こちらの記事に、様々な意見が寄せられました。
かぐらさんからの疑問。ラグビーではできている「主審とVARの交信の公開」が、サッカーではなぜできないのか。考えてみました。以下自分なりの「やらない理由」です。
審判のコミュニケーションが萎縮し、判定が遅れる
全世界に音声がリアルタイムで配信されている状況下では、審判団は言葉選びに過剰に慎重にならざるを得ません。
「たぶん〜だと思う」といった直感的な意見や、最終的には棄却される仮説も含めたフラットな議論がしづらくなります。「なんだよ、審判迷ってんじゃん」という言質を視聴者に与えることになるからです。発言の意図が誤解されないよう言葉を選びながら交信するため、VARチェックにかかる時間は今より長くなるはずです。
途中経過への過剰反応と現場の混乱
VARのチェックは、様々な角度の映像を見ながら「ファウルか否か」「レッドカードに該当するか」を段階的に議論・検証していくプロセスです。
交信の途中で「ペナルティの可能性がある」「レッドかもしれない」といった発言がスタジアムや中継で流れたとして、最終判定が「ノーファウル」だった場合どうなるか。選手、監督、サポーターが激昂し、過度な抗議やスタジアムの混乱に直結します。
審判への過度な批判とプレッシャーの増大
極限のプレッシャーの中で行われている会話がすべて筒抜けになる、ということでもあります。
交信中の些細な言い間違い、言葉の詰まり、焦った様子がSNSで切り取られ、審判個人へのバッシング(ネットリンチ)の材料にされかねません。試行錯誤の過程をすべて晒されることで「迷いすぎている」「自信がない」と見なされ、審判の権威が落ちてピッチ上での試合コントロールが難しくなる恐れもあります。
意図しない情報漏洩
主審の装着するマイクは、周囲の音も拾います。近くの選手同士の激しい口論や不適切な発言が、そのまま放送に乗ってしまう可能性があります。プライバシーの問題につながります。
言語の壁による誤解
ワールドカップやチャンピオンズリーグでは、審判団の母語が英語などの共通語ではないことが多々あります。第二言語でコミュニケーションをとると、語彙が限られていたり文法的なミスがあったりして、世界中の視聴者やメディアに誤訳・誤解され、不要な論争を引き起こすことがあります。
現在のサッカー界の対応
これらのリスクを回避するため、FIFAや各国のリーグでは交信内容の「完全リアルタイム配信」は行っていません。代わりに、
- 最終的な判定理由だけを主審がマイクでアナウンスする方式(2023年クラブW杯で導入され、その後の各種大会に拡大)
- 試合の数日後に録音・映像を公開して専門番組で解説する事後公開方式(日本では「Jリーグ審判レポート(シンレポ)」として実施)
の2段階で、透明性の向上と審判保護のバランスをとっています。
ラグビーではできているのに?
ラグビーが審判の音声を公開し、それが大成功を収めていることはよく知られています。サッカー界でも「ラグビーを見習うべきだ」という声は根強いですが、これをそのままサッカーに導入するのが難しい理由として、競技文化、ルールの性質、ゲームの構造の違いという深い壁があります。
主に以下の3つです。
1. 審判への「絶対的なリスペクト」という文化の違い
ラグビーとサッカーでは、審判に対する選手のアプローチが根本的に異なります。
- ラグビー(厳格な規律):審判は「Sir(サー)」と呼ばれ、絶対的な権威を持ちます。判定について審判と話せるのはキャプテンのみというルールが文化として定着しており、異議を唱えればペナルティがさらに重くなります(マークが10メートル進められる)。そのため、マイクをオンにしていても理路整然とした対話が成立します。
- サッカー:判定に対して複数の選手が審判を取り囲んで猛抗議する文化が歴史的に根付いてしまっています。そのために「キャプテンオンリー」ルールができましたが、まだまだ守られていないのが現状です(名古屋グランパスでも先日の広島戦で和泉選手以外が猛抗議していました)。この状況で音声を公開すれば、怒号や言い争いばかりが放送に乗ることになります。
2. 競技規則の「主観性」と「客観性」
両スポーツのルール(競技規則)が持つ性質の違いも、説明の難易度に直結しています。
- ラグビー(客観的・技術的):「ボールが前に落ちたか(ノックオン)」「タックルが肩より上に入ったか(ハイタックル)」など、物理的・客観的な基準に基づく反則が多く、映像を見ながら「事実」を順序立てて説明しやすい構造です。
- サッカー(主観的・解釈の幅が広い):サッカーの反則の多くは「不用意に」「無謀に」「過剰な力で」といった、主審の主観的な解釈に委ねられています。「意図的だったか」「不自然に腕を広げていたか(ハンド)」など、グレーゾーンが非常に広い。音声で説明しても「なぜそう解釈したのか」という終わりのない議論を生んでしまうのです。
3. 試合の連続性と時間管理の仕組み
競技の進行スピードと時計の止め方の違いも、見逃せません。
- ラグビー:プレーが途切れる回数が多く、TMO(ビデオ判定)や審判の説明中はスタジアムの時計を完全にストップさせます。時間をかけて丁寧にコミュニケーションをとることが許されます。
- サッカー:「プレーの連続性」を重んじるスポーツで、時計は止まらず後からアディショナルタイムとして追加されます。判定の説明のために試合の流れをたびたび分断するのは、サッカーの魅力であるスピーディーな展開を損なうとして強く敬遠されてきました。
サッカー界の「ラグビー化」への歩み寄り
サッカー界もこの問題を放置しているわけではありません。直近では、ラグビーに倣って 「判定について主審に近づいて話せるのはキャプテンのみ=キャプテンオンリー(それ以外の選手が抗議に来たらイエローカード)」 という運用ガイドラインが整備され、Jリーグでも2025/26シーズンの競技規則適用開始日に合わせて正式に実施が始まっています。文化の土壌を整えたうえで、将来的なコミュニケーションの透明化(音声公開など)に向けた地ならしが、少しずつ進んでいます。
現時点では審判委員会は、交信の配信どころか「Final Decisions(最終判断)+判断理由」のアナウンスの公開にも後ろ向きです。ただ、それは上に挙げたリスクヘッジの意味合いもありそうです。
しかし私はお客様の満足を大事にして、審判がせめて「Final Decisions(最終判断)+判断理由」のアナウンスくらいはやってくれることを祈っています。
良い議論のネタをくださったかぐらさんありがとうございました!
