
とはいえ、誰もがあの速さで走れるわけではありません。だったら最初から相手のそばに立っておけばいい、という発想も出てきます。球際を作らなければボールは奪えないのですから、マンマークが流行している理由のひとつは、ここにもあります。
そして、いつも奪いに行く必要はない、とも書かれています。奪うにはコストがかかるからです。「奪わなくていいから、相手から自由を奪ってくれ」。この指示なら達成できる選手はたくさんいます。逆に、奪うことにこだわりすぎて突破されてしまうことも現実にはよくあります。準備が整っていないのに勢いだけで行けば、かわされた瞬間、そのまま相手の攻撃のスイッチを入れてしまいます。第1章で「ファーストDFの整理」に触れましたが、あれはこの話の裏返しでもありました。
ボールを前進させない:持たせる守備
2つ目の「ボールを前進させない」は、ピッチ中央付近での攻防です。
GKを除いた10人でブロックを作り、相手にボールを持たせながら、自陣ゴールに近寄らせないことを目指します。
面白いのは、これが「守備で試合の主導権を握る」やり方だとされていることです。
ボールは相手が持っているのに、主導権はこちら側にある。相手の選択肢を削り、迷わせながら持たせることができれば、相手は「ボールはあるのに、どうにもならない」状態に落ちていきます。
いつも同じ選手が同じ形で持たされ、行き詰まって裏に蹴っ飛ばすだけ。ボールを大事にしたいチームにとっては、かなり苦しい90分になります。
厄介なのは、運ぶドリブルで上がってくる相手CBを誰が捕まえるのか、という問題です。ある程度は運ばせてもいいけれど、ここから先は通行止め。そのラインを11人で共有できていないと、ブロックはあっさり通過されます。
もうひとつ決めておかなければいけないのが、サイドの守り方です。相手はたいてい、人が薄くなりがちなサイドから前進を試みてきます。そのとき、相手のWGに対してSBが1対1で勝てるのか、それともSHのサポートが要るのか。要るなら、どういう役割分担で2人がかりにするのか。ここを事前に決めていないチームは、同じサイドで何度もやられ続けることになります。
理想は、相手に持たせて迷わせたうえで、ハーフライン付近で待ち構えて奪い、一気にカウンターへ。ここまでいけば、守備で主導権を握ったと言えるでしょう。
ゴールを守る:最後の砦
3つ目が「ゴールを守る」です。自陣ゴールに近づくほど、マンマークの呪いは解けていきます。人を追いかけるより、ゴールを守るほうが優先されるからです。
攻撃側から見れば、全員が捕まっていた状態から、ゴール前の選手だけが捕まっている状態へと変わっていきます。
ゴール前の守備の原則は、昔から変わりません。相手とゴールを結んだ線の上に立つことです。そうすれば、背中でゴールを隠せます。リードしたチームが残り数分を守り切る場面で、ベンチから飛んでくる「ゴールを隠せ!」という声は、まさにこれを指しています。
もうひとつ、3つのフェーズ全体に関わってくる言葉があります。「守備が整理されているか」です。
人数が足りていて、みんなが本来の持ち場にいる。それが整理された状態で、そこが崩れているときは攻撃側にとって大きなチャンスになります。
だから守る側は、時間を稼いで元に戻さなければいけません。
そのために、「ボールを奪う」から一気に「ゴールを守る」まで目的を飛ばすこともあります。無理に奪いに行って突破されれば、相手の攻撃を加速させるだけですから、まず遅らせて、味方が戻るのを待ち、並び直してから迎え撃つ。
守備の良し悪しはこの切り替えの速さに影響を受けます。地味な作業ですが、ここが崩れると一気に持っていかれます。
名古屋グランパスの守備を3つのフェーズで見る
前編では、守備には「ボールを奪う」「ボールを前進させない」「ゴールを守る」という3つの目的があり、守っているチームは常にそのどれかを選んでいる、という整理をしました。ここからは名古屋グランパスの話です。材料は2026年7月の北海道コンサドーレ札幌とのプレシーズンマッチ。3つのフェーズがつながらないとどうなるか、きれいに出てしまった90分でした。
ボールを奪う:名古屋は「最初からそばに立つ」タイプ
名古屋は前線から中盤にかけて、マンツーマンで相手を捕まえにいきます。相手の最終ラインがボールを持った瞬間から、人に付いてハメにいく守備です。
前田大然のような速さで距離を無効化するか、それができないなら最初から相手のそばに立っておくか。名古屋が選んでいるのは後者です。パスが出る前から、そこに立っておく。球際を作らないことには奪えないわけですから、理屈は通っています。
そこで問われるのが連続性です。コンサドーレ戦で気になったのは、まさにここでした。マテウス・カストロは一度追いまではしっかりやってくれていたのですが、外されたあとの二度追い、三度追いまで行けていたかというと、怪しいところがありました。
マテウスの気持ちの問題だと決めつける前に、マンマークの仕組みを見ておきたいところです。一度目は基準がはっきりしています。自分の担当が持ったのだから、迷わず行けばいい。難しいのは二度目からです。いなされてボールが横にずれた瞬間、自分の持ち場をさらに離れて追い直すかどうかを、走りながら決めることになります。ここは体力と意思の両方が要ります。二度目が出ないと、相手は横にずらすだけで安全地帯を手に入れます。
前編の「奪いに行くのはタダではない」も、そのまま当てはまります。マンツーマンはハマれば相手ゴールに近い最高の位置で取り上げられますが、外されたときは人のいない場所を通されるので、代償も大きい。行くか行かないかより、行った以上どこまで行き切れるか。名古屋の守備は、そこで分かれます。
ボールを前進させない:ブロックは遅れて出来上がる
前で取り切れなければ、ミドルサードまで下がってブロックを作ります。名古屋の守備時の形は3-4-3、押し込まれると5-4-1のようになります。3-4ブロック、あるいは5-4ブロックです。
ここには避けられない事情があります。前から人に付いて出ている関係で、ブロックの形に戻るのがいつもワンテンポ遅れるのです。図に描けば3-4-3はきれいに並びますが、ピッチの上では、前に出た選手が全力で戻り、その選手が空けた場所を別の誰かが埋めながら、走って並び直しています。整列が終わるまでには、それなりの時間がかかります。
だから相手のテンポ次第で、このフェーズの出来はまるで変わります。丁寧に回して、こちらが並ぶのを待ってくれる相手なら、名古屋の3-4ブロックは十分にやれます。同じ選手に同じ形で持たせて、最後は裏に蹴らせる。前編でいう「守備で主導権を握る」形になります。
コンサドーレはその逆でした。ミドルゾーンをハイテンポで通過してくるカウンター中心のチームで、名古屋のブロックが形になる前に、その場所を過ぎていってしまう。「ボールを前進させない」フェーズは、ほとんど仕事をしていません。ラインを引くのが下手だったのではなく、引く時間がなかった。3つあるフェーズの真ん中が、丸ごと飛ばされていました。
ゴールを守る:残っているのは2人
真ん中が飛ばされると、いきなり最後のフェーズが始まります。
前から人を捕まえに行っているチームがカウンターを受けたとき、ゴール前に残っているのは、たいていGKのシュミット・ダニエルと中央のセンターバックの藤井陽也だけです。ここから先は、組織で解決できる話ではありません。個人技と根性の勝負です。
その2人はよく守っていました。コンサドーレはサイドバックもウイングもセントラルの選手も走らせて数的優位を作り、何度も殴りかかってきましたが、シュミットと藤井が並んでいる間は耐えていたのです。
そこでコンサドーレが出してきた手が、うまかった。センターフォワードの唐山翔自が、ゴール前から「いなくなる」。いちばん頼れる1枚を、ゴール前から連れ出してしまうやり方です。
失点の場面はこうでした。中盤でボールを失う。唐山について出ていた藤井陽也は正面にスパチョークが居てスパチョークからゴールを隠さざるを得ない。そこへ、スパチョークから速いテンポで前に残っていたティラパットにスルーパスが通り、シュミット・ダニエルとの1対1。遅れて藤井が滑り込みますが、冷静にかわされて流し込まれました。
相手とゴールを結んだ線の上に立ち、背中でゴールを隠す。ベンチから「ゴールを隠せ!」と飛んでくるあの原則は、隠す役がゴール前にいてはじめて成り立ちます。あの瞬間、その役はゴール前から遠い場所にいました。
自陣ゴールに近づけばマンマークの呪いは解ける、と前編で書きました。あの場面で起きたのは、解ける手前で釣り出されたということです。マンマークで走ってきた勢いのまま、いちばん危ない場所でも人に付いていってしまった。
本当の問題は、切り替えの遅れ
この失点を「藤井陽也が付いて行ってしまったから」で片付けると、たぶん本質を外します。
3つのフェーズは、並べて選ぶメニューではありません。状況に応じて乗り換えていくものです。整理が崩れたら、無理に奪いに行かず、まず遅らせて時間を稼ぎ、味方が戻るのを待ってから迎え撃つ。前編の終わりに書いたとおりです。
足りていなかったのは、この乗り換えの速さでした。「前から奪う」のスイッチが入ったまま、「ゴールを守る」への切り替えが遅れる。整理が戻らないうちに迎え撃つことになって、ゴール前は2人だけ、という時間が続きました。唐山に釣り出された藤井の判断も、その延長にあります。
コンサドーレがこの手で仕留めたのは、1回だけです。ただ、その1回が決勝点になりました。
キャンプ中のプレシーズンマッチですし、切り替えの走りが出なかった背景には疲労もあったはずで、そこは割り引いて見ていいと思います。それより、相手が北海道コンサドーレ札幌だったことが大きい。ミシャ式を内側から知っているメンバーが多いチームです。名古屋がどう守り、その結果としてどこが空くのかを分かっていて、そこを1回で仕留めてきた。さすがだな、と思わされました。同じ絵を描いてくる相手は、シーズンに入ってからも必ず出てきます。
これからの試合では、一度追いのあとに二度追いが出ているか、前で奪えないと見切った瞬間に何人が自陣に向いて走り出せているか、そして藤井陽也が釣り出されたときにゴールを隠す2枚目が用意されているか。そのあたりを見ていきたいと思っています。
後編:守備の配置論
前編で守備の3つの目的を整理しました。後編は、その目的を実現するために選手たちがどこに立っているのか、という話です。
手前で守るか、背中で守るか
守備の立ち位置には、3つの仕事が絡んできます。
ひとつめが「手前で管理する」。目の前にマークの相手を置いて守る、いちばん分かりやすい形です。
ふたつめが「背中を管理する」。自分の背後のパスコースを身体で消す仕事です。らいかーるとさんは、ブラジル人指導者にフットサルを教わったとき、背中を意識せず純粋なマンマークをやってみせて「背中を無駄遣いするな」と叱られたそうです。マークの相手を手前に置きながら、背中で別の相手へのコースを消す。両方こなせれば、一人で複数の相手を守れることになります。
この考え方が発展したのが「外切りプレッシング」です。サイドの選手が相手のCBに外側から迫り、外へのコースを背中で消して、ボールを中央や逆サイドへ追いやります。クロップ時代のリヴァプールは、これで相手を中央に押し込み、待ち構えるIHコンビが刈り取る設計になっていました。奪う場所を先に決めて、そこへ運ばせているわけです。
みっつめが「カバーリング」です。ボール保持者と対峙している味方が抜かれたとき、すぐさま自分が前に立ち直すアクションで、立ち位置は対峙している選手の斜め後ろ。抜かれた味方が戻ってくるまでの時間を稼ぐのが役目になります。
マンマーク役と中間ポジション役
実際の試合では、守備の役割が2種類に分かれることがよくあります。相手にべったりつくマンマーク役と、特定の相手につかずに複数の状況へ備える「中間ポジション」役です。
中間ポジションの選手は相手と相手の間に立ち、どちらにパスが出ても寄せられる場所を選びます。強引なパスカットは狙えない代わりに、バランスを保てます。マンマーク役はその逆で、複数への対応を捨てる代わりに、担当の相手をパスの選択肢から消せます。この2つを作戦板で書き分けると、相手の守備の論理が見えてくるそうです。第2章で、動き回る選手と固定の選手を書き分ける話がありましたが、その守備版です。
とくに難しいのが中盤の中央にいる選手です。手前の相手CHを捕まえる仕事もあれば、相手CFを見ているCBの前に陣取り、背中でCFを隠してロングボールのセカンド争いを有利にする仕事もあります。両方こなそうとすればどこかを捨てることになりますが、中途半端な位置に立つと両方捨てることにもなります。
だから一人では守れません。味方が抜かれそうか、抜かれるなら右手側か左手側か。自分は誰を手前に置き、背中で何を消しているのか。隣の味方は何を優先しているのか。この意識のつながりを11人分たどると、そのチームの約束事が見えてきます。相手やボールを見るのと同じくらい味方の位置を見ることが守備では大事、という話は、第1章の「味方を見る」がそのまま守備側に出てきた形です。
ちなみに守備で味方に声をかけるときは、「右」「左」より「右手」「左手」のほうが効くそうです。「右」だと自分から見た右か相手から見た右かで一瞬迷いが出るからだ、と。
足りない毛布を、どこに掛けるか
サッカーの守備は「足りない毛布」にたとえられます。ピッチ全体を守ろうとすると人数が足りないので、どこを捨てるかを決めるのが王道になります。GKまでは追わない、スタートはミドルプレッシングで構える。こうした判断はすべて、奪いに行かないエリアを決めるためのものです。
工夫のひとつが、最初はハーフライン付近まで撤退して持たせ、バックパスをきっかけに一気にハイプレッシングへ切り替える形です。撤退しているぶん相手のGKとボールの距離が遠くなるので、GKは逃げ場にはなっても、数を増やす役としては働きにくくなります。GK本人への対処としては、背中で自分の担当を消しながら寄せる手法が生まれ、どうせなら利き足側から迫ったほうがミスを誘えるということで、「GKの利き足を切る」プレッシングが標準になってきました。
誘導については前提がひとつあります。誘導する先は自分たちのストロングサイド(強みのあるサイド)でなければ意味がない、ということです。相手の得意なサイドへ追い込んでは元も子もありません。ややこしいのは、ストロングサイドの選手ほどボールを欲しがる傾向があることで、その習性を逆手に取って、あえてメッシのいるサイドへ誘導したチームも過去にはあったそうです。だからこそ、追い込まれたサイドの選手が受けて逃がせるかどうかに価値が出ます。第2章のリオリエンタシオンは、この誘導をくじくための技術でもありました。
ゴール前の攻防:5人目、そして6人目
ゴール前で問題になるのが、ペナルティエリアの人数です。モウリーニョはかつて、エリアを4人で守れば鉄壁だと言いました。ただ、サイドの対応にSBが引っ張り出され、かわされてCBまでカバーに動けば、エリア内はどんどん薄くなります。
そこで「5人目の守備者」が必要になります。ゴール前を埋め直す誰かがいれば、4バックの選手も思い切って外に出られるからです。王道は中盤の選手がCBの間に下りて5バック化する形で、ハリルホジッチ時代の日本代表はSHを下ろして5バックを作っていました。
「最初から5バックで守ればいい」となりますが、攻撃側はすでに6人目を用意しています。5レーンを5バックで抑えられたら、6人目を前線へ送り込んで計算を狂わせる。このいたちごっこに終わりはありません。
もうひとつ、5バックに踏み切れない理由として身も蓋もない話が出てきます。誰が大外レーンを最後まで戻って守るのか、という問題です。5-4-1でも5-3-2でも、大外の選手は最終ラインまで下がることになります。その仕事をロナウジーニョやヴィニシウスにお願いして、やってくれるでしょうか。かといって、守備をしてくれるWBに中盤の仕事まで求めるのも現実的ではありません。オシムは、攻撃のスペシャルな選手を消したければ守備で走り回らせればいいと言いましたが、当時のロナウジーニョは対面のSBが攻め上がってゴールに絡んでも涼しい顔でスルーしていたそうです。この問題に向き合っているのが日本代表で、三笘薫や堂安律をWBに置いて本大会に臨むのか、という話につながります。
ゴール前で狙われるのは「ライン間」と「ポケット」です。ライン間はDFラインと2列目の間、ポケットはペナルティエリアのラインとゴールエリアのラインが作る四角形を指します。5バックはエリアから飛び出せる人員に余裕があるので、ライン間の選手を捕まえに行きやすい構造です。4バックだと、中盤の選手が背中でどれだけライン間へのコースを消せるかの勝負になります。
ポケットへの侵入は、CBかCHが捕まえに行くことになります。ここで観察したいのは、出て行った選手が空けた場所を誰が埋めるのか、です。5バックならポケットの番人が最初からいるぶん迷いは少ないのですが、攻撃側はそこに二段構えを用意しています。一人目が飛び出して番人をどかし、空いたポケットに二人目が入る。さきほどの6人目もこのパターンです。前回の記事で見た「ポケ凸」を、今度は守る側から眺めていることになります。
ペースチェンジ:ルールを変えて流れを掴む
第3章の締めくくりが「ペースチェンジ」で、ここは「アナリシス・アイ」からの更新箇所でもあります。
前作で書かれていたのは、シメオネのアトレティコが守備の配置を変えて、慣れてきた相手にもう一度ゼロから攻略を強いる作戦でした。いまは配置よりも守備のルールを変えるほうが流行だといいます。前半はゴール前で4-4-2のブロックを固めていたチームが、後半はマンマークのハイプレッシングに変わる。相手からすれば前半は苦もなく運べていたのに、後半は同じことをして引っかかるので、かなり戸惑います。プレッシング開始ラインを上下させて圧力を調整することは、多くのチームがやっています。森保一監督が得意としている、という指摘も添えられています。
名古屋グランパスの守備を立ち位置から見る
後編は、守備の目的を達成するために選手がどこに立つのか、という話でした。ここからは、その物差しを名古屋グランパスに当ててみます。材料は前編と同じ、北海道コンサドーレ札幌とのプレシーズンマッチです。
内側を切って、外に追い込む
名古屋の前線の守備は、基本的に内切りです。相手のCBに寄せていくとき、内側へのコースを背中で消しながら、外へ外へと持たせます。
後編で紹介したクロップのリヴァプールは、外を切って中央に押し込み、待っているIHコンビが刈り取る形でした。名古屋は向きが逆です。やろうとしていることは似ていて、どちらも奪う場所を先に決めて、そこまで運ばせています。名古屋の場合、その場所はタッチライン際です。
外に出したあとは人海戦術になります。セントラルMFとWBが挟みに行き、局面によってはサイドのCBやシャドーまで持ち場を離れて参加します。タッチラインまで持っていければ相手の逃げ道は半分になりますから、そこへ人数をかけて奪い切る。ハマれば、相手陣の深い位置で、相手が前を向く前にボールを取り上げられます。
前線の3枚は、後編でいう背中の管理をきちんとやっていることになります。内側を消しながら外へ出させているのですから、背中を無駄遣いしてはいません。ただ、この形は人が要ります。囲むのに4人も5人も同じサイドに寄るので、その全員が持ち場を空けています。囲みを外された瞬間、逆サイドと中央にはだだっ広い空き地が残ります。
囲い込みの門番は、WBが務めている
追い込んだ先で相手の前を塞ぐのがWBの仕事です。ここを塞げれば囲みは完成します。塞げなければ、人が片側に寄っただけの状態になります。
コンサドーレ戦は、この塞ぐ作業がうまくいかない場面がかなりありました。縦を通されると、そこから一気にピンチまで行ってしまう。いまの右WBの浅野雄也(途中から白男川羚斗)も、左WBの中山克広も、守備に特徴のある選手ではありません。ここを個人の頑張りだけで解決してくれ、というのは無理があります。
後編に、身も蓋もない話がありました。大外レーンを最後まで戻る仕事を、攻撃のスペシャルな選手に頼めるのか、という問題です。名古屋の答えは、攻撃のできる選手を大外に置いて、守備は囲い込みという仕組みで面倒を見る、というものだと思います。噛み合っている日は、それで回ります。噛み合わない日は、まず門番のところから壊れていきます。あの日がそうでした。
追い込む先が決まっていないことも、WBの負担を重くしています。ここへ誘導したいというストロングサイドの設定は、いまのところ見当たりません。相手が右に逃げても左に逃げても、そちら側で同じ仕事を求められます。
セントラルの2枚と、和泉竜司がやっていたこと
名古屋のセントラルは、1枚が必ずボールサイドに出て奪いに行きます。稲垣祥と高嶺朋樹という、奪う仕事に長けた2人が並んでいるのは、この役割があるからでしょう。
では残りの1枚は何をしているのか。奪いに行ったところからこぼれてくるボールを、拾える場所で待っています。後編の分け方でいえば中間ポジション役に見えますが、中身は少し違います。こぼれ球を拾うために中間にいるのであって、背後のスペースを見張るために中間にいるわけではありません。
2枚ともボールに向かっていくので、パスの出口になる仕事や、中盤のスペースを埋める仕事は、外側の選手が引き受けることになります。ここをやってくれていたのが、シャドーの和泉竜司でした。降りてボールを引き出し、セントラルが空けた場所に顔を出す。攻撃の起点としてだけでなく、守備から攻撃に移る瞬間の交通整理としても効いていた選手です。
同じ場所にマテウス・カストロが入ると、絵がだいぶ変わります。攻撃の迫力は増します。ただ、中盤のフォローアップまでやってくれるかというと、そこは保証がありません。前編でマテウスの二度追いの話を書きました。あれは走る量の話に見えて、ボールが動いたあとに中盤のどこを埋めるのか、という役割の話でもあります。
この作りは、前編で書いた失点にそのままつながっています。セントラルの2枚がどちらも奪う仕事に絡んでいるので、そこを越えられると、次に出てくるのはCBとGKです。前編で「ゴール前に残っているのは2人」と書きましたが、たまたまそうなったわけではありません。そうなりやすい作りになっています。
唐山翔自の「いなくなる」動きに藤井陽也が付いていった場面も、ここに戻ってきます。人を渡そうにも、渡す相手は前に出ていて空っぽ。付いていくしかない状況が、その前の段階で出来上がっていました。
ゴール前:5-4-1で守れる日と、そもそも並べない日
名古屋のゴール前の守備は、2つに分けて考えないと話が噛み合いません。押し込まれ続けている時間と、速攻を受けた瞬間です。配置は同じでも、中で起きていることは別物になります。
押し込まれ続けているときは、全員が自陣に戻る時間があるので、5-4-1が出来上がります。後編でいう5人目の守備者を、最初から抱えている形です。ポケットの番人もいますし、ライン間に出ていく人員にも余裕があります。ゴール前を固める形としては、かなり分がいい。ここを崩しに来るのが、後編に出てきた二段構えと6人目です。一人目がポケットに飛び出して番人を引っ張り出し、空いたところに二人目が入ってくる。前回の記事で見た「ポケ凸」を、守る側から眺めた景色になります。
厄介なのは、もう一方です。速攻を受けたときは、5-4-1を並べる時間がありません。囲い込みに人数をかけた直後にひっくり返されるので、戻るのが間に合わないのです。ゴール前にいるのはCBとGKだけ、タイミングが悪ければGKだけ、ということも起こります。5人目も番人もいないので、ここでは配置の話ができません。どれだけ遅らせられるか、走って追いつけるか。それだけになります。
コンサドーレ戦で起きていたのは、ほとんどがこちらでした。5-4-1を崩されて失点したわけではありません。並ぶ前に殴られ続けて、最後は並べていない状態で藤井陽也を引き剥がされました。番人を動かしてから空いたところを使うという意味では二段構えと同じ発想ですが、名古屋には番人も、番人を助ける4人もいませんでした。
「押し込まれても5バックがあるから固い」という見方は、押し込まれる展開でしか通用しません。前編で切り替えの遅れの話を書きましたが、遅らせて時間を稼ぐという地味な作業は、2つ目の状況を1つ目の状況に近づけるための作業でもあります。
ペースチェンジ:止まったのは前線、代わったのは後ろ
後編の締めくくりは、配置ではなく守備のルールのほうを変えるペースチェンジでした。前半はブロックで構えて、後半はマンマークで前から行く。あるいはその逆。相手に、前半で見つけた攻略法をもう一度探し直させる作戦です。
コンサドーレ戦の後半は、ルールが変わる前に、選手の脚が先に止まりました。山岸と木村が止まり出すと、内を切って外へ追い込む一枚目の仕事が成立しなくなります。一枚目が曖昧になれば、後ろの囲い込みも空振りです。それでもルールは変わりませんでした。
交代で入ったのはGKとセントラルの2枚、それに右WB。後ろは入れ替わりましたが、前線には手が入りませんでした。前から行く守備の質は、時間とともに落ちていきます。プレシーズンですから、決めた形を最後まで試し切るつもりだったのかもしれません。それでも、シーズンに入れば、走れなくなった前線を抱えたまま同じルールで戦い続けるわけにはいきません。プレッシングの開始ラインを下げて構え直す判断が出てくるかどうかは、これからの楽しみです。
見ていきたいこと
立ち位置から眺めると、名古屋の守備の輪郭ははっきりしています。内を切って外へ追い込み、人数をかけて囲んで奪う。ハマれば相手陣の深いところでボールを取り上げられますし、外れれば片側に人が寄ったまま、CBとGKで受け止めることになります。前編で書いた切り替えの遅れも、この輪郭の上で起きていました。
シーズンに入ってから見たいのは、囲い込みが何回成功したかより、失敗したときに何が起きているかのほうです。WBが前を塞げなかったとき、セントラルの2枚目はどこにいるのか。前線の脚が止まった時間帯に、ルールを下げる判断が出てくるのか。そのへんを見ていれば、キャンプで何を積んできたのかも見えてくると思います。
守備の章の結びに
守備を見るときに大切なのは、そのチームがいまどの目的で守っているのかを知ることです。奪いたいのか、前進させたくないのか、ゴールを守りたいのか。ここが読めると、一人ひとりの立ち位置の意味も見えてきます。
そしてらいかーるとさんは、身も蓋もない事実も添えています。試合終了の笛の時点でリードしていれば勝利条件は満たされるので、ボールが手元にあるかどうかは関係ない。ボール保持を愛するミシャ式を応援する私たちには、少し耳の痛い話です。ただ、守備で主導権を握るという発想を知っておくと、対戦相手が何を狙ってグランパスと向き合っているのかも見えやすくなります。
シリーズを終えるにあたって
ここまで7回にわたって、「アナリシス・アイ」と「アナリシス・ブレイン」の2冊を、グランパスというレンズを通して読んできました。最後に、この本との付き合い方について書いておきます。
らいかーるとさんの2冊は、一人のサッカー人が持っているサッカー観を体系的に並べたものです。教科書ではありません。だから書かれていることをすべて真に受ける必要はないと思っています。読んでいて「いや、それは違うんじゃないか」と引っかかる部分があれば、その引っかかりのほうが大事です。
そもそもサッカーはどんどん変わっていきます。この7年だけを見ても、廃れたと書かれたマンマークが全盛に戻り、フリーマンが配置図を溶かし、3-2-5が当たり前になりました。書籍が出たあとのワールドカップでは、その3-2-5を崩す戦術が一般化しつつあります。らいかーるとさん自身が「サッカーの進化に完敗した気分」と書いて、一冊を書き直したくらいです。来年には日本代表の新しい監督が就任して、日本サッカーの進む方向もまた変わるかもしれません。ここに書かれた「いま」は、数年後には「かつて」になります。
それでも、というより、だからこそ、立ち戻れる基礎はあったほうがいいと思うのです。
新しい戦術や新しい言葉が出てきたとき、何もない状態から「これはどういうものだろう」と考えるのは骨が折れます。でも、時間とスペースの奪い合いという土台があり、守備の基準点という言葉があり、三つの優位性という物差しがあれば、「前と比べて何がどう変わったのか」という問いに置き換えられます。ゼロから考えるより、差分を考えるほうがずっと楽ですし、たいてい正確です。この2冊が渡してくれるのは、答えというより、その差分を測るための物差しなのだと思います。
このシリーズは、あくまで入り口です。図も具体例も、原書にはたくさん詰まっています。ぜひ原書を手に取っていただいて、その理解の助けとしてこの記事群を使ってください。順番は逆でも構いません。この記事を読んでから本を開いても、本を読んでから記事に戻ってきてもいいと思います。
そうやって、自分なりの物差しを持ってスタジアムに座る人が一人でも増えたら、グラぽで書いている意味もあるというものです。
うまくいっているときはいいのです。喜んでいれば済みますから。でも、うまくいかないとき、わけも分からないまま「やられた!」と悔しがるだけだと、モヤモヤが残ります。そうなると、他のことで紛らわせて忘れるくらいしかできません。今日のグランパスはどこで優位を作ろうとしていたのか、どの目的で守っていたのか。それが少しでも言葉にできると、負けた日の帰り道も、ただ黙って歩くだけではなくなります。
「アナリシス・アイ」「アナリシス・ブレイン」(小学館新書)。8月8日の開幕までの時間に、ぜひ。





