グラぽ

名古屋グランパスについて語り合うページ

メニュー

【コラム】日本代表の目標設定はおかしいのか? #mond_grapodotnet

お題:日本代表の目標設定はおかしいの?
お題:日本代表の目標設定はおかしいの?

はじめに

最初に、この回答の前提をお伝えしておきます。

目標をどこに置くべきかについては、さまざまな考え方があって当然だと思っています。「まずはベスト8を現実的な目標にすべき」という意見も、「最終的には優勝を掲げるべき」という意見も、それぞれに理由があり、どちらかの意見を持つこと自体を批判するつもりはありません。

今回は、特定の発言者や異なる意見を持つ方について論じるのではなく、いただいた質問に沿って、「日本代表がワールドカップ優勝を目標に掲げることを、私はどう考えるか」という点に絞ってお答えします。

異なる意見もあることを前提に、目標設定の考え方や、目標と現在地の関係について、自分なりの意見を整理してみたいと思います。

上記を踏まえて以下をお読み下さい。


私個人は、日本代表がワールドカップ優勝を目標に掲げること自体は、まったくおかしくないと思っています。

加えて「強豪国に対して失礼だ」とも思いません。(もちろん違う意見があることも理解しています)

スポーツの大会に出場する以上、最終的な勝者を目指すことは自然です。そもそも、スペインもアルゼンチンも、フランスもブラジルも、大会に臨むときは強豪国と呼ばれる国は優勝を目標に掲げることが普通ですし、それを誰も失礼だとは言いません。相手の強さを十分に認めたうえで、全力で頂点を目指すこと。それはむしろ、相手への最大の敬意だと思います。

日本は正直言って強豪国とは言えません。身分不相応な目標は不適切なのでしょうか?

本記事ではそこを考察していきます。

二つの種類の目標を分けて考える

ここでは2つの種類の目標に分けて考えたいと思います。

1つは、過去に4度到達しながら(2002年、2010年、2018年、2022年)、一度も突破できていない現状最高成績のベスト16を越え、まずベスト8へ進むという段階的な目標です。(48チーム制となった2026年は新設のラウンド32で敗れ、ベスト16にすら届きませんでした。 一歩後退です)

もう1つは、日本サッカーが最終的にどこへ向かうのかを示す、ワールドカップ優勝という大きな目標です。

今の日本代表の現在地だけを見れば、次の一歩として「まずベスト8」という目標の方が現実味があります。一方で、最終目的地をベスト8に設定してしまえば、その先に必要な育成や強化を逆算しにくくなります。

問題になるのは、高い目標そのものではなく、その扱い方です。

たとえば「ワールドカップ優勝」を掲げることは、目指す方向を示し、必要な水準から逆算するために意味があります。優勝を目標にするからこそ、選手育成、指導者養成、リーグの強化、海外で主力を務める選手層など、何が不足しているのかを考えられます。

一方で、次のようになると問題が生じる可能性があります。

  • 現在地や実力差を無視し、目標だけを叫ぶ
  • 達成までの工程や期限、評価基準がない
  • 達成できなかったときに、関係者を一方的に失敗扱いする
  • 高い目標を掲げたこと自体を、実力の証明のように扱う
  • 途中の成長や成果を無視して、「優勝できなければ全部失敗」とする

これらに共通しているのは、目標が高すぎることではありません。現在地から目標へ至るまでの道筋が示されず、目標だけが独り歩きしていることです。

つまり、高い目標と現実的な計画は対立しません。高い目標は進む方向を示し、現実的な計画はそこへ近づくための道筋を示すものだからです。

反対に、現在地を正しく認識し、足りないものを明らかにしたうえで、長期目標を段階的な課題や短期目標に落とし込めているのであれば、目標が高いことは問題にはなりません。

「最終的には優勝を目指す。しかし、現在地は最高ベスト16であり、まずベスト8を安定して狙える力をつける。そのために今後4年間で何を改善するのか」という形なら、十分に現実的です。

むしろ、長期目標と短期目標を分けないことの方が問題です。ただし、二つの目標の間には大きな距離があります。優勝という長期ビジョンと、ベスト8という次大会の成果目標の間に、進捗を測る中間指標を置く必要があります。整理すると三段階です。

ワールドカップ優勝は、日本サッカー全体が何十年もかけて目指す長期ビジョン。ベスト8進出は次の大会で目指す成果目標。その間に、欧州トップレベルで主力を務める選手数や、育成年代、指導者養成などの進捗指標を置く。この三段階で考える必要があります。

非現実的かどうかは、目標の高さだけでなく、期限と道筋によって決まります。次の大会で必ず優勝すると約束するなら現実感を問われますが、長期的な到達点として優勝を掲げることは自然です。

高い山を目的地にすることと、次に登る一合目を確認することは両立します。問題なのは山頂を目指すことではなく、現在地も地図も持たずに「次で山頂へ行ける」と言ってしまうことです。

大切なのは、差を冷静に測ること

目標を高く掲げるときに大切なのは、その目標に対して、今の日本に何が足りないのかを、できるだけ冷静に明らかにすることです。

今回優勝したスペインと比べれば、日本には監督の采配や戦術だけでなく、選手層の厚さ、試合を支配する技術、プレッシャーの中での判断、育成環境など、まだ埋めなければならない差があります。

大会後は、監督の評価にばかり話が集中しがちです。もちろん監督の采配や選考を検証することは必要です。しかし監督一人を代えるだけで、選手層を含む強豪国との構造的な差まで埋まるわけではありません。実際にピッチでプレーするのは選手であり、その選手を生み出すのは育成の仕組みだからです。

今の日本代表でも、欧州でプレーする選手は大幅に増えました。代表メンバーの大半が欧州組という時代です。ただ、ワールドカップを勝ち切るためには「欧州にいるかどうか」ではなく、「どのレベルで主力を張っているか」が求められているのだと思います。

負傷者や出場停止が出ても質が落ちず、延長戦や連戦でも交代選手が試合を変えられる。相手や試合展開に応じて、異なる特徴を持った選手を使い分けられる。そうした層の厚さが必要です。

実際、今回の決勝でも、延長戦の決勝点を生んだのは途中出場の選手たちでした。ベンチから出てくる選手が試合を決めることができる。それが優勝する国の選手層です。

個人的な感覚では、欧州の主要リーグの上位クラブやチャンピオンズリーグの舞台で、主力として継続的に試合へ出ている選手が代表メンバーの大部分を占めるくらいにならなければ、優勝候補と呼ばれる国々と大会を通じて戦い続けるのは難しいと思っています。

日本とスペイン、それぞれの積み重ね

ただ、これは「今の選手は駄目だ」という話ではありません。

むしろ、日本サッカーは確実に前へ進んでいます。

振り返れば、この30年あまりで日本サッカーは大きく伸びました。1993年にJリーグが開幕し、同じ年に「ドーハの悲劇」でワールドカップ出場を逃した国が、1998年に初出場を果たし、以来8大会連続で本大会の舞台に立っています。海外でプレーするだけで特別だった時代から、今では欧州で主力を務める選手が代表に何人もいる時代になりました。これは偶然ではありません。Jリーグ各クラブが整備してきたアカデミー、高校サッカーとクラブユースという二本立ての育成路線、そして選手、指導者、育成年代の関係者が長い時間をかけて積み上げてきた成果です。

そして、参考になるのはスペイン自身の歩みです。スペインはかつて「タレントはいるのに勝てない国」の代表格で、初優勝はようやく2010年のことでした。スペインでは、各クラブのアカデミー、指導者養成、年代別代表での国際経験などが長い時間をかけて積み重ねられてきました。 その積み重ねの上に黄金期が訪れ、今回は、ヤマルやクバルシといった10代の選手を重要な戦力として組み込みながら、ロドリら経験豊富な選手がチームを支え、2度目の優勝を成し遂げました。 世界の頂点を知る選手や指導者の経験が次の世代へ受け継がれる循環が、何世代も続いた結果です。

今回スペインが優勝したからといって、日本もスペインをそのまま模倣するのではなく、こうした長期的な積み重ねを参考にしながら、日本の環境に合った育成と強化の循環を作る必要があります。

今まさに欧州のトップレベルでプレーしている選手たちが、将来指導者やクラブスタッフとなり、その経験を次の世代へ渡していく。その循環が何世代か続いたとき、日本サッカーはもう一段階上へ進めるのではないでしょうか。

だからこそ、一番怖いのは、目先の結果に揺さぶられて、この歩みを止めてしまうことです。30年かけて積み上げてきた育成は、日本サッカーの最大の資産です。守るべきは目先の体制や結果ではなく、この積み重ねの方向性です。

そして、守るだけでは足りません。世界も同じ30年で前に進んでいます。育成メソッドの更新、指導者養成、スポーツ科学やデータの活用、育成年代から代表までの一貫した強化。積み上げてきたものをさらに進化させ、深化させていくこと。それが、優勝という遠い目的地に近づいていくための、最も確かな道だと思います。

長期計画には、計画を守る「仕組み」が必要です

そして、長期で取り組むと決めるなら、もう1つ避けて通れない論点があります。その長期計画を、誰が、どうやってコントロールするのかという問題です。

私の本業であるシステム開発の世界に例えると、代表監督は1つのプロジェクトを預かるPM(プロジェクトマネージャー)のような存在です。任期はおおむねワールドカップの1サイクル、4年。その期間の結果には責任を負いますが、20年、40年という単位の計画全体に責任を負う立場ではありませんし、負えるはずもありません。

大規模なシステム開発では、個々のプロジェクトの上に、全体計画との整合性を管理するPMO(プロジェクトマネジメントオフィス)という組織を置きます。個々のPMが交代しても、全体の方向性がブレないようにするための仕組みです。

実は、日本サッカー協会自身が、2005年に「2050年までにワールドカップを日本で開催し、優勝する」という約束を宣言しています。つまり、長期目標そのものはすでに掲げられているのです。

JFAは「Japan’s Way」や中期計画を通じて、長期目標を具体的な強化・育成方針へ落とし込もうとしています。

そのうえで問われるのは、目標に対して現在どこまで進んでいるのか、何が達成でき、何が遅れているのかを、継続的に測定し、外部にも分かる形で説明できているかどうかです。

監督が代わっても、会長が代わっても、進捗を検証し続ける、PMOに当たる機能が働いているかどうかです。

協会には技術委員会という、代表強化・育成・指導者養成の方針を担う組織があります。ただ、その技術委員会が長期の全体計画を本当にコントロールできてきたのかは、外からは見えにくいのが正直なところです。

まして、会長や技術部門の責任者、代表監督が代わるたびに、長期的な強化方針まで大きく揺れてしまうようでは 、45年がかりの計画など望むべくもありません。直近で一番補強が必要なのはこの長期的な強化方針をコントロールする技術委員会の強化かもしれません。

ドイツが2000年の欧州選手権惨敗を機に育成改革をやり切ったのも、ベルギーが2000年代に統一された育成方針から黄金世代を生み出したのも、個人の情熱だけでなく、計画を『組織として』持ち続けたからだと、長期的な育成改革の例としてしばしば挙げられます。

人が代わっても計画は続く。属人性を排し、検証と修正を積み重ねる。高い目標を長期で追いかけるためには、優れた監督やリーダーの力はもちろん必要です。ただし、長期計画を個人の情熱や力量だけに依存させず、人が代わっても継続できる仕組みにしておくことが重要なのではないでしょうか。

優勝は「次の大会の目標」ではなく「日本サッカー全体の目標」

そう考えると、ワールドカップ優勝は、次の一大会だけで達成する目標というより、20年、40年という単位で、日本サッカー全体が世代をまたいで取り組む長期的・文化的な目標に近いと思います。

4年ごとの大会で、結果に一喜一憂することは当然あります。ただ、一大会の結果だけで、それまで積み上げてきた育成方針や強化の方向性まで全面的に否定してしまうのは、もったいないと思います。

必要なのは、失敗をなかったことにすることでも、無条件に今の体制を支持することでもありません。

今回うまくいかなかったことを検証し、修正すべきところは修正する。一方で、正しかった積み重ねは止めずに継続し、さらに進化させていく。その繰り返しが大切です。

私は、「優勝を目指す」と言うことに問題があるのではなく、優勝までの道筋を示さず、次の大会だけで達成できるかのように扱うことに無理があるのだと思います。

高い目標は持ってよいと思います。

ただし、その目標と現在地の間にどれほど大きな差があるのかを認め、その差を一段ずつ埋めていく覚悟も必要です。

ベスト16の壁を越えての初の8強も、その先の4強も、すべて優勝へ向かう途中の通過点です。

「優勝か、8強か」の二者択一ではなく、優勝という遠い目的地を見ながら、目の前の一段を着実に上っていく。

私は、それが日本代表にとって最も現実的で、同時に最も夢のある目標設定ではないかと思っています。

About The Author

グラぽ編集長
大手コンピューターメーカーの人事部で人財育成に携わり、スピンアウト後は動態解析などの測定技術系やWebサイト構築などを主として担当する。またかつての縁で通信会社やWebメディアなどで講師として登壇することもあり。
名古屋グランパスとはJリーグ開幕前のナビスコカップからの縁。サッカーは地元市民リーグ、フットサルは地元チームで25年ほどプレーをしている。

Leave A Reply

*

CAPTCHA


このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

Share / Subscribe
Facebook Likes
Posts
Hatena Bookmarks
Feedly
Send to LINE