プレーオフを経て、J1昇格を決めた試合の後、名古屋グランパスの社長、小西さんがこのようなメッセージをアップロードしました。
J1復帰に際して、社長の小西から感謝のメッセージ http://nagoya-grampus.jp/news/misc/2017/1203-6-j-j-1.php
6月のファン感謝デーで、私は次のようなお話をさせていただきました。
「最も強い者が生き残るのではなく、最も賢い者が生き延びるのでもない。
唯一生き残るのは、変化できる者である。」
チームは、この一年間、石垣を積み上げるがごとく変化し続けました。
選手のライバルは、他のチームや選手ではなく、昨日の自分自身です。
そして、今日があり、今日の自分を超える明日がある。
その言葉の通り、チームは大きな変化を遂げたと思います。
サッカーの面でも大きく変化をしました。これまでのグランパスといえばクロス。サイドチェンジ。今年のグランパスのサッカーについては賛否両論あると思われますが、いままでのグランパスでは見ることができなかったような細かい繋ぎで相手を押し込むことができるようになりました。
しかし何よりも変わったのは、グランパスというチームの経営ではないでしょうか。
これまでのグランパスは、人気の低いチームでした。
デロイト・トーマツ Jリーグマネジメントカップ
https://www2.deloitte.com/jp/ja/pages/consumer-and-industrial-products/articles/sb/j-league-management-cup-2016.html
平均入場者数は11ポイントあるものの、豊田スタジアムのような大きな箱を持っていることの効果が大きく、スタジアム集客率では7ポイントとしかありません。2016年は前年からの改革によって様々な施策(グランパスビアフェスなど)を行った上でのこの数字です。浦和レッズなどに比べるとトータル9ポイント差の10位。さらに2015は18チーム中15位という惨憺たるありさまでした。
その結果このような記事が上がるほどです。
導入事例 名古屋グランパス
愛知県をホームタウンとする名古屋グランパスは、サッカーに詳しくない方でも名前を聞いたことがあるほどの名門クラブです。本田圭佑や吉田麻也などの日本代表プレーヤーも輩出しており、2010年にはJリーグ初優勝も果たしました。そんなグランパスですが、2013年のJリーグ観戦者調査では、グランパスファンの「チームアイデンティフィケーション※」がJ1チームで最も低い結果に。シーズンチケットを購入する理由も『チームへの愛着』ではなく『チケットの割引があるから』が1位という結果になるなど、ファンとのコミュニケーションに大きな課題を抱えていました。
課題:ファンの愛着が一番低いJ1チーム
人的リソースの足りなかった名古屋グランパスでは、営業部員がマーケティング活動も兼ねていたため、ファンの愛着が一番低いJ1チームという不名誉な評判を受けてしまった。
これを打破するためには、ファンクラブ会員を含んだ交流が必要と判断、CRMツールを活用していくとともに、積極的に会員の声に耳を傾けるような施策を開始した。
ここから読み取れるのは、これまで営業という業務の範囲が広すぎて施策が適切に行えていないということです。私自身がチームを率いるときには必ず、役割と指示命令系統を明らかにしますが、業務がすべて適切に洗い出せなければ、誰も担当していない業務ができてしまいます。
「誰かがやるんじゃないか?」とどこか他人ごとのように考えてしまうのでは組織はうまく回りません。
営業は、商品を売る行為です。営業の行為は、販売と言いかえることもできます。
営業職の役割からみれば、自社の商品やサービスの購入を促進し、最終的には顧客と売買契約の締結が目的になります。グランパスの場合は、営業というと2種類あると考えられます。スポンサーを獲得して、資金を調達すること。そしてチケットを買って頂き、資金を調達すること。
営業職の人間がいないと、チームはあっというまに資金不足に陥ってしまいます。重要な仕事です。
しかし、その人達にお客様にスタジアムに来ていただき、満足していただくということを両立することは難しいでしょう。だからこそ専門職が必要なのです。
名古屋グランパスは「マーケティング」という仕事を再発見した
2015年よりグランパスの内部業務改革が始まりました。営業職の兼ねていたいろいろな業務を分割しました。マーケティングとブランディングです。そしてそれぞれにプロを起用しました。マーケティングのコンサルタントとして、シナジーマーケティング社が加わりました。他の分野も同様で、ブランディンググループも立ち上がっています。グランパスくんやその他の選手を利用したグランパスのブランド向上を行うグループです。これらのプロの力は遺憾なく発揮されるようになりました。
マーケティングとは
マーケティングとは、自分から自分のイメージを相手に伝える努力のことです。皆さん、自分のことをいろんな人に知ってもらおうとしたらどうするでしょうか?ごく限られた友人に対してであれば、自分のことを伝えるといったら、簡単ではないですが、どうすればいいかのイメージは湧きますよね?でも、お父さんはどうでしょう。お父さんと友人に同じアプローチは効くでしょうか。先生はどうですか?いろんな人に、同じやり方でアプローチをしてもうまくはいかないのです。
しかし、グランパスの場合はいろいろな人に自分のイメージを伝えなければなりません。そして、面白そうだな!かっこいいな!そう言ったイメージを持って貰えないと来て貰えないのです。まず大事なことは、誰に、どうやって、どんなことを伝えていくか、です。
マーケティングでは、こういったときにSTP分析を行います。STP分析は、セグメンテーション、ターゲティング、ポジショニングのそれぞれのマーケティングプロセスの頭文字です。市場を細分化して(Segmentation)ターゲット層を抽出し(Targeting)ターゲット層に対する競争優位性を設定する(Positioning)という流れです。
ところがグランパスはこれまで、ユーザー層をよく分かっていなかったのです。
それぞれが持っていた「ファンはこんな人だ」というイメージはバラバラだった
井上 そこで、まずはファンを理解するためにファンクラブ会員へのアンケートを実施しました。
戸村氏 先ほど話したような経緯もあって、翌年にファンクラブをリニューアルすることがある程度社内で決まっていたので、アンケート調査の結果を参考にファンクラブをどうコース分けするか考えようということにもなっていました。2014年にアンケートを実施し、2015年にアンケート結果を元にファンクラブのコース設計を行い、2016年からプラチナ・ゴールドなど5種類のコースを用意してファンクラブを運用しています。
井上 コンセンサスがあったので、すぐに動き出せましたか?
戸村氏 リソースが足りなかったので、現場の担当者からは「手間が増えるしお金もかかるから大変だ」という声も上がりました。けれど、このままでいいとは誰も思ってなかったんです。ファンクラブの会員を増やしたいし、ファンとのコミュニケーションを良くしたいという思いは同じだったので、なんとか現場の担当者にも納得してもらいながら進めていきました。
井上 思いは同じだったという言葉を聞いて思い出したのですが、アンケート結果の報告会には、役員の方をはじめ多くの方が、聞きに来てくれました。
戸村氏 社員30人くらい参加してましたよね。社員みんなが、ファンクラブの現状に興味は持っていたんです。普段の業務での経験から、それぞれが「シーズンチケットを買ってるファンはこういう人だろう」「ファンクラブに入っている人はこういったタイプが多いだろう」といった持論を持っていました。自分が持っているそういった感覚が当たっているのかどうかを含めて、みんな実情を知りたかったんだと思います。その報告会の最後で、当時の役員が「来年から本腰を入れてマーケティングを進めていこう!」と言ったんですよね。
井上 あの一言はすごく覚えています。報告会が終わった後も、いろんな方から意見をいただきました。それぞれが肌感覚で持っているファンのイメージが微妙に違うからこそ、認識を統一したり、一緒に新しい定義を作っていかないといけないと思いました。
戸村氏 「コア層」とか「ライト層」という言葉に抱いているイメージがばらばらでは、議論が噛み合なくなってしまいます。今は、「潜在層」「超ライト層」などの言葉を作り、スタジアムの来場回数によってファン層を定義しています。ファンクラブ会員を増やす方法にも正解はなくて、コア層が増えてもいいし、ライト層が増えてもいいんです。けれど、その中でもグランパスが力を入れて獲得していくべきファン層がなんとなく見えてきました。今は、「まだ来場したことのない親子層を取り込んでいかないとファンの数は増えない」という共通認識が生まれています。 2014年のアンケート調査結果(一部抜粋)
来場履歴を取る仕組みがなく、誰が試合を観に来ているかわからなかった
戸村氏 CRMに取り組んでいこうというタイミングの2015年に遠藤が入ってきてくれて、データを見てCRM施策を回していく体制ができたのですが、新たな課題も出てきました。
遠藤氏 招待施策を実施した試合で初めて来場する方をたくさん集められているかや、プロモーション施策に注力した試合が2回目来場のきっかけになっているかなどを確認したかったんですが、データが取れていなくてできなかったんです。
井上 2015年時点では、来場履歴が正確に取れていなかったんですよね。
戸村氏 ファンクラブ会員で、かつスタジアム来場時に来場プレゼントを受け取りに来た方の来場履歴しか取得できていませんでした。
遠藤氏 2015年で1年かけてそういった課題を解消した結果、2016年からデータの補足率が上がりました。シーズンチケットを電子化するなど、来場データを取得しやすい仕組みを整えたんです。また、チケット購入者は来場意欲がある方なので、来場者と同義であると捉えることにするなど、社内での来場者の定義づけの変更も行いました。
こうして購入データと来場データを掛け合わせて見るようにしたことで、誰がいつ何回目の来場なのかを把握できる体制が整ってきました。
来場履歴を取得する仕組み
これらの施策によって、グランパスははじめてエンドユーザーと向き合ったのではないでしょうか。
ここで取り上げられているCRMとは顧客との関係性を改善するための打ち手です。
CRMでは既存の顧客との関係性を構築するための仕組みです。
以前、グランパスワンダーランドの記事で取り上げたように、割引チケットを使った施策をご紹介しましたが、割引チケットではじめて来た観客は上図での潜在顧客から見込顧客に引き込めたユーザーです。そのユーザーへの様々なアプローチが取れるように、一工夫がありました。単純に無料のチケットをばらまくのではなく、Jリーグチケットを通じて割り引き販売をすることにより、個人情報を取得をすることができました。これで蓄積することでお客様ニーズの収集と把握ができたわけで、効率良く、「こういう人にアピールすれば良い」ということがわかったわけです。
潜在顧客と見込顧客、現在の顧客をセグメンテーションすることができたので、それぞれに対して、効果的な施策を行うことができるようになりました。たとえば単なるDMもユーザーの分類によって違う文言で送られるようになりました。
このような変化がグランパスを変えました。みなさんも肌感というところでは感じているのではないでしょうか。
次回は、マーケティングの次にくるもの。ブランディングについて語りたいと思います。