「風間用語をイタリア語に訳してイタリア人に説明したら絶対面白いはず」
最近とある方とそんな話をSNS上で会話し、改めて感じていたことがあります。それは「風間監督の使う言葉はシンプルでありつつも、そこに込められた意味は深く、故に理解することが難しい」という想いでした。これはプロフェッショナルである選手にも言えるようで、例えば今夏に新潟に移籍した磯村も、「最初は何を言っているか理解出来なかった」とコメントしていました。いかに風間監督の言葉にこめられた意図を汲み取ることが難しいことかよく理解出来るエピソードかと思います。
さて、私達が応援する名古屋グランパスは、8月の快進撃が嘘であったかのようにここにきて急失速してしまいました。特に顕著なのが、パスを細かく繋いでは相手の網に引っ掛かりシュートまで持ち込めないというパターンを繰り返していることです。ここ最近そんなシーンが続いている姿を見て、タイトルにある例の風間用語を思いだしたわけです。
今回は今までの戦いを簡単に振り返りながら、何故この問題を抱えることになったのか、それに対してどういった解決策があるのかを、この「ペナルティエリアの三辺」というキーワードをテーマに掘り下げていきたいと思います。
風間体制におけるこれまでの名古屋グランパスを振り返る
初のJ2を風間体制でスタートしたグランパスには、開幕してから今日に至るまで様々な課題が大きな壁として立ちはだかってきました。「止める・蹴る・外す」という風間サッカーにおける基礎の部分が上手くいかず、ビルドアップすら儘ならなかった前半戦。少しずつそれが改善されてきたが故に起きたチーム間の技術の差(風間監督の言葉を借りれば「目の速さ」)。6.25瑞穂での対長崎戦は顕著で、長崎の指揮官である高木監督は名古屋の頭脳ともいえる田口に入るであろうパスコースを徹底的に潰して機能不全にしたことは記憶に新しいところです。しかし夏の移籍期間中に新加入選手が複数加入し、「目の速い」選手とリズムを共有出来る選手たちが加わったことでグランパスは一段ギアを上げることができました。それが8月の怒涛の快進撃に繋がりました。残念なことにその快進撃は、対戦する相手に「このチームはスペースを与えると厄介である」という認識を生み、それが新たなグランパス対策を生むことになりました。
グランパスの特徴を理解し対策を取り始めた対戦相手
グランパスのサッカーはボール保持をベースに、細かいパスを繋ぎながら相手陣地でサッカーをすることを標榜しています。相手を押し込んだ状態だと、後方に残るのはGKを除き三名のみ。ゴールへの最短ルートである「中央」から崩しにかかる為、必然的にピッチ中央での密度が濃い状態になります。この現象はボールを奪われた際後方に大きなスペースを生むことを意味します。そのため奪われた後の守り方は開幕当初から今に至るまでのグランパスの課題となっています。このようなグランパスの特徴を理解したことで、ここ数試合の相手は戦術を変えてきました。どこも自軍のラインを深く設定し、ゴール前にしっかりとブロックを形成したうえで、グランパスがその網にかかってくるのを待つようになりました。グランパスはその網を崩そうとして、網に飛び込んで来ます。しかし網を攻略する攻撃の質が未だ乏しいため、簡単に網に掛かってしまいます。相手はボールを奪取するとカウンターを狙います。前述したようにあれだけ中央に人数をかけて攻めてくるチームです。一度ボールを奪えばその背後には広大なスペースが待っています。
このサッカーを標榜するグランパスとすれば、ボールを失った際の「即時奪還」が絶対に必要なわけですが、現状そこの整備はまだ出来ていません。しかしそれ以前にこのチームが抱える一番の問題は、こういった引いて守るチームに対して崩す手立てがないことです。ぶつかっては跳ね返されるの連続。ではどうしたらこのような相手を崩すことが出来るのか、そこで浮かんでくるキーワードがタイトルにもある「ペナルティエリアの三辺をいかに攻略するか」です。
「ペナルティエリアの三辺を攻略する」とは何を意味するのか?
風間監督が使うこのキーワードですが、言葉の単語を読み取ることは簡単で、要は「ペナルティエリアで最も長い中央のライン②」「その左側のライン③」「その右側のライン①」です。
風間監督はよく「ペナルティエリアを攻略する」という言葉を使いますが、このエリアに進入する為の三つのラインをいかに有効に使っていくか、と考えると分かりやすいでしょう。風間監督は特に「中央のライン」を意識していると思われます。何故か。このラインが最も進入経路としては広く、尚且つゴールに対して最短距離だからです。また最短距離だからこそ、相手もここを崩されるのは致命傷になりかねない為、そのゾーンでボールや人が動けばおのずとマークも集中し、それ自体も厳しいものになります。風間監督が「外は空いているところ」と表現するのはこの点に起因します。中央から攻めれば相手も厳しく守ろうとする為、選手が中央に集まり外側が空きはじめます。ただしこの理論は相手がある程度高い位置で陣形を保って守っていれば有効ですが、最初からゴール前にしっかりブロックを形成し、待ち構えられると少し話が変わってきます。相手も人数をかけてコンパクトな陣形を保ちながら守ろうとする為、スペースもなく中央をそのまま真正面からその密集に飛び込み、こじ開けることは簡単ではありません。
何故中央だけでは難しいのか
引いた相手に対して中央から崩すことは容易ではありません。考えられる理由として「相手の守備陣の視野が変わらない」ということが挙げられます。待ち構えている場所に正対した形で向かってくるわけですから、相手からすると「人」も「ボール」も常に自身の視野の前で動いていることになります。これは言い換えると守る際に的が絞りやすいということです。
サッカーの最も本質的な要素は、攻撃側は「いかに多くの選択肢を持つか」、守備側は「いかに相手の選択肢を削っていくか」です。この場合、守備側の選手たちは相手の攻撃が全て目の前で起きているわけですから、実は守りやすい状況であり、グランパスと対戦した相手DFが試合後によくこの点を指摘するのは理解出来ます。ではグランパスが相手を崩していくうえで次に必要なことは何か。勿論「相手守備陣の視野を分散させる」「相手の陣形を広げる」ことです。視野が分散することで、相手守備陣が「組織」ではなくそれぞれ「個」で判断する機会が増え、その判断のズレがギャップとなり、そのスペースを活用することで活路がみいだせるわけです。よく「ペナルティエリアの角(通称「ペナ角」)」という言葉が使われますが、中央の長いラインとサイドのラインが繋がるこの角の部分を攻略していくことで生まれるメリットが存在します。
具体的にシーンをイメージしてみる
例えば相手陣地深いエリアにおいて、タッチライン際でシャビエルがボールを受けたとします。この場面でボランチの田口やサイドハーフの秋山がシャビエルより一つ内側のエリアまで寄ってきてトライアングルを形成した場合どうなるか。
シャビエルが田口泰士、秋山陽介のどちらかにパスをだす。その際シャビエルをマークしていた選手は必ず視線を「中」に向けます。逆にゴール前でブロックを形成する相手選手は勿論ボールと人の動きを目で追うので、フォワードをマークしているセンターバックの視野はおのずと「外」に向きます。すると図で言えばCB1の視野のズレは大きいので、シモヴィッチがマークを外しやすくなります。こうやって相手の視野のズレを利用しながら各選手が相手のマークを外していくのです。
ペナルティエリアの角の位置(最近ではこのレーンを「ハーフスペース」とも呼ぶ)は、守備側にとって非常に守りづらいエリアです。
なぜならこの角度は中にも、縦にも、外にもいける、またシュートやクロスなど選択肢を多く持てるポイントだからです。前述の通り、守備側としては相手のプレーの選択肢を削ることが必要です。選択肢を削れば、相手は思い通りの攻撃ができない。しかし、この位置でボールを持たれると削りにくいのです。中央で守る相手守備陣(上の図ではフォワードについている2人のセンターバック)も、このエリアでボールを持たれると、攻撃側(秋山)の選択肢が多いため、マークだけに集中しきれない。このように動かない相手を意図して「動かしていく」のです。風間監督の言葉を借りれば、崩しの局面で「相手がだす矢印」の逆を取れる仕掛けを演出すると、おのずとボールがないゴール前のようなエリアでも相手の矢印が発生しマークを外せる可能性があるということです。組織で守っている相手に、個で判断を迫るような仕掛けが出来れば、結果的に周辺のエリアでも同様に個で駆け引きできる状況が生まれるのです。
そしてここでもう一つ重要なポイントが「あえて外に張る」行為です。
「外に張る」ことの意味
先程の例で「タッチライン際でシャビエルがボールを受け…」と書きましたが、中央を固めてくる相手、またペナルティエリアの三辺のうち横の二辺から攻略していく為には、この「張る」行為が実は重要な要素になりえます。中央一辺倒では相手の視野に変化がなく守りやすいと書きましたが、ここにはもう一つ大きな問題点があります。それは「味方同士でプレーするエリア、動けるエリアを制限している」ということです。
ピッチを縦に分割して考えると分かりやすいですが、同じレーンに選手が複数人いると縦に走れるスペースがなく、また守備側も視野内にその複数の選手達を入れることが可能な為守りやすくなります。あえて一度外に張ることで、味方が動けるエリアを広げてあげる。そこからの外の局面で複数の選手がボールを中心に絡みながら数的優位を作り攻撃の選択肢を増やしていく。ピッチを広く使うということは、相手の守備エリアを広げる効果とともに、関わる味方の選手の動けるエリアを広げることにも繋がります。勿論相手の守備エリアが広がればその分守備ブロックを形成する各選手が見なけれなならないエリアは広範囲になりますし、スライドしてボールサイド側に横幅を圧縮した守備網を作られれば、その分攻撃側にはボールサイドとは逆側の大外の選手が使えるスペースが生まれるわけです。
「中」ではなく「外」からも攻める意味
「ペナ角」と呼ばれるエリアを攻略していくうえでのメリットをまとめると、単純に中央よりサイドの方が相手のプレッシャーが弱いこと。またもう一つはこの位置でボールが動くと、相手の外側で守る選手は意識が中側に、内側で守る選手は意識が外側に傾きます。すると、それぞれの選手で見ている対象が異なるケースが生まれる可能性があることが挙げられます。要は視野が分散することになります。そこを速いパス回しと、複数の人の動きを連動させることで、相手が守りやすい環境、視野が整った環境を壊していく。中央が固いなら、このように視野がズレやすいエリアで相手を「動かしていく」。攻める側から見れば、いかに攻撃の選択肢を多く持ち、守る相手にその的を絞らせないかということが大切になります。
ちなみに先日の大分戦で気になったのは、例えば左サイドの秋山にボールが渡った際、他の選手達が中央のエリアに固執するあまり、秋山に対するフォローが遅く孤立してしまうシーンが多々あったことです。ボールホルダーである秋山自身も基本的には周りの選手達とのコンビネーションで相手を崩していくのが得意な選手ですから、単騎で切り崩すのは難しくなります。また今週水曜に開催された天皇杯、対セレッソ戦の前半も似たような展開でした。ただ後半になって、左サイドの青木、内田、田口を中心にこのサイドから崩していく意図が明確に見えたのは、週末のヴェルディ戦に向けてポジティブな材料です。最後の質の部分でまだまだ課題はあるかと思いますが、ゴール寸前まで迫り続けたことは評価出来るポイントではないかと考えます。
見る景色を変える
攻撃が行き詰まった際には、真正面からぶつかっていくだけではなく、ゴールに向かっていく角度を変え、見る景色を変えるということは重要です。
同じ守備ブロックでも、見る角度を変えれば、見える景色、感じるものも変わります。またそれは相手も同様で、攻めてくる角度が変われば見なければいけないものが変わってきます。だからこそ「角度」を変えてみる。またペナルティエリアの三辺、どこから進入し攻略をしていくかで攻め方も変えていくことが重要かと思います。「ペナルティエリアの三辺」を上手く使うことで、風間監督が言う「ペナルティエリアを攻略する」に繋げていくことが重要かと思います。
風間体制の現在地
このように、一歩ずつではありますが課題を克服してきたからこそ、相手も対策をし、また新たな課題が生まれています。その意味でもグランパスの前に立ちはだかる高い壁は、チームが成長するうえで決して逃れられないものなのでしょう。まずは狭いエリアを狭いと感じないようにする。次に現在のように中央を固められた場合、外の使い方を意識する。考え方によってはここまで次々に突きつけられた問題は、起こるべくして起きたようにも思えます。風間監督の性格を考えても、それらを一つずつ問題を解決していこうとしているのではないかとも思えます(実際のところは分かりません)。ただ川崎フロンターレのサポーターの方々からすると「今やっていることが出来るようにならないと、次に進むことはないし、その点に関しては極端すぎるほど徹底している」とのことですから、あながち間違いとも言いきれないかもしれませんが…。J2という舞台、また9月という時期にこの状況は見ているサポーターの立場からするとなんともヤキモキする状況ではありますが、このサッカーを志向するうえでは解消していかなければならない問題であり、そうやって一つずつ壁を乗り越えていく姿を一緒に見ていけるのも一つの愉しみ方なのかなと考えます。
いつか中からでも外からでも自分たちで判断して相手を攻略出来るチームに進化していることを願って今後も応援していきたいですね。