
前編・中編のおさらい
ここまで2回、材料を並べてきました。後編に入る前に、簡単に振り返らせてください。
前編はW杯2026の話でした。3バックを基本にした12チームは、ひとつもベスト16に残れませんでした。押し込まれた3バックは5-2-3になり、さらに下がれば5-4-1、前線に残るのは1人です。相手のセンターバックは誰にも追われないままボールを持て、二列目が2枚まで減った状態では、クロスの出どころに制限をかける手段もありません。フリーのクロッサーからいちばん遠いサイドへ正確なボールが届き、折り返しで仕留められる。この壊し方が、大会を通じて世界に共有されました。
中編は名古屋のデータでした。百年構想リーグ20試合のxG差は、1試合あたり+0.06。作ったチャンスと与えたチャンスの量と質で見れば、チャンスとピンチの差がそれほどないチームだったことになります。首位に立った第13節から第16節は、内容ではむしろ互角以下で、決定率の上振れに支えられていました。第17節からの大量失点も、不運な下振れと、相手の対策とが同時に来たものと考えられます。
そして7月25日、北海道コンサドーレ札幌とのプレシーズンマッチです。ここで目立ったのは、守備のブロックが出来上がる前にショートカウンターで攻め込まれる回数でした。去年のデータに出ていた「xGに映らない失点」の形が、キャンプでも顔を出していたことになります。
(xGはシュート1本ごとの得点確率を足し合わせた数字、被xGは相手にどれだけチャンスを与えたかを表す数字です。詳しくは中編で説明しています)
後編では、ここまでの材料を来季の課題として書き直します。課題を4つ、そこへの提言を7つ挙げていきます。
2026-27シーズンの課題を再定義する
中編では、ミシャ式が選手にかける無理を3つ挙げ、対策は後編で論じると書きました。本稿との対応を先に示しておきます。
- 無理①(マンツーマン守備が剥がされると連鎖する問題)には課題3
- 無理②(組み立て時のショートカウンター)には課題2・課題4
- 無理③(走力の負荷)には課題4
課題1:チャンスの質と量を増やすことができるか
1試合あたり+0.06というxG差は、順位でいえば6位相当の数字です。自分たちが作ったチャンスと相手に与えたチャンスがほぼ釣り合っているので、勝ったり負けたりを繰り返すことになります。
優勝を狙うなら、この土台そのものを引き上げるしかありません。参考までに、優勝した神戸はゴール期待値1.643、被ゴール期待値1.16で、差し引き+0.483でした。名古屋との開きは0.4以上あります。決定率が跳ねる時期を待っていては届きません。上振れ頼みから抜けるには、チャンスの量と質そのものを増やすしかありません。そのためにはいくつもの以下のサブ課題をクリアしていく必要があります。
課題2:持たされたときビルドアップの出口を確保できるか
中編で、「ミシャ式に固定の賞味期限はない、ただしリーグに仕組みが共有されるほど、通用させるための要求水準が上がり続ける」と書きました。
ミシャ式はピッチのどこかに「1人多い場所」を作る仕組みです。相手陣内では相手4バックに対する5トップ、自陣内では相手3トップに対する4バック。このように局所的な数的優位を作っていきます。それに相手が対策を用意してくるならば、その対策を上回る必要があり、上回るためにはプレーの要求水準があがる、というロジックです。
ミシャ式は、チェスのようにあらかじめ決めた並びで優位を作る仕組みではありません。中編でも触れたとおり「ここでこう動けば次にこういう選択肢が生まれる」という原則を選手に染み込ませて、相手の守り方を見た選手が自分で立ち位置を選び直します。だから相手がどう構えてきても、理屈のうえでは空いている場所を見つけられるはずです。
問題は、相手の前線の守備が人につく守り方、マンマーク守備をしてきたときです。その場合、立ち位置を変えても相手がついてくるので、マークされた選手は、マンマーカーが「切る」方向によって攻撃の選択肢を奪われることになります。
マンマークに対して優位を作るには、自分が動いて相手がマークを受け渡しする隙を作るか、1対1に勝ってマークを剥がすか、この2つしかありません。前進をあきらめて安全なところにバックパスを出す手も残っていますが、それでは局面が変わりません。この3つのどれを選ぶかは、選手が判断と技術で自分で決め、完遂するしかないのです。
この3つがうまくいかなかったのが第17節セレッソ戦・第18節サンフレッチェ戦のグランパスでした。
中編で見たとおり、この時期は保持率もパス数も増えていました。ところが相手の平均奪取ラインはシーズンで1位と2位の高さで、グランパスが中盤でボールを失う割合も最高でした。
セレッソやサンフレッチェは自陣でグランパスにボールを持たせ、ビルドアップを阻害することで選択肢を奪い続けます。前線へのパスコースはなく、パスをするなら選択肢は可能性の薄いロングボールか、バックパスしかありません。どちらの試合も開始早々先制点を奪われた後なので、その選択ができない焦りがありました。残る選択肢は動いてマークの受け渡しを狙うか、1対1に勝つか。そこで動いてマークの受け渡しを狙おうとしたグランパスに対して、相手選手はプレスでボールの奪いどころにグランパスの選手を誘導し、そこで奪いきる狙いがあったと考えられます。
ビルドアップ時の4-1-5フォーメーションでは中盤に残ったセントラルの選手、つまり4-1-5の1が受けに行くところが弱点になります。相手にとってはパスカットを狙いやすくなりますし、パスコースを切ることも簡単です。動いてマークを剥がしにきたら、数的優位で囲んで奪うこともできます。
では、セントラルが使えないときはどうすればよいでしょうか。相手が中央へのパスコースを消してきたならば、ボールを持ったサイドCBの持つパスの選択肢は、別のCBかGK、そして残った外のWBです。前線に張った状態では距離が遠く、パスは通らないので、WBは下がらなければならなくなります。
受けた時点でWBの位置は低く、周りにも人が足りていない。前を向いても出しどころがありません。逆サイドへ戻せば保持率とパス数だけが積み上がり、内側へ差し込めば、相手が待ち構えている場所にパスを入れることになります。
ここには、中編で挙げた無理②(組み立て時のショートカウンター)も重なります。前に進めないまま自陣付近でパスを回している時間は、4-1-5に変形して前に人をかけている時間でもあります。その状態で中央を奪われれば、後ろは実質3人。持たされること自体は失点になりませんが、持たされた末に危険な位置で失うと、そのまま失点まで直通します。第17節と第18節の大量失点には、この経路をたどったものが目立ちました。
しかも今季は、名古屋が6位で終えたチームとして開幕を迎えるシーズンです。持たせて外へ誘導するという手は、去年より早い段階で出てくると考えたほうがいいでしょう。相手が持たせてきたときに、どうやって前へ進むのか。この出口を用意しないまま開幕すれば、各クラブのスカウティングが一巡する頃に、同じ現象が起きてもおかしくありません。
課題3:奪いに行く場所と、我慢する場所が決められるか
中編で触れたKAGI(守備の対応の質を表す指標で、リーグ平均が50になるよう作られています)は、名古屋が通年44でした。守備の脆さは、前から人につくために名古屋が支払っている代金のようなもので、ゼロにはできません。
用語解説:ピッチを縦に3等分して、相手ゴールに近い側からアタッキングサード(ゾーン3)、ミドルサード(ゾーン2)、ディフェンシブサード(ゾーン1)と呼びます。以下、この呼び方を使います。

ただ、札幌戦でその中身がはっきりしました。前から人について出ていく以上、ブロックが並び直すのはいつも遅れます。ミドルサードを速いテンポで通過されると並び直しが間に合わず、ゴール前にはCBとGKしか残っていない状態になります。
ここで処方箋を「即時奪回」の一語で済ませないほうがいい、というのが私の考えです。
奪われた直後に奪い返しに行くのが有効なのは、基本的にアタッキングサードです。相手ゴールの近くで奪い返しに行くなら、仮に失敗しても、背後には自陣へ向かって走り出せる味方が大勢残っています。
同じことをミドルサードやディフェンシブサードでやると、話が変わります。囲い込みに人数をかけた直後は、そもそも人が足りていません。そこから奪い返しに出ていけば、出ていった人数の分だけ、ゴール前がさらに空きます。
ですからミドルサードから後ろでは、飛び込まずに遅らせて、味方が戻る時間を稼ぐほうが理にかなっています。
もっとも、これは口で言うほど簡単ではありません。遅らせるというのは、相手の前に立ち続けて、進める方向を限りながら一緒に下がっていく作業です。飛び込めば抜かれますし、距離を取りすぎれば前を向かれます。札幌戦でも、遅らせ切れずにそのまま突破される場面は少なくありませんでした。中編で無理①として挙げた、最初の1人が剥がされたときの連鎖です。
どの位置なら奪いに行き、どこからは行かないのか。この線引きを11人が同じように持っていないと、1人だけ飛び出して穴が開きます。逆に線引きが共有されていても、遅らせる役が遅らせ切れなければ、結局は同じところへ行き着きます。
課題4:5枚で守るときに発生する、2つの問題を解決できるか
W杯2026が突きつけた新しい課題です。ただ、名古屋の場合は2つに分けて考えないと話が噛み合いません。5枚が並んだ後の問題と、そもそも5枚が並べない問題です。
まず前提を確認しておきます。名古屋の守備の基本形は3-4-3で、最初から5-4-1で構えるチームではありません。ただしWBは守備の強さで選ばれた選手ではないので、相手の保持が続き、押し込まれると最終ラインは5枚になります。これで5バックになります。さらにシャドーも中盤の手伝いに戻ります。行き着く先は5-4-1です。前編で見た「押し込まれた末の最終形態」と、並びとしては同じものになります。
ここで前編の補足を思い出してください。W杯で狙われていたのは、5枚の最終ラインそのものというより、その前の二列目が2枚しかない状態でした。クロスを上げる相手に誰も寄せられないから、フリーで正確なボールを蹴られる。逆サイドが空くこと自体は4バックでも起きるので、枚数を分けた原因はそこにありました。
この物差しを名古屋に当てはめると、少し意外な結果が出ます。名古屋の5-4-1は、二列目が4枚あります。セントラル2枚と、戻ってきたシャドー2枚です。4-4-2でブロックを組むチームと同じように、シャドーがクロッサーへ寄せ、その背後をWBが見るという二枚がかりの規制ができる並びになっています。少なくとも枚数の上では、W杯の定石がそのまま刺さる形ではありません。
前編の最後に、名古屋がいちばん分かりやすい標的になりかねないと書きました。書いた時点では、5枚で守るチームだから、という理由でした。二列目の枚数で考え直すと、話は少し変わります。名古屋が狙われるのは5枚が並んでいる時間ではなく、並ぶ前の時間でした。とはいえ、並んだ後にも別の問題は残っています。
ひとつ目:5枚が並んだあとの問題
枚数が足りていても、担当が決まっていなければ規制はかかりません。クロッサーへ最初に寄せるのはシャドーなのか、WBが前に出るのか、出たWBの背後は誰が埋めるのか。ここが曖昧なまま二列目が4枚並んでいても、蹴る側から見れば誰も寄ってこないのと同じです。
そして戻ってくるシャドーには、無理③で挙げた走力の負荷がそのままかかります。前から人について出た選手が、自陣のサイドまで戻って二列目に並び直す。これができている時間帯なら4枚が揃い、脚が止まれば実質2枚です。同じ5-4-1でも、時間帯によって中身が変わります。
もうひとつ、5-4-1に固有の問題も残っています。前線に1人しか残らないことです。相手のCBは誰にも追われないままボールを持ち、時間をかけて、こちらの守備が整っていない瞬間を探して配球できます。そして、たまにボールを奪えても、預ける先が前線の1人しかいません。すぐに奪い返されて、また押し込まれる。W杯の3バック勢が抜け出せなくなっていたのと同じ循環で、5-4-1で耐える時間はこうして延びていきます。
ふたつ目:そもそも5枚が並べない問題
そして、名古屋で二列目が本当に薄くなるのはこちらでした。
囲い込みです。タッチライン際に4人も5人も寄せて奪いに行き、外されると、逆サイドと中央には誰も残っていません。この瞬間の名古屋は、5-4-1どころか、ボールと反対側に人がいない状態です。W杯の3バック勢が5-2-3で味わっていた「クロッサーに誰も寄せられない」を、名古屋は陣形が崩れた側から作り出しています。
速攻を受けたときも同じです。囲い込みに人数をかけた直後にひっくり返されるので、戻るのが間に合いません。ゴール前にいるのはCBとGKだけ、タイミングが悪ければGKだけ、ということも起こります。5-4-1が完成するのは、押し込まれ続けて全員が自陣に戻る時間があったときだけです。
セレッソ戦の3失点目が、この形にあたります。札幌戦の失点も、5-4-1を崩されたものではありませんでした。並ぶ前に攻め込まれ続けて、最後は並べていない状態で藤井陽也を引き剥がされています。
では、2つの問題は実際の失点にどう表れていたのか。セレッソ戦の失点を映像で確認してみます。
1点目は、得点者の田中駿汰の前にDFが3人いる状態から、斜めのパスが通ったものです。受けてからシュートまでが速く、コースも良かった。守備側の問題として数えるより、田中駿汰の質を認めるべき失点だと思います。
2点目は、セントラルのパスミスを拾われてのショートカウンターです。シュミット・ダニエルはシュートに手を当てていますが、近距離の1対1を決められたことにGKの責任はありません。問題は自陣深くでボールを失ったことで、中編で無理②として挙げた形そのものです。
3点目は、セントラルとDFの2人が重なってしまい、そこで奪い切れずにフリーの選手へ渡ったものです。誰も制限をかけていないのでクロスは余裕を持って蹴られ、クリアできずにファーへ抜け、待っていた選手に決められています。数的優位を作りながら奪い切れなかった場面です。
3つを並べてみます。2点目は自陣でのパスミスから走られたもので、ふたつ目の問題そのものです。3点目も、囲い込みで奪い切れずに人が片側へ偏った状態から使われているので、ふたつ目に入ります。1点目はDFが3人並んでいる中を通されたものなので、こちらは陣形が出来ていた状態での失点です。ファーサイド経由ではないので、ひとつ目とも少し違う崩され方でした。残る3失点も含めて数え直す必要はありますが、少なくとも失点の入口が1つではなかったこと、そして陣形が並ぶ前に運ばれた失点が目立つことは確かです。
「押し込まれても5バックがあるから固い」という見方は、押し込まれる展開でしか通用しません。
手をつける順番としては、ふたつ目が先だと思います。二列目が4枚あるという名古屋の利点は、陣形が並んでいる間しか使えないからです。切り替えを速くして遅らせる作業ができるようになれば、そもそも並べない時間が減ります。並べる時間が増えて、はじめてひとつ目の担当決めが意味を持ちます。
そのうえで、ひとつ目への備えも要ります。クロッサーへの規制、ファーサイドのWBの基準、GKの守備範囲。この担当決めは、提言4でまとめて扱います。
もうひとつ、5-4-1で耐える時間そのものを短くする、押し返す手順も要ります。前編で見たとおり、3-2-5と5-4-1を分けているのは両WBの立ち位置だけです。名古屋なら、中山克広と浅野雄也、あるいは甲田英將がどこに立つかで、チームの姿がまるごと切り替わります。そして前編の補足で書いたとおり、WBが上がれないのは体力の問題だけではありません。相手の大外の選手が背後に立ち続けていれば、前へ出るタイミングそのものが訪れない。ボールを持たれている時間が長くなるほど、戻すきっかけが減っていきます。だから、奪った後にどこへ逃がすのか、誰がボールを収めて時間を作るのか、その間に誰が前へ出るのか、というところまで手順として決めておく必要があります。WBの脚に任せて解決できる話ではないからです。提言3で書く「持たされたときの出口」は、押し込まれた状態から抜け出す手順としても働きます。
ブラッシュアップへの7つの提言
課題4つに対して、提言は7つになります。ただし1対1で対応しているわけではありません。
提言1と提言2は、課題2で見たマンマークへの対抗策です。提言3が、課題2の出口づくりそのものになります。提言4は課題4のひとつ目、5枚が並んだ後の担当決め。提言5は、同じ構造を今度は相手に対して使う攻撃側の話です。提言6が課題3と課題4のふたつ目を受けて、奪いに行く場所を決める話。提言7は、その設計が保てなくなった時間帯の備えになります。無理①は提言6、無理②は提言3、無理③は提言7で扱います。
課題1のxG差だけは、直接の処方箋がありません。残る3つに手を入れた結果として上がってくる数字だからです。
提言1:後方の組み立てをワンパターン化しない
用語解説:サリーダ・ラボルピアーナ(以下サリーダと略称)は、ボランチが最終ラインの中央まで降りて、後ろの人数を増やしながらボールを運ぶやり方です。
名古屋ではサリーダの実行役はほとんどの場合、高嶺朋樹が担っています。問題は、これが毎回同じ手順になっていることです。誰が降りるかが決まっていれば、相手は事前に準備できます。降りた瞬間に中央を切って、外へ蹴らせればいい。それでは後ろが4人になっただけで、ふつうの4バックのビルドアップと何も変わりません。
だから選択肢が要ります。稲垣祥が降りる。誰も降りずにCBがそのまま持ち運ぶ。GKを組み立ての1人に数える。相手のプレスがどこから何人で来るのかを見てから、その局面ごとに選ぶ。この判断をチームの原則に入れておきたいのです。
そもそも、そのサリーダは本当に必要でしょうか。相手のフォワードのプレスが少なく、高嶺朋樹が前を向いてプレーできる余裕があるなら、最終ラインまで落ちる必要はないはずです。降りるかどうかも含めて、その場で選び直せるのが理想です。
降り方が毎回変われば、相手のマンツーマンも狂います。人につく守備は「誰が誰を捕まえるか」を試合前に決めて成り立っているので、想定と違う選手が降りてくるたびに、受け渡しをその場で組み直させられるからです。ミスはそこで生まれます。
なかでも大きいのが、GKを数に入れる選択肢です。これまでの4-1-5では、高嶺朋樹か稲垣祥のどちらかが最終ラインへ下りて、後方の4人を作ることが多くありました。ただ、シュミット・ダニエルがフィールドプレーヤーのように後方の一角を担えるなら、高嶺と稲垣を一列前に残せます。GKを後方の4人に含めた「4-2-5」です。通常の表記では人数が合わないので、あえて書けば「0-4-2-5」のような概念になります。GKをゴール前に固定された1人として数えず、ビルドアップの4人目として扱う考え方です。
これが機能すれば、前線に5人を送り込みながら、その後ろに中盤を2人残せます。ボールを失った瞬間に中央を管理する人数が増えるので、中編で無理②として挙げたショートカウンターへの耐性は、これまでの4-1-5より高められるはずです。課題2で見た第17節以降の詰まり方への回答にもなります。
もちろん、GKが前へ出れば、その背後には別の危険が生まれます。パスを引っかけられれば即失点です。安全になる話ではありません。ミシャ式のリスクを別の場所へ移しながら、より高い技術で押し切る。いかにもミシャ監督らしい考え方です。
降ろす人を変えるにせよ、GKを数に入れるにせよ、狙いは同じです。相手に「今日は誰が降りてくるのか」を試合前に決めさせないことです。
求めているのは形の暗記ではありません。相手を見てから選ぶ判断の訓練で、ミシャ監督が普段から口にしている「楽しさ」や「流動性」の中身も、突き詰めればこの判断のことだと思っています。
提言2:人につかれるなら、こちらから人を動かして迷わせる
提言1は、後方でボールを運び出す局面に限った話でした。ここからは、同じ発想をピッチ全域に広げます。
人につく守備には、はっきりした弱点があります。基準になっている相手が動けば、守備側の選手も一緒に動くことです。組織全体が、こちらの動きに引っ張られます。そしてマークを剥がされた瞬間、そこをカバーする人がいません。
だとすれば、こちらから動いて迷わせるのが素直な対抗策になります。シャドーとWBとボランチの3人で、立ち位置をぐるぐる入れ替える。誰が誰を見るのかを、相手に何度も考え直させる。これをチームの約束事として仕込んでおく価値があります。
配置でも仕掛けられます。相手のなかでいちばん1対1に弱い選手の前に、こちらのいちばん剥がせる選手を置く。人につかれるということは、ピッチ全域で1対1を申し込まれている状態で、個の力の差がそのまま出ます。マッチアップをこちらから選べるのなら、選ばない手はありません。
提言3:持たされたときの出口を、先に用意しておく
中編のデータで見たとおり、名古屋はパス数が増えた試合ほど危険でした。持たされた状態から抜け出す手順を、あらかじめ用意しておく必要があります。
ひとつ目は、相手のプレスをわざと引き出して、その背後へ直接蹴る形です。
前編の補足で、この抜け道が成立するには2つの条件が要ると書きました。GKが正確に長いボールを配れること、前線にそれを収められる選手がいること。W杯の3バック勢は、どちらかが欠けていたか、蹴った後のセカンドボールの拾い方まで詰める時間がありませんでした。理屈のうえでは開いていた道が、駒と時間の制約で塞がっていました。
名古屋の場合、1つ目の条件はすでに手元にあります。シュミット・ダニエルの配球は、前へ長く付けられる質のものです。2つ目も、山岸祐也や木村勇大が前線にいるなら、相手のCBを背負って収める作業は成立します。代表チームには揃わなかった条件が、クラブの名古屋には揃っています。
残るのは3つ目、蹴った後です。蹴りっぱなしでは相手ボールになるだけなので、落下点の周りに人を置いて、こぼれ球を拾うところまでをひとつの形にしておく必要があります。ここばかりは反復練習で作るしかなく、ミシャ式2年目の継続性がいちばん生きる部分だと思います。
ただし、この形には無理③が重なります。前線から人について追い続けた選手に、収める作業まで求めることになるからです。前から行く時間帯と、蹴って前進する時間帯を、同じ90分の中でどう配分するのか。提言7で書く下げ方の話と地続きです。
ふたつ目は、相手の中盤と最終ラインの間へ縦パスを差し込む回数です。これを試合ごとに数えて、目標の本数を決めてしまう。パス総数や保持率よりも、この数字を追ったほうがチームの状態がわかります。
みっつ目は、速いサイドチェンジです。相手が奪いどころを片側に定めてプレスをかけてくるなら、そこで無理に前進せず、一度逆へ逃がしてプレスの基準をずらす。相手の守備陣を左右に走らせれば、守備の強度そのものを削れます。危険な位置でボールを失う回数が減るので、出口づくりはそのまま守備の改善にもなります。
そして「保持率とパス数が増えたら黄信号」という一見逆さまの見方を、ベンチもサポーターも頭に入れておく必要があります。数字を額面どおり受け取ると、去年と同じ楽観を繰り返すことになるからです。
最後に、人の話をしておきます。この出口づくりを担ってきたのは、シャドーの和泉竜司でした。降りてボールを引き出し、セントラルが奪いに出て空けた場所に顔を出す。攻撃の起点としてだけでなく、守備から攻撃に移る瞬間の交通整理としても効いていた選手です。同じ場所にマテウス・カストロが入ると、攻撃の迫力は増しますが、中盤のフォローアップまでは保証されません。出口の設計は戦術の問題であると同時に、和泉の仕事を誰がどう分担するのかという編成の問題でもあります。
提言4:クロス守備は、原則より先に担当を決める
ファーサイドへのクロスに対する守り方は、3つの層に分けて考えられます。1つ目はクロスを上げる選手への規制、2つ目はファーサイドのWBが大外の相手を掴むのか、それとも捨てて中を締めるのかという基準、3つ目はGKがどこまでハイクロスに出ていくのかという範囲です。誰もクロッサーに寄せられないかぎり死角は消えませんが、死角があると知っているチームと知らないチームでは、失点の数が変わります。
ただし1つ目は、原則のまま置いておくと機能しません。クロスを上げさせない役は、囲い込みの門番であるWBです。ところが右の浅野雄也も左の中山克広も、守備に特徴のある選手ではありません。札幌戦では、この前を塞ぐ作業がうまくいかない場面がかなりありました。ここを個人の頑張りだけで解決してくれというのは、無理があります。
門番が外されたあと、誰が二次的に規制をかけるのか。サイドのCBが出るのか、セントラルの2枚目が回るのか。そこまで決めておかないと、クロスを上げさせないという原則は、掛け声で終わります。
3つ目についても補足があります。シュミット・ダニエルは現状、崩れた形からの1対1の処理にかなりの回数を使わされています。ハイクロスへの関与範囲を広げてほしいという要求は、その負担に上乗せする話になります。1対1の回数そのものを減らす作業と並行して進めるのが筋でしょう。
提言5:「5バック殺し」を、J1で最初に使う側に回る
ここまでは、5枚で守る側に立ったときの話でした。ここからは逆に、5枚を崩す側に回ります。そして、ここは大きなチャンスだと思っています。
ミシャ式がJ1の標準になったということは、5枚で撤退するチームだらけのリーグになったということです。前編で見た「押し込んでから逆サイドへ放り込む」の使い道は、世界のどこよりもJ1に多いはずです。
ただし、課題4で書いたとおり、5枚が並んでいるだけでは死角は生まれません。相手の二列目が4枚そろっていれば、クロスを上げる選手には誰かが寄せてきます。効くのは、相手の二列目が戻り切る前と、相手が片側へ寄せられた直後です。押し込んでから、相手が整う前に逆サイドへ届ける速さが要ります。提言3で挙げた速いサイドチェンジが、この形の下準備になります。
名古屋が守る側で苦しんでいるあの場面を、今度は相手のゴール前で作らせる話です。囲い込みで人が片側へ寄った瞬間、二列目が戻り切らないうちに速攻を受ける瞬間。ミシャ式のチームが同じ構造を抱えている以上、J1には同じ入口のある試合がいくつも転がっているはずです。
そして名古屋には、その材料がすでにあります。右のWBに左利きの浅野雄也と、左のWBに右利きの中山克広を置くという、逆脚WBの配置です。特に右サイドの浅野雄也が蹴るクロスは、ゴールに向かって内側へ巻きながら、そのままファーサイドへ逃げていく軌道になります。W杯で見たあの形を、J1で最初に体系立てて使えるだけの素材が、いまのスカッドに揃っています。
ただし、厄介なことがひとつあります。攻撃で頼りたいこの右WBは、守備では囲い込みの門番であり、いま壊れやすい場所でもあります。攻撃で使いたい選手と、守備で狙われる選手が同じなのです。浅野雄也と中山克広を高い位置で生かす設計は、2人の守備の負担をどう軽くするかという設計と、必ずセットで考える必要があります。次の提言6は、その答えの一部でもあります。
提言6:奪う場所を、縦と横の両方で決めておく
まず縦の線引きからです。課題3で書いたとおり、奪われた直後に飛び込んでいいのはアタッキングサードまでで、ミドルサードから後ろは遅らせて味方が戻る時間を稼ぐほうが理にかなっています。この境界を11人が同じ位置に持っているかどうかが出発点になります。
決めるのは高さだけではありません。最初に遅らせる役は誰なのか、その選手が抜かれたときに次に前へ立つのは誰なのか。札幌戦で遅らせ切れずに突破された場面は、境界の共有以前に、遅らせる役の順番が決まっていなかったようにも見えました。
そのうえで、横の線引きです。
名古屋の守備には、内側を切って外へ追い込むという原則はあります。ただ、右と左のどちらへ追い込みたいのかまでは決まっていません。相手が右に逃げても左に逃げても、そちら側で同じ人数をかけ、同じ仕事をWBに求めることになります。
奪いに行く側を先に決めておくこと、いわゆるストロングサイドの設定は、守備を整える手としてはおそらくいちばん安上がりです。奪う場所が決まっていれば、そこに人を厚くして、逆サイドは思い切って捨てられます。門番役のWBの負担も、片側に集中させたほうが助けを出しやすくなります。
奪う場所を決めることには、もうひとつの効き目があります。剥がされた後の受け持ちが決めやすくなることです。
中編で、ミシャ式が選手にかける無理の1つ目として、前線と中盤のマンツーマン守備を挙げました。人につく守備は、1人が相手1人を止めるか、少なくとも遅らせることを前提にしています。最初の1対1を完全に外されると、後ろの誰かがカバーに出るしかありません。そしてカバーに出た選手が見ていた相手が空きます。ズレが1か所で止まらず、後方へ順ぐりに送られていきます。
町田戦のエリキがその典型でした。何度も外され、突破を許しています。それでも大きな失点につながらなかったのは、高嶺朋樹が食らいつき直して遅らせ、藤井陽也が最後のところを潰していたからです。ただ、これは2人の個人能力による火消しです。同じ相手が同じ日に2人とも空いていれば、同じようには収まりません。
決めておきたいのは、外された瞬間に誰が出るのか、そして出た選手が空けた場所を誰が埋めるのか、という順番です。冒頭で書いた縦の線引きが「どの高さまで奪いに行くか」だとすれば、こちらは「外された後に誰が動くか」という話です。 ボールサイドのCBが出るのか、セントラルの1枚が下がって埋めるのか、逆サイドのシャドーが絞るのか。相手のどのポジションを空けてもよいと考えるかまで含めて、あらかじめ決めておく作業になります。
奪う場所が先に決まっていれば、この受け持ちも決めやすくなります。ストロングサイドを右と決めれば、外された後に誰が最初に出るかは、毎回ほぼ同じ顔ぶれで済みます。逆サイドを捨てると決めた時点で、埋める順番も限られてきます。奪いに行く設計と外された後の設計は切り離せません。片方だけ決めても、もう片方が空いたままなら、行き着く先は変わらないからです。
もっとも、この整理をしても1対1で外されること自体はなくなりません。人につく以上、外される回数をゼロにはできないからです。減らせるのは、外された1回が失点まで直通する回数のほうです。
中編で見たとおり、名古屋の被xGを押し上げているのは、囲い込みを外された後の場面です。ここに手を入れれば、課題1で挙げたxG差の底上げにもつながります。
提言7:前から行けなくなった時間帯の、下げ方を持っておく
札幌戦の後半、山岸祐也と木村勇大の脚が止まってからも、守り方のルールは変わりませんでした。一枚目の追い込みが曖昧になれば、後ろの囲い込みは空振りに終わります。それでも同じルールで戦い続ければ、外されるたびに逆サイドと中央が空くだけです。
中編で、ミシャ式が選手にかける無理の3つ目として、走力の負荷を挙げました。人につく守備は相手の移動に追従するので、前線と中盤の選手には長い距離の追走とスプリントの反復がかかります。90分続けるには、走れる選手が揃っていること、途中から入る選手も同じ強度を出せること、中2日3日の連戦でも繰り返せることが要る、という話でした。ミシャ式の存続条件のひとつに、シーズンを通して強度を維持できる選手層を挙げたのも同じ理由です。
この条件は、名古屋自身に返ってきます。しかも2026-27シーズンは秋春制の初年度で、開幕は8月です。真夏に前線から人について追い続けられる保証は、どこにもありません。札幌戦で見えたのは、その前提が崩れた時間帯にどう戦うかが決まっていない、ということでした。
ですから、プレッシングの開始位置を下げて構え直すという判断を、あらかじめ選択肢に入れておくべきです。追い込まれてから慌てて下げるのと、最初から用意してあるのとでは、下げた後の守り方の整い方が違ってきます。ここでも決めておくのは高さだけではありません。下げた後に誰がクロッサーへ寄せ、誰がその背後を埋めるのか。提言4と提言6で書いた担当分けを、前から行く形と下げた形の両方について持っておく必要があります。
誰が何分あたりで交代して前線の強度を戻すのか。それができないときは、どの高さまで下げるのか。前半はブロックで構えて、後半は前から行く。あるいはその逆にする。相手に攻略法を探し直させるやり方も、同じ引き出しの中にあります。
おわりに:前に人数をかけたまま、反撃の機会を渡さない
W杯2026は、引きこもるだけの3バック・5バックが通用しなくなったことと、その5枚を壊す方法が確立したことを見せてくれた大会でした。百年構想リーグのデータは、名古屋の首位快走が上振れによるもので、その裏で相手の対策が進んでいたことを示しています。
ここまで課題と提言を並べてきましたが、悲観する話ではないと思っています。土台がほぼ互角のチームが、上振れで首位を経験し、下振れと対策で6位に落ちた。裏を返せば、上振れに頼らなくても届く距離に、優勝争いの入口はあるということです。
本気で優勝を狙うなら、セレッソ大阪戦の1-6やサンフレッチェ広島戦の2-4のような大量失点を、シーズンに何度まで抑えられるかが大きなポイントになります。ここで多くの方が期待するのは、後ろに人数を残す方向への修正かもしれません。ただ、ミシャ監督がそちらへ舵を切る可能性は、あまり高くないと見ています。
ミシャ監督の考え方では、守備を厚くして失点を減らすのではなく、ボールを持つ時間と場所を改善して、相手に攻撃へ移る余力や機会を与えない方向で解決しようとするはずです。提言1で挙げたGKを含めた後方の数的優位、提言3で挙げた速いサイドチェンジと出口づくり。大量失点を減らすためにミシャ監督が選びそうな方向は、このあたりではないでしょうか。どれも守備の修正には見えません。ただ、相手の守備強度と狙いを削れれば、危険な位置でボールを奪われる回数は減ります。
そのうえで、これで解決しきれない時間帯は必ず来ます。試合中だけ守備の基準を変えられるか、前線を早めに交代して強度を戻せるか。基本思想を変えずに悪い時間帯をやり過ごす手立てを持てるかどうかも、優勝を狙ううえでは重要になります。提言7で書いた話です。
7月25日のプレシーズンマッチは、このいくつかがまだ手つかずであることを見せてくれました。開幕前にそれが見えたことは、むしろ良かったと思います。しかも今季は、ミシャ式2年目という継続性を持って戦えるシーズンです。中編で挙げた「選手同士のビジョンの共有」という条件は、代表チームには決して用意できないもので、名古屋には2年目という時間があります。
首位の記憶を「あの快進撃をもう一度」ではなく「次は上振れなしで到達する」に書き換えられるか。68歳の名将と名古屋グランパスの2年目に、期待して開幕を待ちましょう。