前編のおさらいと、今回の話
前編では、W杯2026に出場した48チームの成績を集計しました。3バックの12チームは勝率19.0%でベスト16に1チームも残れず、その一方で「5枚で守備を固めても、押し込んでしまえばクロスをフリーで上げられ、ファーサイドからの折り返しを使えばズレやフリーを作って崩しきれる」という攻め方が世界に共有された、という話でした。
中編ではグランパスの話に移ります。ミシャ式に賞味期限はあるのか。そして百年構想リーグの20試合で、実際に何が起きていたのか。
ミシャ式に「賞味期限」はあるのか
ミシャ監督は独特の3-4-3から4-1-5、そして時には中央CB1人を残して全員が攻め上がる1-4-5へと変形し続けるサッカーで、20年にわたってJリーグで戦ってきました。
特徴的なのは、その教え方です。アフォーダンス理論の記事でも書きました。「ここでこう動けば、次にこういう選択肢が生まれる」という原則を繰り返し伝えます。選手が相手の守り方を見て自分で立ち直せるところまで染み込ませる。だからこそ、相手がどう構えてきても、ピッチのどこかに「相手より1人多い場所」を作り出せます。
20年も使われてきたメソッドを使っているのに、まだJ1百年構想リーグでは20チーム中6位を獲得しました。18節まで自力ではないものの優勝の可能性もありました。
ミシャ式に、「もう通用しない」という賞味期限はあるのでしょうか?
ここでいう「賞味期限」とは、対戦相手に仕組みを研究された結果、十分な選手がそろっていても安定して結果を出せなくなること、と考えます。果たしてミシャ式は賞味期限切れなのか?
そのテーマについての私の仮説は、ミシャ式は研究されたから通用しなくなるのではなく、「研究されるほど求められる実行水準が上がる戦術ではないか?」というものです。
相手にもう仕組みもやり方も知られています。明治安田J1百年構想リーグ シーズンレビュー(4) グラぽ編集長編 なぜ対策が進んだはずのミシャ式でグランパスは上位に進出できたのか? この記事のなかでも書いたように、実はミシャ式も細かいアップデートを繰り返してきました。
半年間、よく見知った選手たちが実践するところを見た上での結論から言うと、ミシャ式は安全マージンを削り、選手の判断力、技術、走力によってリスクを押し切る戦術です。
少なくとも、以下の2つが一定水準を下回ると、ミシャ式は急激に機能しにくくなります。逆に、この条件を満たせれば、上位を争うための土台にはなります。
- 選手同士で仕込まれた選択肢のビジョンが一定以上共有できていること。新しい選手が入って共有ができていないと、途端に精度が落ちます
- ミシャ式の無理を実現するだけの選手のクオリティと、そのクオリティを持つ選手に負傷者が出てもカバーできる層の厚みがあること。過去のチームではキーマンが引き抜かれたり怪我で離脱すると成績がガクンと落ちる傾向がありました
上記が満たされていれば、一定以上の成績が残せるはずです。百年構想リーグで6位に入ったことは、少なくともミシャ式が一律に「もう通用しない戦術」ではないことを示しています。
ミシャ式の強みを高い水準で再現できれば、上位を争うことはできます。ただし優勝となれば、強みを出すだけでは足りません。構造上どうしても発生するミシャ式が選手にかける「無理」の部分を理解して、そこになんらかの解が必要になってくるのではないでしょうか。
ミシャ式が選手にかける無理①:前線・中盤のマンツーマン守備
相手ゴール前・中盤で行うマンツーマン守備の弱点をどう克服するか、です。
マンツーマン守備の弱点はいろいろありますが、その1つが「1人が相手1人を止める、少なくとも遅れさせる」のが前提というところです。
ドリブルなどで最初の1対1を完全に剥がされると、後方の選手がカバーに出なければなりません。すると、その選手が本来見ていた相手が空きます。人を基準にして守っているぶん、1か所のズレが後方へ連鎖しやすく、最終的には自陣ゴール前で数的不利や同数の守備を強いられます。 自陣ゴール前での数的不利が危険なことは皆さんわかるでしょう。とくに後方を同数気味に残すミシャ式では、最初の1人が剥がされる影響が大きくなります。
これの典型例がFC町田ゼルビア戦でのエリキ選手への対処です。何回も剥がされ、突破を許しました。なんとか高嶺朋樹らが食らいつき直して遅らせることができました。高嶺朋樹や藤井陽也のカバー能力がなければ、失点につながってもおかしくない場面が繰り返されていました。
ミシャ式が選手にかける無理②:ショートカウンター対策
2つ目がグランパスがボールを奪って自陣から攻撃の組み立てを行おうとしたとき、その組み立てのパスを奪われてしまうショートカウンターを喰らうことです。守備ブロックを構築する前にやられてしまうことになります。
グランパスはマイボールになると4-1-5に変形して、前線に枚数をかけます。そこでDFラインの4から出るボールを失うと、4-1-5の「1」を担う森島や稲垣がボール保持者へ寄せれば、その背後や脇のスペースまでは同時に管理できません。
一方、後方の4人(原・藤井・高嶺・野上ら)は攻撃時のパスコースを作るため横に広がっています。そのため中央でボールを失うとセレッソ戦2点目のように、実質相手4枚から5枚に対して藤井高嶺、そしてGKのダンだけで守るような形になります。同じような形のピンチがコンサドーレ戦でも何度もありました。
ミシャ式が選手にかける無理③:求められる走力
3つ目はマンツーマン守備起因の走力の負荷です。
人を基準にする守備では、相手の移動に追従する必要があります。そのため、前線や中盤の選手には、長い距離の追走やスプリントを繰り返す負荷がかかりやすくなります。 90分続けるには、走れる選手が揃っていること、途中から入る選手も同じ強度を出せること、中2日3日の連戦でも繰り返せることが必要です。
8月開幕の今季を考えると、夏場をどう乗り切るかという問題もついてきます。コンサドーレ戦で、試合終盤に山岸祐也と木村勇大のプレス強度が落ちると、相手の前進を止められず、中盤で後手を踏む場面が増えました。
ほかにもいくつもありますが、この3つについては後編でその対策を論じることにしましょう。
ミシャ式について2026年8月時点の結論
結論として繰り返しますが、ミシャ式に固定された賞味期限があるわけではありません。ただし、リーグ全体に仕組みが共有されるほど、相手は空く場所を迷わず狙えるようになります。そのため、同じサッカーを続けるにも、以前より速い判断、高い技術、強い個人守備、そしてシーズンを通して強度を維持できる選手層が必要になります。
ミシャ式を知らない指導者はいません。そうなると「高嶺が下がって4バックになる」という手順も、対戦する全クラブがわかっています。相手は空く場所を知っています。ただし、そこへボールを届ける前にグランパスが奪い返せば、狙いは実現しません。逆にグランパスのプレスが数秒遅れれば、相手は事前に準備した場所を使えます。
古くなったから通用しないのではなく、通用させるための要求水準が上がり続ける戦術だ、という仮説はここから来ています。
では、百年構想リーグでは何が起きていたのでしょうか。データを使いながらミシャ式が通用しないのではないかという不安を検証していきます。
データ検証2:百年構想リーグのグランパスに何が起きたか
グランパスの百年構想リーグは、第15節・第16節で首位に立ち、第17節から失速し、プレーオフで町田に敗れて最終6位、という道のりでした。ここでは地域リーグラウンド18試合とプレーオフ2試合、合わせて20試合のデータから、この浮き沈みの中身を見ていきます。
その前に、これから何度も出てくる用語をひとつだけ説明させてください。xG(ゴール期待値)です。シュート1本ごとに「その位置、その状況なら、平均的にどれくらいの確率で入るか」を計算して足し合わせた数字で、たとえばxGが2.0なら、「その試合で放ったシュートの量と質は、平均的には2得点相当だった」という意味になります。 実際の得点がxGを上回っていれば、決定力が冴えていたか、確率の振れが有利に出た可能性があります。 下回っていれば、その逆です。相手にどれだけチャンスを与えたかを表す被xG(相手のゴール期待値)と合わせて見ると、勝敗という結果の下に隠れた「試合の中身」が見えてきます。
大会全体では、チャンス/ピンチの収支はほぼ五分五分だった
まず全体像です。グランパスの総得点34に対して、xGの合計は30.2。総失点32に対して、被xGの合計は28.9。大会を通して、取った点は期待値より3.8点多く、失った点は期待値より3.1点多かったことになります。攻撃はやや出来過ぎ、守備はやや取りこぼし。差し引きすると、ほぼ帳消しです。
そして肝心の中身、xGから被xGを引いた数字は、20試合の合計でプラス1.27でした。1試合あたりにするとプラス0.06です。
これは、ちょっと厳しい数字です。作ったチャンスと与えたチャンスの量と質で見れば、グランパスは大会全体を通して、対戦相手とほぼ互角でした。少なくとも、優勝争いを圧倒的な内容で進めていたチームではありません。最終6位という結果も、内容から大きくかけ離れたものではなかったと考えられます。
Football LABが公表しているAGI(攻撃の組み立ての質を表す指標)とKAGI(守備の対応の質を表す指標)でも、同じ傾向が出ています。どちらもリーグ平均が50になるよう作られた数字ですが、グランパスの平均はAGIが52.4、KAGIが44.0。攻撃は平均より少し上、守備は平均よりはっきり下。大会を通じたチームの体質が、そのまま数字に出ていました。
首位に立ったあの時期、内容はむしろ互角以下だった
では、あの首位快走は何だったのでしょうか。シーズンを5つの時期に分けた図1をご覧ください
首位到達を決定づけた第13節から第16節。
意外にもこの4試合のxG差は、1試合あたりマイナス0.09でした。内容で見れば、この時期のグランパスはむしろ相手と互角か、やや下だったのです。
それでも4試合で8得点3失点と走れたのはなぜか。数字を並べると、事情がはっきりします。攻撃はxG4.62に対して8ゴール。期待値の1.7倍を決めました。守備は被xG4.96に対して失点3。こちらも2点分お釣りが来ています。要するに、攻撃ではシュートが高い確率で得点になり、守備では相手のチャンスが失点にならない状態が、4試合続いていました。 当時話題になったエースの決定率37.5%という数字は、その象徴です。チーム全体で見ても、この時期のシュート決定率は16.8%と、大会の平均13.3%を大きく上回っていました。
誤解のないように付け加えると、これはチームを貶したいわけではありません。少し前の第7節から第12節にかけては、ボール保持率49.1%、1試合のパス数390本と、結果として保持率とパス数を抑えながら、1試合平均のxG差プラス0.29を記録しています。
首位に至るまでには、少なくともこの時期は、保持率やパス数の多さに頼らず、良好なチャンス収支を残せていました。
ただし、首位到達を決定づけた第13~16節については、結果が内容を大きく上回っていました。
失速は不運だったのか、それとも対策されたのか
第17節のセレッソ大阪戦が1-6、第18節の広島戦が2-4。この2試合で、グランパスは被xG合計3.21に対して10失点を喫しました。期待値より6.8点も多く失った計算になります。確率で考えれば、めったに起きない不運です。
しかも意外なことに、この2試合のxG差は1試合あたりプラス0.24でした。少なくとも、シュートの量と質の収支だけを見れば、5つの時期の中で2番目に良い数字です。 数字だけ見れば「内容は良かったのに、運に見放された2試合」と見えてしまいます。
では、本当に不運だけだったのでしょうか。ここで図2と上記のGoogleスプレッドシートの17節・18節抜粋をご覧ください。
結果とは別のところで、はっきりした変化が起きています。
- 相手の平均奪取ラインが41.6m、40.4mと、シーズンで1位と2位の高さを記録しました(大会の平均は34.7m)。相手はこの2試合、大会中のどの時期よりも高い位置でグランパスからボールを奪っていたことになります※平均奪取ラインは、取得できた時点がハーフタイムと試合終了時で混在しているため、厳密な同条件比較ではありません。
- グランパスのボール保持率は58.6%、パス数は1試合平均558本まで増えました(大会平均は52.0%、456本)。特に広島戦は保持率61.0%、パス579本です
- 中盤(ミドルサード)のエリアでボールを失った割合が47%・55%と、こちらもシーズン最高の水準でした
この3つが同時に起きているとき、ピッチで何が起きていたのか。この3つの数字から、少なくともグランパスのボール保持が、安定した前進や試合の支配にはつながっていなかったことが分かります。試合映像と重ねて見ると、相手がグランパスのビルドアップを外側へ誘導し、中盤へのパスを奪いどころにしていた可能性が浮かびます。すなわちショートカウンターでハメに来ていた。
保持率とパス数が増えた理由は、前に進めないままU字でボールを回すしかなくされ、危険のないところでパスを繰り返していたからです。支配していたのではなく、持たされていました。かつて保持型だった頃のミシャ式が繰り返し受けてきた対策に、シーズン終盤のグランパスは引き戻されていたことになります。ビハインドのなか優勝をかけて必死でフィニッシュに持ち込もうと死力を尽くした結果がこのシュート数とxGだったということではないでしょうか。
大量失点の理由はヒートマップを見れば一目瞭然で、WBとセントラルの選手の担当領域の境目くらいでボールを奪い、そこからショートカウンターをかけようとしていた起点と思われる場所が色濃くなっています。広島戦でも同じ位置で奪われてショートカウンターからの中村草太の先制点を喰らっているので、再現性のある失点です。守備陣形が崩れきったところから撃たれるショートカウンターのシュートは、xGが危険度を低めに見積もりやすい典型のため、数字に出にくい形での失点量産が重なって起きたものでした。
首位快走が出来過ぎなら、失速もただの下振れだったのか。そう考えたくなるところですが、データを見る限り、そうとも言い切れません。運の振れ幅が大きくて目立たなかっただけで、相手の対策の効き目は試合を重ねるごとに出はじめていたのではないでしょうか?
データと重なった7月25日のプレシーズンマッチ
ここまでは前シーズン、J1百年構想リーグのデータの話でした。では、そこで見えた傾向は今のチームにも残っているのか。7月25日の北海道コンサドーレ札幌とのプレシーズンマッチが、その手がかりになります。
もっとも、これはプレシーズンのたった1試合です。キャンプ中で脚に疲労が溜まっている時期でもあり、この90分だけでチームを評価するつもりはありません。相手も特殊でした。2024年までミシャ監督が指揮を執っていたコンサドーレには、ミシャ式を内側から知っている選手が多く残っています。グランパスがどのように人を捕まえ、その結果どこが空きやすいのかを、一般的な相手以上に理解している可能性の高いチームです。ここで起きたことをそのままJ1の標準的な相手に当てはめるのは乱暴でしょう。
それでも、20試合のデータで見えた傾向と、この90分で起きたことはかなり重なっていました。だとすれば、見ておいて損はないはずです。
※この試合の守備については、別記事で詳しく書いています。あわせてどうぞ
グランパスの守備は、囲い込んで奪う設計
まず前提を確認します。グランパスは前線から中盤にかけて、マンツーマンで相手を捕まえにいきます。CFとボールサイドのシャドーが内側へのコースを消し、相手をタッチライン方向へ誘導します。そこへセントラルMFとWBが寄せ、局面によってはサイドCBや逆側のシャドーまで圧縮に加わります。 逃げ道が半分になった場所に人数をかけて奪い切る。ハマれば相手陣の深い位置で、相手が前を向く前にボールを取り上げられます。
代償もはっきりしています。4人、5人が同じサイドへ圧縮するぶん、それぞれが本来カバーしていた中央から逆サイドのスペースは薄くなります。囲みを外された瞬間、逆サイドと中央にはだだっ広い空き地が残ります。少なくともこの試合では、あらかじめ片側だけを奪いどころに定めるというより、相手がボールを運んだ側で同じ囲い込みを行っていました。どちらのサイドでも同じ強度と連係を求められることが、この設計の負担をさらに重くしています。相手が右へ展開しても左へ展開しても、ボールサイドで同じ作業を求められるからです。
ブロックを作るには時間が必要
前で取り切れなければ、ミドルサードまで下がってブロックを作ります。ここに避けられない事情があります。前から人に付いて出ている関係で、構造上、ブロックの形に戻るまでにワンテンポ必要になります。図に描けばきれいに並びますが、ピッチの上では、前に出た選手が全力で戻り、その選手が空けた場所を別の誰かが埋めながら、走って並び直しています。整列が終わるまでには、それなりの時間がかかります。
だから相手のテンポ次第で、このフェーズの出来はまるで変わります。ボールを動かす速度が遅く、前進までに時間をかける相手であれば、グランパスにもブロックを整える時間が生まれます。 この試合のコンサドーレはその逆でした。ボールを奪うとミドルゾーンを素早く通過し、グランパスがブロックを作る前に次の局面へ進んでいました。 グランパスのブロックが形になる前に、その場所を過ぎていってしまう。少なくとも囲い込みを外された後は、「ミドルサードで相手の前進を止める」という仕事が十分に機能していませんでした。 ラインを引く時間がなかったのです。
ゴール前に残っていたのは2人
真ん中の作業が飛ばされると、いきなり最後の局面が始まります。この試合では、最初の囲い込みを外されたあと、中盤を一気に通過される場面が繰り返されました。その結果、最後は藤井陽也とGKのシュミット・ダニエルだけで対応を迫られることになります。それでも、藤井とシュミットの対応で失点を防いだ場面は少なくありませんでした。コンサドーレはサイドバックもウイングもセントラルの選手も走らせて数的優位を作り、何度も殴りかかってきましたが、藤井が相手の進路を限定し、シュミットと連係して対応できている間は耐えていました。
そこでコンサドーレが出してきた手が、うまかった。センターフォワードの唐山翔自が、ゴール前から中盤に降りて、(らいかーるとさんの表現を借りると)「いなくなる」。ゴール前で最後の対応を担っていた藤井陽也を、中央から引き出す狙いです。
失点の場面はこうでした。中盤でボールを失う。中盤に消えていった唐山について出ていた藤井はゴール前にいない。そこに現れたのがIHのスパチョークで、その後、藤井は唐山をセントラルMFに受け渡しながらゴール前へ戻り、中央へ侵入したスパチョークへのパスに対応しなければなりません。さらに、その斜め前へ走るティラパットまでは同時に管理できませんでした。 完全に戻りきる前に中盤からスパチョークへパスが入ります。藤井はスパチョークが反転してシュートするコースを消しにいかなければならないので、その先を走る+1となったティラパットへのパスコースまでは消しきれません。スパチョークのワンタッチパスが通り、ティラパットとシュミットの1対1になりました。 遅れて藤井が滑り込みますが、冷静にかわされて流し込まれました。
藤井の対応に改善の余地があったとしても、この失点を個人の判断だけに還元するべきではありません。そもそも藤井は複数の相手と広いスペースを同時に管理しなければならない状況に置かれていました。
足りていなかったのは、前から奪いに行く作業から、ゴールを守る作業への切り替えの速さでした。奪いに行く意識が残ったまま撤退への切り替えが遅れ、誰が誰を捕まえるのかという役割分担が整わないまま迎え撃つことになって、ゴール前は2人だけという時間が続きました。藤井の判断を評価する前に、そもそも複数の相手と広大なスペースを同時に管理させていた構造を見る必要があります。
被xGだけでは見えない、崩され方の再現性
ここで、さきほど保留にしていた話に戻ります。
セレッソ大阪戦とサンフレッチェ広島戦では、被xG合計3.21に対して10失点を喫しました。期待値より6.8点も多く失っており、10失点という結果には大きな確率上の下振れが含まれています。
札幌とのプレシーズンマッチからだけでは説明することはできません。
一方で、失点数とは別に見ておくべきことがあります。セレッソ戦と広島戦では、前から奪いに出たあとに守備陣形を整えられず、中盤を速く通過され、最後は少ない人数で相手の攻撃を受ける場面が繰り返されていました。
札幌戦でも、同じような流れが表れました。最初の囲い込みを外されると、ミドルサードでブロックを作る時間がなく、藤井陽也とシュミット・ダニエルを中心とする少人数の守備まで一気に運ばれています。
xGが示すのは、最終的に放たれたシュートがどれくらい得点になりやすかったかです。そのシュートに至るまでに、前線の守備がどう外され、誰が持ち場を離れ、守備陣形がどれだけ崩れていたのかまでは、被xGの合計値だけでは分かりません。
つまり「運が悪かった」で終わらせてはいけない崩され方があり、プレシーズンマッチでも、少なくとも類似した崩され方が複数回見られたということです。
百年構想リーグのデータだけでは捉えきれなかった守備の崩れ方が、キャンプ中の試合でも再び表れていた。新シーズンに向けて警戒すべきなのは、失点数の多さそのものより、同じ過程でゴール前まで運ばれる崩され方の再現性です。
変わらなかった守り方と、代わらなかった前線
もうひとつ気になったのが後半です。キャンプからの蓄積疲労もあってか、試合後半になる前から山岸と木村のプレス強度が落ち始めると、内を切って外へ追い込むという一枚目の仕事が成立しなくなります。一枚目が曖昧になれば、後ろの囲い込みも空振りです。それでも守り方のルールは変わりませんでした。交代で入ったのはGKとセントラルの2枚、それに右WB。後ろは入れ替わりましたが、前線には手が入りませんでした。
プレシーズンですから、決めた形を最後まで試し切るつもりだったのかもしれません。ただ、2026-27シーズンは秋春制の初年度で、開幕は8月です。真夏に前線からマンツーマンで追い続けるという前提が、そのまま90分持つとは考えにくい。開幕後に確かめたいところです。
コンサドーレ戦だけで、新シーズンを評価することはできません。しかし、百年構想リーグ終盤と札幌戦で重なっていたのは、危険な場面への入口が一つではないことです。前線の囲い込みを外された場合も、攻撃の組み立てでボールを失った場合も、中盤で守備を整える時間を作れず、最後は少人数でゴール前を守ることになります。入口は違っても、たどり着く先は同じでした。
特に、最初の誘導役の強度が落ちると、サイドでの囲い込み全体が連鎖して機能しなくなる点は、新シーズンに向けて確認すべき重要な課題です。
次回、後編へ
ここまでで材料はそろいました。W杯が示した「押し込んで、フリーになったクロッサーから高精度クロスを遠いサイドに送り、そこからの折り返しで仕留める」という新定石。去年のデータが示した、xG差+0.06というほぼチャンスとピンチがイーブンの土台と、静かに効きはじめていた対策。そして7月25日に見えた、ブロックが並ぶ前に殴られる時間の長さ。
後編では、これを来季の課題として書き直します。首位の記憶を持ったまま開幕を迎える前に、どこに手を入れるべきなのか。課題を4つ、提言を7つ挙げます。






