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明治安田J1百年構想リーグ シーズンレビュー(4) グラぽ編集長編 なぜ対策が進んだはずのミシャ式で名古屋グランパスは上位に進出できたのか? #grampus #グランパス

今年の名古屋グランパスは、よく「浦和型+札幌型+長谷川健太型」のハイブリッドだと言われています。

ただ、シーズンレビューを書くために各種の数字を並べてみたところ、これは少し違うのではないかと考えるようになりました。

2026年J1百年構想リーグの名古屋でミシャが見せたサッカーは、浦和のミシャ式とも札幌のミシャ式とも特徴が異なります。

結論から言えば、同じミシャ式でも「浦和型+札幌型」ではなく、ボール保持で支配するミシャ式から、走力と配置で相手の判断を壊すミシャ式に変わったのではないか。この記事ではそこを考察してみます。

なお、本記事で扱う数値はFootball LAB(名古屋シーズンサマリー、2026年6月29日時点、順位決定プレーオフ終了後)のものです。

特に注目してほしいのが、名古屋のデータです。AGI 52.4、パス456.1本、ラインブレイクラン66という組み合わせ。なかなか特徴的な数字です。浦和はたくさんパスをつないで相手ゴールに近づくチームでした。名古屋はパス本数こそ平均的なのに、相手ゴールに近づく効率がかなり高い。ここが名古屋版ミシャ式の核心ではないかと思っています。

用語解説:KAGI:相手の攻撃を「どれだけ自分のゴールから遠ざけ続けたか」を表す守備指標。以下の2点により高く評価されます
★ 相手が 自陣ゴールから遠い位置でボールを持っていた時間が長い
★ 相手が ペナルティエリアに到達するまで時間がかかった

    用語解説:AGI:自分たちの攻撃が「どれだけ相手ゴールに近づけたか」を表す攻撃指標。以下の2点により高く評価されます。
    ★ 自分たちが 相手ゴールに近い位置でボールを持っていた時間が長い
    ★ 攻撃開始から 敵陣ペナルティエリアに到達するまでが速い

    浦和レッズ時代は「ボールが主役」のミシャ式だった

    ミシャ監督の浦和レッズ時代、特に2016年のチームは、ミシャ式というスタイルがもっともきれいに形になったチームだったと思います。

    数字にもそれがはっきり出ています。ボール保持率は約60%。1試合あたりのパス本数はおよそ600本。自陣でも敵陣でもボールを持てていて、KAGI(相手を自陣ゴールから遠ざける指標)はリーグ1位。攻撃も守備も、ボールを持つことを中心に組み立てられていました。

    具体的にはこんな流れのサッカーです。

    まず自分たちがボールを持つ。パスを動かして相手を走らせる。そのうえで、中央のスペースを使って前進する。もしボールを失っても、高い位置で素早く奪い返す。

    だから相手は、なかなか攻撃の形を作れない。攻撃の時間も、守備の時間も、すべてボールを持つことから始まっていました。

    浦和時代のミシャ式
    浦和時代のミシャ式

    ただ、この形が成立するには「ボールを握り続けられるだけの戦力がそろっている」という条件が要ります。

    当時の浦和レッズには、柏木陽介、阿部勇樹、遠藤航、興梠慎三、武藤雄樹、関根貴大、森脇良太、槙野智章といった選手たちがいました。

    ミシャ式の難しいところは、選手の立ち位置が複雑なことです。3バックが可変したり、ウイングバックが高い位置を取ったり、シャドーが内側に入ってきたり。そういう動きの中で、自分がどこに立てばボールを受けられるのか、どこにパスを出せば中央を割れるのかを、選手が瞬時に判断しなければなりません。

    浦和レッズの選手たちには、その複雑な配置を理解する戦術眼があり、ボールを受けて動かす技術があり、失った瞬間に奪い返す経験もありました。だからこそ、配置の優位を作ってボールで相手を支配し、失っても奪い返して守るサッカーが、ちゃんと回っていたのです。

    このスタイルはとても強い。けれど、再現するには高い戦力が必要でもあります。

    コンサドーレ時代は「ボール」より「局面破壊」が主役になった

    ミシャ監督がその後、北海道コンサドーレ札幌に移ると、数字の出方が変わります。

    保持率もパス本数も、浦和レッズ時代ほどは高くありません。代わりに、ロングカウンターの指数が大きく上がっています。

    ミシャ式という考え方そのものが変わったというより、同じ考え方を別の使い方に当てはめたのだと私は見ています。

    浦和レッズでは、配置の力で相手を自陣に押し込んでいました。コンサドーレでは同じ配置の力を、相手の守備を一瞬ズラして、前線の選手を走らせるために使うようになったのです。

    コンサドーレにいた選手たちを思い浮かべると納得できます。ジェイ、チャナティップ、鈴木武蔵、アンデルソン・ロペス。彼らに共通するのは、スピードや決定力で個人として相手を壊せるタイプだということです。こういう選手がいるなら、600本のパスを回して相手を押し込むより、相手の守備が整う前に彼らへボールを届けたほうが、ずっと得点に近づける。当然の選択です。

    その結果、コンサドーレのミシャ式は、ボールを保持して支配するサッカーから、配置でズレを作って一気に縦へ刺すサッカーへと変わっていきました。

    北海道コンサドーレ札幌時代のミシャ式
    北海道コンサドーレ札幌時代のミシャ式

    カギになるのが、ミドルブロックとロングカウンターの組み合わせです。少し用語の整理をします。ミドルブロックというのは、自陣の深いところまで引かず、中盤あたりに守備のラインを作って待ち構える形のことです。ロングカウンターは、その中盤で奪ったボールを、長い距離を一気に運んで攻めきる攻撃のことを言います。

    浦和レッズ時代は、高い位置でボールを奪い返して相手を自陣に閉じ込めるサッカーでした。コンサドーレ時代はそこが変わり、中盤までは相手に持たせて、そこで引っかけて一気に前へ出る形になりました。

    コンサドーレの頃のミシャ式には、自分たちがボールを持っていない状態から始まる攻撃、いわば「非保持からの攻撃性」がかなりはっきり入ってきています。浦和時代にはあまり前面に出ていなかった部分です。

    名古屋2026は「保持しているのに別の進み方をする」チームになっている

    2つのチームで、実は異なった様子を見せていたミシャ。では名古屋ではどうだったのでしょうか?

    まず、ボールの持ち方の数字を見てみます。

    名古屋の保持率は52.1%でリーグ8位。

    1試合あたりのパス本数は456.1本でこちらも8位。

    どちらもJ1のちょうど真ん中あたりで、リーグ平均と大きく変わりません。浦和レッズ時代の保持率約60%、パス約600本という数字とは、まったく別の次元にあります。

    ミシャが来た時に予想していたような「ものすごくボールを持っているチーム」ではないことがわかります。

    ところが、攻撃に関する数字を並べると、アレ?と首をかしげることになります。一時期の川崎フロンターレ・・・ほどではないですが、まるでボールを持っているチームみたいです。

    • ゴール 1.7/試合(リーグ1位)
    • シュート 13.4(4位)
    • チャンス構築率 11.6%(4位)
    • 30mライン進入回数 39.4(4位)
    • ペナルティエリア進入回数 14.3(3位)
    • AGI 52.4(4位)

    少し用語を補足します。チャンス構築率というのは、自分たちが攻撃した回数のうち、シュートまでたどり着けた割合のことです。30mライン進入回数は、相手ゴールから30mのところまで攻め込んだ回数。ペナルティエリア進入回数は、その名のとおりペナルティエリアの中まで入った回数のことです。AGIは、簡単に言えば「相手ゴールにどれだけ迫れているか」を示す指標です。

    これらの指標が、ほぼリーグの上位4位以内に並んでいます。名古屋は、ボールを長く持っているわけでも、パスをたくさんつないでいるわけでもないのに、相手ゴール近くまで攻め込む回数も、シュートまで持ち込める割合も、最終的なゴール数も、リーグでトップクラスにいるのです。

    名古屋2026のミシャ式
    名古屋2026のミシャ式

    名古屋グランパスは、いわゆる「ポゼッションチーム」とは違います。

    ポゼッションチームは、まずボールを長く持つこと自体が出発点になっていて、そこから少しずつ相手を押し込んでいきます。名古屋はそこを飛ばしているように見えます。

    ボールを握り続けることを目的にせず、握れた瞬間に効率よく前へ進めることに重点を置いている。その意味で名古屋は、ミシャ式のなかでも「保持量で勝負するチーム」ではなく、「前進効率で勝負するチーム」と呼んだほうが近いでしょう。

    過去のミシャ式と比べてみると、違いがはっきりします。

    浦和レッズは、パスで相手を動かしながら前進していました。

    コンサドーレは、相手のボールを奪って前線の個に届けることで前進していました。

    名古屋は、その中間に位置するスタイルです。配置の力で相手のディフェンスラインを揺さぶりつつ、そこに選手が走り込んでいくことで前進していく。パスだけでも、個人技だけでも前進していない。配置と走り込みの組み合わせで前へ進んでいる、というイメージです。

    だからこそ、ラインブレイクラン66という数字が大事になってきます。ラインブレイクランというのは、相手のディフェンスラインの背後を狙って走り込むプレーのことです。この数字が高いということは、背後への走り込みを実践している選手が多く、しかも実際にチャンスにつながっている、ということを意味します。

    強調しておきたいのですが、ラインブレイクランはボールを持っていない選手のプレーです。ボールを持っている選手の技術だけで攻撃が組み立てられているのではなく、ボールを持っていない選手の動き出しが攻撃を成り立たせている。名古屋のサッカーを理解するうえで欠かせない視点だと思います。

    アフォーダンス理論で見ると、名古屋は「パスコース」より「走る場所」が見えるチーム

    ここは、以前の記事で書いたアフォーダンス理論の話ときれいにつながります。

    まずアフォーダンスという言葉を、もう一度かんたんに説明しておきます。

    「環境の側が、人に対して『こうやって使えるよ』というヒントをあらかじめ与えてくれている」という考え方です。日常的な例を挙げると、こんなイメージです。

    • ドアに「取っ手」がついていたら、説明書を読まなくても自然と「引いて開ける」と感じます。
    • ドアに「平らな板」がついていたら、誰に言われなくても「押して開けるんだな」と感じます。

    取っ手や板といった「環境の側のかたち」が、私たちの行動を自然に引き出しているのです。

    サッカーに当てはめると、こうなります。

    監督が口で「裏のスペースを狙え」と命令する代わりに、練習のミニゲームに「裏を狙いたくなるようなルール(制約)」を仕込んでおく。たとえば「裏のスペースで受けたら得点が2倍になる」みたいなルールです。すると選手は、誰かに指示されなくても、ピッチの状況のなかから自分で「あ、いま裏が狙えるぞ」というヒントを拾えるようになっていきます。

    詳しくはこちらの記事も参考にしてください。

    この視点から、長谷川体制と現在のミシャ体制の名古屋を比べてみると、選手に「見えていたもの」が大きく変わったことに気づきます。

    長谷川体制の名古屋で、選手に自然と見えていたであろう選択肢は、たとえばこういうものだったと思います。

    ボールの保持にはこだわらない。相手にボールを持たせて中央から自陣で奪い、カウンターをしかけるという低リスク戦略。マイボールの際に相手の守備が整ってしまっていたら、無理せず失わないようにつなぐ。背後のスペースは無理に狙わず、まずは戻って相手が前後に拡がるのを待つ。狭いゾーンに突撃してバランスを崩さない。総じてリスクヘッジを考えて無理せず安全にプレーする、という方向性です。中央から自陣できちんと奪える守備ができていればリスクも少なく、強いサッカーでした。(その守備の構築がメンバー不足でままならなかったと思いますが)

    一方、いまのミシャ体制の名古屋で見えている選択肢は、まるで違うものに変わっています。ウイングバックが相手の背後へ走れる。シャドーがディフェンスラインの裏へ抜けられる。センターフォワードが相手センターバックの間を割って飛び出せる。自分が動けば逆サイドが空いてくる。とにかく走ればボールが出てくる。前に出ても、近くに必ず味方がいてくれる。こういった可能性が、選手にとって「いま実行できる行動」として見えている状態です。

    ここで面白いのは、長谷川体制とミシャ体制で選手の顔ぶれが大きく入れ替わったわけではない、という点です。それなのに、選手にとって「自然にできること」として知覚される行動が、まったく変わってしまった。アフォーダンス理論で名古屋の変化を見るときの、いちばんの醍醐味です。

    アフォーダンス理論で見る名古屋2026:「パスコース」より「走る場所」が見える
    アフォーダンス理論で見る名古屋2026:「パスコース」より「走る場所」が見える

    浦和レッズ時代のミシャ式と比較してみます。

    浦和レッズの選手たちに見えていたものは、おそらく「ここに立てばパスを受けられる」「ここへ出せば中央を割れる」「ここで失っても奪い返せる」「相手を引きつければ逆サイドが空く」といった、ボールやパスにまつわるヒントが中心だったはずです。浦和時代は、ボールを動かすためのパスコースが、選手にとってのアフォーダンスとして強く見えていました。

    それに対して名古屋2026で見えているものは、性質が違います。先ほど挙げたように、走れる、抜けられる、割れる、出てくる、近くにいる、というように、走ることや動くことに関わるヒントが中心です。名古屋では、パスコースよりもランニングコースのほうが、選手にとってのアフォーダンスとして強く見えているのでしょう。

    これがわかると、名古屋の変化を説明するのが少し楽になります。

    名古屋は、浦和レッズほどパスで相手を支配しているわけではありません。それでも、選手たちが「ここなら走れる」「ここへ出せる」「ここに刺せる」と感じられる環境は、しっかり作れています。だから、夏までに大きな補強がなくても、すでにいる選手たちの出力(実際に発揮できるパフォーマンス)が変わってきたわけです。

    これを「選手の能力値が急に上がった」と表現すると、何か実体のないことを言っているように聞こえてしまいます。そうではなく、「同じ選手に対して、見えている行動の可能性が変わった結果、自然と引き出されるプレーも変わった」。こう説明したほうが、起きていることに近い気がします。この説明は、自分でもかなりしっくり来ています。

    名古屋のラインブレイクラン66を支える選手たち

    少し前に触れたラインブレイクランの話に、もう一度戻ります。

    この指標がミシャ監督のキャリアのなかでも高い水準にあるのは、偶然ではないと思っています。理由は単純で、いまの名古屋には、ミシャ式の「前へ出る」部分にうまく噛み合うタイプの選手が多くそろっているからです。

    主力選手を一人ずつ見ていきます。

    山岸祐也は、ペナルティエリアの中で一度フィニッシュ動作に入った後、もう一度別の位置で受け直せるタイプの選手です。ボックス内での再侵入が得意だと言ってもいいでしょう。19試合で10得点、攻撃CBPのうちゴールに関わる数値(攻撃CBPゴール)は24.99と、チームの得点源そのものになっています。

    木村勇大は、前向きにスピードを出して走れる選手です。ボールが落ちてきた瞬間にトップスピードで相手の背後を取れる。20試合で9得点、攻撃CBPゴールは23.04。山岸とほぼ同水準の貢献度です。

    永井謙佑は、年齢を重ねたいまでも、背後への走り出しで相手ディフェンスラインに圧力をかけ続けられる選手です。3得点。出場時間こそ抑えめですが、ベンチから出てきて相手最終ラインを下げさせる仕事ができています。

    中山克広は、ウイングバックとしてサイドの奥行きを取れる選手です。ここまでリーグ7アシストで、攻撃CBPは34.61。これはチーム内で1位の数字です。チャンスを作る側として、いまもっとも機能している選手の一人と言えます。

    甲田英將は、サイドで幅を取りつつ、内側へ仕掛けてもいける選手です。攻撃CBPは16.34。

    浅野雄也も、まっすぐではなく斜めに走り込んだり、相手の背後へ抜けたりするプレーに向いているタイプです。

    高嶺朋樹は、後方のポジションからでも斜めの展開ができる選手です。攻撃CBPは34.24で、こちらもチーム上位。後ろから攻撃のリズムを変えられる存在です。

    こうやって並べてみるとよくわかるのですが、名古屋には「ボールを支配し続けるための名手」がそろっているわけではありません。そろっているのは、相手の背中側のスペースに走り込み、適切なタイミングで顔を出せる選手たちです。

    浦和レッズ時代との大きな違いはここにあります。浦和では、ボールを保持する完成度の高さで相手を壊していました。名古屋では、走る場所と走るタイミングの的確さで相手を壊しています。

    実際の得点パターンにも、この傾向は表れています。クロスからの得点が全体の20.6%(7得点)、30m未満の短いパスから32.4%(11得点)、こぼれ球からも14.7%(5得点)と、ペナルティエリア付近での競り合いや反応で決まっている得点がかなり多い。まさに、ボックス内で勝負を決められる選手をそろえたチームらしい得点パターンです。

    過去のミシャ式より、左右バランスが取れたサイド攻撃になっている

    ここは慎重に整理しておきたい部分です。

    まず、過去のミシャ式チームと名古屋2026の、左右どちらのサイドからどれくらい攻撃しているかを並べてみます。指数は左右それぞれのサイド攻撃の使用度合いを示す数字です。

    • 浦和レッズ2016:左35 / 右51
    • 北海道コンサドーレ札幌2022:左28 / 右47
    • 名古屋グランパス2026:左46 / 右39(参考までに、中央攻撃は60)

    過去のミシャ式チームには、はっきりと「強いサイド」がありました。浦和は右、札幌も右寄り。片方に明確な強みを置く構造です。チームとしては大きな武器になります。ただ一方で、相手チームからすれば「まずその強いサイドを消せばいい」という、わかりやすい対策の入り口にもなっていました。

    それに対して名古屋2026のデータを見ると、左の指数46に対して右が39。たしかに左に寄ってはいます。ただ、浦和レッズやコンサドーレのような極端な偏りではありません。左に少し重心がある、くらいの差です。

    なぜ左サイドのほうがやや高くなっているかというと、起点として効いている選手が左に多いからだと思います。中山克広、徳元悠平、小野雅史、和泉竜司といった選手たちが、左サイドのビルドアップや崩しの基準点になっています。実際、アシストランキングの上位にいる中山克広は左サイドからのプレーで多くのチャンスに絡んでいます。

    注目したいのは、過去のミシャ式ほど片方のサイドに依存していない点です。相手チームから見ると、これは対策がやりづらくなる要素です。「片側を消せば、攻撃を止められる」という単純な構造では、いまの名古屋を止めにくい。左を消しても右がある程度回るし、その分だけ守備の負担は両サイドに広がります。

    加えて、中央攻撃の指数が60と、サイドの数値より高い水準にあることも見逃せません。仮にサイドの両方を相手が抑えにきたとしても、中央経由でボールを運ぶ選択肢が残っているのです。

    まとめると、いまの名古屋は「とにかく片方のサイドからガンガン殴って勝つチーム」ではありません。左サイドにやや重心を置きながらも、中央と逆サイドにも十分な選択肢を持っているチームです。相手から見れば、消すべきポイントを一か所に絞れず、複数の経路を同時にケアしなければならない。

    このバランス感は、過去のミシャ式チームと比べたときに、はっきりとアップデートされた部分だと感じます。

    守備は「融合」というより「攻撃に寄せた代償」が出ている

    ここまで攻撃の話を中心に書いてきましたが、いいことばかりではありません。

    もし攻守すべてが噛み合っていたら、残り4試合を取りこぼさず、優勝までたどり着けていたはずです。実際にはそうなっていないわけで、ここからは守備側の数字も冷静に見ていきます。

    最初に取り上げたような「いまの名古屋は浦和の攻撃力と札幌の守備設計を組み合わせたチームだ」という見方は、攻撃の組み立てについては、たしかにそう表現できる部分があります。ただ守備に関しては、「札幌時代の守備設計をそのまま維持できている」と言い切るのは難しいと感じます。

    理由のひとつは、KAGIという指標の数値です。KAGIは「相手を自陣のゴールから遠ざける力」を示す指標で、いまの名古屋は44.5、リーグ20位。最下位です。相手を自陣ゴールから遠ざける力に限って言えば、リーグでいちばん低い水準にとどまっています。

    ほかの守備関連の指標も並べてみます。

    • 被シュート 14.5(17位)
    • 被チャンス構築率 12.8%(18位)
    • 被ゴール 1.6(18位)

    被シュートは1試合あたりに相手から打たれているシュートの本数、被チャンス構築率は相手の攻撃のうちシュートまで行かれた割合、被ゴールはそのまま失点数です。並べてみると、守備側の指標がほぼ全部、リーグの下位グループに固まっていることがわかります。

    ひとつ注意しておきたいのは、被攻撃回数そのものは113.3でリーグ7位、「攻め込まれている回数」だけを見れば、特別に多いわけではないということです。問題は回数ではなく、いったん攻め込まれたときに、シュートまでたどり着かれる確率が高いこと。攻め込まれる頻度はそれほどでもないのに、攻め込まれたときの危険度が大きい。これがいまの守備の弱点です。

    ※ このあたりはNeilSメソッドの分析を見ると面白いです

    攻撃側と守備側の数字を改めて並べてみます。攻撃側の指標は、ゴール1位、シュート4位、チャンス構築率4位、30mライン進入回数4位というように、ほぼリーグ4位以内に集中しています。一方で守備側の指標は、KAGI20位、被シュート17位、被チャンス構築率18位、被ゴール18位と、17位〜20位に固まっています。

    攻撃と守備で結果がまったく逆方向に振れている状態です。この極端な非対称性が、いまの名古屋というチームをいちばんよく表していると思います。「ボールを前に進めるチーム」ではあっても、「ボールを止められるチーム」ではない。守備で安定して相手を抑え込めているのではなく、最後の最後でなんとか耐えているチームに近い、と表現したほうが実態に合いそうです。

    では、どうやって失点を抑えているのか。これは藤井陽也、三國ケネディエブス、原輝綺、シュミット・ダニエルといった、ディフェンスラインとゴールキーパーの個人の質に支えられている、と見るのが妥当でしょう。

    数字を見ても、その印象は裏付けられます。藤井陽也の守備CBP(守備に関するチャンスビルディングポイント)は58.27でチームトップ。シュミット・ダニエルのセーブCBPも6.93と高い水準です。チームとして組織的に守れているというより、最終ラインとゴール前で個人の対応力によって帳尻を合わせている構造に近いでしょう。

    短期的にはこれでも結果は出ます。実際、いまの名古屋は失点を一定の範囲に抑えながら勝ち点を積み重ねています。ただ、選手のコンディションや出場停止、ケガなどで一人でも欠ければバランスが崩れやすいのはご存じの通りです。シーズンを通して見れば、間違いなく長期的な不安材料です。

    「30m未満のパスからの失点46.9%」は、依然として名古屋版ミシャ式の急所

    失点パターンを細かく見ていくと、ある傾向がはっきり浮かびます。30m未満のパスからの失点が15失点、全体の46.9%を占めていて、これがもっとも多い失点パターンです。

    ここでいう「30m未満のパス」は、長い距離を飛ばすロングボールではなく、中盤からペナルティエリア手前あたりにかけての比較的短いパスのことを指します。リーグ全体の平均で見ると、この種類のパスからの失点はおおむね30%台前半に収まることが多いです。それと比べると、名古屋の46.9%は明らかに高い水準にあります。

    名古屋は「ロングボール一本で背後を取られて失点する」というよりは、「中盤からペナルティエリア手前までを、相手に短いパスでスムーズに運ばれてしまう」パターンで失点を重ねているのです。

    なぜこうなるのか。おそらく、ミシャ式の構造そのものと関わっています。ミシャ式では、ウイングバックが高い位置を取り、シャドーも前へ出ます。さらに、ボランチやセンターバックまでもが攻撃に参加していきます。ボールを保持できている間はこれが大きな武器になります。ところが、ボールを失った瞬間には、その分だけ中盤がすっぽり空いてしまう、という弱点と表裏一体です。

    その空いた中盤を、相手が短いパスでつないでくると、名古屋の最終ラインの前まで一気に運ばれてしまう。ここでシュートを打たれたり、決定的なラストパスを通されたりする。いまの名古屋のKAGIがリーグ最下位に沈んでいる、いちばんの理由ではないかと思います。

    アフォーダンスの話とつなげると、なおさら考えさせられます。

    前に書いたとおり、ミシャ体制になってから、名古屋の選手たちには「ここなら走れる」「ここへ出せる」「ここに刺せる」という攻撃に関するヒントが、たくさん見えるようになりました。間違いなく強みです。

    しかし同時に、相手チームの選手たちにも、「名古屋はここを通させてくれる」「ここで前を向ける」「ここを使えばペナルティエリア手前まで運べる」というヒントが見えてしまっています。

    名古屋は、自分たちの選手に前進のための可能性を提示している一方で、相手にも中盤を切り裂くための可能性を提示してしまっている、という状態にあります。

    攻撃の魅力と守備の弱点が、同じ構造から同時に生まれている。ここが、名古屋版ミシャ式のいちばん面白く、同時にいちばん怖い部分だと思います。

    「ミシャがアップデートされた」というより、「ミシャ式の可変幅が見えるようになった」

    ここまでの話を踏まえて、よく聞く「ミシャ監督自身がアップデートされている」という意見について考えてみます。大筋では当たっていると思います。

    ただ、もう一歩踏み込むなら、こう言い換えたい。ミシャ式というのはひとつの固定された戦術の名前ではなく、「与えられた戦力に応じて出力が変わる原理の集まり」だったのではないか。今シーズンの名古屋を通じて、そのことがはっきり見えるようになってきたのです。

    実際、ミシャ監督の歴代チームを並べてみると、出力がそれぞれ違うことがわかります。

    • 浦和時代は、ボールを保持できる戦力がそろっていたので、保持型のミシャ式になりました。
    • 札幌時代は、前線の個を活かすことが得点に近かったので、カウンター型のミシャ式になりました。
    • 名古屋では、走力、ウイングバックの推進力、センターフォワードの背後への動き、中央経由の選択肢といった要素がそろっていたので、多方向前進型のミシャ式になっている。

    「ミシャ式」と呼ばれているものの中身は、もう少していねいに分けて考える必要があります。ミシャ式と聞いたときに思い浮かぶ要素を整理すると、こんな感じになります。3バックが状況に応じて可変する。ウイングバックが高い位置を取る。シャドーは内側のレーンに入ってくる。ピッチを縦に5つに分けた「5レーン」を全部使う。前向きな攻撃参加を厭わない。崩しの局面に人数をかける。

    ここまでが「原理」の部分です。これらはミシャ式である以上、基本的に共通しています。

    一方で、「高い保持率」「1試合600本のパス」「ハイラインからのハイプレス」といった要素は、ミシャ式の原理そのものではなく、浦和レッズ時代という特定の条件下で出力された結果にすぎません。原理と出力結果を分けて考えると、名古屋の現在地が見えやすくなります。

    名古屋は、3バック可変、高い位置のウイングバック、内側に入るシャドー、5レーン占有といったミシャ式の原理そのものはきちんと使っています。けれど、その出力の仕方は浦和レッズ型でもコンサドーレ型でもありません。名古屋の戦力に合わせて、走る、長いボールを飛ばす、中央を割る、効率よく前線へ刺す、という方向に出力されている。これがいまの名古屋の姿です。

    名古屋版を一言で言うなら「平均保持・高前進ミシャ式」

    ここまでの話をできるだけ圧縮すると、名古屋2026はこんなチームです。

    • 保持率はリーグ平均並み(52.1%、8位)
    • 1試合あたりのパス本数もリーグ平均並み(456.1本、8位)
    • それでもAGIは52.4でリーグ4位、ゴール数は1.7/試合でリーグ1位
    • ラインブレイクランは66、ロングカウンターも57と、どちらも高い水準
    • 攻撃セットプレーも47と、リーグの上位グループに位置している

    数字を並べてみるとはっきりしますが、名古屋はボールを握り倒して試合をコントロールするタイプのチームではありません。それでも、ゴールへ近づく力に関しては、リーグでも突出して高い水準にあります。

    名古屋は「ボールを長く持つチーム」というより、「ボールを前へ進めるチーム」です。

    同時に、攻撃側の指標はほぼ全部リーグ上位、守備側の指標はほぼ全部リーグ下位、という極端な非対称が、このチームを語るうえでいちばんの特徴になっています。前進する力と、止める力の落差。この振れ幅の大きさこそが、2026年の名古屋というチームの正体なのだと思います。

    今後の対策は「名古屋の前進を止める」より「名古屋に中盤を使わせる」方向になる

    ここからは、相手チームから見た「名古屋への対策」がどう変わっていくかを考えてみます。

    シーズン序盤の段階では、「とにかく名古屋のウイングバックを抑えればいい」というシンプルな発想で十分だったかもしれません。サイドの推進力を消せれば、ある程度は機能を止められたからです。けれど、相手チームが研究を進めてくれば、それだけでは足りなくなるはずです。

    理由は、ここまで見てきた数字を思い出していただければ納得できると思います。名古屋の中央攻撃指数は60で、サイドの数値より高い。さらに、奪ってから一気に運ぶロングカウンターも、近い距離で素早く崩すショートカウンターも、どちらも一定の水準で機能している。サイドだけ消しても、中央でも、カウンターでも殴られてしまう。攻撃の出口が複数あるのです。

    これを踏まえると、相手チームはこんなふうに考えてくるはずです。

    名古屋に気持ちよくラインブレイクをさせない。とはいえ、無理に前から強くプレスにいくと、名古屋の前線の走力で背後を取られてしまうので、それも避けたい。だから、中盤までは名古屋にある程度ボールを持たせる。そのうえで、ウイングバックへの展開を意図的に誘導して、ボールを受けた瞬間に複数人で挟んで奪う。奪った直後は、自分たちもラインブレイクのような大胆なプレーには出ず、30m未満の短いパスをつないで中央の急所を突く。

    対策の発想が「名古屋を走らせない」から、「名古屋に中盤を使わせて、その後の空洞を利用する」ほうへ変わっていくはずです。

    気をつけたいのは、相手から見て一番おいしいのは、実は名古屋のウイングバックの裏のスペースではない、という点です。ウイングバックの裏というのは、見た目には大きく空いているように見えますが、そこを使われた場合、最終ラインの選手やカバーに戻るボランチで対応できる場面も多い。

    それよりも危ないのは、ウイングバックが上がった状態で、まだ自陣の守備位置に戻りきっていないあいだに生まれる、ハーフスペースとバイタル手前のエリアです。ハーフスペースとは、ピッチを縦に5本のレーンに分けたときに、中央レーンと外側のレーンに挟まれた「内寄りのサイド」のことです。バイタルというのは、相手のディフェンスラインのすぐ手前、いちばん危険なエリアのことを指します。このふたつの場所は、ウイングバックが攻め上がっている瞬間に、ぽっかり空きやすい場所です。

    そして失点パターンを思い出してください。名古屋は30m未満のパスからの失点が46.9%と、引き続き最多の失点パターンです。まさに、いま挙げたハーフスペースとバイタル手前で受けられ、短いパスで仕留められているケースが多いことを示しています。相手チームが対策を磨いてくるなら、ここが最大の攻略ポイントになるはずです。

    実際、すでに直近のFC町田ゼルビア戦でこの傾向が出ています。5月30日のホームでの第一戦は2対2の引き分け、6月6日のアウェイでの第二戦は1対2で敗戦という結果でした。町田は、名古屋を前向きに走らせない設計を持っているチームです。前から無理に追わず、中盤で待ち構え、名古屋がボールを失った瞬間に短いパスで一気に運んでくる。こういう設計のチームには、いまの名古屋はかなり苦しめられています。

    ほかのチームも当然この試合を見ています。今後、似たような設計を持ち込んでくるチームは増えるはずです。

    名古屋が次に必要なものは何なのか?

    ここまで書いてきたように、いまの名古屋は攻撃を加速させる装置がとてもうまく働いています。ラインブレイク、中央経由の展開、ショートカウンター、ロングカウンター、セットプレー、前線の機動力。攻撃をスピードアップさせる仕組みは、ひと通りそろっています。

    その一方で、これからの名古屋に必要なのは、攻撃を加速する技術ではなく、攻撃を止める技術だと思います。サッカーの言葉でいうとパウサです。

    用語解説:サッカーの「パウサ(La Pausa)」は、スペイン語で「一時停止」「小休止」を意味します。ボールを持っている選手が、あえてプレーのテンポを落とし、相手を引きつけたり、味方が良い立ち位置を取り直す時間を作ったりする技術・概念です。単に攻撃を遅らせるのではなく、次のプレーをより効果的にするための「間(ま)」や「タメ」と言ったほうが近いかもしれません。

    具体的には、こういう判断のことです。たとえば、サイドにボールが入ったとき、すぐにクロスや縦への突破を選ぶのではなく、いったん足元で止める。そこで相手SBやCBを引きつけ、味方のウイングバックやシャドーが背後・内側へ入る時間を作る。あるいは、ボランチが中央で受けたときに、前が詰まっているなら無理に縦パスを入れず、半拍置いて相手の中盤を引き出してから、空いた逆サイドへ展開する。攻撃を遅らせているように見えて、実際には次の加速をより効かせるための「間」を作っている、ということです。こうした「止める」「保留する」「守備に重心を残す」という選択を、適切なタイミングで挟めるかどうかです。

    ミシャ式というと、どうしても「前へ、人数をかけて、攻撃的に」というイメージが強くなります。実際、これまでミシャ監督のチームが評価されてきたのも、その部分です。けれど、名古屋が長期的に勝ち続けていくためには、どこで攻撃をやめるか、どこで一度ブレーキを踏むか、という判断のほうがむしろ重要になってきます。

    数字の話を補足します。正直言ってKAGI20位のまま、リーグの上位で勝ち続けるのは、シーズンを通すとかなり難しいでしょう。なぜなら自分のゴールに近いところまで押し込まれると、ちょっとだけプレッシャーが弱くなった瞬間に、スーパーゴールを決められてしまう可能性があるからです。選手が入れ替わったり、集中力が途切れがちな試合の終盤にそういうゴールを決められたりするので、年間を通じての安定感は出にくい。逆に言えば、いまのAGI(攻撃側の指標)の高さを維持したまま、KAGIを少しでも改善できれば、相当に強いチームになる可能性があります。

    目指すべき到達点を、現実的なラインで設定する必要はあるでしょう。

    私は、KAGIを1位にすることが目標だとは思いません。いまの名古屋の攻撃性を維持するのなら、KAGIで上位に並ぶのは正直に言って難しいでしょう。ある程度引いているからこそ、ランニングコースとなるスペースができます。そもそも攻撃に出ていく以上、ある程度のリスクは引き受けるしかないからです。

    ただ、いまの20位という位置から、せめて10位から12位くらいまで押し上げられたとしたらどうでしょうか?そのくらいまで戻せれば、首位争いをしているチームとしての説得力は大きく増します。攻撃の派手さで上位にいるのではなく、攻守のバランスを取りながら上位にいるチームになれるはずです。

    まとめ:名古屋で変わったのは「ミシャ式の主語」

    最後にこの記事の内容をまとめます。

    ミシャ式の歴代チームを並べたときに、いちばん大きく変わってきたのは何か。私はそれを「サッカーの主語」だと考えています。

    浦和時代の主語は、ボールでした。ボールを持つ。ボールで相手を動かす。ボールを失ったら、すぐに取り返す。すべてがボールという主語を中心に動いていました。

    札幌時代の主語は、前線の個でした。ボールを奪ったら、前線の個へ届ける。届いたらその選手が個人技で相手の守備を壊す。そのために、多少の失点は受け入れて、それ以上に得点を取り返す。主語が完全に前線の選手たちへ移っていました。

    そして名古屋2026の主語は、走る選手です。走ればボールが出てくる。背後を取れば相手は下がるしかない。中央も両サイドも使える。ボールを長く持たなくても、前進できる。攻撃の起点が、ボールでも個人の突破でもなく、「走る選手たちの動き出し」になっています。

    だから名古屋のミシャ式は、過去のチームのコピーではありません。浦和のように相手を支配するチームではないし、札幌のように撃ち合いに突っ走るチームでもない。名古屋は、保持率は平均並みのままなのに、それでも高い前進力を実現する、ランニング主導のミシャ式なのです。

    2026年の名古屋は、新しいミシャ式の実験を続けているチームだと思います。

    その実験が成功するか失敗するかは、これからの戦いで前へ出ていく力をきちんと保ったまま、どこまで中盤の空洞を管理できるか。

    この一点にかかっていると、私は考えています。

    About The Author

    グラぽ編集長
    大手コンピューターメーカーの人事部で人財育成に携わり、スピンアウト後は動態解析などの測定技術系やWebサイト構築などを主として担当する。またかつての縁で通信会社やWebメディアなどで講師として登壇することもあり。
    名古屋グランパスとはJリーグ開幕前のナビスコカップからの縁。サッカーは地元市民リーグ、フットサルは地元チームで25年ほどプレーをしている。

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